2006年9月23日 (土)

■聖女テクラの記念日

Dsc09515 今日は聖女テクラの記念日です。聖女テクラは、聖パウロの弟子で、彼の宣教を助け、支えた女性です。
 私たちの修道会の、共同創立者であり、初代総長のシスターテクラ・メルロは、この聖人の名前をいただき、聖パウロを支えた聖女テクラのように、創立者アルベリオーネ神父を支え、助けました。
 それにちなんで、私たちの修道会では、たくさんのシスターたちがこの霊名をいただいています。
 現在典礼の上では書かれていませんが、私たちはこの日を大切にし祝っています。みな様もどうぞ、お祈りください。

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Clusteramaryllis_3 そして、今日はお彼岸です。この時期になると毎年ちゃんと、暑くても涼しくても、同じ場所に、彼岸花(曼珠沙華)の花が咲きます。
 今年もまた、季節を忘れることなく、花が開き始めました。自然の神秘ですね。

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2006年8月20日 (日)

■パウロ家族の創立記念日

Dsc01886bernard  今日、8月20日は聖ベルナルド修道院長教会博士の記念日、今年は日曜日にあたるため典礼では記念されませんが、この日私たちパウロ家族にとってはもう一つの顔をもっています。パウロ家族の創立記念日なのです。教会博士であり、激しい使徒職と最も高い観想とを調和させることを知っていた聖ベルナルドの精神に私たちはあずかります。
 全世界、どこでも今日は特別この日を祝い祈ります。

 厳立シトー修道会、日本ではトラピスト修道院として名が知られていますが、この修道会が創立された翌年、修道会は予想もしなかった困難に見舞われます。創立の翌年のことでした。それを乗り越えシトー修道会は、新たな歩みをはじめます。今日記念し、中世ヨーロッパ史に名を残した聖ベルナルドが30数名の仲間と共にシトー修道院の門をたたいたのはこのころでした。
 彼は刷新された修道院の理想を熱心に生きていました。修道院長は、新しい修道院の分院を創立するため彼を派遣しました。彼と共に生活した修道者の1人は教皇となり、彼から受けた深い霊性について彼に感謝していました。
 聖ベルナルドは、修道院で沈黙の雰囲気の中で神との親しい交わりを愛していましたが、同時に、教会の重大な諸問題の解決にも力を尽くしました。1153年天に召されました。
 聖ベルナルドの美しい説教は、多くの人々を魅了し、また多くの著書も残しています。『雅歌についての説教』、『おとめなる母をたたえる』『謙遜と傲慢の段階について』『神の愛について』などがあります。彼はまた、聖母マリアへの特別の愛をもっており、彼の作った「聖母の御保護を求むる祈り」は、多くの人に親しまれている祈りです。
 今日、創立された時を振り返り、精神を新たにしながら再出発しようと祈る私たちと心を共にしてお祈りください。

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2006年8月15日 (火)

■聖母の被昇天

Seibo  聖母の被昇天は、マリアがこの地上での生活を終え、イエスと同じように復活された体で神のもとに戻られたということです。この日、聖母のご生涯の最後を思いながら、わたしたちの人生の終点は? たどり着くところは? とを考える日でもあるのです。
 人生にはいろいろのことがありますが、わたしたちのたどり着くところは神のもとなのだということを今日は教えてくれています。
 この日は故郷へと、多くの日本人は旅をします。そして先祖代々のお墓参りに行くのです。このようなことからも、自分の最終点を思い起こすのはとても有意義なことです。
 また、15日は日本では忘れられない日、忘れてはいけない日、敗戦記念日です。
 日本が米英に宣戦布告し、太平洋戦争がぼっ発したのは、1941年12月8日の無原罪の聖マリアの祝日でしたが、この戦争が終結したのは、まさに1945年8月15日、聖母の被昇天の祭日でした。さらに、サンフランシスコ講和条約が調印されたのは、1951年9月8日聖母マリアの誕生日です。こんなにも歴史的な日が聖マリアと関係しているのは不思議です。
 ちなみにイエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルたちが日本にキリスト教を宣教するために鹿児島に上陸したのは、奇しくもの1549年8月15日でした。この日が聖母の被昇天の祭日に当たっていたことから、フランシスコ・ザビエルは、日本を聖母マリアにささげました。
 今日、わたしたちは、使徒の女王聖マリアに向かって祈ります。

