2008年7月21日 (月)

■「平和を求める祈り」はわたしのために....

TBSで、夜に放送される短い番組に「元気の源泉」があります。毎回各界のいろいろな人が登場して、自分を元気にしてくれる物を紹介している番組です。7月はじめに、今公開中の映画『西の魔女が死んだ』で祖母役をしたサチ・パーカーさんが登場しました。彼女の「元気の源泉」は「お守り」でした。

イタリアの教会を訪れたときに買い求めたという、アシジの聖フランシスコが大切にしたという「平和を求める祈り」の板絵でした。サチさんがイタリアのある教会に行ったとき、すごいスピリットを感じたのだそうです。「お守り」は、小さな二つの板がちょうつがいでつながっていて、手のひらに入る大きさで、左面に聖フランシスコが小鳥に語りかけている有名な画があり、右面に「平和を求める祈り」のことばが記されていました。日本では見たことがないステキな板絵でした。

サチさんは力を与えてくれるものとして、肌身離さず持っているそうです。映画の撮影のときも二つにたたんで衣服にしのばせていたとか……。このお守りを開けて祈りのことばを読むと、特に「Where there is an angry to be love」を読むと、そこから愛が出てきて元気になる……というようなことを語っていました。

神よ、
わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。
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憎しみのあるところに愛を、
いさかいのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、
疑惑のあるところに信仰を、
誤っているところに真理を、
絶望のあるところに希望を、
闇に光を、
悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください。

慰められるよりは慰めることを、
理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することを、わたしが求めますように。

わたしたちは、与えるから受け、ゆるすからからゆるされ、
自分を捨てて死に、
永遠のいのちをいただくのですから。

8月が近づき、今年もまた平和のために祈るときが来たと、祈りの本の間に入れてある「平和を求める祈り」のカードを手にして唱えていました。「世界の平和のために、人との平和のためになにかできるような者にしてください」と願いながら唱えていて、はたと気がつきました。これは、自分の心の中のための祈りでもあると。

わたしの心の中にある憎しみを、愛に変えてください。
わたしの心の中にあるいさかいを、他者をゆるす心に変えてください。
わたしの心にある分裂を、真理に基づいた一つの思いに変えてください。
疑ってしまう心を、神への信頼、力強い信仰に変えてください……。

まず、わたしの心の中を平和な心にしなくては。奥の深い祈りだなと思いました。

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2008年7月12日 (土)

■世界報道写真展

20080712 世界報道写真展2208が、恵比寿ガーデンプレイスにある東京都写真美術館・地下1階展示室で開催されています。世界125か国の5000人以上の報道写真家が応募した数は、なんと80536点の写真。その中から59人の作品が展示されています。

アフガニスタンやイラクで米兵の存在に脅かされている市民たち、負傷した仲間の兵士を前線から後退させる米兵、暗殺される直前に大勢の人々に手を上げて演説するブット氏と爆発の後の現場、ウクライナの炭坑の街、性的虐待を受けた子どもたち、爆撃で亡くなった我が子を嘆くパレスチナの母親、クルドの難民たち・・・・。世界のいたるところにある辛い辛い現実が続きます。他にもスポーツや自然、動物などの明るい写真もあるのですが、やはり深刻になってしまうのは、悲しみ苦しむ人々です。

展示の最後のところで、昨年9月、ミャンマーのヤンゴンで、僧侶や市民たちの反政府デモを取材中に兵士から至近距離で撃たれた長井健司氏が撮影したフィルムを映し出している部屋がありました。長井さんは、背後の兵士から撃たれてバタンと倒れても最後までビデオカメラを手放さず、兵士に追われる市民たちの姿を映し続けました。

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上映されているのは、自らレポーターをしながらカメラを回していく長井さんの作品です。フセインの像がたおされるときのイラク市民の様子、爆弾が降った土地で遊ぶ子どもたち、生まれながらにしてエイズに冒されている子どもたち。こちらに向かう子どもたちの笑顔のかわいさから、カメラを持っている長井さんの優しさが伝わってきます。戦争は、辛い辛いものを残していきます。生まれたときから戦争の中で過ごし、亡くなった人の無惨な姿をすぐ近くで見てしまった子どもたちは、これからどのような大人になるのでしょうか。平和な世界を創り出す思いに変えることができるでしょうか。

世界の辛い現実に衝撃を受けつつ、長井さんの優しい目につつまれて見た、内容の濃い作品たちでした。

東京都写真美術館「世界報道写真展」 WORLD PRESS PHOTO 08
http://www.syabi.com/details/wwp2008.html
 日時 : 2008年6月14日(土)~8月10日(日)
 会場 : 東京都写真美術館 地下1階展示室

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2008年6月30日 (月)

■「パウロ年」の開年ミサ(東京)に大勢の人が…

6月28日、いろいろと準備してきた「パウロ年」がはじまりました。最近になって、少しずつ関心がもたれるようになり、いよいよ恵みの年のはじまり……とうれしくなってきます。

東京大司教区では、28日の12:00から、パウロ年開年のミサが、教皇大使をお招きして岡田武夫大司教の司式で行われました。会場となった聖イグナチオ教会には、早い人は、1時間半前から聖堂に来て祈っていました。開始直前には、聖堂の席はいっぱいになりました。およそ900人が集まりました。

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開年ミサの準備には、パウロ家族(聖パウロ修道会、師イエズス修道女会、聖パウロ女子修道会)があたりました。パウロ年のパネルは、今まで飾ってあったヨゼフホールから聖堂入り口に移動し、聖堂に入る人々の目をひいていました。協力者の方々も、大勢集まってくださいました。

岡田司教は、「パウロについては、あまり書かれていない。強い、行動的雄弁、博識な人と思われていた。他方、そうでもないと言う人たちもいた。しかしパウロ自身はこう書いている。……わたしは弱い者、無力な者……、自分には棘があった。その棘を取り除いてくださいと願っている、と。パウロのように、弱いときこそ強いという信仰をいただきたい」とお話くださいました。

また、教皇大使はミサの終わりに、次のようにあいさつされました。
パウロ年は、パウロ家族のみなさまの祝いであり、特別な意味を持っている。聖パウロは、みんなのパウロでもある。偉大な使徒、聖パウロのイエスへの熱い愛が、パウロの手紙をとおして、今も伝わってくる。パウロの書簡を読めば読むほど、イエスのことを知り、親しく感じる。パウロ年が有意義な1年となるように。聖パウロのようなイエスへの熱意、宣教への熱心さを持つことができるように。

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祭壇にささげられた聖パウロの絵              パウロ家族の3修道会からなる聖歌隊

