2009年11月 7日 (土)

■ エルサレム第二神殿の模型

Jerusalem エルサレム神殿には、第一神殿、第二神殿、ヘロデ神殿があるのをご存じですか。
エルサレム第二神殿は、ソロモンが建設した第一神殿の同じ場所に、紀元前515年にバビロン捕囚から戻ってきたイスラエルの民がゼルバベルの指揮で再建した神殿です。ゼルバベルの建設した第二神殿は規模も小さく、みすぼらしいも のだったので、後にヘロデ大王が大規模な改修荘厳工事を行いました。 この改修はきわめて大規模なものだったのですが、第三神殿とは言って いません。枢要な本体部分には手を付けなかったためです。イエス時代 の神殿はそのヘロデの改修になる第二神殿です。
この時代の神殿の模型を、ケセン語訳聖書で知られる山浦玄嗣(やまうら はるつぐ)先生が、作られました。
製作期間100日。縮尺400分の1。90cm×120cm。ソロモン回廊や王者の回廊を構成する列柱の数だけでも685本あるそうです。
荷造り用の紙ひもで作り上げられたそうです。
実は、月刊誌「あけぼの」を担当しているシスターから、この話しを聞き、写真を見せていただき、そのすばらしさに感激して、ぜひ皆様にも見ていただきたいと紹介させいただくことにしました。
どう見ても、荷造り用の紙ひもで作られたなどとは思えません。これは、エルサレム21世紀版神殿とでも言いたいくらいです。
聖書の世界を模型という目に見える形にすることで、聖書がもっと身近なものになるのではないでしょうか。
皆様もチャレンジしてみられませんか?

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2009年11月 4日 (水)

■ 聖パウロ修道会来日75周年 感謝のミサ

11月3日(祝)に、聖パウロ修道会来日75周年を祝うミサが、四ッ谷の聖イグナチオ教会主 聖堂で行われました。さらに、戸村神父、山内神父の司祭叙階25周年とブラザー井手口の修道誓願宣立25周年もお祝いしました。東京教区の岡田大司教の主式で、森司教、聖パウロ修道会の副総長、韓国の管区長ら約30名の司祭たちにより、聖パウロ家族をはじめ、多くの人々が聖堂いっぱいに集まり、ともに感謝のミサをささげました。これまでの75年の歴史と、25年の司祭生活・修道者生活をじっくりと味わうような落ち着いた雰囲気がありました。

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                                                            誓願更新をする3人

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ブラザー井手口                                                     左から、戸村神父、岡田大司教、山内神父

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1934年(昭和9年)、満州事変が起こり軍国主義へと傾いていく日本に、創立者アルベリオーネ神父は2人の司祭を派遣しました。彼らは一か月の船旅の後、神戸港に着きました。ミサの終わりにあいさつに立たれた山内神父は、修道会のこれまでの歴史を次のように語りました。

「75年間を25年に区切って語ることができます。1935年~1959年の最初の25年は、苦労した時代でした。開拓精神が開花した時代です。やっと築いた建物が、戦争で焼かれてしまいました。1960年~1984年の次の25年は、苦労をかみしめながら召命も使徒職も発展した時代です。社会も修道会も成長しました。1985年~2009年の25年は、召命が少なくなり、今は志願者がだれもいない状態です。本もなかなか普及しない時代です。その中で、昨年は「パウロ年」を過ごしてきました。わたしたちは、精神、知識、すべてにおいて無知で無力で不足しています。この75年、多くの人が支えてくださったことに感謝します。社会の動きに応じて、発展していきたいと思います。」

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聖パウロ会員たちを囲む人々の喜びの姿から、彼らが人々から愛されている存在であることがわかりました。次の25年は、どんな歩みが待っているのでしょう。今までとは違った形での社会への奉仕になるのかもしれません。これからも、師イエスが豊かに導いてくださいますように。

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2009年10月26日 (月)

■ 感謝のあいさつ……函館教会めぐり

札幌に修道院ができてから42年。広い北海道の地で宣教に励んできた札幌支部が、この10月で閉鎖することになりました。今までお世話になった方々にごあいさつをするため、20日から23日まで、函館、伊達、苫小牧をまわってきました。

函館は、赤や黄色が美しい紅葉の季節を迎えていました。訪問したのは、函館の元町教会、宮前町教会、湯川教会、殉教者聖ゲオルギオのフランシスコ修道会、ラ・サール会、シャルトルの聖パウロ修道女会、夏の2か月間、展示即売をさせていただいたトラピスチヌ修道院、当別のトラピスト大修道院、旭ケ丘の家老人ホームレジダントのグロード神父、その昔、函館地区の家庭宣教をしていたころ宿泊させていただいたKさん宅、伊達のカルメル修道会、苫小牧教会です。

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カトリック元町教会                      カトリック宮前町教会

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トラピスチヌ修道会前庭にある               トラピスト修道院に続く並木道
幼いイエスの聖テレジアの像  

函館は、神戸、長崎、横浜、新潟と一緒に、1859年に国際貿易港として開港し、今年開港150周年を祝っています。開港とともに、宣教師たちもやってきたのでしょう、カトリック元町教会も今年「宣教150周年」をお祝いしました。石畳が美しく整備されたこの地域は、道を挟んで建っているハリスト正教会と聖ヨハネ教会も、美しくライトアップされています。宮前町教会は、お寺のようなどっしりとした木造建築から、コンクリートの壁が現代風な円形の聖堂になりました。修学旅行生やツアー客など、あいかわらず大勢の観光客でにぎわっているトラピスチヌも、修道院の聖堂内部が改装され、「旅人の聖堂」ができ、売店もきれいになっていました。函館市の夏のイベント・五稜郭公園で行われる野外劇の実現に貢献したグロード神父さまも高齢になられましたが、その知識の豊かさと熱心なお話は変わりません。トラピストの有名な並木道は木々が成長し、修道院の正面を隠しています。……時の流れを感じます。

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グロード神父                          伊達のカルメル修道会

熱心に働く宣教師たち、黙々と働きながら人々のために祈っている観想会のシスターやブラザーたち、信徒のために働く司祭たち……、五稜郭タワーに上って函館港に沈む夕日を眺めながら、訪問した3日間を思い出し、独特の歴史を持つ宣教の街・函館を味わいました。

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函館港の夕日                         五稜郭の紅葉 

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2009年10月17日 (土)

■ パウロ家族の集い

Dsc_0013 10月12日、東京・乃木坂の修道院で、パウロ家族の集いが行われました。
パウロ家族とは、ヤコブ・アルベリオーネ神父によって創立された10の修道会のことで、日本には、聖パウロ修道会、聖パウロ女子修道会、師イエズス修道女会(創立順)があり、聖マリア・アンヌンチアータ会が誕生しつつあります。
パウロ家族は年1度、ともに集い交流を深めています。
今年のテーマは「喜びをもって司祭職を生きる」で、ミサを中心に昼食、交流会と半日あまりを過ごしました。
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ミサでは、聖パウロ修道会の司祭たちが司祭職の「約束の更新」が行われました。
また、オメリア(説教)で最初の日本人聖パウロ修道会司祭である桑島神父が、日本の聖パウロ修道会の創設者パウロ神父が戦争中スパイ容疑で投獄された時のことを話されました。パウロ神父は、1ヶ月以上の投獄生活の中、暗唱していたラテン語聖書で、深い霊操の祈りを行ったそうです。一同、このパウロ神父をとおして司祭職の尊さを再認識させられました。
交流会では、各会がこの日のために練習してきた歌やゲーム、踊り、手品などを披露し、笑いの中で楽しい時を過ごしました。
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同じ創立者によって建てられ、ともに日本の地で宣教する兄弟、姉妹たちの存在は大きな喜びであり力となっていることをあらためて感じた1日でした。

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2009年10月13日 (火)

■マザー・テレサとともに祈るロザリオ

1010dm10月は、ロザリオの聖母にささげられています。10月10日(土)の午後5時から、女子パウロ会のオンラインショッピング“Shop Pauline”とWebサイト“Laudate”の主催で、「マザー・テレサとともに祈るロザリオ」の集いを行いました。プロジェクターを使って、マザー・テレサの画像と言葉を写しながら、喜びの神秘を祈りました。

その後、お茶の時間には参加した方とともに歓談しながら、聖母やマザー・テレサに関する書籍、CD、ロザリオなどをご覧いただきました。

参加なさった方のなかには「教会では、ロザリオをあまり唱えないので、今日はお祈りできてよかったです」という方がいらっしゃいました。また、“Laudate”のユーザーの方は、「トップページで毎日更新される『今日のことば』を楽しみに読んでいます。子どもたちと接する仕事をしていますが、子どもたちに神について話すとき、いつもヒントをいただいています」とおっしゃっていました。

ホームページの使徒職では、実際に普段読んでくださっている方にお会いすることはほとんどありません。しかし、こうしてユーザーの方と直接出会って、ページについての感想などをうかがうことができ、わたしたちにとってうれしく、これからの制作の参考になりました。

今回参加なさった方は、女性ばかりでした。「女子修道院」なので、男性は遠慮していらっしゃるのでしょうか? 次回はまた別のテーマで集いを計画しておりますので、男性の方もぜひご参加くださいますよう、お待ちしております。

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2009年10月10日 (土)

■ 全国広報担当者会議

Koho01_2 10月5日から7日まで、潮見のカトリック中央協議会で全国広報担当者会議が行われました。
「地元メディアと協力していかにカトリック広報活動を展開していくか」が、今回のメインテーマでした。
参加者は約30名。各教区の広報担当者に加えて、今年は“SIGNIS Japan(シグニス ジャパン)”のメンバーとカトリックの出版社からも参加しました。
皆様は、“SIGNIS Japan”をご存じですか? “SIGNIS”は、メディアの領域で活躍するカトリック信者が、相互に連携し協力して、福音的価値観を社会に根付かせるために、共通の理念のもとに集う団体です。世界140カ国にあり、ベルギーのブリュッセルに本部事務局があります。
Koho02 会議の1日目は、昨年長崎で行われた列福式についての反省とまとめとして、長崎教区広報委員会から「列福式を通して得たメディアとの貴重な体験」が分かち合われました。2日目は「広報関係者の協力の可能性」として、各教区間やカトリックの出版社との協力。また、“SIGNIS Japan”との協働について話し合われ、3日目に今会議の総括と今後の展望について話し合われました。
Koho03 映画やホームページなどのメディアを使った宣教を行う“SIGNIS”に、皆大いに興味を持ちつつ、教区と何が協働できるのかという点には、まだはっきりとした答えは出ませんでした。しかし、“SIGNIS Japan”の主催で行われている「日本カトリック映画賞」の上映が来年は東京以外の地でも行われる可能性が個別に話し合われていました。
ミーティングの間の休憩時間や食事、懇談会で交流を深め、互いに和気あいあいと話し、広報の苦労話などに花が咲いていました。
皆様は普段、カトリック新聞や教区報、また教区などのホームページをどれくらい利用しておられますか? あまり読んだことがない方は、ぜひ一度ご一読ください。

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2009年10月 6日 (火)

■ ロザリオの月

001 10月は、「ロザリオの月」です。修道院でも、日曜日以外の毎朝8時半から聖堂で共にロザリオの祈りを唱えています。
共同体で祈ると、数がわからなくなる心配はないのですが、どうも1人で祈っていると、ロザリオの珠を繰ったのかどうかわからなくなることがありませんか。
まだわたしが、洗礼を受けたばかりのころ、ロザリオの祈りを1人で唱えるといつも数がわからなくなる話をしました。それを聞いていた方が、「足りなければマリア様が唱えてくださるし、多ければそれだけ多くのバラの祈りをマリア様と共にささげることになる」と言われました。
聖母マリアが、わたしと共にロザリオの祈りを祈っていてくださるのだと思うと、なんともいえない喜びに満たされたことを今でもよく覚えています。
時々、ロザリオの祈りの唱え方がわからないとか、ロザリオの祈りは1人でしか唱えたことがないといった声をお聞きすることがあります。今月10日土曜日午後5時に、東京乃木坂の修道院で、「マザー・テレサと共に祈るロザリオ」というテーマでロザリオの祈りを行います。お近くの方は、ぜひお越しください。
※ 詳細はこちらをご覧ください。 → 「マザー・テレサと共に祈るロザリオ」

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2009年10月 3日 (土)

■ 赤トンボ

♪ 夕焼け 小焼けの 赤とんぼDragonfly02
   おわれて 見たのは いつの日か~♪

秋になるとなんとなく口ずさんでしまう「赤トンボ」の歌。子どものころ、地方で育ったせいかよく赤トンボを見かけました。けれど、最近ちっとも赤トンボを見なくなってしまいました。
先日、千葉に出かけたとき、公園の水辺に赤トンボを見つけました。あわててカメラを向け、シャッターを切った写真です。秋風が赤トンボのとまったオミナエシを揺らし、ちょっとピントがあまいのですが・・・。

Dragonfly01_2 赤トンボと単純に言っても、国内に15種類の赤トンボがいるそうです。
この赤トンボはどんな種類か小さくてわかりませんが、久々に赤トンボに出会えて、なにかやさしい気持ちになることができました。

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2009年9月27日 (日)

■ コスモス

コスモスの花畑に行ってきました。この日は、快晴。青空に風にやさしく揺れるコスモスの花を見ていると、たまっていた疲れも一気に飛んでいきます。

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一輪一輪をゆっくり見ていると、コスモスにもいろんな種類があるのに驚きました。
淡いピンク色の花びらの縁を彩るピコティ、花弁が筒状になったパイドパーホワイト、シーシェル、半八重咲きのサイケ・・・等々。29種ほどあるそうです。
コスモスの花言葉は「乙女の真心、純潔」だそうです。清楚な美しさが心をなごませてくれました。

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2009年9月24日 (木)

■ 聖☆おにいさん

Saintyoungmen 講談社から出版されている『聖(セイント)☆おにいさん』をご存じでしょうか。
オリエンス宗教研究所から出版されている「福音宣教」でも、この本のことが紹介されていました。
2007年から、雑誌「モーニング ツー」に連載中のまんがで、2009年手塚治虫文化賞を受賞しています。
その内容は、世紀末を無事に越えたイエス・キリストと仏陀が、東京の立川でアパートをシエアして、この地上で“下界でのバカンス”を過ごしているというストーリーです。細かいお金を気にするブッダと、衝動買いが多いイエスが描かれています。このような発想が生まれるのは、日本だからでしょう。
いくら、宗教の影響力が低下しているキリスト教国や、仏教国でも考えられないことでしょう。
作者・中村光(なかむら ひかる)氏は、女性。たぶん、特定の宗教を信じておられないのでしょう。
日本でも、熱心にキリスト教を信じている人びと、仏教徒の方からは、内容的にそうとう猛反撃があると思われるところもあります。しかし、宗教にあまり関心を持たない方たちに、仏陀やイエス・キリストについて興味を持っていただくための助けとなるかもしれません。
皆様はどう感じられますか?

中村光氏のオフィシャルウェブサイト:http://www.nakamurahikaru.com/

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2009年9月14日 (月)

■架け橋になりたい……

02 みなさんは、「日本カトリック信徒宣教者会(JLMM)」をご存じですか。この団体は、カトリックの信徒をアジア・太平洋地域に派遣し、さまざまなボランティア活動を行っています。現地の人びとと喜び、悲しみをともにしながら生活し、キリストのことばを生きることを目指しています。

この信徒宣教者会に所属し、カンボジアで約4年間活動している、高橋真也(たかはし まさや)氏が乃木坂の修道院を訪れ、現地での活動を話してくださいました。

高橋氏が活動しているのは、トンレサップ湖の上にあるコンポンルアンという村です。この村は湖の上にあって、1600世帯以上の人びとが船の上で生活しています。彼らの多くはベトナム人で、昔、魚が豊かな場所を求めて、メコン川を渡ってトンレサップ湖に来て、そのまま住むようになりました。水上村の人びとは漁業で生計を立てており、電気、ガス、水道はありません。生活用水として湖の水をそのまま利用していますが、生活廃水や家畜の排泄物、ゴミなども全て湖に廃棄しています。そのため湖の水は汚染され、特に子どもたちを中心に、健康への悪影響が心配されています。また、子どもたちは12歳ごろから働きはじめ、ベトナム語しか分からないため、カンボジア語で教えている陸地の学校に行くことができません。

JLMMの主な活動は、保健衛生の指導、母子保健のためのプログラム、病人訪問、子どもたちにカンボジア語を教える識字教育などです。

人びとは多くの困難を抱えて生活しています。ある日、高橋氏が現地の方に、「あなたにとって、幸せなことって何ですか」とたずねると、「お金が無いけれども、それを自分の人生として受け止めています。つらいことをたくさん経験したから、ちょっとでも収入があればそれで幸せだし、今、幸せです」と答えたそうです。「どんな状況でも生きられる、人間の強さを感じました。そして貧しいからこそ、少しのものに感謝できる彼らの姿を見て、『幸せ』について考えさせられました」と話しておられました。

また、病を抱えた一人の赤ちゃんの容態が悪くなり、そのお母さんに付き添って、車で3時間かかるプノンペンの病院に行ったときのこと。結果的に病院に着く前に、赤ちゃんは亡くなり、高橋氏は「自分には何もできなかった」ととてもショックでした。しかし、お母さんをはじめ、村の人びとは一生懸命尽くしてくれた彼に感謝してくれました。お母さんが、一番つらい思いをしているはずなのに、やさしく「ありがとう」という言葉をかけてくれたことに、弱く貧しい人のなかに働く神の存在を感じたそうです。

カンボジアでの人びとをとおして、「自分が弱くても相手を気遣う」、「何もできない人を受け入れる寛大さ」、「他人の痛みを分かってあげられるやさしさ」を何度も体験したそうです。そしてそれは温かい神の姿と出会う恵みのときでした。

高橋氏のカンボジアでの活動は、まだ続きますが、将来は神と日本の人びとの「架け橋」になって、自分のおかれた場で、貧しい人とともにいる神の姿を多くの人に伝えたいそうです。

高橋氏のいきいきとした姿に、若さとたのもしさを感じました。わたしたちにできることはわずかですが、まずは人びとの現状を「知る」ことが大切です。わたしたちも日々の活動をささげることで、彼らに必要な恵みが与えられますように、祈りましょう。

日本カトリック信徒宣教者会(JLMM)ホームページ

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2009年9月 9日 (水)

■韓国コミュニケーション研修について

有期誓願者のシスターが韓国で研修を受けました。その話をご紹介いたします。


01 今回、わたしは韓国の有期誓願者対象のコミュニケーション集中講座に招いていただき、通訳のシスターとともに8月4日から12日まで参加いたしました。そこで学んだり、感じたりしたことについて、分かち合わせていただきたいと思います。
この研修は広告やインターネットなどの特徴を学び、わたしたちがそれをどのようによりよく用いることができるかを考え、その方法を模索するという目的で行われました。主な内容は、広告についての学びと実習、インターネットの特徴と言論についての考察、キリスト教の教えを学ぶための映像制作でした。

広告についての学びでは、何気なく見ている広告が様々な効果を取り入れて作られていることが分かり、楽しんで見るだけでなく、そこに隠れたメッセージにも注意を払う必要があることを感じました。その後の実習では、女子パウロ会の新刊本の書店用ポスターを作ってみました。広告の制作は、クリエイティブでおもしろい作業でしたが、一方で本が持っているメッセージや特徴を分かりやすく表現し、人に興味を持って見てもらえるように作るというのは大変だ、と実感しました。

02 また、韓国のインターネットの特徴を少し知ることができたように思います。韓国のシスターたちは、アメリカ産牛肉の輸入反対を訴えて起こった大規模デモを取り上げて、そこでインターネットや携帯が果たした役割について調べ、発表していました。韓国ではインターネットや携帯を使って、デモについての情報が速く、かつ多くの人びとに伝えられたことで、政府に影響を与えるほどの大規模なものになった、ということのようでした。わたしには、国民がひとつになって政府に働きかけていくような力強さは、韓国という国の特徴のように感じられました。
 
研修の終盤には教理用の映像の制作がありましたが、わたしの場合は、韓国に滞在した記録を短い映像にして、日本のシスターたちへのおみやげにすることにしました。勉強している様子やレクリエーション、見学した場所などの写真を選んで、音楽とともに振り返ることにしました。映像制作は初めてでしたが、内容の構成、写真の選定、映像の効果などを実際に体験しながら、企画や準備、作業手順の大切さを学ぶことができました。
 
最後に韓国のシスターたちと分かち合ったり、祈りをともにしたりする中で、わたしが感じたことは、国や民族、文化は違っても人間が抱える問題や苦しみは同じだ、ということでした。この気づきによって、互いの違いを理解しながらも、人間として共感しあう絆があることを知ることができたように思います。今の社会はインターネットなどのメディアによって、多くの国や人々について知ることができますが、あふれる情報の中にあっても、この絆を見失わないで、大切にしたいと思いました。

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2009年9月 3日 (木)

■病めるドイツの教会

前回に引き続き、ドイツで宣教しているシスターの話をご紹介します。

011 約十年前、ケルンの精神科医リュッツ医師が、ドイツのカトリック教会をかたくなで頑固な大患者として分析して診断し書いた本が、教会内でベストセラーとなりました。この本は、確かに現在のドイツカトリック教会の現状を端的に表していると思います。

ドイツの教会を見るとき、過去の歴史と切っても切り離すことができません。遠く中世に起こったルターの宗教改革にはじまり、近年はローマ教皇と結ばれたコンコルダートなどなど。教区司祭に、国家公務員として国が徴収する宗教税から給料が支払われる制度は、世界中どこを見てもドイツ以外にはありません。これらさまざまな契約・組織が、旧約時代のモーセの律法のように教会をがんじがらめにし、その活性化を阻んでいることは事実です。その上、年々増大する信徒、特に若者の教会離れと司祭・修道者の召命の減少、高齢化がこれに拍車をかけ、現在の組織・あり方にメスを入れざるを得なくなったのです。それをリュッツ医師が見抜き、病状の重さ、治療すべき点、治療方法などを的確に指摘したのです。

現在、全ドイツの教区で進められている改革点は、経費の削減、小教区の統合、そして外国人司祭の招へいです。今や、一司祭が五、六千人の信徒がいる教会を五~六人の司祭が担当しているのが普通です。また約五、六年前から、インドやアフリカからの教区司祭の姿をあちこちで見られるようになりました。渡独した二十三年前の当時、「ドイツも宣教国になった」と何度か聞いたことばを、現在本当に自分の目で見、肌で感じられるようになったのです。

不思議なことに、司祭・修道者の召命減少、信徒の教会離れが年々進んでも、ドイツ司教団を母体とする各種の募金団体が発展途上国のために待降節や四旬節に集める寄付金は、減らないどころか増えています。信仰のパラドックスというのでしょうか、ドイツ人の信仰の深さ、真の信仰のあり方をそこに見るような思いがします。

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2009年8月31日 (月)

■わたしの見た東西ドイツ統一

ドイツで宣教しているシスターが、日本に一時帰国し、姉妹たちにドイツの様子を話してくれました。今回はその話を、みなさまに分かち合いたいと思います。
 
 
Sr03 もし、ベルリンの壁が20年前に崩壊していなかったら? そう、現在の世界がまだ誕生していなかったことは確かです。その意味でベルリンの壁崩壊が世界に及ぼした影響、意義、その貢献は計り知れないと思います。
 
20年前、「わたしたちドイツ国民の願いは東西統一」と、知人がわたしに語ったこの悲願がその半年後に実現しようとは……。電流の通う有刺鉄線によって厳重に東西を隔てる国境を見たことがあるわたしには、当時、この悲願が夢のように思われました。
 

Sr02 あれから20年。この壁の崩壊によって端を発した共産圏の崩壊は、世界中を変動に巻き込みました。崩壊直後、怒濤のごとく西ドイツを訪れる東ドイツ人の群れ。共産圏崩壊直後、フランクフルトのブックフェアで偶然目にしたドイツ人と中国人の困惑を見かねてした筆談による通訳。密入国、薬物所持で拘束された中国人とドイツ警察間の通訳。今となっては、どれも懐かしいです。
 
現在は多くの東欧諸国がEUに加盟し、国境警備が撤去されつつあります。しかし、陸続きのため、東欧のみならず遠くアジア諸国からの不法入国と犯罪が増大し、もはや一つの社会・刑事事件は一国では済まされず、多数国間の問題となっています。
 
東西ドイツの統一に起因する、現在のドイツの大きな問題として、高い失業率、東西の経済格差、移民・外国人労働者とネオ・ナチグループの増大などを挙げることができます。
 
久しぶりに帰国し、多くの日本の方々がドイツ国民の過去の歴史への対応の仕方や、現在の社会問題と未来への取り組み方に高い関心を示し、ドイツをお手本にして日本のため、世界のために一つでも何かを学ぼうとしている真摯な姿を見て、深い喜びを覚えます。足りないものだらけのわたしですが、日本とドイツという二つの国を知り、そこに住む恵みに感謝しつつ、残された力と時間の範囲内で、少しでも両国間の架け橋になれたらと思う今日この頃です。