使徒の女王聖マリアに向かう祈り・・‥‥‥…☆・・‥‥‥…☆・・‥‥‥…☆

やさしい御母マリア、天の門、平和と喜びの源、キリスト者の助け、
臨終の時のよりどころ、希望のない時の希望である御母マリア、
あなたが世を離れて、イエスのもとに行かれた幸いな時を思います。
美しく、永遠に生きる者として、あなたを天に引き上げられたのは、
全能の神の特別な愛のわざでした。
天使、聖人、証聖者、おとめ、使徒、殉教者、預言者、
太祖の上にあげられたあなたを仰ぎ見、
わたしも、罪深い者ながら、ゆるしを求める罪びととして、
かれらと声を合わせてあなたを賛美します。
マリアよ、今こそわたしを回心させてください。
わたしが罪を悔い、償いの生活を送り、聖なる死を遂げ、
いつの日か天の国で、諸聖人と声を合わせ、あなたをたたえることができますように。わたし自身をあなたにささげ、
あなたをとおしてイエスにささげます。
今、天のすべての聖人の前で、深い自覚のうちに
洗礼の約束を新たにします。
自愛心と戦い、しばしば罪の機会となった主欠点と
絶えず戦う決心を新たにし、これをあなたのみ心に託します。
罪びとのよりどころ、明けの星、悩む人を慰める方マリア、
この罪深い者を偉大な聖人に変え、
あなたの大きな栄光とならせてください。

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2006年8月14日 (月)

■いのちをささげるほどの愛

 今日、8月14日は、コンベンツアル・聖フランシスコ修道会の司祭聖マキシミリアノ・マリア・コルベ神父の記念日です。Max_kolbe007_1  コルベ神父は、1894年ポーランドに生まれ、16歳のときコンベンツアル・聖フランシスコ修道会に入会しました。その後ローマにあるグレゴリアン大学で神学を学び、1918年に24歳の若さで司祭に叙階され、その翌年ポーランドに帰り、活動を開始しています。
 1930年、ゼノ修道士ら数人のポーランド人修道士たちと共に来日し、日本語活字による「聖母の騎士」第1号発行しました。その後、町はずれの本河内山の険しい山の斜面に聖母の騎士修道院を開き「聖母の騎士」誌の発行と布教活動に専念しました。
 1937年、コルベ神父は故国ポーランドのニエポカラノフの修道院長に選任され帰国しました。
 1939年、ナチスドイツ軍によるポーランド侵攻が始まり、コルベ神父は司祭であることとナチスに協力的でないなどの理由でナチス軍に捕らえられ、アウシュヴィッツ強制収容所へ入れられました。ある日、囚人が脱走をしたため、残った者の中から収容所内で無作為に10人が選ばれ死刑が宣告されました。コルベ神父は、死刑を言い渡された妻子ある人の身代わりを申し出て、餓死監房で亡くなりました。聖母被昇天祭の前日のことでした。
 コルベ神父は「出版使徒のひとり」と言われています。彼は、無原罪の聖母の騎士として、神と聖母への愛を世界中に燃え上がらせるために出版が重要な役割を果たすと彼は感じたのです。
 コルベ神父とパウロ家族の創立者アルベリオーネ神父は同世代の人であり、ローマに滞在していたことのある二人が、何らかの形でお互いに知り合っていたとも考えられますが、推測の域を脱しません。しかし、コルベ神父の生涯、活動などは、パウロ家族にとって多くのことを教えてくれると、聖パウロ会司祭デ・ローザ師は言っています。
 また、コルベ神父は、何人かの聖パウロ会会員をニエポカラノフに招待してくれました。ポーランドに聖パウロ会を創設したロバルド神父は、度々彼を訪問したと言われています。
 聖パウロ修道会の来日は、コンベンツアル・聖フランシスコ修道会が来日した3年後、ほぼ同じ時代と言えます。
 今日私たちは、コルベ神父に、いのちをささげるまでの愛のたまものと、私たちパウロ家族の使命のために、無原罪の聖母への取り次ぎを祈りたいと思います。
*コルベ神父関連の書籍、VTRは、下記をクリックしてください。
  ・VTR「アウシュビッツの勇者 マキシミリアン・コルベ」
  ・子どもの本『コルベ神父 友のためにささげたいのち』