聖体拝領のときには、募集された聖パウロの歌がうたわれました。

  ♪ 主を知らぬ旅路で キリストの光に照らされて
      主の愛を知った 新たないのち告げる
        宣べ伝えよう 宣べ伝えよう
           われらの聖なる使徒 パウロのように

このように人々から慕われ、そして、誕生2000年を記念して「パウロ年」として親しまれる聖パウロ、なんだか身内が祝われているようで、うれしくなりました。あっ、聖パウロは、わたしたちパウロ家族にとっては「父」、身内でした。失礼! 聖パウロが指し示すのはイエスです。彼のイエスへの思いを、しっかりと受け取り、イエスと深く交わることができますように。

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ミサの後、聖パウロの絵を撮影する人           聖堂前のパネルを見る人々        

今日は、長崎・浦上教会で開年ミサがおこなわれ、約1,000人が集まりました。7/5(土)は、大阪・玉造教会で14:00から開年ミサが行われます。近畿地方の方々、たくさんご参加ください。

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2008年6月26日 (木)

■東京スカイツリーと墨田・台東エリア

「なんだか新しい東京タワーができるんだって……」「えっ、なんで?」と半信半疑で聞いていた新タワーですが、いくつかの候補地の中から墨田区に建つことが決まり、そして、今月初め、11万余の応募の中からタワーの名前も決まりました。タワーの名前は「東京スカイツリー」です。人々が集まり、心を寄せるコミュニティーのシンボルであるツリー、空に向かって伸びる大きな木がイメージされています。そして、この木の下に広がるのが、墨田区と台東区という江戸を感じる下町です。

昨日、東京新聞社の主催で「新タワー誕生Ⅱ -東京・下町の魅力を世界へ-」というフォーラムが、浅草公会堂で開かれ、1,000人が集まりました。

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東京スカイツリーのパンフレット          フォーラムのパンフレット

アメ横、不忍池、動物園があり美術館が集まる上野、外国からのお客様が来たら必ずお連れする雷門・浅草寺と仲見世通り、両国国技館、隅田川の花火や水上バス、名前に味わいがある言問橋、吾妻橋、駒形橋、蔵前橋、両国橋など隅田川にかかる橋……、こう書いているだけで、「あ~、歩いてみたい」とワクワクしてきます。東京スカイツリーは、これらの地域を眼下におさめる、東武伊勢崎線の業平橋駅と都営浅草線・東京メトロ半蔵門線の押上駅の間に建設されます。高さ610m、展望台の高さは450mで、東京タワー(332.6m)よりも高いのです。タワーの下の部分は正三角形ですが、途中で三角おむすびの形になり上は円形になります。2つの駅の間には広場や公園、商業施設もでき、下町スタイルを発信するそうです。

そうそう、「東京スカイツリー」の本来の役割を忘れていました。このタワーは、2011年から始まるデジタル放送で大切な役を担うのです。民放5社とNHKのデジタル放送、携帯端末向けのワンセグの電波は、このタワーから送信されます。また、災害時には、防災としての機能も発揮するそうです。

フォーラムの基調講演では、コラムニストの泉麻人氏が、大好きな町として浅草界隈、特に浅草の塔の話をしてくださいました。浅草には、今までにもいくつかの塔があったそうです。12階建ての凌雲閣(りょううんかく):東京の高層建築物の先駆けだったそうですが、大正12年の関東大震災で倒壊しました。三島由紀夫の小説に出てくる新世界タワー:浅草六区にあり、五重の塔の形のネオン塔で、とてもきれいだったそうです。浅草スペースタワー:自転しながら上昇する展望台があり、昭和42年に建ちましたが、6年後のオイルショックで撤去されました。仁丹塔:仁丹の広告塔で国際通りの突き当たりにあり、昭和29年に完成、60年代初めに取り壊されました。スカイクルーザー:松屋の屋上にある飛行塔で、飛行機の形をしたものに乗りそれがグルグルと回転するのですが、屋上のフェンスをはみだしていたのだそうです。コワ~~~。もっともっと聞いていたいお話でした。

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会場の浅草公会堂                        パネル討論 

「東京スカイツリー」の説明の後、元東京都知事の青山〓(やすし)氏、浅草地区観光まちづくり推進協議会・洋食ヨシカミの熊沢永行氏、エッセイストの池波志乃さん、台東区長の吉住弘氏、コーディネーター:東京新聞したまち支局長の増田恵美子さんで、パネル討論が行われました。六本木ヒルズ、東京ミッドタウンなど、東京の開発が西に向いていたが、やっと東に目が向いた。下町文化の発信に力を入れたい。浅草と上野の回遊性を楽しんでもらいたい。戦後の焼け跡から、テレビの普及、娯楽の多様化で、浅草から人がいなくなり、お店もなくなって火が消えたような暗黒の時代があった。しかし、つくば線の開通により、だんだん人が戻ってきた。そして、今度は東京スカイツリーの建設。戦前の浅草六区のにぎわいを取りもどしたい。世界の人がタワーを訪れ、下町の文化に触れてほしい……など、いろいろな意見、希望が出され、タワーへの期待の大きさを感じました。

タワーは年内は基礎作りをして、来年の春からやぐらができ、2011年12月に完成、翌2012年春から開塔の予定だそうです。

展望台からの眺めもさることながら、墨田・台東エリアの家々の路地から見える東京スカイツリーが、下町の風景とマッチして美しい景色になったらいいですね。周辺地域にマイナス影響がないようにと願いながら、完成を楽しみにしたいと思います。

※〓はにんべんにハの下に月。
■Rising East http://www.rising-east.jp/top.html

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2008年6月22日 (日)

■「パウロ年」のパネル展示、はじまる

Paulo_rogo_2 「パウロ年」の開年まで、あと1週間となりました。開年のミサを前にして、今まで準備してきた実りが、次々と形になってきています。

バチカンやカトリック中央協議会での準備とは別に、日本のパウロ家族では、独自の企画を立ち上げ準備してきました。パウロ年にちなんだテーマソングの募集、中央協議会とともに考えたパウロ年のポスター、パウロのレクツィオ・ディヴィーナ(パウロの深読資料)の小冊子、聖パウロ修道会司祭による聖パウロについての小冊子、パウロ年のパネル、日めくりカレンダーの制作などです。

テーマソングは、たくさんの応募曲の中から5曲が選ばれ、パウロ家族各修道会で歌の練習をしています。なんらかの形で披露されると思います。うたいやすい歌ですので、みなさんうたってくださいね。ポスターはすでに各教会に発送されていますので、教会でご覧になった方もいらっしゃるでしょう。Dsc08980_1