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2009年8月28日 (金)

■シスター・ストラップ

Strap01 先日、あるシスターが書店でおもしろいものを買ってきました。「シスターのストラップ」です。袋には、「職業別ストラップ」と書いてあります。製造している会社は雑貨を専門としているようですが、なぜ「シスターのストラップ」を商品にしようとしたのか、不思議です。

最近、シスターの登場するドラマなどが放送されていますが、着ている修道服はいつも古風なものです。このストラップのシスターもそうで、長袖のオーソドックスなタイプです。社会の人びとのイメージはそうなのでしょうか。

買ってきたシスターによると、シリーズで医師や宇宙飛行士などいくつかの職業のストラップが並んでいたそうです。商品に書いてある「職業別」ということばが気になり、「シスターって『職業』なのだろうか?」と考えましたが、もちろん「職業」ではありません。神と人びとのために生涯をささげるという「生き方」の一つであり、家庭の父親、母親がそうであるように、わたしたちは、24時間「シスター」です。

Strap04_3 日本では「シスター」というと何だか遠い存在のように感じられるかもしれませんが、「ストラップのシスター」となると、何だか親しみを感じませんか? このような商品が販売されていることに、驚くと同時に、いろいろな文化を取り入れる日本の社会のユニークさを感じます。

「ストラップのシスター」のように、わたしたち本物のシスターも人びとにとって、身近な存在でありたいと願って、日々歩んでいます。

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2009年8月22日 (土)

■DVD「コルベ神父の生涯」上映会

0829乃木坂の修道院で、8月21日の午後7時から、DVD「コルベ神父の生涯~アウシュビッツ 愛の奇跡~」の完成を記念して、このDVDの上映会を行いました。女子パウロ会のオンラインショッピング“Shop Pauline”とWebサイト“Laudate”の主催で企画された集いで、今回で4回目になります。

このDVDは、映画「アウシュビッツ 愛の奇跡 コルベ神父の生涯」完全版で、コルベ神父のドキュメンタリーと津嘉山正種さん主演のドラマから構成されています。

「アウシュビッツ」という人類史上、最も残酷な場においても、最後まで隣人愛に生きたコルベ神父の生き方に、心が揺さぶられるような思いがしました。「平和」について、「他者を愛するとはどういうことか」考えさせられる内容でした。

Laudateを見てはじめていらした方や、近くの会社にお勤めで、その帰りにいらした方もいらっしゃいました。「普段忙しくて教会に行く時間もあまり取れないのですが、今日は信仰について考えるよい機会となりました」という声もあり、みなさんに喜んでいただきました。

次回は、10月10日にロザリオの祈りを予定しております。みなさまのご参加をお待ちしております。

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2009年8月16日 (日)

■ 写心巡礼 祈りの五島列島

Siyashinjyunrei01_3 8月15日(土)から9月30日(水)まで、カトリック関口教会のスペース・セント・ポールで、松田典子氏の「写心 祈りの五島列島」写真展が開催されています。この写真展のオープニングパーティーが、15日にカトリック関口教会で行われ、五島うどんの試食会やOJC(おやじ ジャズ コンボ)のジャズ演奏もありました。
松田氏は、昨年、数度にわたり五島列島を訪れ、50の教会堂と信者の方たちを撮影してきました。今回の写真展は、5000枚におよぶ写真の中から選ばれたものです。これらの写真の一部は昨年10月から共同通信社からフォトエッセイ「写心巡礼」として配信され、長崎新聞をはじめ多くの地方紙で掲載されてきました。
松田氏はオープニングパーティーのあいさつの中で、信者の方たちとの出会いから「祈りの心」を撮りたい、伝えたいと思ったと話されました。
Siyashinjyunrei02 Siyashinjyunrei03

      松田氏                            下窄師

Siyashinjyunrei04 Siyashinjyunrei05

その後、五島出身のお二人東京教区の立花神父と、カトリック中央協議会の下窄神父が話され、下窄師はその話の中で、「五島の教会は、文化遺産ではなく生きている」と言っておられました。その言葉どおり、松田氏の写真には、素朴な深い信仰の香りを感じることができます。
信仰の島・五島の魅力あふれるこの写真展を、ぜひご覧ください。
Siyashinjyunrei08 Siyashinjyunrei09

Siyashinjyunrei07 ※ 写心巡礼 祈りの五島列島
・開催日:2009年8月15日(土)~9月30日(水)
     休 館 日 毎週月曜日
     開館時間 10時30分~17時
・会 場:カトリック関口教会 スペース・セント・ポール
     → 地図

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2009年8月13日 (木)

■ 被爆した十字架と鐘

Hibaku01 広島の平和記念聖堂から歩いて10分くらいのところに、日本キリスト教団流川(ながれかわ)教会があります。この教会の礼拝堂には、被爆した十字架が祭壇の上方に、鐘が祭壇の右側にかけられています。
この十字架と鐘は旧会堂(日本メソジスト広島中央教会)の鐘塔の上にあったもので、十字架は縦が2メートル横が1メートル20センチの木製十字架の表面を銅板で覆ったものでした。
1945年8月6日、鉄筋コンクリートづくりの会堂は被爆し、外壁のみを残して倒壊しました。この時、塔上の十字架も落ちました。表面の銅は熱で溶けてしまい、落ちたショックで十字架の下の方は折れてしまいましたが、がれきの下にうもれたために、木製だったのに燃えず表面が消炭状態になって残りました。十字架は、爆心地に向いていた裏側が、やけどの具合がひどかったそうです。
Hibaku02 また、鐘は被爆した際に塔から落下してひびが入っています。
1943年から40年間、流川教会を司牧したきた谷本清牧牧師(ご自身も己斐町で被爆しながらも、被爆者の救護活動に従事し、原爆症で命の危険にありながら奇跡的に回復して、原爆乙女をアメリカに引率した牧師)が、この十字架と鐘を大切に保管しておられました。
被爆50周年目に、被爆死没者を含むあらゆる戦争の犠牲者の追悼、罪の謝罪と罪の贖い、和解と平和を求めるというこれらのシンボルとして、この十字架と鐘は再び礼拝堂に架設されました。
被爆された方たちにとって、一瞬たりとも被爆の苦しみは消すことができないものです。
信徒の方たちにとっても、被爆した十字架と鐘は、その苦しみを思い起こさせるものだと思います。しかし、その十字架と鐘を教会にかかげることにされた、信徒の方たちの深い祈りを感じました。その祈りがあるからこそ、必ず平和は実現されるのではないでしょうか。そして、その祈りはわたしたち一人ひとりが、平和のために引き継いでいかなければならないと思います。
深い痛みを感じながら、この十字架を仰ぎ見、平和への祈りをともにしました。

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2009年8月10日 (月)

■平和への思いを新たに

081001_3 8月9日、長崎では原爆投下から64年目の日を迎え、NHKでは平和祈念式典の模様が放送されました。被爆者の方々が今も苦しんでおられる様子が伝えられ、特に被爆者代表として「平和への誓い」を宣言された、奥村アヤ子さんの体験には心が痛む思いがしました。

奥村さんは当時8歳で、9人家族でした。しかし原爆によって家族全員を失い、奥村さんだけが生き残ったそうです。それまで幸せだった家族が、一瞬のうちにして奪われました。「両親や兄弟がいない生活は地獄そのものでした。何十年たっても消えることのない苦しみと悲しみを生み出す核兵器は、地球上に要らないのです」との言葉に、改めて核の恐ろしさを感じさせられました。

081002_8 長崎市の田上市長は「平和宣言」の中で、広島市の秋葉市長と同じく「核なき世界を目指す」と宣言したオバマ米大統領を支持し、核廃絶に向けて連帯していくことを表明しました。またカトリック司祭でもある、デスコト国連総会議長は、7日から長崎で行われている平和市長会議の中で「核廃絶を目指すには明確な実施計画が大事。日本はリーダーシップを発揮してほしい」と述べたそうです。

オバマ大統領の発言は世界を動かし、大きな希望を与えています。「彼のようなたのもしい政治家が1人でも多く登場してくれたら……」と願ってやみません。まずわたしたちが「平和のためにできること」を見つけ、小さなことでも行動に表していくことが大切だと考えさせられました。

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2009年8月 4日 (火)

■聖ビアンネの記念日に思う

Shi23050004 8月4日、教会は司祭の保護聖人である聖ビアンネを記念して祝います。ビアンネはアルスに派遣されるとき、司教から「この小教区には、神への愛がほとんどありません。あなたがそれをもたらしなさい」と言われたそうです。しかし彼は困難にもめげず、委ねられた民のために自らの使命を果たしていく決心をします。

彼は、信徒のためのキリスト教的教育を大切にし、生き方によって、人びとに素晴らしい模範を残しました。ビアンネが聖櫃のまえにとどまり祈る姿によって、信徒たちは祈ることを学び、ゆるしの秘跡によって神のあわれみ深い愛を体験しました。彼は優れた聴罪司祭として有名になり、告解室に1日18時間座ることもありました。晩年には1年間に10万人の信徒が、ビアンネのもとを訪れたそうです。

わたしたちは洗礼のとき、神の子としてのいのちを、司祭をとおして受け取りました。このいのちは司祭をとおして行われるその他の秘跡によって成長していきます。彼らの奉仕がなければ秘跡はなく、「神の子としてのいのち」もありません。

「司祭年」の今、わたしたちは司祭のために祈りますが、何となく縁遠いような感じがするのも事実です。しかし、信徒は洗礼と堅信によって共通の祭司職をいただいています。わたしたちは司祭に協力し、それぞれ与えられた場で、キリストをあかしするよう求められているのではないかと思いました。                          

                                         photo by:Shoko Shirai

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2009年8月 1日 (土)

■キリスト教社会を代表して、ゆるしを請う

0801 7月31日付の朝日新聞ホームページに、国連総会のデスコト議長が来日し、8月6日、9日に広島、長崎を訪問するというニュースが掲載されていました。議長はカトリック司祭で、来日前の記者会見では、広島に原爆を落とした米軍機の機長について、「彼は良心を無視して、命令だけに従うように教え込まれていた。キリスト教社会を代表して、ゆるしを請いたい」と述べたそうです。

「ゆるす」ということは、何も国家間のことだけではありません。わたしたちは日常生活なかで、人とぶつかったり、ささいなことで仲違いしてしまうことがあります。そのような小さなことであっても、ゆるしを願うことは簡単なことではありません。それにはまず、自分がしたことがどれだけ相手を傷つけたかを知り、認めるという謙虚さが必要です。ある神父が「人間にとって最も難しい2つのこと、それは罪を犯さないことと、ゆるすことです」と言われたことを思い出しました。

教皇ヨハネ・パウロ2世は、2002年の「世界平和の日」のメッセージのなかで、「正義なしに平和はなく、ゆるしなしに正義はありません」というテーマのもと、真の平和はゆるしをとおしてだけ可能であることを訴えました。世界の各地域で戦いが絶えないなか、今回のデスコト議長の発言はキリスト者として、とても勇気の要ることだったでしょう。

オバマ米大統領は4月のプラハでの演説で、核を使用した唯一の保有国として、広島、長崎への原爆投下の責任について触れました。世界平和のために祈ることはもちろんですが、身近なところで、人との平和、関わりについて、「平和のために、自分にできることは何か」考えさせられます。

デスコト議長は広島、長崎で行われる平和式典に出席し、長崎では平和市長会議の総会で演説なさるそうです。どのようなメッセージを残してくれるか、注目したいです。

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2009年7月30日 (木)

■「教会はあこがれの場所」

02 先日、あるシスターが1冊の本を紹介してくれました。タイトルは『修道女スタイル』……。ピンクの表紙という斬新なデザインにビックリしながら、「どんな本なんだろう?」とページをめくってみました。

この本は、東京、関西、長崎にある、約20ヶ所の教会をはじめ、その周辺の散歩コース、キリスト教書籍、ロザリオやメダイ、シスターの手作りクッキーなどを紹介しています。

著者は、「十字架の屋根の下には何があるのだろう?」と街中にある教会のそばを通るたびにあこがれを感じ、入ってみたかったそうです。しかし信者ではないので、いつも通り過ぎていました。そんなある日、勇気を出して教会の扉を押し、中に入ってみました。

教会の中は厳粛な雰囲気に包まれていました。いすに座っているうちに心が落ち着いてきて、普段の生活とは違う、祈りに満ちた「時の流れ」を感じたそうです。日曜日には老若男女がミサに集まり、それぞれの人が苦しみや喜びをたずさえて祈っている姿を見て、「いろんな教会を訪ね、感じたことを他の人に伝えたい」と、執筆したそうです。

全ページカラーで、ステンドグラスなど、教会の写真がとても美しいのが印象的です。わたしもまだ洗礼を受けていなかったとき、ドキドキしながら、はじめて教会に入ったときのことを思い出しました。信者でない方にとって、教会は入りにくい場所かもしれませんが、「信じる、信じない」に関わらず、すべての人の祈りの場です。

この本は、日本図書館協会選定図書にも選ばれています。なぜタイトルが『修道女スタイル』なのか、ちょっと分かりませんが、一般の出版社から、教会を紹介したこんなかわいらしい本が出されたことはうれしいことです。人びとにとって、教会が少しでも身近なものになってくれたらいいなと思いました。

タイトル:『修道女スタイル la Religieuse』
著者:プロジェ・ド・ランディ
定価:1,630円(本体1,600円+税)
A5判 並製 120ページ
ISBN978-4-575-30116-8 C0076
発行:双葉社

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2009年7月10日 (金)

■「パウロ年」閉年ミサin大阪

Photo_5 6月28日(日)は長崎のカトリック浦上教会で、6月29日(月)は東京のカトリック関口教会で 行われた「パウロ年」の閉年ミサに続き、7月4日(土)の大阪のカトリック玉造教会で行われた閉年ミサをもって、日本の「パウロ年」は閉じました。

大阪支部のシスターたちが、大阪の閉年ミサの様子をメールで送ってくれました。大阪大司教区は、とてもユニークな企画があったそうです。パウロのキャラクターができ、パウロのスタンプも作りました。信徒たちはスタンプ帳をもらい、指定された巡礼教会を巡ったり、講演会やイベントに参加したりし、そのたびにパウロのスタンプがもらえ、その数によって、閉年ミサのときに記念品がいただけたそうです。子どもたちはもちろん、大人も、そしてうちのシスターも、競って巡礼にでかけ、お勉強会に参加したとか。

Photo  Photo_7   

参加者は、開年のミサのときの800人より多かったようです。その中で、パウロの劇がありました。左下の画像で、だいだい色の網をもっているペトロさんは神父さまです。右の画像は、教会や社会の大きな変化や問題をきいて、これは大変と言ってパウロを呼んだのですが、この一年はパウロ年で世界中駆け回っていて忙しかったパウロは、急いで飛んできてイエスの前で倒れてしまいました。写真は、そのパウロが起き上がったところです。

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お土産を配る司祭たち                   お土産は・・・パウロの携帯ストラップ!

ミサは、温かいなごやかな関西ならではのすてきなパウロ年の式典で、みんなが再びパウロに燃やされて喜んで帰りました、とメールは結ばれていました。阪神大震災以来、絆が強くなってきた大阪大司教区は、パウロ年をとおして、ますます交流が深まったことでしょう。これからもパウロの熱意に燃やされ、熱く活躍し続けますように。

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2009年7月 2日 (木)

■「ペトロ岐部と187殉教者」記念日の祈りの集い

昨年11月24日、長崎において「ペトロ岐部と187殉教者」が列福され、教会は7月1日を「記念日」と定めました。この日は特に殉教者たちを思い起こし、彼らの取り次ぎを求めて祈る日です。

乃木坂の修道院では、7月1日の午後6時から女子パウロ会のオンラインショッピング“Shop Pauline”とWebサイト“Laudate”の主催で、「江戸の殉教者、ペトロ岐部と原主水のお話と祈りの集い」を行いました。

女子パウロ会のシスターが、プロジェクターを使って、2人にゆかりのある場所の画像を写しながら、彼らの生涯を話しました。司祭を志してローマまで行き、同胞のために迫害の嵐の吹く日本に帰り、いのちをささげたペトロ岐部、そして迫害の中で信仰を燃え立たせて、最後に殉教した原主水。話の中で、司祭として、また信徒として、神からの呼びかけに応えた2人の生き方をふり返り、困難のさなかにあっても、イエスに従っていく信仰をわたしたちもいただけるよう、参加者に呼びかけ、殉教者の取り次ぎを求めて共に祈りをささげました。

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カトリックの信徒の方だけではなく、洗礼を受けておられない方も参加してくださり、祈りの後、お茶をいただきながら、いろいろお話をうかがうことができました。

次回は秋にマザー・テレサに関する集いを企画しております。ぜひ、ご参加ください。

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2009年6月29日 (月)

■「パウロ年」閉年ミサ

6月28日(日)に行われた長崎教区のカトリック浦上教会の「パウロ年」の閉年ミサに続き、今日、東京教区・カトリック関口教会でも閉年ミサが行われました。

聖ペトロ・聖パウロ使徒の祭日を迎えたこの日、叙階50周年、25周年を迎える司祭たちのお祝い、また、聖ペトロの名をいただく岡田大司教、白柳枢機卿、聖パウロの名の森司教、また、昨年長崎で列福された「福者ペトロ岐部司祭と187殉教者」の初めての記念日が祝われる7月1日をあさってにひかえて……とお祝いが重なり、補助イスを並べた聖マリア大聖堂には、800人あまりの人々が集まりました。殉教者を記念する赤いストラを身につけた司祭たちの入堂の列は長く、「宣べ伝えようパウロのように」という「パウロ年」のために作曲された歌をうたいながら、共に祝う喜びが次第に大きくなっていきました。

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Dsc_0139 ミサの準備や奉仕は、パウロ家族が当たりました。また、聖堂入り口では、サンパウロ、師イエズス修道女会、女子パウロ会が、それぞれテーブルを出して展示即売を行いました。

幸田司教は説教の中で、パウロは、イエスが語ったことばから、自分が迫害しているキリスト者はイエス自身だということを知り、さらに、自分が立ち会ったステファノの殉教が、イエスの姿の生き写しであったことから、自分が追い求めていた生き方は、律法の中にではなくキリスト者の生き方の中にあると分かったのではないか……と語られました。人々は、今の時代の中で、何を求めているのか。人と人とのつながりを求めている。信頼という神とのつながり、人と人とのつながりを大切にして生きていくことが、心の深いところで求められていると結ばれました。

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叙階25周年を迎えた司祭たち                   あいさつする幸田司教

ミサの終わりには、岡田大司教と祭壇を囲んだ、叙階25周年を迎える司祭、50周年を迎える司祭が紹介されました。大司教、補佐司教、枢機卿、バチカン大使参事官そして大勢の司祭たちを迎え、とてもなごやかな雰囲気のお祝いと閉年のミサとなりました。

パウロ年はこれで終わりか……とちょっと寂しい気もしますが、いえいえそうではないでしょう。この一年を出発として、ますますパウロと親しくなり、パウロから教わりなさい、ということだと思います。

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2009年6月26日 (金)

■総合目録、ただいま発送準備中

062405_3 女子パウロ会の新しい総合目録、2009年~2010年度版ができあがりました。今年はデザインが一新し、木のソフトなイメージからシャープなデザインになりました。みなさん、新しいデザインはいかがでしょうか。

ダイレクト・メールでは、今までに電話、ハガキ、Faxをとおしてご利用いただいた、全国の教会、学校、修道会、諸施設、個人の方々に総合目録をお届けできますように、今、準備をしています。毎年、夏に総合目録、クリスマスと復活祭前にチラシをお送りしています。

この総合目録が、人びとの心に神の恵みを運びますように、また夏休みを前に子どもたちが良い本と出会うことができますようにと祈りながら、一通一通心を込めて行っています。  

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2009年6月19日 (金)

■「司祭年」はじまる。

Photo_6 教皇ベネディクト16世は、6月19日の「イエスのみ心の祭日」を、「世界司祭の聖化のための祈願日」とさだめ、司祭たちのために祈ってきました。そして、今年、聖ヴィアンネが亡くなって150年を記念して、6月19日~2010年6月19日までを特別年の「司祭年」としました。

サンピエトロ大聖堂で行われる19日の晩の祈りから、司祭年がはじまります。日本では、前日にあたる昨日、東京・四ッ谷の聖イグナチオ教会で、司教協議会の主催の「開年のミサ」が執り行われました。前日まで司教総会が開かれていたこともあって、ほとんどの司教さまが参加しました。入堂のために前庭に並んでいる司祭、司教の姿には、圧倒されました。

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前庭に整列し、ミサの開始を待つ司祭たち                      入堂する司教たち

岡田大司教の司式で、ボッテッリ教皇大使も祭壇を囲まれました。大勢の信徒と、神学生、修道者も熱心に「司祭年」のはじまりのために祈りました。

Photo_3 説教に立たれた広島教区の原田神父は、第一朗読がイザヤ書であり、イエスが宣教活動をはじめる前に朗読されたのがイザヤ書であったということからお話をはじめました。司祭、預言者、王としての救い主であるイエスを見ながら、イエスの特徴である「深いあわれみの姿」をひもといてくださいました。最後に、「わたしたち司祭が、イザヤの熱意と、主イエスの深くあわれむ心に従いますように。聖ヴィアンネの没後150年にあたり、信仰と愛のあかしを立てることができますように」との祈りで結びました。

説教の後、司祭・司教たちは立って「司祭の約束の更新」をしました。わたしたちも心を合わせて祈りました。

司祭の大切な役務の一つに、ミサの司式がありますが、ミサの中で、司祭が特別な手を持っていると感じるのが「聖変化」のときです。岡田司教がホスチアを手に持ち、または、ぶどう酒の入ったカリスを手に持って高くささげているとき、周囲の司祭たちは右手をかざし、岡田司教に合わせて、イエスのことばを唱えます。「みなこれを取って食べなさい。これは、あなたがたのためにわたされるわたしの体である」と。神聖な時です。

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「司祭の約束の更新」をする司教、司祭たち       聖変化で右手をかざす司教、司祭たち

これからの一年、わたしたちも司祭の使命を理解し、彼らのために祈り、新しい司祭たちが誕生するように熱心に祈りたいと思いました。

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2009年6月 5日 (金)

■好きな番組(16)……アイシテル --海容--

日本テレビ 水曜20:00~20:54

今期のドラマの中で、最もリアルで真剣なドラマだと思うのが「アイシテル--海容--」です。

3人の女性が登場します。

一人は、中学生と娘と小学2年生の息子を持つ聖子。両親は下の男の子の清貴がかわいくてしょうがない。お姉ちゃんの美帆子は、母親べったりで、愛されていると知っている態度を示す弟がちょっと気に入らない。「弟なんて、いなくなればいいのに」と思ったりする。

エリート会社員の夫を持つさつきは小学5年生の智也の教育に、ちょっと神経質になっている。最近は子育てのサイトにアクセスし、苦しみや悩みを書いてなんとか乗り切っている。夫の和彦は、会社人生で智也と遊ぶ時間もない。

もう一人は、家庭裁判所の調査員・冨田で、小学校4年生の息子を、一人で育てている。

ある日、聖子が友達と時間を過ごし、留守の間に学校から帰った清貴が、ランドセルを置いたままいなくなったことから事件ははじまる。家族と警察の必死の捜索もむなしく、清貴は遺体となって発見され、容疑者として智也が警察に保護された。

何が起こったのか分からない状況の中で、2つの家族の苦悩がはじまります。愛する子を突然失った悲しみの中で、その日に限って家を空けてしまったことに対して自分を責める母親。「いなくなればいい」と思ったことが実際に起こってしまい苦しむ姉、加害者への怒りがこみ上げながらも、傷ついた家族を守る父親。

一方息子が犯した罪の大きさにうちひしがれ、心を閉じている息子にどう対処していいかとまどう加害者の母親。日ごろ息子とつきあっていないので、どう向き合っていいか分からず、母親まかせにしている父親。やがて夫は会社を辞めるざるを得なくなり、夫婦は、周囲の人々からのいやがらせを受け、居場所を失っていきます。

それぞれの家族が、苦しみと悲しみ、とまどいと絶望の中で、必死にもがいている姿が、毎回描かれていきます。回を追うごとに、なぜ殺さなくてはいけなかったのか……という真相があきらかにされていきます。

なにげない一言が子どもをしばり、心を閉ざしてしまう原因を作っていることに気づいていくとき、ドラマを見る多くの人々が自分に投影して見ることでしょう。

夫婦の姿、父と子、母と子、子育てに悩んでいる娘に親としての愛を示す母親、兄弟姉妹の関係、同級生の励ましなど、毎回、真剣なメッセージが伝わってきます。出演者たちの迫力ある演技も見応えがあり、こちらも姿勢を正して見ています。

この深刻な内容の原作が、コミックというから驚きです。どのように表現されているのか興味があります。

ときには母親を求め、ときには母親に反発し、ときには母親を守る。そんな子どもを通して母親自身が母としてのあり方を見つめていく姿を描いている「アイシテル」。後半に入りましたが、どのような展開になるのか楽しみです。