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2006年8月 6日 (日)

■「主の変容」の祝日

 6日、今日は「主の変容」の祝日です。

Trasfiguration002_2  「主の変容」の祝日を、私たちパウロ家族は荘厳に祝います。修道会の創立以来ずっと大切にされてきました。それは、創立者アルベリオーネ神父は、私たちがもう一人のキリストになる、イエス・キリストに変容されることを望んでのことでした。彼は、いろいろな機会に会員に説教し、『キリストがあなたがたのうちに形づくられるまで』という使徒パウロの言葉からとられた霊的鍛錬の本も残しています。
 この日、“私はイエス・キリストが聖師であることを固く信じているだろうか。彼のことばを黙想し、その模範に従っているだろうか”という点について内省するように会員は招かれます。
 今日はまた、私たちはいろいろな意向で祈ります。
 広島原爆投下の日、平和旬間の初日です。今は亡き教皇ヨハネ・パウロ2世が、広島から全世界に向けて「平和メッセージ」を発信されたことが思い起こされます。私たちは、真に、平和のために、そして平和の使徒でありたいと願いをこめて祈ります。
 また、今日は日本にいる女子パウロ会会員にとっては特別な意味を持つ日です。今から58年前の今日、最初の4人のシスターが、敗戦後3年目の日本の地を踏んだのです。私たち日本の女子パウロ会・創立記念日なのです。
 今から8年前に日本創立50周年を祝った時、この50年の間に日本で宣教されたすべての姉妹が訪問してくれました。今もその姉妹たちの元気な姿を思い出します。この8年の間に天国に旅立たれた姉妹もいます。今日、彼女たちは天国から私たちのために祈ってくれていることでしょう。
         写真:エルサレム ご変容教会

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2006年6月29日 (木)

■聖パウロの祝日

Dsc07710  6月29日、教会は「聖ペトロ・聖パウロ使徒」を祝います。

 昔は6月29日に、聖ペトロ大聖堂と聖パウロ大聖堂で二つの儀式を行っていましたが、聖ペトロ大聖堂の記念が29日になったため、30日を聖パウロの記念日としました。しかし、典礼刷新により、29日に両使徒を祝い、ローマ教会の最初の殉教者たちを30日に記念するようになりました。

 アルベリオーネ神父は、使徒聖パウロをパウロ家族の創立者と呼びました。そのため、パウロ家族は、29日も両使徒を盛大に祝いますが、バチカンに申請して、30日を使徒聖パウロの祝日とし、盛大に祝っています。

 聖ペトロは使徒の頭として、信仰を宣言してイスラエルの小さな共同体から初代教会を造り、聖パウロは、キリストの神秘を解き、異邦の使徒となりました。そのため、初代教会から、中心的指導者の二人を祝ってきました。

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2006年6月24日 (土)

■洗礼者聖ヨハネの誕生

Dsc01112_1  教会暦の中で誕生日を祝うのは、イエス・キリストの誕生日の12月25日、9月8日の聖マリアの誕生、そして今日6月24日洗礼者聖ヨハネの誕生です。

 この日はイエス・キリストの誕生に先立つ「夏の降誕祭」とも言われます。

 イエス・キリストが公に登場するまで、洗礼者聖ヨハネは活躍し、キリストの道を準備した聖人です。

 彼の登場によって旧約の時代は終了し、新しいい時代となっていきます。洗礼者聖ヨハネのヨハネとはヘブライ語で「神はいつくしみ深い」という意味だそうです。彼は誕生によっても神のいつくしみを示す存在であったのです。