聖パウロの書簡を、パウロ年の1年で通読できるよう朗読か所が配分されている表が載っ ている「レクツィオ・ディヴィーナ」の小冊子は、100円で販売されていますので、ご利用ください。「レクツィオ・ディヴィーナ」の方法が書かれています。毎日コツコツと読んでいけば、1年後にはパウロの書簡が通読でき、深く味わえているというわけです。

そして、今日から、東京大司教区で開年のミサがおこなわれる聖イグナチオ教会では、パウロ年のパネル展示がはじまりました。師イエズス修道女会のシスターが中心になって準備し、1畳分の大きさのパネル9枚に、パウロの誕生から、今年11月の188人の殉教者列福までの2000年の歴史が分かりやすく表示されています。聖イグナチオ教会信徒会館1階のヨゼフホールに、7月2日まで展示していますので、どうぞ、ご覧になってください。パネルは、今後、大阪、長崎のミサの会場でも展示されます。→「パウロ年開年ミサ&閉年ミサ

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聖パウロ修道会の澤田豊成神父が書かれた「使徒パウロ -キリストの愛に駆り立てられて」の小冊子も頒布がはじまりました。パウロの宣教活動、人々への思い、パウロを生かしている復活されたキリストの出会い、わたしたちに呼びかけるパウロの祈りなど、深い内容になっています。また、応募されたパウロの歌の中から、2曲が載っています。

そして、いよいよ28日は東京で、29日は長崎で、7月5日は大阪で「パウロ年」開年のミサがおこなわれます。みなさまどうぞ、ご参加ください。

このようにいろいろと準備されていることをとおして、熱意あふれるキリストの使徒パウロの愛に燃え立たされて、実り豊かな「パウロ年」をお過ごしください。

希望の方に、澤田神父のお話をまとめた小冊子「使徒パウロ -キリストの愛に駆り立てられて」を差し上げます。お名前、住所、電話番号をご記入の上、はがき、またはFAXでお申し込みください。
送り先:〒107-0052東京都港区赤坂8-12-42 ホームページ係 FAX03-3479-3944

「パウロ年」についての、カトリック中央協議会のページ
   → http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/2008/pauline_year.htm

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2008年6月18日 (水)

■「日・欧巡礼の道」展 日本編/熊野古道

東京ミッドタウンにあるFUJIFILM SQUARE(フジフィルム スクエア)で、「日・欧巡礼の道」展- 日本編“熊野古道”が開催されています。「すごく、よかったよ!」という姉妹の声を聞いて行ってきました。

南川三治郎氏によるこの写真展は、昨年暮れから今年の1月末まで開催された「日・欧巡礼の道」展-欧州編“カミーノ・デ・サンティアゴ”の日本編になります。多くの人があこがれる“巡礼の道”、まして日本の風景ですから、より親しみを感じます。前回も好評でしたが、今回も次々と人が訪れ、みなさん静かに見入っていました。評判がよいようです。

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会場は狭いのですが、地域の人々、茶畑や棚田、桜の吉野山、木々の中の熊野古道の石畳、修行僧、僧侶たちの祈り、巡礼者、仏像……、たくさんの写真(100点)が展示されていました。

毎年冬に、修行のために滝にうたれている僧侶の写真には、「滝につかると気が引き締まり、熊野の神仏が水とともに体に入ってくるように感じる」と書いてありました。写真を見つめていると、熊野の大きな杉の森の中を歩いているようで、深い森が持っている冷気と湿気、そして、木漏れ日の温かさを感じます。「行ってみたい! 歩いてみたい!」と思ってしまいました。

荘厳な仏像の写真の中に、素朴な木彫りの烏帽子をかぶった座像がありました。単純な線で彫られていて、衣服には、かすかに花柄が見てとれました。唇がちょっとゆがんでいて、なんとも心が安まるご像でした。黒光りしている百済観音の写真もありましたが、奈良にあるような細身で長身の壮麗な姿ではなく、ちょっと背が低く、ほほえみが人間らしくて好きになりました。

会場の一角に、撮影に使ったカメラが展示されていました。大きな大きなカメラで、こんなに大きなカメラと機材一式を持っての山登りや巡礼の道歩きは、さぞかし大変だっただろうなと思います。しかし、大きいだけに、迫力のある写真になっています。

会場には、加古隆氏作曲の「熊野古道」が流れていました。壮大でありながら、しかし信じる者の生活に基づいた信仰を思わせるメロディーが、棚田の風景など、土地の人々の生活と、巡礼者の祈りをより身近に感じさせてくれました。

残りの日数がわずかですが、お近くにいらした方は、ぜひ、ご覧になってください。心の中を、涼風がやさしく吹き抜けていきます。

 「日・欧巡礼の道」展- 日本編/熊野古道
 開催期間:2008年6月6日(金)~2008年6月30日(水) 11:00~20:00

フジフィルム スクエア イベント紹介のページ
http://fujifilmsquare.jp/detail/080606.html

ブログ「シスターのつぶやき」
2008年1月24日“カミーノ・デ・サンティアゴ”展について
http://laudate.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/index.html

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2008年6月15日 (日)

■「ただで受けたのだから、ただで与えなさい」

「ただで受けたのだから、ただで与えなさい」。今日の福音(マタイ10.8)の中で語られるイエスのことばです。イエスは、打ちひしがれている人々を見て、彼らのために働くようにと、弟子の中から12人を選び、使徒として派遣します。そのとき、心構えとしてイエスが言われたことばの最後が、「ただで受けたのだから、ただで与えなさい」です。
聖イグナチオ教会でのミサの説教で、K神父さまはこう言われました。

収穫のための働き人はだれか。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。ただでゆるされた人は、ただでゆるしなさい。わたしたちのすべてが、例外なくただで与えられた者、一方的に授けられた者である。わたしたちは「いのちを与えてください」と願ったのだろうか。願う前に、神は与えてくださったのだ。

いのちを、わたしのものと思いこんでいないだろうか。いのちは、神がわたしに授けてくれたもの。人生は、いろいろなものを神から与えられながら頂上へと向かう。しかし、人生の後半は、今度は与えながら山から下りてくる。最後には、最も大切ないのちまでも手放す。

いろいろなものを、自分の力で得てきたような気でいます。そして、一旦得たものを手放すには、抵抗があります。他者のために、自分を提供するのも、「時間がない」と拒みます。勝手なものですね。秋葉原の事件のとき、傷ついた人々を必死で助けている人々の姿を思い出しました。自分は、できるだろうか……。
ときには、自分の身についている有形・無形のものについて、神の視点から見つめるのも大切ですね。素直な心で、「神さま、ありがとう」と言えますように。