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2009年5月26日 (火)

■ 聖母行列とロザリオの祈り

Holymother_001 5月の聖母月にあわせて、23日(土)の午後4時半から、女子パウロ会のオンラインショッピング“Shop Pauline”とWebサイト“Laudate”の主催で「聖母行列とロザリオの祈り」を行いました。
「十字架の道行き」に続いて2回目となる、ユーザーの方たちとの祈りの集いです。
参加してくださった方は20名。カトリックの信徒の方だけでなく、プロテスタントの信徒の方やまだ洗礼を受けておられない方も参加してくださいました。
「ロザリオの祈りがよくわからないのですが・・・」とか、「聖母行列って何ですか?」との声に、サイトやメールではなく、共に祈ることでお答えできました。
祈りの後のお茶の時間には、シスターたちと歓談しながら、普段Web上でしか見ていただけない聖母に関するの書籍やロザリオ、CD、グッズ類をゆっくりとご覧いただきました。
また、夏に皆様との祈りの集いを企画したいと考えています。ぜひご参加ください。

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2009年4月20日 (月)

■ パスケッタ……野外での祈り

女子パウロ会はイタリアで創立されたので、イタリアの習慣が残っています。イースターの翌日に行われる「パスケッタ」もそうです。「春の遠足」のようなもので、イースターのお祝い、喜びの中での遠足です。以前は、全員一緒に、または共同体毎にイースターの翌日「復Sinnryokusakura_3活の月曜日」に出かけていたのですが、近年は、諸事情から共同体の都合のよい日に出かけるようになりました。

わたしたちの共同体では、18日(土)に出かけました。目的地は八ヶ岳の裾野、富士見 → 小淵沢 → 清里です。お天気にもめぐまれてすばらしいパスケッタ日和となりましたが、心配になるのが高速道路の渋滞でした。早々に首都圏脱出!!」ということで、目的地で朝の祈りをすることにして、6時前に修道院を出発しました。しかし、みな考えることは同じです、首都高速はどんどん車の量が多くなっていき、八王子付近では、車が数珠つなぎになり「あれれ、もう止まるのか……」と思うほど低速になりました。しかし、どうにか走ることができ、ここまで来れば大丈夫……という八ヶ岳パーキングエリアで休憩を取りました。

Minamialupusu   Yatugatake
南アルプス                              八ヶ岳

「ねえ、あそこにベンチがある!! あそこで祈りができるよ!」と一人のシスターが指で示した先は、駐車場の外れにある木製のテーブルとベンチでした。高速を降りてからどこか原っぱを見つけブルーシートを敷いて……などと考えていたのですが、とてもよい所に思われ「ここにしよう、ここにしよう」ということで意見が一致しました。ブルーシートはテーブルかけに変わり、白い布を敷く人、コップローソクに火を点ける人、朗読を準備する人と手際よく整えられていきました。青空の下、みんなで小さなテーブルを囲んで聖歌を歌い、みことばを味わい、祈ることができました。寄り添って座った小さなベンチ。となりの姉妹と肩を触れあいながら、「みんなで、復活された主を囲んでいる」という思いがして、とてもうれしい祈りのひとときになりました。みんなの顔も、ニコニコです。

Mikotobanosaigi_1   Jyuujika
「いい場所があって、よかったね!」              主がともに 

Mikotobanosaigi_2_2   Mikotobanosaigi_4
みことばに耳を傾ける                       パーキングの端の、祈りの空間

その後、富士見にある「三位一体のベネディクト会」を訪問し、道の駅・小淵沢で新鮮な野菜を求め、八ヶ岳高原ラインを走って八ヶ岳倶楽部、清泉寮キープ牧場に寄り、14:30に帰路につき、渋滞に巻き込まれることなく帰ることができました。

Katakurinohana   Katakurinohana_2
八ヶ岳倶楽部のカタクリの花

Sirakaba   Sakura
八ヶ岳倶楽部の白樺                        ベネディクト会の近くにある満開の桜

途中の山々の新緑と山桜の色合いの美しさを堪能し、かすみがかかっていましたが、残雪の南アルプス、八ヶ岳、中央アルプス、富士山を見ることができました。神のはからいに感謝! 大自然からエネルギーをもらってリフレッシュできて感謝! 交通費も安くて感謝! 感謝の一日でした。

さ、また、使徒職にがんばりましょう!!!

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2009年4月11日 (土)

■ Happy Easter!

主の復活のお喜びを申し上げます。

修道院では、先ほEaster1ど、「主の復活の徹夜祭」が終わりました。今晩は、一年の中で一番大切で荘厳な式で、8時にはじまった式が終わったのは10時でした。

聖堂のとなりにあるホールに全員が集まり、真っ暗な中で「光の祭儀」が行われました。祝福された火が灯された大きな復活ローソクを掲げて行列し、聖堂の前で、復活ローソクから一人ひとりのローソクに火をつけてもらいました。今まで仰ぎ見ていた復活されたイエスの光が、自分の手の中に来た……という感じです。ローソクを手にして復活賛歌を歌いました。先唱をしてくださった聖パウロ修道会のブラザー洗川が、ろうろうと歌ってくださって、とても気持ちがよかったです。その大きな歌声に導かれてわたしたちも「この夜~~~」と、神の救いの業をたたえて歌いました。

ことばの祭儀では、聖書朗読と答唱、さらに祈願がセットになったものが7つ続きます。救いの歴史を聞いていると、旧約の人びと、イエスの時代の人びとに、今わたしたちもつながっていると感じました。聖書の朗読や答唱詩編をソロで歌うシスターたちは、数日前から練習して、この日の典礼のために準備してくれました。典礼への奉仕をしてくれたシスターたち、ありがとうございました。

「水の祝福」の後、洗礼の更新をし、感謝の祭儀へと続きました。これからはじまる復活節では、ミサの終わりにある「派遣のことば」に「アレルヤ」がつきます。喜びの季節を感じます。

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「イエスが復活された」ということは、どういうことなのか。教会は、明日からの聖書の朗読をとおして教えています。

明日の第二朗読は「コロサイの信徒への手紙」(3.1~4)です。

  さて、あなたがたは、キリストと共に復活させられたのですから、
  上にあるものを求めなさい。
  そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます。

  上にあるものに心を留め、
  地上のものに心を引かれないようにしなさい。

  あなたがたは死んだのであって、
  あなたがたの命は、キリストと共に神のうちに隠されているのです。

  あなたがたの命であるキリストが現れるとき、
  あなたがたも、キリストと共に栄光に包まれて現れるでしょう。

みことばに養われて、毎日少しずつ、イエスに近付いていきたいと思います。

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2009年4月 8日 (水)

■ 十字架の意味するもの

いよいよ明日から、「聖なる3日間」が始まります。昨晩、乃木坂の修道院では、共同回心式Hyousi を行いました。この時期になると見たい映画があります。メル・ギブソン監督の「パッション」です。
  映画の紹介 → 「パッション

聖木曜日の夜にあたる、ゲッセマネの園でのイエスの祈りから映画ははじまります。受難を前にして御父に祈るイエスを覆う暗闇の世界では、悪魔が動きを活発にしていきます。「一人であがなえると思うのか」と悪魔にささやきかけられるイエス、イエスを売るユダ、イエスの仲間であることを否定するペトロ、イエスを受刑者へと陥れていく大祭司たち……。扇動される民衆。このような中、イエスはどのような思いで十字架へと向かっていったのでしょうか。鞭で打たれながら、母マリアや弟子たちとの日々を思い出すイエス。しかし、時は刻々とイエスを十字架に向かわせます。わたしたちがイエスに負わせているものは何なのか、イエスは私たちに何を与えようとして十字架に向かったのか……。死から復活へ、信仰の神髄となるこの3日間を過ごすために、考え、内省し、祈るヒントを、この映画は与えていると思います。

「イザヤの預言」53章に次のように書かれています。

彼が担ったのはわたしたちの病 彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに わたしたちは思っていた 神の手にかかり、打たれたから 彼は苦しんでいるのだ、と。
彼が刺し貫かれたのは わたしたちの背きのためであり 彼が打ち砕かれたのは わたしたちの咎(とが)のためであった。彼の受けた懲らしめによって わたしたちに平和が与えられ 彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。

Jyuujika わたしたちは羊の群れ 道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。そのわたしたちの罪をすべて 主は彼に負わせられた。
苦役を課せられて、かがみ込み 彼は口を開かなかった。屠り場に引かれる小羊のように 毛を切る者の前に物を言わない羊のように 彼は口を開かなかった。

それゆえ、わたしは多くの人を彼の取り分とし 彼は戦利品としておびただしい人を受ける。彼が自らをなげうち、死んで 罪人のひとりに数えられたからだ。多くの人の過ちを担い 背いた者のために執り成しをしたのは この人であった。

ここに描かれている「主の僕(しもべ)」の姿を黙想しながら、イエスに祈る3日間を過ごしたいと思います。

世界は今、多くの苦しみを抱えています。人間のもっとも低いとこまで降りてきてくださったイエスが、人びとの傍らに立ち、ゆるし、喜び、いのちを与えてくださいますように。

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2009年3月30日 (月)

■ 三叉(みつまた)

Mitumata01 修道院から徒歩約5分で、東京ミッドタウン。六本木に行くときや、チャペルセンターに行くとき、都営地下鉄の大江戸線を利用するとき、必ずといっていいほど、みんな東京ミッドタウンの庭や建物を通路とさせていただいています。
先日いつものように東京ミッドタウンの庭を歩いていると、沈丁花に似た花が咲いていました。木の名前を見てみると「ミツマタ」と書かれていました。
「ミツマタ・・・、もしかして、樹皮が和紙の原料となるミツマタかな?」と思いさっそく、ネットで調べてみると、間違いなく和紙の原料の三叉でした。
沈丁花のように香りは強くないのですが、花は沈丁花より大きく、色は黄色と赤色の鮮やかな色が目をひきます。
こんなところで、三叉と出会えるとは、ちょっと驚きでした。
身近なところに、新しい出会いが隠れているのですね。

Mitumata02 Mitumata03

Mitumata04 Mitumata05

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2009年3月21日 (土)

■ 十字架の道行き

Mitiyuki_01_2 3月20日春分の日の午後3時から、女子パウロ会のオンラインショッピング“Shop Pauline”の主催で「修道院でシスターと一緒に十字架の道行き」を行いました。
いつも女子パウロ会のショッピングを利用してくださっている方たちと、直接出会い、“Shop Pauline”に対するご意見やご希望などをお聞きしたいと願っていました。そんな時、四旬節に入り、「十字架の道行きと言われても、なかなか一人では・・・」という信徒の方の声を聞き、修道院でシスターたちと一緒に十字架の道行きを祈るということを思いつきました。
Mitiyuki_02 急な企画で、ほとんどお知らせもできなかったにもかかわらず、9人の方が参加してくださいました。
天気にも恵まれ、第1留は聖堂で、第2留からは十字架を先頭に庭に作った各留を行列しながら祈りました。庭を周りながら、ゆっくりと主の受難を思い十字架の道行きを行うことができました。
祈りの後のお茶会では、楽しい会話がはずみ、女子修道院に男性が入っても良いのかと心配されたことや、ロザリオの会をはじめて欲しいなど、たくさんの貴重なお話を聞くことができました。
今度は、聖母月に聖母行列でも・・・と、姉妹たちと話しています。次回はぜひ、皆様もご参加ください。

Mitiyuki_03 Mitiyuki_04

Mitiyuki_05 Mitiyuki_06_2

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2009年3月 1日 (日)

■ 一足早い春の花

Hakodatesakura_03_3修道院の庭の草木もかわいい芽を出し、春の訪れを告げています。
春の花といえば桜。
時を知るかのように、ご復活のころ、見事に咲き“春爛漫”といった風情を感じさせてくれます。けれど、まだ桜便りには少し早いですね。
実は、今私たちの修道院の部屋で、桜が8分咲きです。
この桜、姉妹に毎年函館の信徒の方が送ってくださるのHakodatesakura_02です。公園の桜を剪定した時、つぼみのついた枝を捨てるのは忍びないと持ち帰り、その中から送ってくださっているそうです。届いた時は、まだ堅いつぼみだったのに、ひ と月ほどでふくらみはじめ、今はかわいい花を咲かせています。うすいピンクの小振りの花ですが、みんなの心を温め、やさしくしてくれるには十分のようです。

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2009年2月26日 (木)

■灰の水曜日の思い出

Dsc036902_3 2月25日は灰の水曜日でした。修道院でも、ミサのなかで灰の式があり、司祭の「回心して、福音を信じなさい」ということばとともに、額に灰を受けました。この日から四旬節―イエスの受難と死を思い起こしながら、復活祭に向けて心を準備する季節がはじまります。
 
灰の水曜日といえば、もう10年も前のことですが、私はフィリピンのバクララン教会に行ったときのことを思い出します。マニラにあるこの教会は、レデンプトール修道会が司牧していて、「絶えざる聖母の御助け」の信心でも有名です。ちょうど灰の水曜日に、私はフィリピン人のシスターたちといっしょにミサにあずかり、その後、本の展示即売をしました。
 
聖堂内は人でごった返しており、灰の式は、何人もの司祭、神学生が外の庭で行っていました。灰を受け終わって庭にいた私たちは、「司祭だけでは人が足りないので、シスターたちも灰を授けてくださいませんか」と、ある司祭に頼まれました。私は、もちろんそんなことはしたことがありません。「いいのかな?」と思いながらも、フィリピン人のシスターがすんなり「いいですよ」と答えるので、私もいっしょに灰の入った器を受け取って、人びとが並んでいる列の前に立ちました。
 
「回心して、福音を信じなさい」と口にしながら、灰を授けているうちに、私は「回心しなければならないのは、私の方なのに……」と、何だか恥ずかしい気持ちになってきました。しかし、人びとはひっきりなしにやってきます。彼らの信仰、熱心さを感じて、圧倒されるような思いでした。30分ぐらいしたでしょうか。本の販売もあるので、私は灰を授けるのをやめて、他のシスターと交代しました。
 
あのときの人びとの熱気を、私は今でも忘れることができません。「心の底から神様を信じています」という彼らの思いが伝わってくるようでした。

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2009年2月18日 (水)

■福音書の豊かなことば

修道院では、晩の祈りの中で翌日のミサの中で朗読される福音書を読み、心に残ったことばを分かち合っています。

Bible 共同体は10名ほどですが、いろいろなことばが分かち合われ、豊かさを感じます。ときには、そんなことばがあったかしら? と思うほど、気がつかなかったことばを聞いて、ハッとすることもあります。または、「あ、同じところが心に残ったのね」とうれしくなることもあります。

最近思うのは、福音書のことばって、すべてがイエスと結びついていて、意味があり、黙想できることばで、「福音書って深くて豊かだな~」ということです。たとえば、今日の朗読箇所のマルコ福音書8.22~24なのですが……、

一行はベトサイダに着いた。人々が一人の盲人をイエスのところに連れて来て、触れていただきたいと願った。イエスは盲人の手を取って、村の外に連れ出し、その目に唾をつけ、両手をその人の上に置いて、「何か見えるか」とお尋ねになった。すると、盲人は見えるようになって、言った。「人が見えます。木のようですが、歩いているのが分かります。」そこで、イエスがもう一度両手をその目に当てられると、よく見えてきていやされ、何でもはっきり見えるようになった。イエスは、「この村に入ってはいけない」と言って、その人を家に帰された。

「一行はベトサイダに着いた。」 イエスと弟子たちは、どんな思いでこの町に来たのだろう。ここでも大勢の人々がイエスたちを迎えたのだろうか?
「人々が一人の盲人を……願った。」 人々って近所の人たちかしら。いつも盲人を助け、気にかけている人たちなんだろうな。みんなから大切に思われている盲人なのだろうな。
「イエスは盲人の手を取って」 イ エスに手を取られて、なんて幸せな盲人なのだろう。どんな気持ちで歩いたのだろう。不安だったかな、それとも、いやしてもらえるとうれしかったのかな?
・・・

「何でもはっきり見えるようになった。」 わたしも、いろいろなものごとがはっきりと見えるようになりたい。イエスよ、見えるようにしてください。
「イエスは、『この村に入ってはいけない』と言って」 イエスよ、わたしにもはっきりと示してください。何をしたらいいか、教えてください。

一つひとつのことばや文章から、いろいろなことが思われてきます。どのことばも大切に思えてきて、分かち合うのに迷ってしまいます。福音書の豊かさを感じるこのごろです。

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■福音書の豊かなことば

修道院では、晩の祈りの中で翌日のミサの中で朗読される福音書を読み、心に残ったことばを分かち合っています。

Bible 共同体は10名ほどですが、いろいろなことばが分かち合われ、豊かさを感じます。ときには、そんなことばがあったかしら? と思うほど、気がつかなかったことばを聞いて、ハッとすることもあります。または、「あ、同じところが心に残ったのね」とうれしくなることもあります。

最近思うのは、福音書のことばって、すべてがイエスと結びついていて、意味があり、黙想できることばで、「福音書って深くて豊かだな~」ということです。たとえば、今日の朗読箇所のマルコ福音書8.22~24なのですが……、

一行はベトサイダに着いた。人々が一人の盲人をイエスのところに連れて来て、触れていただきたいと願った。イエスは盲人の手を取って、村の外に連れ出し、その目に唾をつけ、両手をその人の上に置いて、「何か見えるか」とお尋ねになった。すると、盲人は見えるようになって、言った。「人が見えます。木のようですが、歩いているのが分かります。」そこで、イエスがもう一度両手をその目に当てられると、よく見えてきていやされ、何でもはっきり見えるようになった。イエスは、「この村に入ってはいけない」と言って、その人を家に帰された。

「一行はベトサイダに着いた。」 イエスと弟子たちは、どんな思いでこの町に来たのだろう。ここでも大勢の人々がイエスたちを迎えたのだろうか?
「人々が一人の盲人を……願った。」 人々って近所の人たちかしら。いつも盲人を助け、気にかけている人たちなんだろうな。みんなから大切に思われている盲人なのだろうな。
「イエスは盲人の手を取って」 イ エスに手を取られて、なんて幸せな盲人なのだろう。どんな気持ちで歩いたのだろう。不安だったかな、それとも、いやしてもらえるとうれしかったのかな?
・・・

「何でもはっきり見えるようになった。」 わたしも、いろいろなものごとがはっきりと見えるようになりたい。イエスよ、見えるようにしてください。
「イエスは、『この村に入ってはいけない』と言って」 イエスよ、わたしにもはっきりと示してください。何をしたらいいか、教えてください。

一つひとつのことばや文章から、いろいろなことが思われてきます。どのことばも大切に思えてきて、分かち合うのに迷ってしまいます。福音書の豊かさを感じるこのごろです。

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2009年2月14日 (土)

■シスターたちの人気もの……“野口屋”の浜ちゃん

今日は、ちょっと楽しいお話です。金曜日の午後、「プープープー」と、なつかしいお豆腐屋のラッパの音が修道院の坂道を上ってきます。「築地 野口屋」というお豆腐屋さんで、昔ながらの幟を立てたリヤカーを引くのは、「引き売り士」という青年たちです。

修道院のある赤坂は「浜ちゃん」という、目の大きなニコニコとした青年が引いています。

Noguchiyanohamatyan_1_2 昨日、外出先から帰ってきたら、坂道の先をエッチラオッチラと、浜ちゃんが重いリヤカーを引いて上っていました。坂を登り切ったところにある修道院の門を入って「フ~~」っと一息入れていると、「プープープー」を聞きつけたお台所のシスターが、お財布を持っていそいそとやってきました。浜ちゃんは、大きな声で「こんにちは!」とごあいさつ。異動で新しくやってきたシスターが出てきて「はじめまして。○○です。よろしくお願いします」とごあいさつ。ちょっとあわてた浜ちゃんは、「あっ、よろしくお願いします!」とうれしそうです。

引き売り士の浜ちゃんは、食卓で話題になっています。「わたしも坂道であったことがある」「わたしも、見た」「日に焼けて真っ黒で、かわいいね」(これは夏のことです)「目が大きいね。この新聞の写真と同じ!!」(引き売り士の青年たちは、「野口屋新聞」を配っていまNoguchiyanohamatyan_2 す)。

シスターが持ってきたお茶を飲み終えた浜ちゃんは、「また、来週お願いします!」と言って門を出て、道の奥にあるマンションに向かって「プープープー」とラッパを吹きはじめました。

築地 野口屋さんは、リヤカーを引いて路地をゆっくりと歩くことによって、地域の人々とのコミュニケーションができることを大切にしています。「便利で合理的になる一方で人間関係の豊かさを失った現代。元気なあいさつと笑顔ある街を取り戻すために…築地野口屋の商売は始まった」(ホームページより)そうです。お豆腐などの製品作りと引き売りは昔ながらの手法ですが、引き売り士や引き売りのための準備や集計、引き売り士が配っている「野口屋新聞」では“いまどき”の若者のアイデアいっぱいのPR方法です。学ぶべきところ大です。また引き売り士の青年には、演劇や落語、画家など将来の夢を目指している人も多いとか。

明るい浜ちゃんから、元気をもらう金曜日です。

■ 「株式会社ターベルモーノ」のホームページ
http://www.table-mono.co.jp/2008/index.html
「野口屋新聞」のweb版、引き売り社長のブログ、いろいろな情報がつまっているサイトです。

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2009年2月 4日 (水)

■ 大切なオーラル・ヒストリー『在日一世の記憶』

Zainichi_1_2左の画像は集英社新書ですが、見てください、この厚さ。すごいでしょ! 3.5cm、784ページあります。 新書でこの厚さ、見たことがありませんよね。本屋さんで見たとき、思わず手にとってしまいました。タイトルと編者を見て、さらにページを繰ってしまいました。

書名は『在日一世の記憶』、編者は小熊英二と姜尚中。日本に住むコリアン一世の方々の人生を、聞き取りしたものをまとめたものです。彼らがどのようにして日本にやってきたのか、その後、どのような暮らしをしてきたのか、日本の朝鮮半島との関係はどのようだったのか……。

1911年から1941年に生まれた52人の男女のオーラル・ヒストリー、つまり口承の歴史が記されてます。ある人は、八幡製鉄所で働いてる夫を頼って日本に来ました。ある人は、役場の日本人と朝鮮人に強制的に倉庫に連れていかれ、そのまま日本の炭坑へと連れてこられました。ある女性は密航で日本へ。または夫婦で38度線を越えて日本へ。さまざまな形で日本にやってきました人々は、その後の人生もさまざまです。八幡製鉄に行った夫を思い、アリランを歌って悲しみに耐えた人。鉄屑を拾って成功したが、一度も帰国するチャンスがなかった人。苦しい生活の中、働いて働いて女手ひとつで子どもを育てたオモニ。解放後に済州島へ戻って4・3事件にあって家族を亡くし、再び日本にやってきた人。強制連行で連れてこられた熊本の飛行場建設現場から逃亡し、解放後は強制連行で亡くなった同胞の遺骨を集めて供養堂を建てた人……。

波瀾万丈の人生を読みながら、植民地時代の様子が見えてきます。彼らは日本の終戦記念日を「解放の日」と読んでます。日本が朝鮮半島の人々をどのようにしてきたかが見えてきます。Zainichi_2_2

久米宏さんの番組で、渋谷で、大学生に戦争が終わった日を聞いていたことがありました。 「え~っ! 知らない!」「平成……、かな?」「教わっていないよね」8月になるといろいろな番組があるのに、8月15日を知らないなんて、驚きました。正解率はなんと2割程度でした。学校では、第2次世界大戦の時代までは教わっていないのでしょうか。私のころも、日本の歴史の授業は、3学期になると時間切れで昭和までたどりつきませんでした。当時は先生の時間配分の悪さと思っていましたが、戦争責任の問題に入らないためかもしれませんね。ましてや、日本の植民地である朝鮮半島のことは学んでいません。

こういう日本の状態の中で、『在日一世の記憶』は、歴史を知るために、またともに日本に住んでいる仲間を知るための貴重な生きた記録です。高齢になっている在日コリアン一世の人々の人生を、大切にいただくような思いで読んでいます。

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2009年1月21日 (水)

■ オバマ新大統領への期待

オバマ新大統領の就任式が、無事終わりましたね。何事もなく、ヨカッタ、ヨカッタ! 修道院でも朝から、オバマ氏の話題で持ちきりです。宣誓したときに右手を置いた聖書をミッシェルさんが持っていたことについて、演説について、パレードの中で2度も歩き二人はしっかりと手を握っていたことについて、セレモニーの間に入った歌や演奏について、ミシェルさんの服装についてなどなど。新聞で読んだこと、テレビニュースで見たこと、インターネットのニュースで読んだことなど、それぞれがつかんだ情報が飛び交って賑やかな食卓になりました。