 修道院でも今日の典礼は、朝の祈りにはじまってミサも歌いながら祈り、共同体で使命を生ききった洗礼者聖ヨハネの日の典礼を祝いながら聖人の取り次ぎを願います。

 8月29日にはこの聖人の殉教の記念をします。

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2006年6月23日 (金)

■イエスのみ心の祭日

Dsc02366  今日はイエスのみ心の祭日です。
 かつてはとても盛んであったみ心への信心も、このごろはそれほどではなくなりました。

 イエスのみ心の表現は、バチカン公会議後の様々な刷新の波の中で、消えて行くかのように思えましたが、イエスのみ心の表現は他の言葉にとって変わることのできない、深く聖書に根ざした聖書的な表現であることが確認されました。

 教皇パウロ6世は、先代の教皇の教えを確認しながら、「み心の愛の無限の宝を照らし出す深い隠れた根本的教えを、みなに知らせることを望みます」と、書簡をしたためられました。

 教皇ピオ11世は、「この道を通って人びとの心は、イエス・キリストのより親密な知識へと導かれ、人びとの心は強く燃え上がる愛へ、またキリストへの寛大な招きへと導かれるのです」と言っておられます。

 イエスのみ心は、父なる神と人に対する無限の愛のシンボルなのです。このイエスのみ心にささげられた教会や修道会も数多くあります。

 今日は、アルベリオーネ神父が残した祈りをご紹介したいと思います。みなさまもご一緒に祈られませんか。私たちは今日もそうですが、月の第1金曜日にこの祈りをします。そうです。教会は月の第1金曜日を初金曜日として今も大切にし、祈っています。

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2006年6月18日 (日)

■ ご聖体の祭日

今日はご聖体の祭日です。

Dsc08722a ご聖体を制定するミサは、聖週間の聖木曜日の「主の晩餐のゆうべのミサ」においてです。しかし、この時はご受難をひかえ十分に喜びをあらわすことはできませんでした。

そこで、復活節が終わった後、あらためて聖体の祭日を祝います。キリスト教国では、聖霊降臨後の第2木曜日に祝いますが、日本のようにキリスト者の少ない国では、できるだけ多くの人が参加できるようにとの配慮で霊降臨後の第2主日に祝います。

この祭日が広がったのは、聖体に対する信心が高まった13世紀のことです。後に教皇ウルバノ4世によって全教会の祝日とさだめられました。

私たちパウロ家族は、この日は特別な祝日です。というのも、私たちパウロ家族は聖体から生まれたからです。創立者アルベリオーネ神父が、20世紀のはじめに聖体の前で祈っているときに、特別の招きを感じ、そこからはじまったのです。

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「アルベリオーネ神父は、聖体のうちに『世紀の終わりまで、日々私はあなた方とともにいる』といわれる主を感じ、ホスチアのイエスのうちに、光、糧、慰め、悪への勝利が得られるのだ、ということを実感しました」と言っています。

「聖体から生まれた私たちはいつも聖体に生きねばなりません」と修道会入会の時から教えられ育った私たちは、特別この日をこころをこめて祈ります。
私たちはご聖体からいのちを汲み続けて、生き、使命を全うしたいのです。聖体からすべてが、聖体なしには何もあり得ません。ですからこの日、一人ひとりは修道会に、そして各自に与えられた使命のためにも特別に祈ります。

みなさまもご一緒にお祈りください。

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2006年6月15日 (木)

■ 修道会創立記念日

6月15日は私たち修道会の創立記念日です。1915年に創立されたので今日は91歳の誕生日ということになります。

この日、私たちは朝の祈りとミサの中で創立の感謝の祈りをします。
女子パウロ会の共同創立者であるシスター テクラ・メルロは、修道会創立の状況を『私たちの起源』という小冊子に残しています。そこに書かれている魂のようなものが、心に深く響いてくるのを感じます。主のみ手がおかれた91年間を思い起こします。この91年間、いろいろな出来事がありました。Tm0018Tecla0022_1

 