◆主よ、取り上げて、受け入れてください   聖イグナチオの祈り

  主よ、取り上げて、受け入れてください。
  わたしの自由を、わたしの記憶、わたしの理解、わたしの意思のすべてを。
  わたしがもっているもの、自分のものと呼んでいるすべてのものを。
  わたしがもっているものはすべてあなたがわたしに与えてくださったもの。
  これらすべてをあなたにお返しし、あなたのみ旨に委ねます。
  ただあなたの愛と恵みをお与えください。
  わたしはそれで満たされ、それ以上は何も望みません。

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2008年6月12日 (木)

■ 水元公園

Mizumoto01_2 先月、遠足で水元公園に行ってきました。
はじめて行ったのですが、葛飾区にあり、とても広く自然があふれる公園でした。
着いてすぐに、食事どころが混む前にと、売店で焼そばやおにぎり組と、レストラン組にわかれてさっそく昼食。私たちは、集会場「涼亭」に入りました。サラダうどん、サラダそばというユニークなメニューに手番の力うどんや丼などおいしそうなメニューがいっぱいでした。1人のシスターは天丼を注文して、その天ぷらの大きさにビックリ! 楽しく食事をいただきました。
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Mizumoto04_3 食後は、江戸幕府が灌漑用水のために造った「小合溜井」沿いの水辺ゾーンを散歩しました。ヨシ、マコモなどがたくさん生えた水辺では、お父さんと釣りを楽しむ子どもたちがいました。

水辺を離れて、メタセコイアの森に入りました。この水元公園には、「活ける化石」知られるメタセコイアがおよそ1,800本植えられています。やさしい新緑が、心を癒やしてくれる空間です。

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その後、ポプラ並木を抜けて「はなしょうぶ園」に向かいました。1万4千株、約100品種20万本の花菖蒲を見ることができるという「はなしょうぶ園」ですが、このときはまだ少し早すぎたようで、1輪の花も咲いていませんでした。
花菖蒲を見ることはできませんでしたが、緑と水に囲まれた広々とした空間でゆっくりでき、疲れがいっぺんに飛んでいった感じがしました。
6月は、花菖蒲の季節です。みなさん、水元公園の「はなしょうぶ園」に行かれませんか。

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2008年5月23日 (金)

■「平賀司教と語る青年の夕べ」&列福記念ローソクリレーミサ

Relay_mass01_3  5月16日(金)午後8時から17日(土)正午まで、仙台市のラ・サール修道会本部修道院において、「平賀司教と語る青年の夕べ」&列福記念ローソクリレーミサが行われました。
仙台教区では、2003年から隔月に、青年黙想会が行われています。平賀司教が仙台教区司教として着座されて以来、毎年1回、青年黙想会を指導してくださっています。
この黙想会の特徴は、回ごとに、指導してくださる司祭が違うことと、大学生や社会人のカトリック信者の青年たちが、全部出席できなくても、時間のゆるす限り、1日だけでも参加できる黙想会だということです。司教指導の黙想会は、「司教と語る青年の夕べ」として、司教講話の後、青年たちと自由に語り合う時間が設けられています。

「司教様は、どうしてカトリック教会に行くようになったのですか?」
「私は、毎日自転車で高校に通っていたのですが、その途中に教会があったんですよ。高校生の時代には、よく人生の目的はなんだろうと考えますね。私もそうでした。それで、教会に行くようになりました。カトリック教会の看板が、私を呼んだとも言えますね」。
「司祭になりたいと、どうして思われたのですか?」
Relay_mass02_2 「洗礼を受けて、まじめに、このキリスト者としての生き方を追求するには、司祭しかないと思い、当時の仙台の小林司教様に会いに行き、司祭になりたいと申し上げると、それなら神学校に行きなさい、と言われ、大学を卒業してから神学校に入りました」。
などなど、楽しい話し合いが続きました。
青年たちの積極性と、司教の誠実であたたかい人柄を感じた話し合いでした。
ローソクリレーミサは、翌日の10時30分から行われました。
これは、今年11月24日に行われる「ペトロ岐部と187殉教者」の列福式を迎える準備として、長崎の青年たちが企画し、長崎から鹿児島、広島を経て、今回、仙台に送られてきたものです。
Relay_mass03_2  5月25日:広島・岡山地区 → 6月7、8日:高松 → 6月15日:東京・カトリック麹町教会 → 6月22日:名古屋 → 6月28、29日:横浜 → 8月末~9月中旬:札幌(予定) → 9月28日:大分・宮崎地区 → 10月4日:京都 と周り、各地の青年たちが列福に心を繋いでいきながら、最終地・長崎に大きな輪を描きながらリレーされて行くものです。
今回、2回の司教講話も、ミサの説教も、188殉教者に絞られたお話で、よい列福式の準備ができました。

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2008年5月14日 (水)

■好きな番組(13)……ラスト・フレンズ

フジテレビ 木曜22:00~22:54

タイトルの「ラスト・フレンズ」とは、どういう意味なのでしょう? ドラマの終わりに何が出てくるのか……期待して見はじめました。タイトルもいいですが、出演者もすごい、若手の演技派ばかりです。いろいろな役柄を演じ、映画にドラマにと活躍がめざましい長澤まさみ、上野樹里、瑛太、氷川あさみが中心の群像ドラマで、それぞれに難しい役柄を深くていねいに演じていて、それだけでも見応えがあります。錦戸亮君の演技も、怖い~~~です。さらにすごいのが、内容です。

長澤まさみ演じる美知留は美容室に勤めています。「さみしい子ども時代を過ごしたもの同士、理解しあえる」と宗佑(錦戸亮)と暮らしはじめます。しかし、一緒に暮らして見えてきた宗佑の真の姿は、想像もつかないものでした。美知留がいないとだめだと言いながら、自分の思いどおりにならないと美知留に暴力をふるうのでした。DVです。美知留の同級生瑠可(ルカ・上野樹里)は、久しぶりに合った美知留の傷ついた姿に耐えられません。シェアハウスをしている家に連れて帰ります。その家には、メイクアップアーティストのタケル(瑛太)、スチュアーデスをしているエリ(氷川あさみ)が暮らしていました。

回を追うごとに、登場人物各々が持っている悩みや真の姿が見えてきます。バイクのレーサーを目ざしてトレーニングを受けている瑠可は、男性と同じようなタイムで走れるように努力を重ねています。しかし、小さいころから感じている意識と身体の性の不一致に苦しんでいます。美知留に対しての思いは、友情を超えているようです。そんな瑠可を温かくそっと見つめているタケルは、女性とつきあうことは求めていないようです。

悩みを抱えた一人ひとりが、ハウスシェアという新しい形の共同生活をとおして、どのように成長していくのでしょう。ある意味で、家族以上にお互いのことを理解し助け合っています。その人と人の距離が絶妙に表現されています。