オバマ氏が訴えている「チェンジ」ですが、「彼の登場によってすでに大きく変わったことがある。それはムードだ。ムードが変わることはとても大切だ」と言っている人がいます。わたしたちは、長い大統領選挙戦の間に徐々に彼を知るようになり、米国民のみならず、他の国の人々も彼に「希望」をおくようになりました。彼の登場によって、黒人たちのコミュニティーに大きな希望がもたらされただけでなく、「黒人が大統領になるなんて、受け入れられない」という声に負けるのではないかと思われたアメリカの国全体が、オバマ氏を大統領に選び変革への期待を持っています。経済危機という大きな渦に巻き込まれてしまった世界の国々も、オバマ氏の登場に期待しています。ブッシュ前大統領が後始末せずに去ってしまったイラク戦争に対しても、世界の人々が待っています。

大喜びするアメリカの人々を見ると、喜びがあまり過ぎると後が大変だとも思います。オバマ大統領の就任の喜びが有頂天で終わることなく、彼が言っているように「国民一人ひとりの責任ある参加をもって作られていくアメリカ、違う者に対しても心を開くアメリカ」であって欲しいと思います。

今回の就任演説も、記憶に残る演説の一つに加えられることでしょう。各新聞社のWEBサイトには、早々に就任演説の全文が日本語で公開されています。演説は米国民に向けての内容ですが、普遍的なことがいっぱいで、いろいろと教えられます。プリントアウトして、じっくりと味わいたいと思います。そして、オバマ氏が神と国民から与えられた使命をよく果たして4年の任期を無事に終えられることを祈ります。
「神のご加護を! =神の恵みが豊かにありますように!」

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2009年1月15日 (木)

■ ハヤット神父の永遠の安息をお祈りいたします。

「暗いと不平を言うよりも、進んであかりをつけましょう。カトリック教会がお送りする“心のともしび”」 この言葉ではじまりるラジオ番組がありますが、ご存じですか? ラジオの電波をとおして、日本の人々にカトリックの教え「心のともしび」を放送したハヤット神父(東京教区)が、14日朝7時21分、京都の病院でお亡くなりになりました。86歳でした。

1922年にアメリカで生まれたジェームス・ハヤット神父は、1949年、メリノール宣教会の司祭として来日し、マクドナル神父とともに、1952年、京都のカトリック河原町教会で「カトリック善き牧者運動(YBU)」を開始しました。教会を司牧する一方、1957年にラジオ放送をはじめました。5分という短い時間ですが、毎朝流れるベートーヴェン交響曲第6番「田園」の第1楽章のテーマ曲と「暗いと不平を言うよりも……」というはじまりの言葉は、人々のおなじみとなりました。北海道から沖縄まで、40ほどの放送局からカトリックの番組が流れるのは、本当にすばらしい宣教活動です。「太陽のほほえみ」という姉妹番組もできました。番組と並行して、4ページの「心のともしび」という機関誌もあり、各地の教会に配布されました。洗礼を受けた教会で、毎月「心のともしび」誌をもらっていたことを思い出します。

1966年からは、日本テレビでテレビ放送もはじまりりましたが、番組制作に莫大な経費がかかる日本では、制作費を捻出することがいつも大きな問題だったようです。日本放送から山梨放送に移り、現在は衛星放送のスカイパーフェクTVで放送されています。ラジオ同様、日本における唯一のカトリックのテレビ番組として大切な役割を果たしています。

26歳という若さで日本にやって来て、放送をとおして日本の人々にキリストを宣べ伝えるという苦労の多い働きをしてくださったハヤット神父に、心から感謝します。同じメディアをとおして宣教する働きをする会として、ハヤット神父の志を心に留めていきたいと思います。

京都のカトリック河原町教会で、お通夜と葬儀が行われます。心から永遠の安息をお祈りいたします。

 「心のともしび」ホームページ http://www.tomoshibi.or.jp/

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2009年1月11日 (日)

■ 道行く大勢の人に、力を感じて……

11日、「主の洗礼」の祝日の午後、空気は冷たいのですが太陽の暖かい日差しと美しい青空にひかれて、日光消毒と運動不足解消を兼ね散歩に出ました。コースは、修道院→青山墓地→表参道→原宿→明治神宮→NHK→渋谷です。連休とあって何となく行き会う人々もゆったりとしています。

根津美術館の前の道を、表参道の交差点に出て驚きました。明治神宮へ向かう表参道の歩道はすごい人、人、人。特に、ラフォーレのある神宮前の交差点のあたりはひしめき合っていました。若者向けの店はどこも冬物のバーゲンのようです。人波はさらにJR原宿駅の周囲まで伸びていました。土日はJR原宿駅に来るものではない……と言いますが、いつもよりもすごいようです。思い思いの服装、ヘアースタイルをして歩き、歩道に並んで座っている若い人々の間を通りながら、経済不況で年末から暗くなっている思いが消えていくようでした。これだけ大勢の人が連れだって太陽の下に出てきいていることが、なんとなくうれしくなりました。それにしても、みなどこへ行くのでしょうね???

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JR原宿駅前                          明治神宮参道

人の波は、原宿駅から明治神宮へと動いていきます。明治神宮で何かあるのかしら……と思うくらいの人ですが、みなさん初詣ですね。玉砂利を踏みながら境内へと向かっていく人、お参りを済ませて帰ってくる人。外国人からカメラを向けられポーズを取る和服姿の人、ほほえましい光景です。代々木公園からNHKへ曲がると、フリーマーケットが開かれDscf1491a ていました。公園通りから東急ハンズの方へ曲がり渋谷駅へと向かいましたが、渋谷もすべての通りが人であふれていました。

明日は「成人の日」。若者にとって、厳しい社会状況が続いています。彼らのために、私たち大人が希望ある将来を用意することができますように、また若者たちも、希望を持って自らの手で自分の道を切り開いていくことができますように。

箴言 23.15~19
わが子よ、あなたの心が知恵を得れば わたしの心は喜び祝う。
あなたの唇が公正に語れば わたしのはらわたは喜び躍る。
罪人らのことに心を燃やすことはない 日ごと、主を畏れることに心を燃やすがよい。
確かに未来はある あなたの希望が断たれることはない。
わが子よ、聞き従って知恵を得よ。あなたの心が道をまっすぐに進むようにせよ。

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2009年1月 8日 (木)

■ 「捕らわれている人に解放を……」

今日ミサで読まれる福音は、イエスの使命を語るものでした。

ルカ 4章4~22a節
イエスは“霊”の力に満ちてガリラヤに帰られた。その評判が周りの地方一帯に広まった。イエスは諸会堂で教え、皆から尊敬を受けられた。イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。預言者イザヤの巻物が渡され、お開きになると、次のように書いてある個所が目に留まった。

「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、
主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、
捕らわれている人に解放を、
目の見えない人に視力の回復を告げ、
圧迫されている人を自由にし、
主の恵みの年を告げるためである。」

イエスは巻物を巻き、係の者に返して席に座られた。会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれていた。そこでイエスは、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と話し始められた。皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚いた。

今朝、「エチオピアで誘拐された赤羽さんが解放された!」というニュースが入りました。長いこと報道がなかったので、どうなっているかしらと心配しながらも、祈っていたのですが、今年に入ってうっかりと忘れていました。ああ、よかったよかったと喜びました。長かったですね。さぞ、つらい思いをされたことでしょう。

そして今日のイエスが読まれた「捕らわれている人に解放を……」「圧迫されている人を自由にし……」「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と重なっていて、またまたうれしくなりました。

さらに主よ、お願いいたします。ガザの悲しい出来事にも目を留めてください。捕らわれている思いから解放される恵みをお与えください。これ以上犠牲者が出ませんように。平和への確固とした道が開かれますように。

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2009年1月 1日 (木)

■ あけましておめでとうございます。

Sinnen01_2 新年 あけましておめでとうございます。
パウロ年という恵みの中で迎える新しい年が幕を開けました。
教皇ベネディクト16世は、「世界平和の日」メッセージの中で、私たちに下記のように呼びかけておられます。

新年の初めにあたり、わたしはすべてのキリストの弟子とすべての善意の人を、心から招きます。皆様の心を広げて、貧しい人の必要にこたえ、可能なあらゆる実践的手段を用いて貧しい人を助けてください。「貧困と闘うことが、平和を築く」。だれもこの格言の真理にあらがうことはできません。

教皇の心を私たちの心として、新しい年を共に歩んでまいりましょう。

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2008年12月26日 (金)

■ 楽しいドア飾り

クリスマスのお祝いは、8日間続きます。修道院では、「教会の祈り」の朝の祈りをともに唱え、ミサでも、日ごろは唱えている「あわれみの賛歌」や「平和の賛歌」をうたい、この時期しかうたわないクリスマス曲を選んで、主の降誕の喜びを味わいます。

今日は、ドア飾りをご紹介しましょう。もみの木の模様がある包装紙を上手に利用したもの、100円ショップで買った小さなリースに飾りをつけたものなど、プレゼピオに負けず劣らず、創意工夫が凝らされています。

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2008年12月24日 (水)

■ いろいろなプレゼピオ

主のご降誕のお喜びを申し上げます。

修道院では、8日間の祈りがはじまるころから、各共同体や使徒職の場でプレゼピオの準備をはじめていましたが、ここに来て一気に完成しました。ほんとうにさまざまなプレゼビオがあります。シスターたちの工夫でいろいろなプレゼピオを楽しむことができます。思わず頬がゆるんでしまうもの、祈りの雰囲気に引き込まれるもの、自然を感じるもの……などなどです。シスターたちの想像力豊かなプレゼピオをお楽しみください。

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左:エルサレムにある修道女会作成の幼子イエス
  布の上に置いただけですが、静寂がただよい、黙想したくなります。

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左:ベツレヘムの木彫りの聖家族

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左:団体宣教をしているシスターたちが作ったプレゼピオ

修道院の玄関にある小さなshopも、クリスマスバージョン になりました。

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左:天使は発砲スチロールを切った手作りです。

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2008年12月21日 (日)

■ 聖母マリアの思い

待降節第4主日の今日は、「12月20日」の朗読と同じルカ2章26~38章です。神から使わされた天使ガブリエルが、ヨセフのいいなずけである少女マリアのもとに遣わされ神の思いを伝えます。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」と。有名な「受胎告知」の出来事が語られます。

マリアは、この突然の出来事に驚きますが、ここからがマリアのすばらしいところです。聖書A_2 にはこう書いてあります。「マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。」

今日は、クリスマス前の展示即売のため、荒川区にあるカトリック三河島教会に行ってきました。祭壇には洞窟の中にヨセフとマリアが、そして祭壇奥の壁全体には、天使、☆星々、三博士が描かれていました。イエスの降誕が間近に迫っている雰囲気を感じながらあずかったミサでした。そのミサの説教で、司祭は天使の言葉を聞いたマリアの態度について話してくださいました。

            *           *            *           *           *           *           * 

「考え込んだ」……

B_2「考え込む」というのは、その言葉をなんとか受け入れようという人の姿勢である。主の降誕は神秘である。神秘を味わうということは、自分の内に止まることではなく、もっとダイナミックなことである。マリアは心を開いて、天使の言葉を聴いた。そして、マリアは「あなたの言葉はよく分かりました。だからします」ではなく、「あなたを信頼します。だから、喜んで します」なのだ。

このようなことは、わたしたちの生活の中にいろいろある。「神を信頼しているから、神に奉仕します。教会の仕事をします」ということ。信仰者として、日常の出来事をどのように受け止めることができるのか。「委ねる」とは、相手を信頼し、自分の大切なことを任せる。「神に委ねる」とはどういうことだろうか。幼子の姿を見たら、分かる。幼子は聖母に全てを任せた。幼子は幸せだ。お母さんの愛を信じ切っているから。キリスト者の根本は、「委ねる」ことにある。

「お言葉どおり、この身に成りますように。」降誕の神秘を受け入れることができように、祈ろう。

            *           *            *           *           *           *           * 

「あなたを信頼していますから……」神に対するこの感覚を強めたいと思いました。
※画像は、カトリック三河島教会の祭壇です。

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2008年12月18日 (木)

■ “闇に光を!” キリストの降誕を待ち望む

修道院では、毎月、祈りのテーマを掲げて典礼を生きています。12月は“闇に光を!”をテーマとし、聖書の言葉として「主は豊かでありながら、あなた方のために貧しくなられた。あなた方をご自分の貧しさによって、豊かにしようとされたのです。(コリント2 8.9)」を掲げています。聖堂の入り口には、主キリストが“光”をもたらしてくださるように祈るため、社会の“闇”について書いている新聞記事の切り抜きを毎日掲示しています。17日からは「主の降誕前の8日間の祈り」がはじまり、ますます祈りの意向を深めています。

2007a    2007b
聖堂入り口                            聖堂入り口の新聞の切り抜きの掲示

新聞の切り抜きには、内定を取り消しされた大学生、派遣社員や非正規労働者の解雇、家族の絆、子育てに悩む母親、自殺、ホームレス、差別と人権、デジタル化する社会、性的虐待を受ける子どもたち、米軍のイラクからの撤退、クラスター爆弾、悪化する景気、年を越せない、動機なき殺人、ストレスを受けている脳、自殺防止センターに電話をかけてくる末期ガン患者、などなど、毎日、さまざまな内容があります。シスターたちは、聖堂の入り口で切り抜きを立ち読みしたり、切り抜きを聖堂の席で読んだりして、イエスがこの世の闇に光をもたらしてくださるよう祈っています。

年の暮れになって、先が見えない厳しい現実が広がっています。社会や自分の中にある闇に気づき、弱さ、貧しさ、無を感じるとき、そのときに大切なものが見えてきます。貧しさの中にお生まれになったキリストが、この世に光として来られ、人間の歩む道を照らしてくださいますように、愛をもってともに歩むいのちの光となってくださるよう、また、わたしたちが光をも たらす存在となることができますように祈ります。

クリスマスまで後一週間。救い主の誕生を、心を込めて待ち望みましょう。 2001xmas025
「主よ、来てください。」

聖なる父よ、
あなたはこの神聖な夜を、

まことの光キリストによって照らしてくださいました。
闇に輝く光を見たわたしたちが、
その喜びを永遠に歌うことができますように。
     (主の降誕のミサ 集会祈願より)

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2008年12月14日 (日)

■ 心ときめかす、チェンバロの響き

クリスマス前の今の時期は、コンサートの多いときです。今日は、杉並区高円寺南にあるベリス・メルセス宣教修道女会の聖堂で行われたチェンバロのコンサートに行ってきました。「チェンバロ」と聞くと、優雅な宮廷音楽……という感じです。チェンバロだけのコンサートは初めてなので、楽しみに伺いました。

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コンサートが行われた聖堂                祭壇がある正面の壁 コンサートは右が正面

東京メトロ丸ノ内線の「東高円寺」駅から歩いて数分、静かな住宅地にある光塩幼稚園に隣接する本部修道院の聖堂は、こぢんまりとした落ち着いた空間です。会場は正面の祭壇に向かってではなく、右側を正面にしてチェンバロが置かれていました。

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調律中です

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チェンバロは、赤と黒を地にして楽器を演奏する人や踊る人が連続して描かれているオリエンタルな感じの絵柄でした。弦が入っている箱の底にもお花の絵が描かれていて、ツンとすましたおしゃれな貴婦人のようでした。演奏してくださったのは、古い時代のチェンバロやフォルテピアノ、そして現代のピアノまで演奏される国際的鍵盤楽器奏者のマイコ・ミュラーさん。チェンバロの鍵盤はピアノの鍵盤より少し小さく、細かく装飾されています。黒鍵と白鍵がピアノと逆になっていますが、それは女性の指をより美しく見せるためだとか……。コラール前奏曲、プレリュード、フランス組曲、イタリア組曲など、初めての曲や、聞いたことのある曲など、J.S.バッハの名曲を演奏してくださいました。

Dscf14291_2 マイコ・ミュラーさんの指は、小振りの鍵盤の上を細かく動いていました。上下の段を使い分け、ときには、下の段を弾くと連動していて上段の鍵盤も動く演奏もあり驚きました。揺れるように響く音色は、なんとも心を静めてくれます。または、この繊細な音色を聴くためには、心を静かにし集中しないと聞き逃してしまうのかもしれません。100人ほどの聴衆は、咳一つせず、シーンとして聞き入っていました。

コンサートは、クリスマス募金としてカリタス・ジャパンに寄付されました。演奏の終わりにはカリタス・ジャパンの活動紹介がありました。

先週行った「聖グレゴリオの家」のパイプオルガンのコンサート、そして今日のチェンバロ・コンサートと、今年は美しい音に満たされた待降節を過ごしています。

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2008年12月10日 (水)

■ 師イエズス修道女会のSr.東谷の銀祝

12月8日の「無原罪の聖マリア」の祭日は、教会の大きな祝日です。神に生涯をささげるSr_4   いうことで、多くのシスターがこの日、記念日を迎えます。ある人は入会の日だったり、ある人は初誓願を立てた日であったり……。

八王子市戸吹町に本部がある師イエズス修道女会でも、この日、一人のシスターが誓願25周年を迎え、記念のミサが行われました。大阪の修道院で奉仕しているSr.マリア・レデンタ東谷(あずまや)征子です。Sr.東谷は北海道の出身で、お姉さんも師イエズス修道女会のシスターです。ミサには学校の同級生や、祈りの集いのメンバー、またパウロ家族が集まりました。

肝っ玉母さんのように頼りがいのあるSr.東谷ですが、ご自分が主人公になるのは苦手のようです。ちょっと恥ずかしさもあるのかな……、ミサの前はとても緊張している様子でした。

Photo_7 司式の森司教様は説教で、「25周年の歩みとわたしたちの日本の社会について見直したいと、次のように話してくださいました。

今、シスター東谷の心の中は、神への感謝の思いでいっぱいだろう。第一朗読(エフェゾ1.3-6、11-12)で読まれたように、永遠の神の愛がシスターの上に注がれ、シスターを支えているのは永遠の神の愛以外の何ものでもない。愛に満たされていること、愛が自分の中で寄り添ってくださっていることほど、すばらしい人生はない。しかし、愛が見失われたら、どれほどの不幸だろう。日本の社会の悲しさとみじめさは、愛が失われていることである。人は社会の闇の中で、必死に生きている。昨日も、リストラされて家族の元へ帰ることができないでる男性が来た。その前は、小さいときから父親から虐待されている女性だった。今の日本の人間社会は冷たく、一人ひとりがバラバラで突き放されている。「あなたは大丈夫だよ」と言ってくれる人がいない。年間3万人という自殺者。これを支える唯一の力は、愛以外にはない。一人ひとりを大切にしていく、そこに神の愛がある。その愛が、わたしたちの心の希望であることをあかししていくことが修道会の使命だろう。

そのために何をしたらいいのか。神の愛を生きるための秘訣、それは、「おことばのとおり、なりますように」という心の開きである。この地上を見て、神はいたたまれなくなり御子を与えてくださった。神がしようとしていることに心を開いていくようにしたい。わたしたしの存在そのものが、人々の存在の希望となることができますように。わたしたちの歩みが、神の光の中で照らされますように。

神の手に包まれている大きな愛の中で、神の視点を持って人とかかわっていくことの大切さを思いました。

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写真 左:Sr.東谷は、25年の歩みのシンボルとして香炉を持って入堂しました。
写真 右:師イエズス修道女会のシスターたちの、お祝いの歌のプレゼント。

Sr.東谷はミサの終わりのあいさつで、「自分はセミのぬけがらのよう、またはピーマンのようだと思っていた。しかし、ぬけがらが地中の7年間を守り、地上での一週間を鳴くことができるのだ。主のために、ぬけがらでいいのだと思うようになった」とあいさつされました。ぬけがらのお話は、みんなの印象に残りました。

仲間のシスターたちに囲まれて、Sr.東谷の銀祝の集まりは、とてもアットホームでした。Sr.東谷、これからも大きなぬけがらで、主のため、人々のために奉仕し、祈ってくださいネ。

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2008年12月 7日 (日)

■ 心が落ち着く「聖グレゴリオの家」の聖堂

今日の午後、東久留米にある「聖グレゴリオの家」の聖堂で、オルガンコンサートがありま0007a_2 た。オルガニストは、イタリアを代表するオルガニスト、ロレンツォ・ギエルミ氏でした。ギエル ミ氏は、東京カテドラル聖マリア大聖堂の新しいパイプオルガンのお披露目とのときに演奏してくださいました。

「聖グレゴリオの家」は、正式には「宗教法人 聖グレゴリオの家 宗教音楽研究所」で、教会音楽の研究と普及のために建てられました。西武池袋線の東久留米駅北口から、10分ほどの静かな住宅街にあります。教会音楽科では、教会音楽の学位が取得できる本格的な研究所です。ミサや祈りが大切にされ、典礼を学んだり、コンサートがおこなわれたりしています。

「聖グレゴリオの家」には、学ぶ人たちのための宿泊施設もありますが、なんと言っても聖堂がすてきです。とても落ち着いた雰囲気があります。約100人ほどが座れる会衆席は聖堂を囲んで階段状になっており、横には小さいのですがすばらしいデザインのパイプオルガンが設置されています。今日のコンサートは、そのパイプオルガンで演奏されました。円形の聖堂にほどよい音量で鳴り響くオルガンの音色、木調のベンチ、高い天井の壁のステンドグラスから注ぎ込む光、音楽が好きな人々の醸し出す空気……、心が静まりぜいたくなときを過ごしました。

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帰り道、雑木林から差し込むオレンジ色の夕日の中、聖グレゴリオの家でいただいた雰囲気を抱いたまま駅まで歩きました。聖グレゴリオの家を思い出しながら、待降節第2週を過ごしたいと思います。

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2008年12月 3日 (水)

■ 美しい光の海2008

Dsc09243 夜、まばゆい光の中を歩くことは、なんとも幸せな気分になります。光の並木道を歩くだけなのですが、とっても心が落ち着きます。今年ももうすぐ終わるという12月だからなのか、クリスマスがやってくるというワクワクした時期でうれしくなるのか……なぜなのでしょう。

今年もクリスマスイルミネーションの季節がやってきました。東京ミッドタウンでは、2回目のクリスマスを迎え、11月13日から12月25日までクリスマスイルミネーションが行われています。友と、職場の仲間と、家族と語り合いながら、またはひとりで味わいながら、たくさんの人が訪れていました。今年は、ツアーのバスも数台きていてその人気の高さに驚きました。

東京ミッドタウンの建物の周囲は、さまざまなデザインのイルミネーションで飾られています。桜の木のイルミネーションは「スノーフォール」と呼ばれ、ワイングラスを逆さまにしたようなREDの光には長い棒が下げられています。この棒の中を、光が流れ落ちるのです。遠くから眺めるとあちらの木、こちらの木と光が流れていてかわいい感じです。

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「スターライトガーデン」と名付けられた芝生のイルミネーションは、昨年は天の川でしたが、今年は冬の星座が浮かび上がってきます。運がよければ、30分に一度の流れ星を見ることができます。広さを上手に活用したデザインで、暗い夜に青く浮かび上がる銀河が、わたしたちをしっとりした心にさせてくれます。

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Dsc09217 江戸切り子のクリスマスツリーは、今年も人々を引き寄せていました。美しい光のモザイクです。

外苑東通りから入るプラザエリアには、輪になった光ファイバーがシャンデリアのようにつるされています。女性の美しいドレスのように風に揺れながらしなやかに揺れる光ファイバーは、白→青→緑→ゴールド→赤と変化していきます。その色の変化は見飽きません。テラスでお茶をいただきながら眺めるのも、優雅な気分になることでしょう。

日中の忙しさから離れて、光の世界へ。それが心に満足をもたらし、また明日への力となる気がします。ぜひ、幸せの光を味わってください。

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2008年11月30日 (日)

■ 待降節が、始まりました!