神の恵みのゆたかさと私たちのいたらなさ。このふたつの現実を心をこめて祈ります。

アルバ(北イタリア)のアッカデミア通りに、最初の家を借りました(写真左)。将来、女子パウロ会員を準備するアンジェラ・ボッフィ、テレサ・メルロ(未来のテクラ)、クレリア・カリアーノの3人が生活をはじめたところです。1階には裁縫室、物置場、小さな書院があり、2階は住居となっていました。

1922年、9人が修道会最初の誓願を立てました。この時、彼女たちは新しい名、誓願名をいただき、「マエストラ(教師という意味)」というタイトルで呼ばれるようになりました。

最前列左が修道会の初代総長として任命され、創立者アルベリオーネ神父の傍らで修道会の歩みを見守り、指導していったシスター テクラ・メルロです。この中には世界に女子パウロ会を開いていくメンバーもいます。

今日、私たち一人ひとりは、修道会が神から興された時に戻り、忠実を新たにします。
みなさまも私たちとともにご一緒にお祈りください。

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2006年6月 4日 (日)

■ 聖霊降臨の主日

 今日は聖霊降臨の主日です。教会の大きなお祝い日です。教会の誕生日でもあるからです。
 この日のためにノベナを祈って準備してきたので、喜びはひとしおです。今日、私たちは全教会のためにことに祈ります。

 修道院では、この日に楽しい恵みのプレゼントを交換します。昨年は鳩のイメージで作られたカードがかごに入っていて、それを一人ひとりがいただきました。

 私がいただいたのは左下の鳩で、中には聖パウロの言葉「霊の思いは命と平和です」(ロマ8.6)が書かれていました。今年はどんなものが待っているのでしょうか。Hato1  Hato2

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2006年6月 2日 (金)

■ 使徒の女王の祝日

 明日は使徒の女王の祝日です。「エッ? 」と思われる方もいらっしゃるでしょう。パウロ家族のために特別に許可されている日なのです。聖霊降臨の前日に世界中のパウロ家族は使徒の女王の祝日を盛大に祝います。

 日本ではこの日、誓願50周年のシスターたちのお祝いの日にもなっています。このことはまたお伝えしましょう。

 使徒的使命に向けられたパウロ家を創立したアルベリオーネ神父は、とりわけ使徒としての自分の働きの面で神の母の現存を深く感じ、創立したそれぞれの修道会がマリアを「使徒の女王」として敬うように導いていきました。

 なぜ、聖霊降臨の前日に祝うのでしょうか。マリアは、高間で使徒の女王の使命を始められたのです。彼女は使徒たちを集め、慰め、彼らとともに希望を抱き、望み、祈り、その祈りは聞き入れられ、聖霊降臨の日に聖霊を受けられました。

 第二バチカン公会議は、「使徒の女王マリア」を、すべての司祭、宣教師、信徒使徒のためのマリアの称号とし、積極的な模範としました。

 アルベリオーネ神父は、20世紀の初めにその称号を選び、今こそ使徒の女王の時であることを伝え、彼の弟子たちや息子、娘たちに使徒の女王への崇敬、信心を残しました。

Racenacolo001   左にある絵は、アルベリオーネ神父の説明に基づいて、ローマの画家G・B・コンティが描いた使徒の女王マリアの絵です。その絵では、マリアが使徒たちの中央におられ、救いのメッセージを示す巻物を手にした御子イエスを世にさし出しておられます。

 使徒活動が実り豊かであるためには、マリアへの信心が不可欠だとされています。

 マリアは最大の使徒職を実践した、すなわちイエス・キリストを私たちに与えたので、マリアは母、師、使徒の女王なのです。

 アルベリオーネ神父の生まれ育った家庭や青春時代を過ごした場所、さらに彼の生涯の基本的な決断をとった所は、マリアとの関係が深く、彼をマリアへと導いたのです。長い生涯の間にこの信心を、特に使徒的活動のある特定の時期に、よろこんで見直していました。実に彼の生涯をたどってみるならそこにはマリアがおられます。ケラスコの「恵みの聖母」、ブラの「花の聖母」、モレッタの聖母などです。

 みなさんも、この日「使徒の女王」にご一緒にお祈りください。

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