内容的にも、演技においても、なかなかの番組だなぁと感心しながら、どのような展開になっていくのかを楽しみにして、後半を見ていきたいと思います。

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2008年5月 9日 (金)

■横田早紀江さん作詞「コスモスのように」CD発表

“ふわふわと ゆれているコスモスに
ほら! めぐみちゃん トンボが とまろうとしているよ 今年も……”

Dsc08868 横田早紀江さんの作詞に、岩渕まことさんが曲をつけ、奥さんの岩渕由美子さんとともにうたっているCD「コスモスのように」が完成し、今日の午後、信濃町にある「いのちのことば社」で発表記者会見がありました。

地下にあるチャペルには、テレビ局のカメラや新聞社の記者など30名ほどが集まりました。早紀江さんによる詩の朗読の後、さっそく岩渕まこと&由美子さんのうたう「コスモスのように」を聴きました。

めぐみちゃんが6年生のとき、一家は新潟に住んでいました。新潟の家には広いお庭があり、そこで友だちと遊んだりもしました。植物の好きな早紀江さんは、春には水仙を、夏はひまわりを、秋にはコスモスを植え、立派な花を咲かせたそうです。肥料をあげすぎたのか、太い茎のコスモスが咲きました。それを見ためぐみちゃんは、「コスモスってなんだか弱々しく揺れている花なのに、ほら、お母さん、お母さんが育てたコスモスって、茎が太く花も大きくって風にも揺れないよ」と言ったそうです。「お母さんが一生懸命作ったのに、あなたもおもしろいこと言うね。」早紀江さんとめぐみちゃんはいろいろなことを楽しくお話したそうです。めぐみちゃんも植物や動物が大好きでした。

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岩渕さんは、花のまわりをめぐみさんと早紀江さんがまわっているようなイメージで、この曲をとおしていろいろな人の心にスイッチが入ったらいいと思って作曲されたそうです。

ほのぼのとした素朴な歌です。歌がうたわれている間、早紀江さんはじっと目を閉じ聴いていらっしゃいました。どんな思いで、どんなことを目に浮かべながら聴いていらっしゃったのでしょう。早紀江さんの思いを想像しながら、こちらも目頭が熱くなりました。めぐみちゃんと会える日を祈りながら待っていらっしゃいます。

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めぐみさんがいなくなってから30年が過ぎました。おりしも今日の朝刊で、韓国でヘギョンちゃんに会う……という誤報が流れましたが、拉致問題に関して、なにも進展はないようです。しかし、早紀江さんは、めぐみちゃんが遠い空の下で、早紀江さんが育てたコスモスのように地に足をふんばって生きていると確信しています。

早紀江さんは、毎晩、この曲を聴いているそうです。楽しい母と娘の語らいが再び実現しますようにと、早紀江さんたちの祈りに心をあわせて祈ります。

※CD「コスモスのように」WLP-LK46478 1,050円(税込) 発売元:ライフ・ミュージック 
  ご注文は amazon.co.jp で

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2008年5月 1日 (木)

■聖パウロ修道会に、新司祭誕生!!

春は、叙階式の季節。4月29日、横浜教区でも、さいたま教区でも叙階式が行われました。そして、四ッ谷の聖イグナチオ教会主聖堂では、聖パウロ修道会の吉田助祭の司祭叙階式が行われました。

聖パウロ修道会では久しぶりの叙階式で、お祝いに集まった人々の喜びもひとしおでした。聖イグナチオ教会主聖堂には、ご家族の他に、聖パウロ家族の3つの修道会の会員たち、吉田新司祭の出身教会の司祭と信徒の方々、司祭になるために勉強した神学校の仲間たち、今働いているサンパウロの職場の人々などなど、500人近い人々が集まり、新司祭の誕生を祝いました。

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司式された岡田大司教に続いて参列した司祭たちが、次々と吉田新司祭の前に立ち、頭に按手していきます。静かな神の世界でした。

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司祭になるまでには長い道のりが必要とされます。哲学、神学、司牧学、宣教学、聖書学、などなどたくさんの勉強の他に、教会での実習もあり、司祭となるための準備が行われます。

吉田新司祭は、式後のあいさつで「修道会に入って司祭になるまで10年かかるよ、長いよ、と言われました。本当に10年かかりました。しかし、この10年はあっと言う間でした。
小学校3年のときに通った日曜学校、京都で出会った施設の司祭、中学、高校、大学へと進み……いろいろな方のお世話になりました。多くの人の力によってここまで来ました。お祈りの力を感じています。大学を卒業して社会人になってから、修道会のことを考えました。そのとき、聖パウロ修道会のことはあまり頭にありませんでしたが、シスターたちの祈りの力があったからだろうと思います。今は、聖パウロ修道会でよかったと思っています。わたしを支えてくださった人に、恩返しができればと思います」と語っていました。優しいお人柄がそのままあふれるあいさつで、聖堂内は笑いに包まれました。

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その後、となりのヨゼフホールで祝賀会が行われました。余興が豊かで、みな、吉田新司祭の誕生がうれしくてたまらない……という感じでした。わたしたち女子パウロ会も歌と踊りを披露しました。吉幾三さんの「やがて世界が歌いだす」を「吉田新司祭おめでとう! パウロ家族おめでとう!」と替え歌にして、少し手話も入れ、カラーのビニールテープで作ったボンボンを振って踊りました。

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吉田新司祭は3日に、わたしたちの修道院に初ミサに来てくださいます。これからが、本番です。末永~~く、よろしくお願いいたします。

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2008年4月27日 (日)

■第17回 インターナショナルデー(東京大司教区)

今年も、東京カテドラルで、インターナショナルデーが開催されました。今年のテーマは、「すべての国よ、主を賛美せよ」でした。

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11:00~16:00までワールド・バザーとアトラクションが行われました。わたしたちも、スペース セントポールのお店の前に机を並べました。そこはカテドラルの入口にあたるので、ミサに来た人やバザーの準備に来た人など、いろいろな人が見てくださり、さっそく品定めをしていく人もいました。

バザー開始の11:00になると、一気に人の数が増えていきました。今年はテントの配置が換わり、食事のための席数が増えているので、みなさん、ゆったりと世界各地の食事を楽しみ、語り合っていました。

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12:00からは、幸田司教の司式でインターナショナル・ミサが行われました。聖堂は立ち席までいっぱいの人でした。入祭の歌は「ジュビリー・ソング」で、祭壇横に並んだ色とりどりのTシャツを着た若い人々が手話をし、これからはじまるミサが、よく準備され、心が込められていることを感じました。