今日は待降節第一主日、4本のアドベントクラウンのローソクに一つ、光がともされました。2001xmas011_3 今日からカトリック教会は、新しい年に入りました。救い主の到来を待ち望むことから、教会の暦ははじまります。

今日の朗読は、第一朗読が「イザヤ書」63章16b~17、19b、64章2b~7節、第二朗読が「コリントの信徒への手紙」一 1章3~9節、福音書は「マルコによる福音書」13章33~37節でした。今朝の聖イグナチオ教会の朝のミサの説教では、「今読まれた福音書には、『目を覚ましていなさい』という言葉が頻繁に出てくる。『恐れの中で目を覚ます』。震えながら、恐いから主人を待つ……というのが待降節ではない。「早く帰ってきてください」という思いで待つのではないか。その思いを表現しているのは、イザヤ書だと思う。『ぜひお顔をお見せください』。」というお話がありました。

ミサの後、説教を思い出しながらイザヤ書をあらためて読んでみました。そこには、「立ち帰ってください」と、神に親しく懇願する旧約の人々の姿がありました。「あなたが顔を隠されてしまったのは、私たちのかたくなさ、わたしたちの罪によるもの」と悪に負けてしまった自分の弱さを認め、「あなたはわしたちの父です」と神への信頼を言い表しています。

人は、何回も何回も、神を横っちょに置いて自分だけで生きてしまうのですが、神をたたえ神によりすがった殉教者たちの信仰を仰ぎ見ながら、今年の待降節は、毎日の福音の箇所を、人間の側からの「神への信頼」「神への思い」という視点から味わってみたいと思います。

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2008年11月25日 (火)

■ 列福式感謝のミサ

  今日午前10時にカトリック中町教会で、列福式感謝のミサが執り行われました。
ペトロ岐部と187殉教者列福式実行委員会委員長髙見三明長崎大司教をはじめ福岡教区長宮原司教、鹿児島教区長郡山司教、東京教区補佐司教の幸田司教による共同司式で行われ、多くの信徒たちが参加しました。
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感謝のミサの中で高見大司教は、列福式にいたるまで、さまざまな形で働かれた方への感謝を述べられました。
この列福式の最初のきっかけは、故ヨハネ・パウロ2世教皇来日の準備のとき、当時の福音宣教省長官ロッシ枢機卿が2度ほど来日され、西坂にある資料館を訪問なさり、日本の殉教者についての説明を受けとても感銘されたそうです。
枢機卿は、当時の長崎大司教里脇浅次郎枢機卿に列福の可能性を話されたそうです。枢機卿はすぐに司教会議にはかり、列福の手続きが開始されました。その間、白柳枢機卿、平山司教、亡くなられた松永司教、溝部司教が準備のための担当司教として働かれました。それから四半世紀の間に多くの方が尽力されました。
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昨日の列福式のミサ中で、白柳枢機卿が感謝された故チースリック神父、列福のために多くの資料を準備し、ちょうど一週間まえに亡くなられた結城了悟神父がおられなければ今回の列福式はなかっただろうと話してくださいました。
また、教会法の面で働かれたオボンク神父をはじめ、列福準備委員として働かれた古巣神父やシスター片岡など多くの委員会メンバーたちの献身的なご努力があってはじめてこの列福式の開催が実現することになったことを話され、他界された方々も含めて、これまで準備にたずさわってくださったすべての方々に心から感謝したいと語られました。
そして、イエズス会やアウグスチヌス会をはじめ多くの修道会、宣教会の方々への感謝を述べられました。ことに殉教にまで導いたほどの信徒への教育、信徒への世話などについて、彼らの働きこそ日本の教会の礎をつくり、今日の日本の教会があることへの感謝を付け加えられました。
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感謝で締めくくられたこの長崎での列福式は、互いを慈しみ合いながらその信仰を守るためいのちかけた188人の福者たちにとてもふさわしく思われました。

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■ 列福式のミサ式次第とカード

今回の列福式では、受け付けのときに参加者にミサ式次第と列福記念のカードが渡されました。
ミサ式次第の日本語版と英語版、佐久間彪神父が描かれたカードと、三牧樺ず子氏のカードの2枚をご紹介しましょう。
カードの裏には、「福者ペトロ岐部と187人の殉教者の取り次ぎを願い、その列聖を求める祈り」が書かれています。
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列福式が終わりビッグNスタジアムを出るとき、長崎新聞の号外が配られていました。その号外は、なんとペトロ岐部と187人の殉教者列福式でした。早いですね。
長崎新聞のホームページで動画も紹介しています。アクセスしてみてください。 

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■ 列福式 その2

列福の儀の後ミサは、ことばの典礼、感謝の典礼へと進みました。
その様子を、画像でお届けしましょう。寒い中、何時間も前から会場に入り、ミサがはじまる前から何曲も歌ってくださっていた聖歌隊の方たちは、最後まで変わることなく美しい歌声で歌い続けて式を盛り上げてくださいました。ほんとうにすばらしい歌声で、お聞かせできないのが残念です。
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奉納のときには、たくさんの侍者姿や制服姿の子どもたちが奉納し、次の祈願を唱えました。
  全能の神よ、
  この供えものを祝福し、とうといものとしてください。
  福者ペトロ岐部と187人の殉教者が、
  あなたの愛に支えられてすべての苦しみに打ち勝ったように、
  わたしたちの心にも愛の火を燃え上がらせてください。
  わたしたちの主イエス・キリストによって。
  アーメン。
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聖体拝領のときには、200人の司祭が会場のいたるところにご聖体を運んでくださいました。ご聖体の存在の場所を知らせる200の傘が、まるで会場に殉教者にささげる花が咲いたようできれいでした。
白柳枢機卿のオメリアは、長い間この列福のために祈り働いてきた日本の教会の熱い思いを再び感じずにはおられませんでした。
祝福の前の溝部司教の感謝の言葉で、その思いは深められました。その言葉の中で、7日前に亡くなられた結城了悟神父様の名前が出ると、会場から拍手がわきあがりました。
ほんとうに多くの人たちの祈りと努力、そして二十数年に渡る歳月に感謝せずにはいられません。
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2008年11月24日 (月)

■ 列福式 その1 入祭と列福の儀

4_3 列福式のミサがはじまる直前に空が曇り、また雨が降り出しました。
入祭は、十字架を先頭に、殉教者ゆかりの地の土、殉教者の遺骨、聖書、司祭団、司教団、教皇代理に任命された教皇列聖省庁前長官ジョゼ・サライバ・マルティンス枢機卿が会場に入られました。
ほとんどの司祭が、祭服の上に透明の雨合羽というユニークな姿です。
雨足はだんだん強くなり、急に寒くなってきて、じっとしていると手足がしびれるくらいでした。
青年たちがロウソクリレーで使ったロウソクがまず奉納され、次に祭壇の下に殉教者ゆかりの地の土、日本26聖人記念館館長のデ・ルカ・レンゾ神父によって殉教者の遺骨が置かれました。
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回心の祈り、あわれみの賛歌の後、列福の儀が行われるころには、幸いなことに少し雨も小降りになりました。けれど、雨に濡れたせいか、手足がしんしんと冷えてシャッターを押す指に力が入りませんでした。
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そんな中、日本カトリック司教協議会会長である岡田大司教が教皇ベネディクト16世に対して「私、ペトロ岡田武夫東京大司教は、ベネディクト16世教皇聖下に対し、1603年から1639年に殉教した神のしもべ、イエズス会盛式誓願修士ペトロ・カスイ岐部神父と187人の尊者を福者の列に加えてくださるよう、ここに謹んでお願い申し上げます」と、列福宣言の要請を行われ、続けて殉教者たちの略歴の紹介が殉教地の司教によって行われました。
その後、列福宣言が行われ、教皇書簡の朗読されました。

Repukunogi05_5   私は
  兄弟である以下の司教たち、
  枢機卿ペトロ白柳誠一前東京大司教
  ペトロ岡田武夫東京大司教
  レオ池長潤大阪大司教
  ヨセフ高見三明長崎大司教
  フランシスコ・ザビエル溝部脩高松司教
  ヨセフ三末篤實広島司教
  ペトロ地主敏夫札幌司教
  アウグスチヌノ野村純一名古屋司教
  ベラルド押川壽夫那覇司教
  パウロ大塚喜直京都司教
  ラファエル梅村昌弘横浜司教
  マルセリーノ谷大二さいたま司教
  ドメニコ宮原良治福岡司教
  タルチシオ菊池功新潟司教
  パウロ郡山健次郎鹿児島司教
  マルチノ平賀徹夫仙台司教
  ペトロ平山高明前大分司教
  とほかの多くの司教たち
  および日本の兄弟姉妹である全信者の請願を受理し
  列聖省の助言に基づく審議の結果
  1603-1639年に日本各地で殉教した神のしもべ、
  イエズス会盛式誓願修士ペトロ・カスイ岐部司祭と
  殉教者である以下の尊者を
  使徒的権威によって福者の列に加えます。
  八代の殉教者・ヨハネ南五郎左衛門、
  シモン竹田五兵衛ほか9人
  萩・山口の殉教者・ミルキオール熊谷元直とダミアン
  薩摩の殉教者・レオ税所七右衛門
  生月の殉教者・ガスパル西玄可ほか2人
  有馬の殉教者・アドリアノ高橋主水ほか7名
  天草の殉教者・アダム荒川
  京都の大殉教・ヨハネ橋本太兵衛、テクラほか50名
  小倉・大分・熊本の殉教者・ディエゴ加賀山隼人、小笠原玄也、みやほか15人
  江戸の殉教者・ヨハネ原主水
  広島の殉教者・フランシスコ遠山甚太郎ほか2人
  島原・雲仙の殉教者・パウロ内堀作右衛門、ヨアキム峰助太夫ほか27人
  米沢の殉教者・ルイス甘糟右衛門ほか52名
  長崎西坂の殉教者・イエズス会修士ニコラオ ケイアンと
  長崎のカテキスタ ミカエル薬屋、
  イエズス会盛式誓願修士・ジュリアン中浦司祭
  アウグスチノ会修士・トマス金鍔次兵衛司祭
  大坂の殉教者・イエズス会盛式誓願修士・ディオゴ結城了雪司祭
  イエス・キリストの福音を勇気をもってあかしした
  この殉教者たちの記念日は、
  法令の定める場所と形式に従い、
  毎年7月1日に祝うことにいたします。
  父と子と聖霊のみ名によって。アーメン。

Repukunogi06 教皇書簡の朗読後、鳩が飛ぶ中、三牧樺ず子氏作の肖像画が除幕され、会場は大きな拍手と感動に包まれました。

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■ 列福式 直前

列福式の参加者は、みな午前11時までに会場に入るようにとの連絡があったそうですが、私たちが午前10時プレスの受け付けのために、午前9時半すぎに会場に着くと、もう入場者でどこもいっぱいでした。
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長崎は朝からあいにくの雨、傘を差し寒そうに会場へと入っていきました。
会場ビッグNスタジアムは、野球場とあって広く、なかなか自分の場所に行き着くことができません。黄色いヤッケを着たスタッフの方10人くらいに聞いて、なんとか目指すプレス席に到着しました。
だいぶ会場が埋まってきたころ、天に祈りが通じたのか、列福式がはじまる前には雨も上がり気温も上がり、祭壇に準備されていたテントもはずされました。
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昨日、雲仙を出発した「わっかもんウォーク」の青年たちも十字架とともに会場に到着。
席に座っていた人たちも温度が上がってきたせいか、みなレインコートを脱いで身軽になり、早めの昼食を食べたり、なつかしい人と出会ってあいさつを交わしたり、正面の2つの大きなスクリーンに映し出される188名の殉教者たちの紹介をながめたりしていました。
式がはじまる直前になって、空がまた曇ってきました。また雨が降り出すのでは・・・と心配していると、案の定今度は大粒の雨が落ちてきました。

せっかく脱いだレインコートを再び着込んで、荷物は持ってきたビニール袋に詰め込みました。今回の列福式では傘を差さないよう言われていましたので、会場が黄色や赤、緑のレインコートの色で華やかになりました。
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やはり、殉教者の列福式、辛いことがあってもしかたないかなと思いながら雨の中、開始を待ち続けました。

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■ 列福式前夜祭

Zenyasai03_2 列福式を明日にひかえて、中町教会ではほぼ1時間おきに巡礼者のミサが行われています。
そして、16時から21時まで数回にわけて、浦上教会、城山教会、大浦教会では列福の標語にあわせたテーマで前夜祭の祈りの集いが行われ、日本二十六聖人記念館では青年たちによる祈りの集いが行われました。
浦上教会のテーマは、「命をかけて『いのち』を生きる」で聖体礼拝、城山教会は「ときを超え 今ひびく福者の祈り」のテーマで、みことばによる黙想、大浦教会は「証・一八八」というテーマでロザリオの祈りが行われました。
このテーマは皆様もよくご存じのように、幟にもなっています。
大浦教会だけは行くことができませんでしたが、どの教会もよく準備され、参加者に明日への祈りの準備をさせてくれました。
城山教会では祈りの集いだけでなく、18時からはトマス金鍔次兵衛神父の所属した聖アウグスチノ会の主催の感謝のミサが行われました。
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また17時からの浦上教会の祈りの集いでは、溝部司教が中浦ジュリアン神父の少年時代について話してくださいました。ジュリアンは天正少年使節の4人の中ではあまり目立たず、記録に残っているのは、彼が失敗をしたときと病気をしたときくらいであることや、教皇に謁見する際、だれが言っても自分は教皇に謁見すればきっと病気は治ると言い決して自分の意志を曲げようとはしなかったことなどを話してくださいました。
柔和だが芯のしっかりした少年ジュリアンの姿が目に見えるようでした。
Zenyasai04_2 人よりすぐれた才能豊かな人というわけでもない中浦ジュリアン神父が、列福されることを考えると、神のなさることの不思議を思わずにいられません。
今回の列福式前夜祭では、「祈りへの招き」のパンフレットが配られました。
その最後には「巡礼スタンプ帳」が作られていて、祈りの集いに参加して、おまけまでもらったようなうれしい気分になりました。

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2008年11月23日 (日)

■ 青年たちの列福式の準備

Seinen1_3 今朝ビッグNスタジアムを目指して若者たちが雲仙を出発しました。
「わっかもんウォーク ~188殉教者列福記念徒歩巡礼~」です。全国から60名ほどの青年たちが集まり、殉教の地である雲仙から列福式の会場を目指して歩いています。
途中、愛野教会で仮眠して、東長崎教会を経て列福式開始には、ビッグNスタジアムに到着する予定です。
また、西坂の日本二十六聖人記念館では、16時から21時まで青年たちの担当で祈りの集いが行われました。長崎の青年たちが、地区ごとに分かれて188名の殉教者を担当して、殉教者とともに祈りました。
私たちは、19時15分から五島地区の青年たちが担当して行われた祈りの集いに参加しましたが、さわやかな笑顔で迎えてくれ、絵で殉教者たちの歩みを紹介しながら祈りへと導いてくれました。
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また、全国の青年たちが参加し行われた「ロウソクリレーミサ証し日 ~全国の青年の思いをのせて~」で使われたロウソクは、明日の列福式で奉納されるそうです。
熱心に祈り、身体全体でこの日本の教会の喜びを準備する若者たちを見ていると、殉教者たちの証しは確かに今の日本の教会に受けつがれている・・・そう思わずにはいられません。
今も、若者たちはビッグNスタジアムに向けて歩み続けています。

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2008年11月22日 (土)

■ 列福式直前の長崎

Sunzen01_2 列福式取材のために昨夜長崎の市内に入りました。
市内に入って会場近くの道を通ると「11/24 列福式の為 交通渋滞が予想されます」との大きな看板をいくつか目にしました。長崎駅に着くと、駅構内で行われていたコンサートでも、司会者と出演者が「列福式」のことを話していました。
修道院に着き、そのことを話すと「長崎の新聞には、毎日のように列福式のことが書かれているよ」との言葉。
列福式が近づいていることを肌で感じ、うれしいと同時に、なぜかとても緊張してきました。
このブログをとおして、少しでも列福式の様子を皆様にお知らせできたらと思っています。
今日中町の教会では、入り口に列福式のための看板が取り付けられました。「奉祝 『ペトロ岐部と187殉教者』列福式」、「命をかけて『いのち』を生きる」と書かれています。しかし、教会を出て行くときに見える方向には、中町教会評議会で決められた列福式記念の標語が書かれていました。
   受けついだ 福者の信仰 子に孫に
この言葉に、列福式で終わりではないんだなと強く感じました。

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2008年11月20日 (木)

■カテドラルに響く、日本語で初めてのレクイエム!

19日の夜、東京・カテドラル聖マリア大聖堂で、11月の死者の月にあたって「亡くなったすべての人のためのミサ」がありました。ミサ曲は、三枝成彰作曲、曾野綾子のリブレットによる日本語で初めてのレクイエム(1998)で、ソプラノ:中丸三千繪、テノール:樋口達哉、合唱:六本木男声合唱団倶楽部、指揮:大友直人、管弦楽:東京ニューフィルハーモニー管弦楽団による演奏でした。こういう形でのミサは初めてだったので参加してきました。

「六本木男声合唱団倶楽部」という名をお聞きになったことはありますか? 「倶楽部」とついているように、“歌が大好き!”で集まったアマチュアの男声合唱団です。ケント・ギルバード、浅葉克巳、三枝成彰が発起人となって2000年に結成されました。団長は作曲家の三枝成彰、ここで「おおっ」と驚きますよね。さらに、桂冠指揮者として大友直人、ここでまた「えっ、すごい!」と思い、他に4人の指揮者を指導者に迎えて、いったいこの合唱団は何??? となるでしょ。さらにメンバーを見ると、島田雅彦、江田五月、奥田瑛二、辰巳琢郎、露木茂、羽田孜……。え~~~っ! 彼らの他に、会社社長・役員、芸術家、作家、裁判官、新聞記者、医師、国会議員、キャスター、大学教授、俳優、映画監督、弁護士、画家などなどが名を連ねています。10代から80代の日本を代表する政財文化界の方々が集まっている100人を超す大合唱団です。

ハイクラスの人々の道楽? とあなどってはいけません。サントリーホールで演奏会を開いたり、海外公演もし、CDも何枚も出している本格的な合唱団なのです。忙しい方々が、いつ集まって練習しているのでしょうね。

ミサが行われた聖マリア大聖堂は、日本の教会の中でもっとも大きな聖堂の一つですが、中丸三千繪さんと樋口達哉さんの美しく響く声と、フルオーケストラと101人の合唱団の声でいっぱいになり、聖堂が小さく感じるほどでした。斜めになった天井に反響して上から降り注ぐ音に包まれ、約1000人の会衆は、亡くなった人のための祈りの世界に引き込まれていきました。死者の魂を憩わせるように優しく響くオーケストラの演奏に、神の国を感じました。「ありがとう、さようなら、また会いましょう」と天国での故人との再会を約束した「葬送の歌」でミサは終わりました。

帰りの坂道で一緒になった管弦楽団のヴァイオリン演奏の方が、「初めての参加だったのですが、ミサに感動しました」と言っておられました。聖体拝領をした信者の数は200人ほどで、会衆の多くは団員関係の方だと思いますが、死者への祈りである「レクイエム」の合唱をとおして、カトリックの世界に触れられたことでしょう。来年も開催されたら、また行きたいと思います。

六本木男声合唱団倶楽部
http://www.rokudanku.com/index.html

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2008年11月15日 (土)

■ シスターチャンドラとシャクティの踊り手たち

Shakti1 シャクティは、1990年淳心会(スクート会 日本には男子の会だけがあります)のシスターチャンドラによって設立された団体です。南インドのタミルナードゥ州でインド社会(カースト制度)の最下層のダリット(不可触民とされた人たち)の女性たちが、人間としての尊厳と権利をもち、意味ある人生を送れるように人材育成を行っています。
「シャクティ」は、「エネルギー」や「力」、特に「女性のエネルギー」を意味する言葉だそうです。
今までに訓練された女性リーダーは300人をこえていますが、訓練の一環としてダリットのタミル民族の踊りを行っています。
私たちがシスターチャンドラとシャクティの踊り手たちが知ったのは、松居和氏のDVD「シスター・チャンドラとシャクティの踊り手たち」によってです。いくつもの海外の賞を受けた作品です。
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日本での講演会と舞踊公演ために来日したシスターチャンドラと10人のシャクティの踊り手たちが、私たちの修道院にも来てくださり、シスターチャンドラのお話を聞き、シャクティの踊り手たちの踊りを見ることができました。
同じ修道女として、シスターチャンドラにたくさんの質問があり、踊りの時間が短くなってしまったのでは・・・と思っています。
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シャクティの踊り手たちの踊りは、タミル民謡をもとに、シスターチャンドラが作詞しふりつけをしているそうです。劇もその中には入っていて、生まれた子どもが女であると殺されるという誕生の差別や、賃金が他の人たちより少ないことを雇い主に訴えたダリットの女性たちが焼き殺されたという実際にあったことなどを、踊りの中で表現していました。
ダリットの男の人たちが、上の階層の人たちの葬儀の際に叩く太鼓を叩きながら踊る、その力強い踊りは、見ている者を圧倒し、真の解放を訴える女性たちの叫びのように感じました。
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そして、シスターチャンドラの穏やかな笑顔と、まっすぐに前を見つめるその目は、彼女たちを真の自由へと導こうとする母のように思えました。

松居和 オフィシャルホームページ:シスター・チャンドラとシャクティの踊り手たち

amazon.co.jp DVD「シスター・チャンドラとシャクティの踊り手たち」

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2008年11月11日 (火)

■ 迎える心

Hennro1 今月24日に列福されるディオゴ結城了雪神父の足跡をたどって、四国に行ってきました。
四国の町を歩いているとどこかで、必ず出会うのがお遍路さん。
白装束を着ないで、菅笠と金剛杖だけの方や、白衣だけを羽織り菅笠と金剛杖に輪袈裟をかけた方などその姿はさまざまでした。
四国霊場八十八カ所を巡る遍路道があり、秋に入り道づくりのための伸びた草の刈り込みが行われていました。
道には、たくさんの道標や案内図、地蔵尊などを見ることができました。
ディオゴ結城了雪神父が捕らわれたという大坂峠に向かう途中にも、いくつもの地蔵尊がありましたが、どの地蔵尊の周囲の草が刈りとられ、花や榊があげられていました。
道がわからずに尋ねると、とても親切に教えてくださり、四国の方たちの信仰心と、お遍路さんを迎える心を見たように思いました。
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2008年10月30日 (木)

■ 愛と信仰の小聖堂(チャペル)

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淡路島のカトリック洲本教会の信徒の方の家にチャペルがあるとのことで、お訪ねしました。
2年ほど前に建てられたチャペルで、建築の際イスラエルの土やヨルダン川の水がセメントに混ぜて造られたそうです。
このチャペルをどうして建てられたかというと、「つぐない」からだそうです。
その信徒の方は、フィリピン人の方と結婚され、長く宗教の違いから、パートナーが教会に行くことも、子どもの洗礼も許されなかったそうです。
しかし、子どもさんが、教会の隣にあった修道会が経営する幼稚園に通うようになり、子どもの祈る姿、どんな些細なことにも感謝なさるパートナーや子どもさんに、考えが変わっていったそうです。
内緒でキリスト教に関する本を読むようになられ、3年半前に受洗されました。
今は、キリスト教を愚弄していた反省と家族に対するお詫びの意味でも・・・と毎日ミサに参加しておられます。

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庭には、フィリピンを思わせる、南国のイメージの木や花、果物が植えられ、かわいいルルドや鐘もあります。
見ていて、「つぐない」というより、「愛」のチャペルと庭と言った方がふさわしい気がします。
家族の愛と信仰がいっぱいつまったチャペルと庭に、心が温かくなる思いでした。

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2008年10月26日 (日)

■読書の秋……「私の1冊、日本の100冊」

100_1_3 女子パウロ会は出版社として、書籍に関係するさまざまな団体、組織と関わっていますが、その中に「出版文化産業振興財団(JPIC)があります。このJPICが、10月27日から2009年3月まで、NHK衛星放送で放映される「私の1冊、日本の100冊」を支援・協力することになったという知らせがあり、ご覧の画像のチラシが送付されてきました。

10月27日は「文字活字文化の日」で、この日から始まる番組「私の1冊、日本の100冊」には、作家・丸谷才一、俳優・児玉清、女優・柴田理恵、映画監督・小栗康平、音楽家・坂本龍一、建築家・安藤忠雄、政治学者・姜尚中など、各界の著名人の「私の1冊」が紹介されます。また、視聴者からも「あなたの1冊」を募集しています。

JPICでは、この番組をとおして、本への関心が高まり、書店の活性化につながるのでは……ということで協力・支援することになったそうです。若者の活字離れが叫ばれてから久しくなります。街の小さな本屋さんは姿を消していき、大型書店がますますマンモス化しています。自分で本を選ぶのではなく、ベストテンに入っている本が求められたりしています。書店担当者の手書きのお薦めのコメントから、ベストセラーが生まれたり……。ケータイ小説が人気となっている昨今、ページをめくって読む紙メディアはすたれていくのではなく、電子メディアとは別の世界を提供して、心に深みを与えてくれるはずです。

「あなたの1冊」は何ですか? と問われたらどの本を選びますか? 私も「そうだなぁ……」と考えてみました。う~~~ん、好きな本はいろいろあるけれど……、小さいときはこの本を何度も読んでいた、中学生ではあの本を友達と競争して読んだり一人の作家に夢中になっていた、大人になってからは……と、いままでの人生の節々を思い出す機会となりました。あの本、確かまだ持っていたよねと探してみたりして……、思いがけないかつての自分との出会いのときとなりました。「これにしよう!」と1冊が決まったら、NHKに応募してみようと思います。

この本から影響を受けた、この言葉が忘れられない……など、そんな「1冊」を応募しませんか? 「私の1冊、日本の100冊」のNHKのページは、下記です。
  http://www.nhk.or.jp/book100/ 右下に「あなたの1冊」の応募アイコンがあります。

NHK「私の1冊、日本の100冊」放送時間 (2008.10.27~2009.3.20)
   月~金 BS2 午前8:00~8:10、 BShi 午前8:45~8:55

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2008年10月23日 (木)

■書籍『○○365日』の魅力

日本人は、『○○365日』とか、『日々のことば』のような、一日一日にことばがあり、毎日Mt_2 めくっていくような本が好きだと言われます。本当にそうだなと思います。カトリック教会の中にも、聖人や霊的指導者たちのことばを集め、毎日少しずつ味わっていくための書籍 があります。いくつかの教会では、『マザー・テレサ日々のことば』が聖堂の入り口に置いてあり、その日のページが開かれているのを見ました。

昨年は、御受難修道会の創立者・十字架の聖パウロのことばを集めた『今日を生きる知恵のことば -十字架の聖パウロの365日-』を読みました。十字架の聖パウロのことばが3~6行ほどあり、その横に、現代を生きている御受難会の会員たちによる「毎日の祈り」が付け加えられており、1日分が1ページになっています。

十字架の聖パウロ(1675~1775年)は、今から300年ほど前に生きた人ですが、古さはまったくありません。そこには会員同士の人間関係にはじまり、心の沈黙や祈り、試練や苦しみ、健康、家族への思い、友情、神への願望、誘惑、性、結婚と家庭、病と死、時間についてなど、実にさまざまな事柄が取り上げられ、示唆が示されています。御受難会ですから、十字架のイエスについては、何度も出てきます。心の中が人間的な思いに支配されているいるときに神の視点を示してくれ、「そっか~」と助けてもらうことがしばしばです。日々の現実を、神のふところの中へと招いてくれているようです。

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今年は、フランスで、テゼ・コミュニティーを開設したブラザーロジェの『信頼への旅 -内なる平和を生きる365日の黙想-』を読んでいます。こちらは、1日3行~7行程度で、続けて並べられています。十字架の聖パウロは「霊的!」という感じですが、ブラザーロジェは、もう少し「庶民的!」という感じで、「わたしのうちには、ほら、すでに神がいらっしゃるじゃないか」と、すべてが神との関係にあることを気づかせてくれます。

朝、聖堂に行って「朝の祈り」のときに読んでいますが、「今日はどんなことばかしら」と楽しみにして日付のページを開き、これを読まないと落ち着かなくなっています。日々の小さな小さな改心が蓄積されて、神との関係が少しずつ深まっていけばいいなと思います。来年は、また十字架の聖パウロを読もうかな……。

女子パウロ会の創立者・アルベリオーネ神父やシスターテクラ・メルロの「365日」も出版されるといいのですが……。編集部のシスターたち、可能性ありますか?