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ミサをはさんで、11:00から16:00までは、聖堂前でアトラクションが行われました。ダルクのメンバーのエイサー(琉球太鼓)とゴスペルを見ました。ダルク(DARC=Drug Addiction Rehabilitation Center)は、薬物依存症者の社会復帰のための施設で、全国45カ所に施設があります。今回は千葉、横浜、川崎ダルクなど5カ所から集まったメンバーが、力強い踊りを披露してくれました。身体を使ってのリハビリテーションの一貫として、エイサーが取り上げられているそうですが、重い太鼓を抱えながらの足腰を使った踊りとバチさばきで、相当の運動量だと思います。若い人もいました。辛い思いをしながら、なんとかして立ち直りたいと努力しているのだろうと思うと、ジーンとしてきました。見ている大勢の人々から、大きな拍手がわいていました。

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エイサーの次は、ゴスペルのステージです。三軒茶屋教会で練習しているというグループのメンバーから45人が歌ってくれました。ゴスペルは、聴衆も巻き込まれて、リズム感あふれるゴスペルを楽しみ、神を賛美しました。

インターナショナルデーには、カリタス・ジャパン、正平協(カトリック正義と平和協議会)、日本カトリック移住移民移動者委員会、カトリック東京国際センターCTICなどの支援団体はじめ、高輪教会、調布教会フィリピンボランティアグループの教会グループなど、50近い数の団体・グループが参加していました。その他、無料国際電話コーナーが設けられたり、無料医療相談会が開かれたりしていました。

お天気にも恵まれた一日を終え、日本に住む外国人や海外の人々を支え合い、交わることをとおして、イエスにおいてますます一つになっていくことができますように……と祈り、カテドラルを後にしました。

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2008年4月17日 (木)

■「ペトロ岐部と187殉教者」列福式に向けて

4月15日、長崎に行ってきました。長崎駅に一番近い教会、中町カトリック教会の敷地内にある女子パウロ会長崎支部を訪問するためです。

ご存じのように、11月24日、「ペトロ岐部と187殉教者」列福式が、長崎県営野球場(ビッグNスタジアム)で行われます。日本の教会が、長い間待ち望んでいた日本各地の殉教者たちが列福される、大切なそしてうれしい日です。列福式の標語とロゴも決まり、列福式へ参加するための申込みが各教区に設けられた「列福式参加申込受付窓口」ではじまりました。長崎支部のシスターによれば、地元長崎教区ではいろいろな委員会ができ、着々と準備が行われているようです。いよいよ近づいてきたなという感じです。

長崎では、ちょっと足を伸ばして、浦上教会の近くにある「サンパウロ」と「ピエタ」のお店にも行ってみました。中町教会にある「NAKAMACHIセント・ポール」もそうですが、それぞれのお店には列福式に向けたコーナーや展示などができていて、殉教者たちについて知ることができるよう促しています。ピエタの入口には、ロゴと標語の入った“バンナ(垂幕)”が掲げられていました。

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1 1981年2月、教皇ヨハネ・パウロ2世が来日されたとき、松山競技場のミサには大勢の信者が集まりました。長崎ではめずらしい大雪で、冬に処刑された殉教者たちの苦しみに思いをはせて、吹き付ける雪と冷気に耐えて祈りをささげました。今回列福式が行われるビッグNスタジアムは、収容人数25,000人だとか。日本各地から集まる信徒で満ち溢れることでしょう。

ピエタのお店では、師イエズス修道女会のシスターが描いたイラストの、殉教者のパンフレットと6種類のしおりが販売されていて、その中から、京都の殉教者「テクラ橋本」母子の絵を求めました。

現在、日本の社会ではカトリック教会は迫害を受けていませんが、今の社会の中で、どのような形で信仰を生き抜いたらいいのか、殉教者たちの神への信頼の模範を学びながら、列福式の日を迎えるための準備をしていきたいと思います。11月24日は、長崎で行われる列福式と時を同じくして、東京でも何か祈りをささげることができないかしらと思います。

長崎大司教区のページ http://www.nagasaki.catholic.jp/
カトリック中央協議会 http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/
        →「ペトロ岐部と187殉教者」をクリックしてください。

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2008年3月21日 (金)

■「赤坂サカス」オープニング“Sacasウォーク”

3月20日、「赤坂サカス」がグランド・オープンしました。オープニングイベントとして、TBSDsc086361_3 の テレビやラジオと関連したイベントをはじめ、いろいろなイベントが行われていますが、その一つとして「Sacasウォーク」がありました。「赤坂」の名のごとく、この周辺は「坂」がたくさんあります。また江戸城の近くに位置していたことから、大名屋敷や神社・仏閣も多く、「Sacasウォーク」では、これらの坂を歩こうという企画でした。参加者が多く抽選だったそうですが、めでたく当選しました。8:30~13:00まで、いくつかのグループに分かれて歩いたのですが、20日は大雨でどうなるかしらと思っていましたが雨天決行! たくさんの人が集まってきました。わたしたちは9:10出発のBグループの1、15人ほどがリーダーを先頭に出発です。「行ってきま~~す!」

歩く範囲は、赤坂サカス、氷川神社、東京ミッドタウン、高橋是清公園、豊川稲荷を結ぶ修道院のご近所です。

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氷川神社                             薬研坂

修道院のすぐそばにある乃木神社前の「乃木坂」もそうですが、本当に坂が多い地域です。江戸時代から道が悪く転ぶ人が多かったという転坂(ころびざか)、陸奥南部藩の下屋敷があったという南部坂、大石内蔵助の「南部坂雪の別れ」の舞台となった坂だそうです。氷川神社の横の氷川坂、長州毛利家の屋敷は檜の木が多く、檜屋敷とよばれたことからついた檜坂、毛利屋敷の日本庭園は東京ミッドタウンの檜町公園になっています。急な坂で、割増料金三分(さんぷん)を払ったことからついた三分坂、円通寺近くの円通寺坂、旭飛稲荷に通じる稲荷坂、元禄12年に新しくできた坂として名がついた新坂(しんさか)、薬草から薬を作るために使った薬研に似ていることからついた薬研坂、この坂は下って上ります。金沢藩主米倉丹後の主の屋敷があった丹後坂、急な坂で牛が悲鳴をあげて苦しんだという牛鳴坂(うしなるざか)。名前の由来がおもしろいです。

途中、5か所あるチェックポイントで、参加賞でもらったエコバックにスタンプを押してもらいながら歩きました。それぞれの坂には「江戸東京ガイド」のメンバーが雨の中を待っていてくださり説明をしてくださいました。さらに、交差点や曲がり角には、たくさんのスタッフが立ち、道案内をしてくれました。身体が冷えてしまったのでは……と心配しています。ありがとうございました。