・『今日を生きる知恵のことば -十字架の聖パウロの365日-』ドン・ボスコ社刊
      http://shop-pauline.jp/?pid=2190575
・『信頼への旅 -内なる平和を生きる365日の黙想-』サンパウロ刊
・『マザー・テレサ 日々のことば』女子パウロ会刊
             http://shop-pauline.jp/?pid=2243416
・『祈りの泉 365のことば』女子パウロ会刊  http://shop-pauline.jp/?pid=2242479
・『トルストイ ことばの日めくり』女子パウロ会刊
      http://shop-pauline.jp/?pid=2221030

      

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2008年10月17日 (金)

■ “ROBO JAPAN 2008” に行ってきました。

Robojapan_1 10月13(月)、パシフィコ横浜のアネックスホールで開催された“ROBO JAPAN 2008”に行ってきました。会場に着くまで、人が少なくて「あれっ、どこでやっているのかな……」とちょっと心細くなりましたが、展示場に入ると……、おお、ちびっ子たちから、学生、そしてお父さん、お母さんたちまでが一杯でした。東京工業大学、東京理科大学、慶応大学、神奈川工科大学などの大学や、富士通、マイクロソフト、ALSOKなどの企業のブースでは、それぞれの研究が紹介されており、2つのステージではショーが行われていました。

よく知っているのは、子どもたちとの楽しいCMでおなじみの、HONDAのASIMOです。指や腕がより細やかになり、片足で立ったり走ったりもします。ステージではサッカーボールをコートにシュートして登場し、家庭の中で家族のために役立つ未来の姿が紹介されました。記憶したことをデータにして活用したり、忘れ物を探して届けたりと知恵と活動の面で大活躍です。とてもかわいいです。

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触ってもらって気持ちよさそうに目を閉じる「パロ」        サッカーをする「ASIMO」

メンタルコミットロボットというのもあります。動物と触れあうことで癒やされ元気をもらうアニマ・セラピーが話題になっていますが、アレルギーなどで動物に触れることができないとき、このアザラシの「パロ」君が役立ちます。すでに小児病棟や介護老人施設で活躍しているそうです。病院で活躍する病院搬送用ロボットもあります。

地震などで家屋が倒壊したときに人命救助で活躍するレスキューロボットがありました。瓦礫でデコボコした状態の上を進み、人間の入れないような狭いところや、二次災害の起きる可能性のあるところに入り、精密な画像を送り、サーモセンサーやCO2センサーで、人間の存在を感知していきます。進行しながら三次元の空間地図も作ってしまいます。

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レスキューロボットを見入る大勢の人々           未来の科学者たち

子どもたちのロボット作りのコーナー「未来の科学者ゾーン」も人気でした。この子たちが大きくなって、ここでみなに紹介している大学生たちのように、さらに進化したロボットを研究するようになるのですね。どんな未来になるのか楽しみです。

いろいろな分野でいろいろな形で進化するロボットたち。人間を助けてくれるだけでなく、癒やしてくれる存在にもなるロボットの世界を、これからも見ていきたいと思いました。

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2008年10月14日 (火)

■阪神百貨店でイタリアフェア……大阪支部のシスターから

1 10月8日~13日まで、大阪の阪神百貨店梅田本店で開催されていた「イタリアフェア」に参加していた大阪支部のシスターから、フェアの様子がメールで送られて来ましたので、ご紹介します。女子パウロ会の「愛と平和の出会い」のコーナーはそれほど広くはなかったようですが、連日、たくさんの人が訪れてくださったようです。きっと、すてきな出会いがあったことでしょう。

      …… …… …… …… …… …… …… …… …… ……

10月8日に阪神百貨店でオープンしたイタリアフェアは、開店とともに、大勢の人で賑わった。今年で4回目を迎えたこのフェアも、定着してきたのだろうか。「この日を楽しみにしていた」という声がよく聞かれた。イタリアから、カメオ作りのマエストロが実演して豪華なカメオ披露してくれたり、さまざまな種類のイタリアワインの試飲やおしゃれなイタリアファッションなどがフェアを飾っている。

こちら聖パウロ女子修道会のコーナーもイタリア製品とともに、シスターローザ・マリアが1_3のフェアのために来日。「愛と平和の出会い」をテーマに、イタリア製の典礼用品やそれに類した本やCD・DVDなどが販売される。正面にはマザー・テレサの写真やパウロ年にちなんだ切手も展示され、賑やかな中にしばしの安らぎが漂う。

聖パウロの宣教旅行の切手がテーマごとに集められ、8枚ほどの額におさめられ、お客様の目を誘う。「これも売り物ですか?」とよくたずねられているが、聖パウロ会の百村神父様がずっと収集してこられた切手の初展示会だ。雑誌「家庭の友」でも一部連載されていたが、貴重な切手の数々で、こうして額におさめられて見るとパウロの足跡がさらに身近なものになる。

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              訪れる人に声をかけるシスターローザ

聖書やマザー・テレサのメッセージをかわいいかごにつめて、」「『おみくじ』いかがですか...?」とシスターローザ・マリアが人々に近づくと、みんなの顔がほころんでくる。
うれしそうにおみくじのメッセージを開きながら、彼女と対話が始まる。雑踏の中で、一瞬でも修道女と対話できる喜びを味わっているのだろう。

デパートは字のごとく「百貨店」だ。ここに集まる人々もさまざまだ。イタリアフェアというイベントをとおして、出会う人々の生の声を聞きながら、神さまのメッセージを読み、伝え、安らぎの時となることを願っている。

      …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… 

訪れてくださったみなさま、ありがとうございました。来年も開催されるとうれしいですね。

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2008年10月 6日 (月)

■列福式に向けて、「7週間の祈り」はじまる

7weeknoinori_4    「いよいよ!!!」という感じです。11月24日(祝)に長崎で行われる「ペトロ岐部と187人殉教者」の列福式に向けて、『列福をひかえ、ともに祈る7週間』の祈りが昨日からはじまりました。昨日の朝は四ッ谷の聖イグナチオ教会のミサに行ったのですが、600席ほどのすべての席に、日本の司教団が出した「列福式前の祈り」の小冊子が置かれていて、ミサの中で最初のテーマの祈りを唱えました。

日本の教会が一致して祈るのはすばらしいことです。この祈りを提供してくださった司教団に感謝します。

「殉教」ということばを聞くと、すぐ「自分だったらどうだろう。はたして彼らのように信仰を選ぶことができるだろうか」「厳しい拷問にあっても、信仰を守り抜くことができるだろうか」と考えてしまいます。しかし、役人に向かって「信仰を捨てます」と言ったとしても、こころの中から神の存在を追い出すことはできないでしょうし、神を裏切ったことに対して死ぬまで苦しむことでしょう。

  義のために迫害される人々は、幸いである、
    天の国はその人たちのものである。 
(マタイ5.10)

信仰ゆえに捕らえられた信者たちは、イエスのことばにより頼み、何よりも、先に苦しんで十字架にかかってくださったイエスの姿を仰ぎ見ながら、ますます神への信頼を強めていったことでしょう。事実、信仰を守り抜いた彼らに、神は迫害に耐える大きな力を与えてくださいました。

殉教者たちに関する書籍も次々に出版され、また各地で講演会や巡礼ツアーも行われています。温度差があった小教区も、次第に意識が高まってきました。

殉教者たちに思いをはせるいろいろな機会が与えられていることに感謝しながら、この7週間、じっくりと祈り、黙想して過ごしたいと思います。

  永遠の父よ、
  みことばは人となり、世界に光が与えられました。
  信じる者のこころに宿られたみことばが、日々の生活を照らし、
  みことばをすべての人びとに伝えることができますように。
  わたしたちの主イエス・キリストによって。
  アーメン。         (「テーマ 1:みことばと確かな信仰」の祈りより)

カトリック中央協議会の小冊子の説明ページ http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/kibe_187/tebiki2.htm

カトリック中央協議会の「ペトロ岐部と187殉教者」列福関係のページ
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/kibe_187/index.htm
 

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2008年10月 1日 (水)

■ ロザリオの月

Rosary02 今日から10月。ロザリオの月がはじまりました。
いつも、共同の場をすてきなディスプレイで飾ってくれるシスターが、またまた手作りの大きなロザリオを作り、ロザリオの月への思いを新たにさせてくれました。
このロザリオは、5大陸を表す5色の色で作られて、バックには世界地図、そして創立者の祈り「使徒の女王聖マリアに向かう祈り」の3番の一部が書かれています。世界の人びとのために祈るようにと導いてくれるディスプレイです。

  キリストの愛に駆り立てられて、
  人類の霊的悲惨に深く心を動かすことができますように。
  青少年、壮年、老年層の必要を心に感じさせてください。
  広大なアフリカ、果てしないアジア、
  将来性に富むオセアニア、苦悩するヨーロッパ、
  南北アメリカの状態が、わたしたちの心に強く訴えますように。
                  「パウロ家族の祈り」より

みなさんも、ロザリオの月に聖母に祈りをささげませんか。

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2008年9月28日 (日)

■深い祈りの世界……“ジョットとその遺産展”

Eventogiotto_3   新宿の損保ジャパン東郷青児美術館で開催されている「西洋絵画の父 ジョットとその遺産展」に行ってきました。展示会の案内には「ジョットの作品4点を招来し、あわせて代表的な聖堂壁画を写真パネルで展示……」とありました。「本物はたった4点で!? 後はパネル??」と、期待は小さく行ったのですが、それは大きな間違いでした。展示品はすべて聖画で、どの作品の前でも深い祈りを感じる展示会でした。

ジョットは祭壇画を多く描いているのですが、それは教会堂の壁に描かれているので、外へ持って行くことはできません。ジョットの展示会をするのは困難です。こういう説明を聞いて「そうか、そうだよね……」と納得。そんな中にあって4点もの本物があるのはすばらしいことなのです。アッシジの聖フランシスコ教会にあるイエスの生涯を描いた壁画、パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂の「最後の審判」はパネルによる展示ですが、一つひとつの絵の説明を読んでいると、時のたつのも忘れてしまいそうです。

絵の中のマリアのまなざしや手、イエスの目線や手、聖母子を囲む天使たちや12使徒たちなどを見ていくと、ジョットはどんな思いで描いたのだろう、どんな神への思いで作品と向き合 っていたのだろう。また、この絵の前で、人びとはどんな祈りをささげたのだろうと、いにしえ の人びとに思いをはせました。ジョットの絵は、今いきている私たちをも、深い祈りの世界へと招いています。東郷青児美術館の空間には、深い静寂が広がっていました。

ジョットは描かれている人びとをよりリアルに描き、彼に続く若い人びとに影響を与えました。彼らはジョッテスキと呼ばれています。ジョットの後は、ジョッテスキの作品が続きました。

展示会は全体的には宗教的雰囲気で満ちているのですが、登場人物一人ひとりの表情や動作を見ていると、けっこうアニメっぽくなっていて笑えます。人びとや背景をじっくり見て味わっていくと時間はすぐ過ぎてしまいます。

この機会に、ぜひ“ジョットとその遺産展”をご覧ください。

ジョットとその遺産展 http://www.sompo-japan.co.jp/museum/exevit/index.html

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2008年9月25日 (木)

■信仰の歌“You Raise Me Up”

この夏、シドニーで開催された「World Youth Day」のサイトを見ていて、毎日のハイライトの映像のバックで「ア~レ~ル~ヤ!」と流れている曲がとてもきれいないので、この曲が収録されている「WYD2008」のCDを購入しました。横道にそれますが、日本のamazon.comから、オーストラリアから出品されているユースドCDで注文し、1週間ほどで届きました。便利な時代ですね。このCDには、上記の曲「Angels」をはじめ、エリック・レヴィの「Ameno」、ヘイリーの「Amazing Grase」……が入っていました。今時の教会の曲なのね……と思いながら聞いていると、「You Raise Me Up」が流れてきました。「えっ! これって信仰の歌だったの?」

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  「WYD2008」                    「レッド・ムーン」

「You Raise Me Up」は、フィギュアスケートの荒川静香さんがエキシビジョンで使った曲として日本でも一躍有名になったアイルランドの曲です。英語力が弱くその歌詞の内容までは把握していませんでした。この曲を初めて聴いたのは、男性と女性のデュオ“シークレッド・ガーデン”のアルバム「レッド・ムーン」でした。ヴァイオリンのゆっくりとした演奏ではじまる味わい深い曲です。男性と女性の熱唱が、聞いているだけで、精神性のある曲なのだなと感じさせます。歌詞カードには訳がこう記されています。

  気分がすぐれず、疲れているときは、
  難問が生じ、心が悩まされるときは、
  あなたが現れ、一緒にしばらく座ってくれるまで
  私は静かにここで待ちましょう。

  あなたが私を奮い立たせると、私は山の上に立てる。
  あなたが私を奮い立たせる
  嵐の海を歩かせるために
  あなたの肩に乗せてもらえば、私は強くなる。
  あなたが私を奮い立たせる。自分ではできないほどに。

他のCDの訳では、「あなた」のところが「主」になっていました。2番の歌詞も、日々の生活の中で体験する具体的なことと、聖書を背景にして「主が助けてくださるから、私は大丈夫」という神への信頼の言葉がつづられています。

  When I am down and, oh my soul, so weary;
  When troubles come and my heart burdened be;
  Then I am still and wait here in the silence,
  Until you come and sit awhile with me.

  You raise me up, so I can stand on mountains;
  You raise me up, to walk on stormy seas;
  I am strong, when I am on your shoulders;
  You raise me up... to more than I can be.

Celtic_woman_3   Tommy_fleming_2  

荒川静香さんは、5人の女性コーラスが美しい「ケルティック・ウーマン」が歌う「You Raise  Me Up」で氷上を滑りました。今、いいな~と思って聴いているのは、アイルランドのテナー歌手トミー・フレミングが歌う「You Raise Me Up」です。ノック大聖堂で行われたコンサートで歌うDVDの映像を見ながら、主への祈りの曲だとしみじみと思いました。トミーと声を合わせて、「You raise me up……」と歌いながら、「主よあなたが助けてくださるから……」と主への信頼を強めてくださるようにと祈っています。

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2008年9月21日 (日)

■「列福式を前に殉教者から学ぶ」

今日はカトリック三軒茶屋教会に行ってきました。女子パウロ会ホームページ“Laudate”の188殉教者が列福されることから、日本の殉教地をたずねるページ「キリシタンゆかりの地をたずねて」をはじめました。昨年から、日本各地の殉教地を取材していることを知った三軒0014_1茶屋の信徒の方が、9月21日に主任司祭が列福式についてお話しするので、取材した写真を映し出しながらお話をしてほしいと依頼されたのです。

8:30と10:30のミサの後に30分ほどお話しました。11月に列福される殉教者は188人。彼らすべてについて30分で紹介することはできないので、「江戸の殉教者」についてお話しました。東京にも殉教にまつわるところはいくつもありますが、江戸の殉教者について知っている人は少なく、巡礼地を巡ることもあまり知られていません。

江戸では、札の辻で原主水をはじめ50人が処刑されました。処刑地の近くには碑が建てられており、処刑された様子を描いた絵はカトリック高輪教会に展示されています。高輪教会には、「元和大殉教記念碑(江戸の殉教者の記念碑)」があり、キリシタン関係の資料が集められています。また、伝馬町のキリシタンの牢屋跡は公園になっていてここにも碑が建てられています。カトリック浅草教会も、殉教の巡礼地になっています。0021_1_2

信徒の方々は熱心に聞いてくださいました。「言葉で足りない部分は、書籍で……」と紹介し た書籍も求めていただきました。列福式を2か月後にひかえて、東京でも次第に熱が入ってきました。10月5日(日)からは、「列福をひかえ、ともに祈る7週間」がはじまります。

長崎の列福式に参加できない方は、ぜひ、江戸の殉教地を巡ってください。殉教者たちのメッセージを黙想しながら、列福式に向けて準備しましょう。

※“Laudate” 「キリシタンゆかりの地をたずねて」  http://www.pauline.or.jp/kirishitanland/index.php

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2008年9月11日 (木)

■時代を駆け抜けた二人…白洲次郎と白洲正子展

白洲次郎に興味を持ったのは、昨年公開された映画「日本の青空」を見たときです。終戦Shirasu_4 後、憲法草案を練る連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)で、米国人を向こうにして流ちょうな英語で堂々と対応した長身の男性が白洲次郎でした。宍戸開さんがかっこよく演じました。敗戦国側であってもあの自由な態度は何? 「へぇ~、あの時代にすごい日本人がいたんだ」と思ったのでした。

白洲次郎の妻は、白洲正子。私が知りはじめたのは、骨董を中心に「美」を追求して独特の世界を確立し、人びとから慕われ尊敬されている高齢の白洲正子でした。

今年は白洲正子没後10年に当たり、松屋銀座で、「時代を駆け抜けた二人…白洲次郎と白洲正子展」が、9/10(水)~9/23(火)まで開催されています。

展示会は、二人が敗戦と食糧危機を見越して昭和17年に引っ越した東京・町田市にある茅葺きの武相荘(ぶあいそう)の玄関からはじまりました。「夫婦円満の秘訣は、一緒にいないことだ」と語った白洲次郎についての展示からはじまりました。長い英国留学生活の中で、ヨーロッパ大陸旅行を経験しています。サンフランシスコ講和会議でも活躍します。その後実業界に戻り、家では農業を愛し、日曜大工で台所用品を作り……と、なかなかすばらしい方でした。

Shirasu_4_2 その後は、白洲正子に移ります。小さくして能の世界に深く入り、これが彼女の土台となっているようです。彼女が探し求めた能面、平安時代、室町時代、鎌倉時代の骨董の数々が展示されていました。そして、白洲家が好きだった食卓が紹介され、二人がくつろいだ武相荘の居間がそのまま設置されていました。最後には、直筆の次郎の遺言。そこには「葬儀無用、戒名不要」と書かれていました。プリンシプル(原理原則)を重視した生き方がここにもあります。

会場は二人の生き様に共感できる中年、高齢者でいっぱいでした。しかし、二人が貫いた生き方は、若い人びとに見てもらいたいと思いました。自分の価値観をしっかり持ち、家庭を持っていながらも、独自の世界を確立した生き方は、迷いの中にある現代人に人間として生きるために、何が大切かをしっかりと見るように、呼びかけているようでした。

来年の1月には、NHKスペシャルで、伊勢谷友介と中谷美紀主演で、白洲夫妻がドラマ化されるそうです。楽しみですね。

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写真左:正子が高く評価していた珠洲叩き大壺を模して制作を依頼してできた「焼締叩き大壺」に生けられた生け花。
写真右:売店で販売されている、次郎と正子のたくさん著作と関係書籍。
 

※旧白洲邸 “武相荘” webサイト  http://www.buaiso.com/index.html

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2008年9月 3日 (水)

■穏やかな心になるコロー展

8月31日まで、東京・上野の国立西洋美術館で、「コロー -光と追憶の変奏曲-」の展示会が行われました。Eventocorot_7 6月14日から開催されていたのですが、展示会に行ったのは、終わりも終わりの30日でした。明日が最終日とあって、会場はたくさんの人で、展示絵画の前には、3重、4重の人垣ができていました。

コローという画家をよく知らなかったので、宗教画でもないし……と、展示会に心が動かなかったのですが、行ってびっくりでした。確かにそのほとんどが風景画です。でも、展示されている最初の作品を見た瞬間、コローに失礼をしたと思ってしまいました。彼の作品からは、宗教画が醸し出している雰囲気に負けない、清さ、穏やかさ、温かさ、静けさ……という宗教的雰囲気を感じました。「恐れ入りました!」と頭を下げたい感じでした。どちらかというと地味な色遣いなのですが、なんとも言えない落ち着きがあり、いつまでもこの絵の中の風景に浸っていたい……と思う作品が何点かありました。絵がいやしてくれるというのは、こういうことを言うのかもしれません。人物画も何点かあったのですが、どれもやさしいまなざしをしていて落ち着いていました。どの作品からも、風景や自然、人物を見つめる、彼のやさしさを感じました。

もう一つ驚いたことがありました。額に入れられている絵のサイズです。他の画家だったら、もう二回りくらい大きなキャンバスに描くだろうなと思うほど、彼の絵は小さいものでした。目の前に広がる風景をどうしてこんな小さなキャンバスに描くことができたのでしょうか。細い細い絵筆を使ったことでしょう。

Dscf10491_3 東京での展示を終え、9月13日(土)からは、神戸市立博物館で開催されます。ルミナリエが行われる12月7日までの長い期間です。関西方面の方、どうぞ、「コロー -光と追憶の変奏曲-」をご覧ください。そして、彼の絵のいやしに触れてください。

(← 上野の国立西洋美術館)

※神戸市立博物館 「コロー -光と追憶の変奏曲-」
  http://www.city.kobe.jp/cityoffice/57/museum/tokuten/2008_03corot.html

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2008年8月30日 (土)

■きれいな色彩、伊藤輝巳個展

銀座の薔薇画廊で、8/25から8/30まで「伊藤輝巳個展」が行われました。伊藤輝巳(てるみ)さんは、女子パウロ会で、イースターカード、クリスマスカード、『シスターからのメール便』の表紙の絵、CD「かみさまだいすき」のジャケットの絵など、趣の違うタッチの絵を提供してくださっています。

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                     『シスターからのメール便』の原画の前に立つ輝巳さん

あいさつをした後、さっそく作品を拝見しました。トルコからローマへの旅行から、アナニアの家、パウロが処刑された地に建てられた聖堂の「トレ・フォンタネ」、タルソにあるパウロ記念教会、ローマのセント・パウロ・アテレゴラ、フォリ・レ・ムーラ教会などが、輝巳さんのどくとくな色の世界で描かれていました。「パウロの教会が多いですね」「そうよ、今年はパウロ年だからよ」へぇ~~~、すごい! そう、輝巳さんは、カトリックの信者さんなのです。いろいろなテーマで個展ができるのですね。絵を描くだけでなく、展示の企画を考えるのも楽しいですね。

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                                          タイル画
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絵付けされた桐の小箱

その他、タイル画、桐の小箱に十字文様やシュロ柄で絵付けした作品もありました。輝巳さんは、額も、既成のものに筆を入れて、作品にあった額にします。

「薔薇画廊」にふさわしいピンク色の壁とカーペットが、輝巳さんの作品をやさしく包んでいます。輝巳さん、これからもすてきな色彩で描た教会、作品を見せてください。

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2008年8月27日 (水)

■ユビキタス・アートツアー 東京ミッドタウン

修道院のすぐ近くにある東京ミッドタウン。オフィス、レストラン・ショッピング、サントリー美術館と21_21DESIGN SIGHT、ミッドタウン・ガーデンと檜町公園、ホテルとレジデンス……、ミッドタウンにはいろいろな要素が詰まっています。さらに文化の発信地として、日本だけでなく海外の制作者によるアートが存在します。

Dscf10041 東京ミッドタウンには、六本木ヒルズのようにツアーアテンダントによる「東京ミッドタウンツアー」がありますが、ユビキタスの端末を使って自分で歩いていく「ユビキタス・アートツアー」というのがあると知り、ユビキタスの端末をさわってみようと、「ユビキタス・アートツアー」に行ってきました。
アートと建築物を見ていく120分フルコースや、30分で回るハイライトコース、庭園コース、建築デザインコース、大きな彫刻コースなど、7つのコースがあります。

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ガレリア3階にあるツアーカウンターで手続きをして、ユビキタスシステムの使い方を教えていただき、さあ、出発です。「吹き抜けをとおり、進んでください」などというガイドの声と画面の地図に導かれて歩いていくと、「ピピッ」と鳴り「○○の前に着きました」と目的地に到着します。そこでユビキタスシステムの画面を見て各アートや建築物の概要や詳細が説明、制作者のインタビューなどを選択して説明を聞きます。映像も流れるので、作成の様子も見ることができます。「へ~、こんな若い人が作ったんだ……」と制作者がぐっと近くなります。空間に置かれた大きな大理石、エレベーターホールの壁にかけられた絵画など、環境を考えた作品の制作意図が分かります。

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吹き抜けにある「鎮守の森」の下で説明を聞く

こうして2時間弱、東京ミッドタウンのあちらこちらを歩いてツアーが終わりました。住む人、働く人、訪れる人、たたずむ人、通り過ぎる人のために存在するアートの数々。作品や制作者と出会うことのできた、とても楽しいツアーでした。

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「ピピッ」という音を受ける位置が違うので、説明を聞く位置も微妙に違います。

ユビキタスシステムに用意されている情報のすべてにアクセスできたわけではないので、また利用してみたいです。いろいろな思いと願いが込められている新しい都市・東京ミッドタウン。ぜひ一度、「ユビキタス・アートツアー」を体験してみてください。

*ユビキタスとは、「どこにでも存在する」という意味のラテン語を語源とした言葉で、あらゆるモノや場所にコンピュータが埋め込まれ、利用者はその存在を意識することなく、そのとき、その場所の状況に応じて、最適な情報やサービスが提供される環境を指します。 (東京ミッドタウン webサイトから)

*東京ミッドタウン http://www.tokyo-midtown.com/jp/index.html

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2008年8月24日 (日)

■感激! スーパーよさこい2008

Dscf07471_2 今年、8回目を迎えた「原宿表参道元氣祭スーパーよさこい」が、8/23、24の両日、原宿 界隈で開かれました。いつか行ってみたいと思っていたのですが、今年はお休みと重なり、やっと行くことができました。小雨が降ったり止んだりのあいにくの一日でしたが、表参道アベニューに行って、参加グループのよさこい踊りを見ることができました。みんなカッコイイー!!

おそろいのきれいな衣装、鳴子も色とりどりです。トラックに積まれた大きなスピーカーから流れる“よさこい鳴子踊り”のフレーズが入ったロック風、サンバ風、ラッパ風にアレンジされた曲に合わせて、たくさんの演舞チームの踊りが続きました。大学生の飛び跳ねるような踊りのチーム、子どもから高齢者までが楽しく踊るチームといろいろですが、みんな楽しそうです。踊るのがうれしくてうれしくてたまらない、「よさこい踊り、大好き!!!」という感じがビンビン伝わってきました。

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表参道の沿道にはたくさんの人が並び、目の前の踊り手たちに拍手していました。表参道だけでなく、明治神宮、代々木公園、NHK前ストリートも会場になって、審査も行われました。東京、千葉、埼玉、神奈川といった関東だけでなく、本場高知からも13のチームが、その他、佐賀、岡山、奈良、京都、静岡、富山、新潟と広い地域から参加しました。賞をもらったチームは、メダルを胸にかけて踊っていました。

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Dscf0820child 衣装や小道具の準備、踊りの練習と、この日を目指して長い期間がかかったことでしょう。オリンピックもそうですが、力を合わせ、力を出し切って一つのことを行っていくことのすばらしさをあらためて思いました。

*「スパーよさこい2008」OFFICIAL WEB SITE               http://www.yosakoi-harajuku.com/

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2008年8月21日 (木)

■異例のヒット:シトー会の修道士がうたうCD「Chant」

8月11日に配信された「世界キリスト教情報」で、オーストリアにある「シトー会」の修道士たちがうたうCDが、欧米でヒットチャートでベスト10入りし、異例のヒットをしているというニュースが載っていました。

修道会は、日本でも北海道北斗市や大分県日出町にある同じシトー会で、ウィーンの森に12世紀に建てられたハイリゲンクロイツ修道院です。20年ほど前に日本でもブームとなったCD「グレゴリアン・チャント」を思い出しました。今回はどんな歌声なのでしょうか? 「英ユニバーサル・ミュージックから発売」とありましたので、CDの仕入れでお世話になっておる日本のユニバーサルミュージックに尋ねてみました。CDのタイトルは「チャント~天空の歌声」そしてなんと、国内盤も出ているというのです。そして、「ここをご覧ください」とURLを教えてくださいました。
   http://www.chantmusicforparadise.com/

Chant_3 ご覧になってください。大きなジャケットの写真があります。「キレイ!!」すてきなジャケットでうっとりしてしまいます。「これは買わなくては!」右上の「BUY ONLINE」をクリックすると、英国のamazonのページに飛び、そこでは彼らのビデオを見ることができます。司祭のお話を聞きながら、シトー会の様子が流れます。ふんふん、こういうところで祈りをささげているのか、なんてすばらしい聖堂のステンドグラスなのだろう、あのすてきなCDのジャケット写真は、こうやって撮影されたのか……と、興味深く見ることができます。もちろん聖歌も流れています。修道者になる人が減っている日本ですが、オーストリアのシトー会には若い人が大勢いました。

amazon.co.jpで、検索欄に「ミュージック」のジャンルで「チャント~天空の歌声」を入れて調べると……、出てきました。日本では10月22日発売予定で、ただいま予約を受付中ということです。日本でもブームになるでしょうか? うちのお店でも、扱ってくれたらいいな……。彼らの聖なる歌声を聞けるのを楽しみにして発売を待ちます。

*英国amazonのページ
http://www.amazon.co.uk/Chant-Monastery-Holy-Cross/dp/B0015LBB4W?ie=UTF8&s=music&qid=1207933544&sr=1-2

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2008年8月19日 (火)

■秋の気配が……

Dscf07051 猛暑、猛暑の今年の夏ですが、ここ数日はしのぎやすい朝でしたね。さわやかな朝の空気を感じながら見上げれば、あ、秋の雲が……。そういえば、今年の立秋は8月7日で、暦の上では秋になったのですよね。ほら、見てください、日差しもぐっと柔らかくなっています。

秋を見つけに、近くの東京ミッドタウンの桧町公園に行ってみました。夏休みの子どもたちのはしゃぐ声が、芝生の向こうから聞こえてきます。えっ? 紅葉? まさかね。もともと赤い葉なのでしょうね。緑の中を吹く風が気持ちよいです。

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Dscf07221_2 「風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」 (ヨハネ3.8)

自然の中を吹く風を肌に受けながら、この世界を、神はどのように見ているのだろう……と思いました。神のまなざしを信じながら、また、明日に希望を置きましょう。

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2008年8月15日 (金)

■終戦記念日に祈る

今日は、63回目の終戦記念日です。空は秋の雲が出ているのですが、ギラギラの太陽の暑さを朝から感じています。あの日もこんな暑い日だったのでしょうか? 人々は太陽の日差しの中で、戦争の終結を告げる声を聞いたのかしら……と思いながら、一日をはじめました。

カトリック教会では、15日は「聖母の被昇天の祭日」で大きな祝いの日です。聖母マリアをたたえて、朝のミサにあずかりました。また日本のカトリック教会では、広島原爆投下の6日(「主の変容」の祝日)から終戦記念日の今日まで、「カトリック平和旬間」を過ごしています。

Dscf07091東京の修道院では、朝のミサの後から17:00まで、聖体を顕示して、一時間ずつ交代で平和のために祈っています。今日の祈りは、東京教区の「祈りのリレー」に登録しました。平和のためにともに祈る方々と心を合わせて祈っています。

← 聖堂の前の掲示板:祈りの時間を記入したリストと東京教区・平和の祈りのリレーの表



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  聖体顕示                          聖体の前で祈るシスターたち

北京オリンピックの開会式のとき、選手団入場での各国の紹介で、いくつかの国が「軍隊を持たない国」として紹介されていました。中米のコスタリカの他にも紹介されていましたが、どこも小さな国だったような気がします。戦争を放棄し、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と世界に宣言している憲法を持ちながら、世界でも有数の軍備を持っている日本は、実際に軍隊を持たない国民の前で、どのような顔をすればいいのかと思ってしまいます。「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから(広島・原爆死没者慰霊碑)」のことばを心に刻み守り抜きたいものです。

闘志をむき出しにして戦っても、試合が終わった後、握手したり、抱き合ったりして互いの健闘をたたえているオリンピック選手を見ながら、すべての国がこのように潔く、心を割ってつきあえるようになればいいのにと思います。戦争で亡くなり、傷ついた人々のため、そして「戦闘開始」のことばを二度と聞くことのない世界を求めて、さらに「助け合う世界」となることを求めて、平和の女王である聖母マリアとともに祈りたいと思います。

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2008年8月13日 (水)

■好きな番組(14)……○○国の王子様

NHK教育テレビ 土曜23:00~23:29

NHKの深夜に放送している、若い女性向けの番組「○○国の王子」と「東京カワイイTV」。この2つを見ていると、NHKっていろいろ憤慨する点もあるけれど、「さすがNHK!」って思ってしまうのです。日頃から、「制作企画」に苦労しているので、企画力というか、目のつけどころに関心が向きます。

今日は、たまたま見て、番組の親切度とおもしろさ度にはまりそうになっている「○○国の王子様」をご紹介します。このところ「ハンカチ王子」「はにかみ王子」と、なにかとイケメンさんを「○○王子」と命名する傾向にあるのですが、この番組に出演する人も、目指す道を歩んでいるその道の「美しい王子」たちです。この番組の売りのことばは、 
  ありそうでなかった“超”初心者&若い女性向けカルチャー講座がオープン!
  女の子のための「超入門編 実用趣味講座」番組

です。

同じ教育テレビで放送している趣味の講座的な番組を、若い女性向けにしているところが「すごいな!」って思う点です。CGアニメーションで表現する、どこかにある王国。カナメール王子(声:要 潤)が、さまざまなことに興味を示すに、知っている国の王子を紹介し、は、紹介された王子から3回に分けて手ほどきを受けるという進行です。8月9日は「フレンチの国の王子様」の3回目で、25歳の有坂翔太さんが指南役としてお料理を教えてくれました。この番組のいいところは、「今日の料理」のように、先生が料理するのを見ているというのではなく、実際にやってみるところです。この日の一作目は「ジュレソース」でした。2台のガスコンロがあり、王子が左で「鍋に水200ccを入れて……」と言うと、着ぐるみのが「水を入れるのね……」と右のコンロで言われたとおりにやってみるのです。ごくごく簡単な料理ですが、自分で実際にするので安心です。これが「超入門編」と言うところでしょう。

このときの2人のかけあいが、またおもしろいのです。王子はその道のプロ。しかし、テレビのトークとしては素人です。一方の声は人気のお笑いコンビ「ハリセンボン」の春菜さん。あこがれの王子にズバズバと言いたいことを言いますが、王子からやられてしまったり……。2人の会話に、カナメール王子のペットで姫の監視役の鳥・ガナリア(声:「ハリセンボン」のはるかさん)がからむのですが、彼らのアドリブの中に楽しいコミュニケーションが見えたりします。

これからもいろいろな国の王子が登場します。番組サイトも楽しく、レシピや料理の仕方が写真入りで載っています。それにしてもこういう企画アイデア、どこから生まれてくるのでしょう。

 * NHK教育テレビ「○○国の王子様」のページ  http://www.nhk.or.jp/ooji/
 * NHKトップページ  http://www.nhk.or.jp/

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2008年8月 9日 (土)

■平和を願うミサ……東京カテドラル

長崎に原爆が投下された今日、東京教区では、平和旬間の一環として、平和巡礼ウォークと平和を願うミサが行われました。

平和巡礼ウォークは、16:00に四ッ谷の聖イグナチオ教会を出発し、東京カテドラルまで平和を願いながら歩くのですが、いろいろあって16:00の出発時間に間に合わなくなりました。「う~~ん、どうしよう……」と思ったのですが、四ッ谷を出発した人々と心を合わせて、修道院から東京カテドラルに向けて歩くことにしました。16:00、あちらは四ッ谷から、こちらは乃木坂から信濃町を通って……と、ほぼ平行線を歩くので、江戸川橋のあたりで出会えるかもしれないと期待し、ロザリオを祈りながら歩きました。

巡礼ウォークの人々の姿が見えたのは、カテドラルの直前、椿山荘の前でした。「よかった!!」出会ったのは、最後尾のグループで、先頭の人々はすでに休憩所に入って冷たいお茶のサービスを受けていました。他の人々と歓談しながら、歩きながら感じた「平和に関するメッセージ」を書いて、ボードに貼り付けました。

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冷たいお茶のサービスを受ける人々         平和のメッセージを書いて掲示する

その後18:00から、聖マリア大聖堂で、岡田大司教主司式で「平和を願うミサ」が行われました。ミサの前に、巡礼ウォークをしてきた人々が教会ごとに呼ばれ、拍手をしあいました。

岡田大司教は、「今年は環境と人権に注意を向けた」と東京教区の平和旬間を紹介し、「わたしたちの生活の毎日は、平和のためである」と語られました。「平和を実現する人々は幸い」というイエスのことば、平和について語る聖パウロのことば、そして、中学時代に心をとらえたという「戦争は人の心の中で生まれるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」というユネスコ憲章や、「世界全体が幸福にならなければ、個人の幸福はあり得ない」という宮澤賢治のことばを紹介しながら、平和について学び、祈り、自分の心の平和、隣人との平和、自然との平和のために力をささげようと説教されました。

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教会ごとに紹介                         平和を願うミサ

「平和を願うミサ」には、巡礼ウォークに参加した人々をはじめ450人ほどの人々が集まり、平和のために心を合わせて祈りました。

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2008年7月27日 (日)

■CD制作のために、スタジオ収録!

ただ今、視聴覚制作部では、新しいCD「主は豊かなあがないに満ち」の制作中です。これは、お通夜や葬儀のときに使うCDが欲しいというお客様の声にお応えしようと制作しているものです。

素朴な感じで、祈りの雰囲気を大切にしたいと思い、オルガン演奏も歌もプロではなく、聖Dsc09060b_2パウロ修道会の司祭、ブラザーと、うちのシスターたちにお願いしました。数回の練習を重ね、先日、麻布台にある大きなスタジオで歌の録音を行いました。オルガン演奏はそれ以前に収録を終え、ポジティブオルガンの音を聞きながら歌いました。

「いつくしみふかき」「世を去る友」「やさしきみ母よ」「主よみもとに」など定番のカトリック聖歌と、「神を敬う人の死は」「神よ あなたの顔の光を」「主は豊かなあがないに満ち」などの典礼聖歌、さらにオルガン独奏の「アヴェ・マリア」、男声アカペラの「Salve regina」などです。

録音は、朝10:00から始まりました。
混声4部、混声2部、男声だけ、女声だけと、いろいろな組み合わせがあり、そのたびに、マイクの位置を直したり、録音した後、調整室に入って音を確認したりと、大変な作業でした。歌い手は、パート別に歌うこともあり、他の人が歌っている間、スタジオから調整室に逃れてソファーに座ることもできたのですが、歌唱指導の神父さまは、スタジオの中でずっ~~と指揮をし続けていたので、大変だったと思います。さらにディレクターさんやエンジニアさんは、素人との仕事で、さぞかし忍耐が必要だったことでしょう。

長時間、歌い続けることに慣れていないので、午後になると、のどが疲れて「エヘン虫」にやられたシスターもいました。すでに録音されているオルガンに合わせ、他のパートの声を聞き、指揮を見ながら、楽譜にも目を向け、そこへ祈りを込めて……、大変でしたね。神父さま、ブラザーたち、そしてシスターたち、ご協力ありがとうございました。

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調整室:ディレクターさん、エンジニアさんたち     上部左右にある大きなスピーカーと調整卓

28日に編集作業をし、その後マスターCDができると音は完成です。さらにジャケットのデザインをし印刷を終えて、9月下旬発売の予定です。

葬儀用と言っても、式に使うだけではなく、リスニングCDとして聞いていてもやすらぎになるCDです。ポジティブオルガンの「スポッ、スポッ」という、管を空気が通るときの音の響きがなんとも心地よく、気に入っています。もちろん、歌声もいいですよ。
多くの方々に利用していたけるとうれしいです。どうぞ、ご期待ください。

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2008年7月24日 (木)

■わたしたちと同じところにあるマリア像

どの教会の聖堂にも、必ずあるのが聖母マリアの像です。両手を広げた無原罪のマリア像であったり、幼子イエスを抱いた聖母像であったりします。多くが、祭壇の右側または左側の高いところに置かれていて見上げる形になります。信じる人々を見守るマリアは、わたしたちをイエスへと導く方でもあり、一番親しい方です。

東京・四ッ谷にある聖イグナチオ教会主聖堂に置かれているマリア像は、ちょっと違います。正面の祭壇の近くではなく、まるで祈る人々を見守るように、半円形に置かれている座席の後方に立っています。祈る人は、祭壇の上部にいらっしゃる復活のイエスと、聖母マリアの間にいる形になります。

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30cmほどの高さの台の上に置かれたマリア像はほぼ等身大で、とても親しみを感じます。像の前ではホッとします。小さな目とふっくらとした全体の姿も、近くに歩み寄りたくなる点かもしれません。マリアの両手は、お腹の上で合わされています。見るとそのお腹は、ちょっとふっくらとしています。“メタボお腹”ではありませんよ。おそらく、お腹の中にはイエスがいるのでは……。イエスを守るようにして手が合わされています。その両手は、像の前に来て祈る人が触れていくのでしょう、真っ黒になっています。あら、足の指も黒くなりはじめていますよ。

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主聖堂に入ると、マリアさまにあいさつに行きます。でも、聖堂の右奥にあるので、気がつかない人もいるようで残念です。イエスをやさしく見守る聖母マリアは、わたしたちをもそっと見守ってくださっています。
 (聖イグナチオ教会主任司祭の撮影許可を得ました。)

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2008年7月21日 (月)

■「平和を求める祈り」はわたしのために....

TBSで、夜に放送される短い番組に「元気の源泉」があります。毎回各界のいろいろな人が登場して、自分を元気にしてくれる物を紹介している番組です。7月はじめに、今公開中の映画『西の魔女が死んだ』で祖母役をしたサチ・パーカーさんが登場しました。彼女の「元気の源泉」は「お守り」でした。

イタリアの教会を訪れたときに買い求めたという、アシジの聖フランシスコが大切にしたという「平和を求める祈り」の板絵でした。サチさんがイタリアのある教会に行ったとき、すごいスピリットを感じたのだそうです。「お守り」は、小さな二つの板がちょうつがいでつながっていて、手のひらに入る大きさで、左面に聖フランシスコが小鳥に語りかけている有名な画があり、右面に「平和を求める祈り」のことばが記されていました。日本では見たことがないステキな板絵でした。

サチさんは力を与えてくれるものとして、肌身離さず持っているそうです。映画の撮影のときも二つにたたんで衣服にしのばせていたとか……。このお守りを開けて祈りのことばを読むと、特に「Where there is an angry to be love」を読むと、そこから愛が出てきて元気になる……というようなことを語っていました。

神よ、
わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。
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憎しみのあるところに愛を、
いさかいのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、
疑惑のあるところに信仰を、
誤っているところに真理を、
絶望のあるところに希望を、
闇に光を、
悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください。

慰められるよりは慰めることを、
理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することを、わたしが求めますように。

わたしたちは、与えるから受け、ゆるすからからゆるされ、
自分を捨てて死に、
永遠のいのちをいただくのですから。

8月が近づき、今年もまた平和のために祈るときが来たと、祈りの本の間に入れてある「平和を求める祈り」のカードを手にして唱えていました。「世界の平和のために、人との平和のためになにかできるような者にしてください」と願いながら唱えていて、はたと気がつきました。これは、自分の心の中のための祈りでもあると。

わたしの心の中にある憎しみを、愛に変えてください。
わたしの心の中にあるいさかいを、他者をゆるす心に変えてください。
わたしの心にある分裂を、真理に基づいた一つの思いに変えてください。
疑ってしまう心を、神への信頼、力強い信仰に変えてください……。

まず、わたしの心の中を平和な心にしなくては。奥の深い祈りだなと思いました。

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2008年7月12日 (土)

■世界報道写真展

20080712 世界報道写真展2208が、恵比寿ガーデンプレイスにある東京都写真美術館・地下1階展示室で開催されています。世界125か国の5000人以上の報道写真家が応募した数は、なんと80536点の写真。その中から59人の作品が展示されています。

アフガニスタンやイラクで米兵の存在に脅かされている市民たち、負傷した仲間の兵士を前線から後退させる米兵、暗殺される直前に大勢の人々に手を上げて演説するブット氏と爆発の後の現場、ウクライナの炭坑の街、性的虐待を受けた子どもたち、爆撃で亡くなった我が子を嘆くパレスチナの母親、クルドの難民たち・・・・。世界のいたるところにある辛い辛い現実が続きます。他にもスポーツや自然、動物などの明るい写真もあるのですが、やはり深刻になってしまうのは、悲しみ苦しむ人々です。

展示の最後のところで、昨年9月、ミャンマーのヤンゴンで、僧侶や市民たちの反政府デモを取材中に兵士から至近距離で撃たれた長井健司氏が撮影したフィルムを映し出している部屋がありました。長井さんは、背後の兵士から撃たれてバタンと倒れても最後までビデオカメラを手放さず、兵士に追われる市民たちの姿を映し続けました。

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上映されているのは、自らレポーターをしながらカメラを回していく長井さんの作品です。フセインの像がたおされるときのイラク市民の様子、爆弾が降った土地で遊ぶ子どもたち、生まれながらにしてエイズに冒されている子どもたち。こちらに向かう子どもたちの笑顔のかわいさから、カメラを持っている長井さんの優しさが伝わってきます。戦争は、辛い辛いものを残していきます。生まれたときから戦争の中で過ごし、亡くなった人の無惨な姿をすぐ近くで見てしまった子どもたちは、これからどのような大人になるのでしょうか。平和な世界を創り出す思いに変えることができるでしょうか。

世界の辛い現実に衝撃を受けつつ、長井さんの優しい目につつまれて見た、内容の濃い作品たちでした。

東京都写真美術館「世界報道写真展」 WORLD PRESS PHOTO 08
http://www.syabi.com/details/wwp2008.html
 日時 : 2008年6月14日(土)~8月10日(日)
 会場 : 東京都写真美術館 地下1階展示室

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2008年6月30日 (月)

■「パウロ年」の開年ミサ(東京)に大勢の人が…

6月28日、いろいろと準備してきた「パウロ年」がはじまりました。最近になって、少しずつ関心がもたれるようになり、いよいよ恵みの年のはじまり……とうれしくなってきます。

東京大司教区では、28日の12:00から、パウロ年開年のミサが、教皇大使をお招きして岡田武夫大司教の司式で行われました。会場となった聖イグナチオ教会には、早い人は、1時間半前から聖堂に来て祈っていました。開始直前には、聖堂の席はいっぱいになりました。およそ900人が集まりました。

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開年ミサの準備には、パウロ家族(聖パウロ修道会、師イエズス修道女会、聖パウロ女子修道会)があたりました。パウロ年のパネルは、今まで飾ってあったヨゼフホールから聖堂入り口に移動し、聖堂に入る人々の目をひいていました。協力者の方々も、大勢集まってくださいました。

岡田司教は、「パウロについては、あまり書かれていない。強い、行動的雄弁、博識な人と思われていた。他方、そうでもないと言う人たちもいた。しかしパウロ自身はこう書いている。……わたしは弱い者、無力な者……、自分には棘があった。その棘を取り除いてくださいと願っている、と。パウロのように、弱いときこそ強いという信仰をいただきたい」とお話くださいました。

また、教皇大使はミサの終わりに、次のようにあいさつされました。
パウロ年は、パウロ家族のみなさまの祝いであり、特別な意味を持っている。聖パウロは、みんなのパウロでもある。偉大な使徒、聖パウロのイエスへの熱い愛が、パウロの手紙をとおして、今も伝わってくる。パウロの書簡を読めば読むほど、イエスのことを知り、親しく感じる。パウロ年が有意義な1年となるように。聖パウロのようなイエスへの熱意、宣教への熱心さを持つことができるように。

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祭壇にささげられた聖パウロの絵              パウロ家族の3修道会からなる聖歌隊

聖体拝領のときには、募集された聖パウロの歌がうたわれました。

  ♪ 主を知らぬ旅路で キリストの光に照らされて
      主の愛を知った 新たないのち告げる
        宣べ伝えよう 宣べ伝えよう
           われらの聖なる使徒 パウロのように