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坂の説明をしてくれる江戸東京ガイドのメンバー    桜が満開の豊川稲荷と道案内のスタッフ

「後で江戸時代の地図を見てみたいね」と言いながら、大名屋敷があった道を歩きました。自分の住んでいる地域に目を向ける、よい機会となりました。桜が咲いたら、もらった“Sacas Waik Map”を手に、もう一度歩いてみたいと思います。

※赤坂Sacas http://sacas.net/

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2008年3月 4日 (火)

■「梅ヶ丘」の梅

咲くのが例年よりちょっと遅い感じの梅の花。しかし、このところの温かさで、修道院の庭の白梅、紅梅ともきれいに満開となりました。春の陽気に誘われて、1日(土)の午後、梅を見に近くまで足を延ばしました

目的地は、東京メトロ・千代田線を代々木上原駅で小田急線に乗り換えて4つ目の「梅ヶDsc074331丘」 駅です。駅から5分ほど歩くと羽根木公園があり、小高い丘一面、梅の木が植えられています。たくさんの種類の梅の木があるので、期待していきましたが、咲いているには1/4ほどで、ちょっと早かったかな……という感じでした。それでも、丘を登ってくる人は多く、梅の木の間の小道を歩いていました。

ときおり砂嵐のような強い風が吹いて空が暗くなるかと思うと、すぐ晴れて太陽の光が差したりと不安定でしたが、咲いている梅を見て歩くと、白にも黄色がかったものや、黄緑が入った白もあり、ピンクでも、濃いピンクや淡いピンク、赤も茜色と紅色……などなど、微妙な色の違いと、花びらの違いがあり、時間の経つのを忘れて見ていました。

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満開の枝垂れ梅の周囲では、一眼レフでじっと被写体を見てシャパっと撮影する人、友達と話しながら携帯電話でシャカっと撮る人とさまざまです。のんびりとした土曜の午後のひとときを、楽しんでいました。

今週末には、見頃になるのでは? 梅祭りも行われるようです。

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2008年3月 1日 (土)

■好きな番組(12)……エジソンの母

TBS 金曜22:00~23:54

なんだかどんどんおもしろくなっていくドラマです。

「どうして、1+1は2なの?」「どうして、鳥は飛べるの?」「どうして、静電気は起きるの?」どうして? どうして? ねえ、どうして??? 子どもには、わからないことがいっぱい。転校生の賢人の口癖は「ねえ、どうしてなの?」。彼にとって世の中、わからないことだらけ。そこで、担任の規子に尋ねる。しかし、応えられない質問ばかり。疑問が行動にも現れ、クラスのみんなを巻き込んで大騒ぎ。担任の規子は賢人に振り回され、子どもたちを押さえることができない。そのたびに学年主任の先輩教師祐子がやってくる。授業崩壊が繰り返され、「問題児」扱いされた賢人は、他の児童の保護者たちから転校を求められたりする。やがて教育委員会からも委員がやってくる。そんな中、いろいろな人から批難される賢人を、母親だけは必死で守り、理解してくれるようにと教師たちに訴える。

頭のいい賢人だが、縄跳びができない。「どうして縄がからまるのだろう?」と考えている。そこへ副担任がやってきて言う、「身体で覚えるんだよ」と。遠くで見ていた担任の規子が近づいてきて言う。「い~い。足が地についているとき、手は次を準備している。それが下に来たとき……。わかった!」賢人のことを理解できるようになってきた規子。「うん……」賢人は言われたことを頭の中で追ってみる。理解できた賢人は縄を回してみる。と、飛べた。「できた!」賢人は大喜び。副担任は言う。「そうか、君は頭で理解できないとダメなんだね」。規子の満足そうな顔。う~~ん、なかなか。

ドラマは回数を重ねていくにつれ、賢人の周囲が変わっていきます。子どもたちが賢人を受け入れていき、担任も授業を工夫するようになり、賢人に冷たくあたっていたベテラン教師の祐子も理解を示すようになっていきます。賢人の「どうして」に触発されて、授業は楽しくなり、子どもたちはみな「どうして」「どうして」を言うようになります。教育のあり方に問題提起をしているようなドラマです。

もう一つ、この番組の好きなところは、例えば2/29放送分でしたら、静電気や落雷、感電の仕組みを図入りで解説してくれるところです。小学一年生に説明しているのですが、テレビを見ているわたしたちも勉強できるのだ。(おっと、賢人の言い方になってしまった!)個性豊かすぎる先生たちも、愉快!!

子どもたち一人ひとりは、それぞれ違った良さを持っています。その子どもたちの能力をどう伸ばしていくのか、教師も両親も問われています。これから、賢人は問題児ではなく天才かもしれない……という方向が出てきます。これがどういう終わりを迎えるのか、子どもたちの生き生きとした笑顔とともに、今後の展開が楽しみです。

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2008年2月27日 (水)

■神とともにあるモーゼ

「教会の祈り」の“読書”では、四旬節の間、第1朗読として「出エジプト記」が読まれています。

エジプトに住んでいたヨゼフの子孫のヘブライ人たちは、神の恵みによって数が増えていきました。それがエジプト人にとって脅威と感じたファラオは、生まれた男の子を殺したり、奴隷として過酷な労働を課したりしますが、人数が増えるのを止めることはできませんでした。苦しい生活から救ってくださいと訴える民の声を聞いた神は、王女の養子として育てられたモーゼを、イスラエルの民のリーダーとして選びます。モーゼは今までの生活をすべて捨てて、イスラエルの仲間と生きる道を選びます。

ファラオとの気の遠くなるやりとりを経て、モーゼたちはエジプトから脱出することができます。イスラエルの民は自由を求めて、神が用意してくださっている約束の地へ向かうのです。しかしそれは、砂漠を歩く過酷な長い旅でした。

神から選ばれたモーゼは、次々とおそってくる困難に文句を言う民の声を神に伝え、また神からの言葉を民に伝えて、何十万人という民を導いていきます。リーダーとして苦労するモーゼを、神は支え導きます。そして、「わたしがともにいる」という言葉を確かなものとします。

出エジプト記を読んでいくと、モーゼが神と親しく交わり、民の指導者として成長していく様子が伝わってきます。そして、今日読まれる「出エジプト記」(33章、34章)では、シナイ山で神と語ったモーゼの顔の肌が光を放っていると表現されています。神の思いを自分の思いとし、民の心を抱いたモーゼ。神の栄光をいただくようになりました。スゴイ!