このように人々から慕われ、そして、誕生2000年を記念して「パウロ年」として親しまれる聖パウロ、なんだか身内が祝われているようで、うれしくなりました。あっ、聖パウロは、わたしたちパウロ家族にとっては「父」、身内でした。失礼! 聖パウロが指し示すのはイエスです。彼のイエスへの思いを、しっかりと受け取り、イエスと深く交わることができますように。

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ミサの後、聖パウロの絵を撮影する人           聖堂前のパネルを見る人々        

今日は、長崎・浦上教会で開年ミサがおこなわれ、約1,000人が集まりました。7/5(土)は、大阪・玉造教会で14:00から開年ミサが行われます。近畿地方の方々、たくさんご参加ください。

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2008年6月26日 (木)

■東京スカイツリーと墨田・台東エリア

「なんだか新しい東京タワーができるんだって……」「えっ、なんで?」と半信半疑で聞いていた新タワーですが、いくつかの候補地の中から墨田区に建つことが決まり、そして、今月初め、11万余の応募の中からタワーの名前も決まりました。タワーの名前は「東京スカイツリー」です。人々が集まり、心を寄せるコミュニティーのシンボルであるツリー、空に向かって伸びる大きな木がイメージされています。そして、この木の下に広がるのが、墨田区と台東区という江戸を感じる下町です。

昨日、東京新聞社の主催で「新タワー誕生Ⅱ -東京・下町の魅力を世界へ-」というフォーラムが、浅草公会堂で開かれ、1,000人が集まりました。

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東京スカイツリーのパンフレット          フォーラムのパンフレット

アメ横、不忍池、動物園があり美術館が集まる上野、外国からのお客様が来たら必ずお連れする雷門・浅草寺と仲見世通り、両国国技館、隅田川の花火や水上バス、名前に味わいがある言問橋、吾妻橋、駒形橋、蔵前橋、両国橋など隅田川にかかる橋……、こう書いているだけで、「あ~、歩いてみたい」とワクワクしてきます。東京スカイツリーは、これらの地域を眼下におさめる、東武伊勢崎線の業平橋駅と都営浅草線・東京メトロ半蔵門線の押上駅の間に建設されます。高さ610m、展望台の高さは450mで、東京タワー(332.6m)よりも高いのです。タワーの下の部分は正三角形ですが、途中で三角おむすびの形になり上は円形になります。2つの駅の間には広場や公園、商業施設もでき、下町スタイルを発信するそうです。

そうそう、「東京スカイツリー」の本来の役割を忘れていました。このタワーは、2011年から始まるデジタル放送で大切な役を担うのです。民放5社とNHKのデジタル放送、携帯端末向けのワンセグの電波は、このタワーから送信されます。また、災害時には、防災としての機能も発揮するそうです。

フォーラムの基調講演では、コラムニストの泉麻人氏が、大好きな町として浅草界隈、特に浅草の塔の話をしてくださいました。浅草には、今までにもいくつかの塔があったそうです。12階建ての凌雲閣(りょううんかく):東京の高層建築物の先駆けだったそうですが、大正12年の関東大震災で倒壊しました。三島由紀夫の小説に出てくる新世界タワー:浅草六区にあり、五重の塔の形のネオン塔で、とてもきれいだったそうです。浅草スペースタワー:自転しながら上昇する展望台があり、昭和42年に建ちましたが、6年後のオイルショックで撤去されました。仁丹塔:仁丹の広告塔で国際通りの突き当たりにあり、昭和29年に完成、60年代初めに取り壊されました。スカイクルーザー:松屋の屋上にある飛行塔で、飛行機の形をしたものに乗りそれがグルグルと回転するのですが、屋上のフェンスをはみだしていたのだそうです。コワ~~~。もっともっと聞いていたいお話でした。

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会場の浅草公会堂                        パネル討論 

「東京スカイツリー」の説明の後、元東京都知事の青山〓(やすし)氏、浅草地区観光まちづくり推進協議会・洋食ヨシカミの熊沢永行氏、エッセイストの池波志乃さん、台東区長の吉住弘氏、コーディネーター:東京新聞したまち支局長の増田恵美子さんで、パネル討論が行われました。六本木ヒルズ、東京ミッドタウンなど、東京の開発が西に向いていたが、やっと東に目が向いた。下町文化の発信に力を入れたい。浅草と上野の回遊性を楽しんでもらいたい。戦後の焼け跡から、テレビの普及、娯楽の多様化で、浅草から人がいなくなり、お店もなくなって火が消えたような暗黒の時代があった。しかし、つくば線の開通により、だんだん人が戻ってきた。そして、今度は東京スカイツリーの建設。戦前の浅草六区のにぎわいを取りもどしたい。世界の人がタワーを訪れ、下町の文化に触れてほしい……など、いろいろな意見、希望が出され、タワーへの期待の大きさを感じました。

タワーは年内は基礎作りをして、来年の春からやぐらができ、2011年12月に完成、翌2012年春から開塔の予定だそうです。

展望台からの眺めもさることながら、墨田・台東エリアの家々の路地から見える東京スカイツリーが、下町の風景とマッチして美しい景色になったらいいですね。周辺地域にマイナス影響がないようにと願いながら、完成を楽しみにしたいと思います。

※〓はにんべんにハの下に月。
■Rising East http://www.rising-east.jp/top.html

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2008年6月22日 (日)

■「パウロ年」のパネル展示、はじまる

Paulo_rogo_2 「パウロ年」の開年まで、あと1週間となりました。開年のミサを前にして、今まで準備してきた実りが、次々と形になってきています。

バチカンやカトリック中央協議会での準備とは別に、日本のパウロ家族では、独自の企画を立ち上げ準備してきました。パウロ年にちなんだテーマソングの募集、中央協議会とともに考えたパウロ年のポスター、パウロのレクツィオ・ディヴィーナ(パウロの深読資料)の小冊子、聖パウロ修道会司祭による聖パウロについての小冊子、パウロ年のパネル、日めくりカレンダーの制作などです。

テーマソングは、たくさんの応募曲の中から5曲が選ばれ、パウロ家族各修道会で歌の練習をしています。なんらかの形で披露されると思います。うたいやすい歌ですので、みなさんうたってくださいね。ポスターはすでに各教会に発送されていますので、教会でご覧になった方もいらっしゃるでしょう。Dsc08980_1

聖パウロの書簡を、パウロ年の1年で通読できるよう朗読か所が配分されている表が載っ ている「レクツィオ・ディヴィーナ」の小冊子は、100円で販売されていますので、ご利用ください。「レクツィオ・ディヴィーナ」の方法が書かれています。毎日コツコツと読んでいけば、1年後にはパウロの書簡が通読でき、深く味わえているというわけです。

そして、今日から、東京大司教区で開年のミサがおこなわれる聖イグナチオ教会では、パウロ年のパネル展示がはじまりました。師イエズス修道女会のシスターが中心になって準備し、1畳分の大きさのパネル9枚に、パウロの誕生から、今年11月の188人の殉教者列福までの2000年の歴史が分かりやすく表示されています。聖イグナチオ教会信徒会館1階のヨゼフホールに、7月2日まで展示していますので、どうぞ、ご覧になってください。パネルは、今後、大阪、長崎のミサの会場でも展示されます。→「パウロ年開年ミサ&閉年ミサ

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聖パウロ修道会の澤田豊成神父が書かれた「使徒パウロ -キリストの愛に駆り立てられて」の小冊子も頒布がはじまりました。パウロの宣教活動、人々への思い、パウロを生かしている復活されたキリストの出会い、わたしたちに呼びかけるパウロの祈りなど、深い内容になっています。また、応募されたパウロの歌の中から、2曲が載っています。

そして、いよいよ28日は東京で、29日は長崎で、7月5日は大阪で「パウロ年」開年のミサがおこなわれます。みなさまどうぞ、ご参加ください。

このようにいろいろと準備されていることをとおして、熱意あふれるキリストの使徒パウロの愛に燃え立たされて、実り豊かな「パウロ年」をお過ごしください。

希望の方に、澤田神父のお話をまとめた小冊子「使徒パウロ -キリストの愛に駆り立てられて」を差し上げます。お名前、住所、電話番号をご記入の上、はがき、またはFAXでお申し込みください。
送り先:〒107-0052東京都港区赤坂8-12-42 ホームページ係 FAX03-3479-3944

「パウロ年」についての、カトリック中央協議会のページ
   → http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/2008/pauline_year.htm

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2008年6月18日 (水)

■「日・欧巡礼の道」展 日本編/熊野古道

東京ミッドタウンにあるFUJIFILM SQUARE(フジフィルム スクエア)で、「日・欧巡礼の道」展- 日本編“熊野古道”が開催されています。「すごく、よかったよ!」という姉妹の声を聞いて行ってきました。

南川三治郎氏によるこの写真展は、昨年暮れから今年の1月末まで開催された「日・欧巡礼の道」展-欧州編“カミーノ・デ・サンティアゴ”の日本編になります。多くの人があこがれる“巡礼の道”、まして日本の風景ですから、より親しみを感じます。前回も好評でしたが、今回も次々と人が訪れ、みなさん静かに見入っていました。評判がよいようです。

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会場は狭いのですが、地域の人々、茶畑や棚田、桜の吉野山、木々の中の熊野古道の石畳、修行僧、僧侶たちの祈り、巡礼者、仏像……、たくさんの写真(100点)が展示されていました。

毎年冬に、修行のために滝にうたれている僧侶の写真には、「滝につかると気が引き締まり、熊野の神仏が水とともに体に入ってくるように感じる」と書いてありました。写真を見つめていると、熊野の大きな杉の森の中を歩いているようで、深い森が持っている冷気と湿気、そして、木漏れ日の温かさを感じます。「行ってみたい! 歩いてみたい!」と思ってしまいました。

荘厳な仏像の写真の中に、素朴な木彫りの烏帽子をかぶった座像がありました。単純な線で彫られていて、衣服には、かすかに花柄が見てとれました。唇がちょっとゆがんでいて、なんとも心が安まるご像でした。黒光りしている百済観音の写真もありましたが、奈良にあるような細身で長身の壮麗な姿ではなく、ちょっと背が低く、ほほえみが人間らしくて好きになりました。

会場の一角に、撮影に使ったカメラが展示されていました。大きな大きなカメラで、こんなに大きなカメラと機材一式を持っての山登りや巡礼の道歩きは、さぞかし大変だっただろうなと思います。しかし、大きいだけに、迫力のある写真になっています。

会場には、加古隆氏作曲の「熊野古道」が流れていました。壮大でありながら、しかし信じる者の生活に基づいた信仰を思わせるメロディーが、棚田の風景など、土地の人々の生活と、巡礼者の祈りをより身近に感じさせてくれました。

残りの日数がわずかですが、お近くにいらした方は、ぜひ、ご覧になってください。心の中を、涼風がやさしく吹き抜けていきます。

 「日・欧巡礼の道」展- 日本編/熊野古道
 開催期間:2008年6月6日(金)~2008年6月30日(水) 11:00~20:00

フジフィルム スクエア イベント紹介のページ
http://fujifilmsquare.jp/detail/080606.html

ブログ「シスターのつぶやき」
2008年1月24日“カミーノ・デ・サンティアゴ”展について
http://laudate.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/index.html

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2008年6月15日 (日)

■「ただで受けたのだから、ただで与えなさい」

「ただで受けたのだから、ただで与えなさい」。今日の福音(マタイ10.8)の中で語られるイエスのことばです。イエスは、打ちひしがれている人々を見て、彼らのために働くようにと、弟子の中から12人を選び、使徒として派遣します。そのとき、心構えとしてイエスが言われたことばの最後が、「ただで受けたのだから、ただで与えなさい」です。
聖イグナチオ教会でのミサの説教で、K神父さまはこう言われました。

収穫のための働き人はだれか。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。ただでゆるされた人は、ただでゆるしなさい。わたしたちのすべてが、例外なくただで与えられた者、一方的に授けられた者である。わたしたちは「いのちを与えてください」と願ったのだろうか。願う前に、神は与えてくださったのだ。

いのちを、わたしのものと思いこんでいないだろうか。いのちは、神がわたしに授けてくれたもの。人生は、いろいろなものを神から与えられながら頂上へと向かう。しかし、人生の後半は、今度は与えながら山から下りてくる。最後には、最も大切ないのちまでも手放す。

いろいろなものを、自分の力で得てきたような気でいます。そして、一旦得たものを手放すには、抵抗があります。他者のために、自分を提供するのも、「時間がない」と拒みます。勝手なものですね。秋葉原の事件のとき、傷ついた人々を必死で助けている人々の姿を思い出しました。自分は、できるだろうか……。
ときには、自分の身についている有形・無形のものについて、神の視点から見つめるのも大切ですね。素直な心で、「神さま、ありがとう」と言えますように。

◆主よ、取り上げて、受け入れてください   聖イグナチオの祈り

  主よ、取り上げて、受け入れてください。
  わたしの自由を、わたしの記憶、わたしの理解、わたしの意思のすべてを。
  わたしがもっているもの、自分のものと呼んでいるすべてのものを。
  わたしがもっているものはすべてあなたがわたしに与えてくださったもの。
  これらすべてをあなたにお返しし、あなたのみ旨に委ねます。
  ただあなたの愛と恵みをお与えください。
  わたしはそれで満たされ、それ以上は何も望みません。

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2008年6月12日 (木)

■ 水元公園

Mizumoto01_2 先月、遠足で水元公園に行ってきました。
はじめて行ったのですが、葛飾区にあり、とても広く自然があふれる公園でした。
着いてすぐに、食事どころが混む前にと、売店で焼そばやおにぎり組と、レストラン組にわかれてさっそく昼食。私たちは、集会場「涼亭」に入りました。サラダうどん、サラダそばというユニークなメニューに手番の力うどんや丼などおいしそうなメニューがいっぱいでした。1人のシスターは天丼を注文して、その天ぷらの大きさにビックリ! 楽しく食事をいただきました。
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Mizumoto04_3 食後は、江戸幕府が灌漑用水のために造った「小合溜井」沿いの水辺ゾーンを散歩しました。ヨシ、マコモなどがたくさん生えた水辺では、お父さんと釣りを楽しむ子どもたちがいました。

水辺を離れて、メタセコイアの森に入りました。この水元公園には、「活ける化石」知られるメタセコイアがおよそ1,800本植えられています。やさしい新緑が、心を癒やしてくれる空間です。

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その後、ポプラ並木を抜けて「はなしょうぶ園」に向かいました。1万4千株、約100品種20万本の花菖蒲を見ることができるという「はなしょうぶ園」ですが、このときはまだ少し早すぎたようで、1輪の花も咲いていませんでした。
花菖蒲を見ることはできませんでしたが、緑と水に囲まれた広々とした空間でゆっくりでき、疲れがいっぺんに飛んでいった感じがしました。
6月は、花菖蒲の季節です。みなさん、水元公園の「はなしょうぶ園」に行かれませんか。

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2008年5月23日 (金)

■「平賀司教と語る青年の夕べ」&列福記念ローソクリレーミサ

Relay_mass01_3  5月16日(金)午後8時から17日(土)正午まで、仙台市のラ・サール修道会本部修道院において、「平賀司教と語る青年の夕べ」&列福記念ローソクリレーミサが行われました。
仙台教区では、2003年から隔月に、青年黙想会が行われています。平賀司教が仙台教区司教として着座されて以来、毎年1回、青年黙想会を指導してくださっています。
この黙想会の特徴は、回ごとに、指導してくださる司祭が違うことと、大学生や社会人のカトリック信者の青年たちが、全部出席できなくても、時間のゆるす限り、1日だけでも参加できる黙想会だということです。司教指導の黙想会は、「司教と語る青年の夕べ」として、司教講話の後、青年たちと自由に語り合う時間が設けられています。

「司教様は、どうしてカトリック教会に行くようになったのですか?」
「私は、毎日自転車で高校に通っていたのですが、その途中に教会があったんですよ。高校生の時代には、よく人生の目的はなんだろうと考えますね。私もそうでした。それで、教会に行くようになりました。カトリック教会の看板が、私を呼んだとも言えますね」。
「司祭になりたいと、どうして思われたのですか?」
Relay_mass02_2 「洗礼を受けて、まじめに、このキリスト者としての生き方を追求するには、司祭しかないと思い、当時の仙台の小林司教様に会いに行き、司祭になりたいと申し上げると、それなら神学校に行きなさい、と言われ、大学を卒業してから神学校に入りました」。
などなど、楽しい話し合いが続きました。
青年たちの積極性と、司教の誠実であたたかい人柄を感じた話し合いでした。
ローソクリレーミサは、翌日の10時30分から行われました。
これは、今年11月24日に行われる「ペトロ岐部と187殉教者」の列福式を迎える準備として、長崎の青年たちが企画し、長崎から鹿児島、広島を経て、今回、仙台に送られてきたものです。
Relay_mass03_2  5月25日:広島・岡山地区 → 6月7、8日:高松 → 6月15日:東京・カトリック麹町教会 → 6月22日:名古屋 → 6月28、29日:横浜 → 8月末~9月中旬:札幌(予定) → 9月28日:大分・宮崎地区 → 10月4日:京都 と周り、各地の青年たちが列福に心を繋いでいきながら、最終地・長崎に大きな輪を描きながらリレーされて行くものです。
今回、2回の司教講話も、ミサの説教も、188殉教者に絞られたお話で、よい列福式の準備ができました。

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2008年5月14日 (水)

■好きな番組(13)……ラスト・フレンズ

フジテレビ 木曜22:00~22:54

タイトルの「ラスト・フレンズ」とは、どういう意味なのでしょう? ドラマの終わりに何が出てくるのか……期待して見はじめました。タイトルもいいですが、出演者もすごい、若手の演技派ばかりです。いろいろな役柄を演じ、映画にドラマにと活躍がめざましい長澤まさみ、上野樹里、瑛太、氷川あさみが中心の群像ドラマで、それぞれに難しい役柄を深くていねいに演じていて、それだけでも見応えがあります。錦戸亮君の演技も、怖い~~~です。さらにすごいのが、内容です。

長澤まさみ演じる美知留は美容室に勤めています。「さみしい子ども時代を過ごしたもの同士、理解しあえる」と宗佑(錦戸亮)と暮らしはじめます。しかし、一緒に暮らして見えてきた宗佑の真の姿は、想像もつかないものでした。美知留がいないとだめだと言いながら、自分の思いどおりにならないと美知留に暴力をふるうのでした。DVです。美知留の同級生瑠可(ルカ・上野樹里)は、久しぶりに合った美知留の傷ついた姿に耐えられません。シェアハウスをしている家に連れて帰ります。その家には、メイクアップアーティストのタケル(瑛太)、スチュアーデスをしているエリ(氷川あさみ)が暮らしていました。

回を追うごとに、登場人物各々が持っている悩みや真の姿が見えてきます。バイクのレーサーを目ざしてトレーニングを受けている瑠可は、男性と同じようなタイムで走れるように努力を重ねています。しかし、小さいころから感じている意識と身体の性の不一致に苦しんでいます。美知留に対しての思いは、友情を超えているようです。そんな瑠可を温かくそっと見つめているタケルは、女性とつきあうことは求めていないようです。

悩みを抱えた一人ひとりが、ハウスシェアという新しい形の共同生活をとおして、どのように成長していくのでしょう。ある意味で、家族以上にお互いのことを理解し助け合っています。その人と人の距離が絶妙に表現されています。

内容的にも、演技においても、なかなかの番組だなぁと感心しながら、どのような展開になっていくのかを楽しみにして、後半を見ていきたいと思います。

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2008年5月 9日 (金)

■横田早紀江さん作詞「コスモスのように」CD発表

“ふわふわと ゆれているコスモスに
ほら! めぐみちゃん トンボが とまろうとしているよ 今年も……”

Dsc08868 横田早紀江さんの作詞に、岩渕まことさんが曲をつけ、奥さんの岩渕由美子さんとともにうたっているCD「コスモスのように」が完成し、今日の午後、信濃町にある「いのちのことば社」で発表記者会見がありました。

地下にあるチャペルには、テレビ局のカメラや新聞社の記者など30名ほどが集まりました。早紀江さんによる詩の朗読の後、さっそく岩渕まこと&由美子さんのうたう「コスモスのように」を聴きました。

めぐみちゃんが6年生のとき、一家は新潟に住んでいました。新潟の家には広いお庭があり、そこで友だちと遊んだりもしました。植物の好きな早紀江さんは、春には水仙を、夏はひまわりを、秋にはコスモスを植え、立派な花を咲かせたそうです。肥料をあげすぎたのか、太い茎のコスモスが咲きました。それを見ためぐみちゃんは、「コスモスってなんだか弱々しく揺れている花なのに、ほら、お母さん、お母さんが育てたコスモスって、茎が太く花も大きくって風にも揺れないよ」と言ったそうです。「お母さんが一生懸命作ったのに、あなたもおもしろいこと言うね。」早紀江さんとめぐみちゃんはいろいろなことを楽しくお話したそうです。めぐみちゃんも植物や動物が大好きでした。

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岩渕さんは、花のまわりをめぐみさんと早紀江さんがまわっているようなイメージで、この曲をとおしていろいろな人の心にスイッチが入ったらいいと思って作曲されたそうです。

ほのぼのとした素朴な歌です。歌がうたわれている間、早紀江さんはじっと目を閉じ聴いていらっしゃいました。どんな思いで、どんなことを目に浮かべながら聴いていらっしゃったのでしょう。早紀江さんの思いを想像しながら、こちらも目頭が熱くなりました。めぐみちゃんと会える日を祈りながら待っていらっしゃいます。

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めぐみさんがいなくなってから30年が過ぎました。おりしも今日の朝刊で、韓国でヘギョンちゃんに会う……という誤報が流れましたが、拉致問題に関して、なにも進展はないようです。しかし、早紀江さんは、めぐみちゃんが遠い空の下で、早紀江さんが育てたコスモスのように地に足をふんばって生きていると確信しています。

早紀江さんは、毎晩、この曲を聴いているそうです。楽しい母と娘の語らいが再び実現しますようにと、早紀江さんたちの祈りに心をあわせて祈ります。

※CD「コスモスのように」WLP-LK46478 1,050円(税込) 発売元:ライフ・ミュージック 
  ご注文は amazon.co.jp で

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2008年5月 1日 (木)

■聖パウロ修道会に、新司祭誕生!!

春は、叙階式の季節。4月29日、横浜教区でも、さいたま教区でも叙階式が行われました。そして、四ッ谷の聖イグナチオ教会主聖堂では、聖パウロ修道会の吉田助祭の司祭叙階式が行われました。

聖パウロ修道会では久しぶりの叙階式で、お祝いに集まった人々の喜びもひとしおでした。聖イグナチオ教会主聖堂には、ご家族の他に、聖パウロ家族の3つの修道会の会員たち、吉田新司祭の出身教会の司祭と信徒の方々、司祭になるために勉強した神学校の仲間たち、今働いているサンパウロの職場の人々などなど、500人近い人々が集まり、新司祭の誕生を祝いました。

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司式された岡田大司教に続いて参列した司祭たちが、次々と吉田新司祭の前に立ち、頭に按手していきます。静かな神の世界でした。

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司祭になるまでには長い道のりが必要とされます。哲学、神学、司牧学、宣教学、聖書学、などなどたくさんの勉強の他に、教会での実習もあり、司祭となるための準備が行われます。

吉田新司祭は、式後のあいさつで「修道会に入って司祭になるまで10年かかるよ、長いよ、と言われました。本当に10年かかりました。しかし、この10年はあっと言う間でした。
小学校3年のときに通った日曜学校、京都で出会った施設の司祭、中学、高校、大学へと進み……いろいろな方のお世話になりました。多くの人の力によってここまで来ました。お祈りの力を感じています。大学を卒業して社会人になってから、修道会のことを考えました。そのとき、聖パウロ修道会のことはあまり頭にありませんでしたが、シスターたちの祈りの力があったからだろうと思います。今は、聖パウロ修道会でよかったと思っています。わたしを支えてくださった人に、恩返しができればと思います」と語っていました。優しいお人柄がそのままあふれるあいさつで、聖堂内は笑いに包まれました。

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その後、となりのヨゼフホールで祝賀会が行われました。余興が豊かで、みな、吉田新司祭の誕生がうれしくてたまらない……という感じでした。わたしたち女子パウロ会も歌と踊りを披露しました。吉幾三さんの「やがて世界が歌いだす」を「吉田新司祭おめでとう! パウロ家族おめでとう!」と替え歌にして、少し手話も入れ、カラーのビニールテープで作ったボンボンを振って踊りました。

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吉田新司祭は3日に、わたしたちの修道院に初ミサに来てくださいます。これからが、本番です。末永~~く、よろしくお願いいたします。

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2008年4月27日 (日)

■第17回 インターナショナルデー(東京大司教区)

今年も、東京カテドラルで、インターナショナルデーが開催されました。今年のテーマは、「すべての国よ、主を賛美せよ」でした。

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11:00~16:00までワールド・バザーとアトラクションが行われました。わたしたちも、スペース セントポールのお店の前に机を並べました。そこはカテドラルの