「プリンス・オブ・エジプト」というアニメーション映画をご存じでしょうか? モーゼの姿を描 Prince_3 いたCGを駆使したアニメで、ホイットニー・ヒューストンとマライヤ・キャリーが主題歌を歌いアカデミー賞主題歌賞を受賞した作品です。宮殿で王子と兄弟のように育ったモーゼが、宮殿を出て、ファラオと敵対する苦しみが描かれています。

  信じていれば きっと奇跡はおこるのよ
  望みははなかくとも 決して消えることはないわ
  きっと手に入るはずなのよ
  信じていれば あなたはいつかきっと
  それを手に入れることができるわ
  信じていればきっと

神に選ばれた信仰の人モーゼ。彼の姿を追いながら、神により頼む者の生き方を見つめていきたいと思います。

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2008年2月24日 (日)

■新しい視点……郡山司教の説教から

今朝のミサは、昨晩修道院にお泊まりになった鹿児島教区の郡山司教が司式してくださいました。

読まれた福音はヨハネ4章の、イエスとサマリアの女とのやりとりを描いた美しい場面です。サマリア人は、ユダヤ人から異邦人としてさげすまれていました。ですから、サマリアの女は、人目を避けるように人通りの少ない昼に、ヤコブの井戸に水汲みにやってきました。井戸のそばには、旅に疲れたイエスが休んでいました。ユダヤ人だったら口をきかないサマリアの女に、イエスの方から声をかけます。「水を飲ませてください」。
女は驚きます。「どうしてわたしに頼むのですか?」

こうしてイエスと女の水についてのやりとりが進みますが、イエスの語る意味と、サマリアの女の理解にズレがあり、話が通じません。

イエスは答えて言われた。
「この水を飲む者はだれでもまた渇く。
しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。
わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」

女は言った。
「主よ、渇くことがないように、
また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」

郡山司教の説教は、新しい視点を与えてくださいました。

「KY(ケーワイ)」という言葉を知っていますか? (昨年の流行語大賞を取った言葉ですDsc03523 ね。知っていますよ。)
空気が読めない。
そうです。わたしたちはイエスの空気が読めないところがあります。鈍いところがあります。考えや理解、思いが、イエスとすれ違っています。しかし、このすれ違いこそが、イエスがわたしたちに関わってくださる動機なのです。すれ違いがあったからこそ、イエスがいろいろと語ってくれたのです。イエスはこのすれ違いを埋めようとして語ってくだるのです。すれ違いを埋めようとしてイエスが語ってくださることが福音です。」

「すれ違いはすばらしい!」新しい視点をいただきました。毎日の人との会話や思いは、すれ違いばかりです。しかし、自己主張ばかり強くて、イエスのように相手を理解し、じっくり聞く姿勢が欠如しています。「そうか、今まですれ違いは悪いものと思っていたけれど、すれ違いはコミュニケーションのチャンスになるんだ……」と目が開かれたおもいがしました。新しい視点でした。

■郡山司教のブログ Ken's Page http://sdemo.net/pken

※写真は、2/23に行われたSIGNISインターネットセミナーでお話する郡山司教

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2008年2月14日 (木)

■喜びの司祭叙階式!

まだまだ空気が冷たい日々ですが、それでも、少しずつ春を思わせる空気を感じるようになってきました。春は卒業、入学、就職と、新しくスタートする喜びの季節ですが、カトリック教会でもこの時期は、司祭になるための課程を終了して、新しい司祭が誕生する喜びの季節です。司祭になる人が少なくなっている中でうれしいことです。

2月11日(月)、長崎教区では浦上司教座聖堂で、野濱助祭・山添助祭の司祭叙階式、と岩下神学生の助祭叙階式が行われました。
同じ日、福岡教区でも叙階式がありました。大名町教会で、佐賀教会出身の井手公平助祭の司祭叙階と十時(ととき)伸治神学生の助祭叙階(小倉教会出身)が行われました。佐賀教会のSさんから、叙階式の様子を知らせるメールが届きましたので、画像入りでご紹介します。

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「佐賀教会出身の井手神父さま(井手さんだの公平クンだのと呼んでいたのでなんかまだOoshiba2b ピンときません)の叙階式がありました。司式は鹿児島教区長の郡山司教様。

1,500人ぐらいの参列者だったそうで、カテドラルは人、人、人。感動・爆笑ありの、形式的ばかりでなくて、温かい式でした。
郡山司教様はとても愉快な方で、「雇われ司教ですが」なんて。
助祭叙階式も同時にあったのですが、出身が信者数2000という、小倉教会だったので、座りきれない信者さんたちのために臨時の椅子も用意されていました。(ちなみに「佐賀地区」の信者数が、2,300あまりです)
17日は佐賀教会で初ミサです。(^o^)

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新司祭、新助祭誕生が、出身教会の人々の喜びであることが伝わってくるようで、叙階式の緊張と心の底から出てくる喜びが伝わってきました。

4月29日には、わたしたちパウロ家族でも、叙階の喜びをいただきます。聖パウロ修道会の吉田助祭(四日市教会出身)の司祭叙階式が、東京・四ッ谷の聖イグナチオ教会で行われます。久しぶりの叙階式で、今からもワクワクしています。

叙階式は、春の太陽の輝くまぶしい光のように、神さまからいただくキラキラ光る喜びの日です。

■長崎教区のwebサイト
 http://www.nagasaki.catholic.jp/framepage1.html

※写真提供:佐賀教会の西田さん、大芝さん、行橋教会の小田崎さん

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2008年2月11日 (月)

■“のんびり~”も必要!

今年は、雪が多く気温も低い日が続いた東京ですが、連休最後の日の今日は、穏やかで春を感じさせる陽気でした。

上野の国立科学博物館で開催されている「世界遺産 ナスカ展」を見ようと上野に行きました。上野公園は、すごい人です。こんなに大勢、みんなどこへ行くのかしら、動物園かしら? と思いながら歩いていると、「ナスカ展にご来場のお客様は、こちらからお並びください。ただ今、待ち時間1時間です!!」という声が聞こえてきました。ええっ!? 大変だ! 導かれるままに進むと、入館を待つ人の列が公園の木々の間の小道に伸びていました。最後尾の看板に引き寄せられるように人が集まってきて、列はますます延びていきました。1時間ねぇ……どうしようかしらと迷ったのですが、ナスカ展はまた別の機会にしようということで、不忍池を散歩して湯島から地下鉄に乗って帰ることにしました。

上野のお山を下って不忍池に行ってみると、こちらもすごい人です。家族や友達と連れだって、屋台で食べ物を買ったり、ベンチでゆっくりとお話したり、ボートに乗ったりと、人々は温かい陽射しを浴びて過ごしていました。池の中の、杭の棒の一つひとつに留まっている鳥を見ながら、こちらの心ものんびりとなりました。

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