2009年12月12日 (土)

■ エコプロダクツ2009

Photo COP15がコペンハーゲンで開催されていますが、日本では、12月10日(木)~12日(土)まで、東京ビッグサイトで「エコプロダクツ2009」が開催されました。11回を迎えましたこの展示会も、回を重ねるごとにだいぶ大きな規模になりました。東展示場1~6のすべてを使用して行われた「エコプロダクツ2009」は、内容も場所も広すぎて何をどう見たらいいのかわからないくらいでした。そこで今回は“エコツアー”を利用することにしました。入門からエコビジネスまで6つのコースあり、所用時間は50分です。最先端のエネルギー技術を見ながら未来を見る「エネルギー×エコツアー」に参加しましたのでご紹介しましょう。

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最初に向かったのは東京ガスのブースです。都市ガスから水素を取り出して発電する新しいエネルギーシステムで、家庭用燃料電池で発電しそのときに出る熱でお湯をわかします。これは妻夫木聡くんが出るCMでおなじみですね。その向こうには、貴乃花親方の部屋を訪問する「ウホウホですか」「ウホウホですね」のCMでおなじみの、ENEOSの新日本石油がありました。ここもエネルギーを創り出す家庭用燃料電池を紹介しています。

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                            カーボンオフセット

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風力                                風力

ツアー案内役の石橋さんは「エネルギーは、一軒一軒で考える時代ではなく、地域で考える時代です」と教えてくれました。また「技術から新しいビジネスが生まれます」とも。そういえば、数年間のエコプロダクツより、今年はグッと元気な気がします。というのは、ブース内を回って答えるクイズ形式のアンケートがどこでも行われていました。環境について学ぶことができてとてもいいなと思いました。エコバッグなどのプレゼントももらえるし。環境ビジネスはとっても元気のようです。

次は「カーボンオフセット」です。「「カーボン」という言葉も「オフセット」という言葉も印刷に関係しているのだけれど、いったいどういうことかしら??? と思いながら説明を聞きました。「カーボンオフセット」は、京都会議のときから盛んに使われるようになった言葉だそうです。日常生活で必ず出てしまうCO2。これを吸収する木を育てることで、出してしまったCO2(=カーボン)を埋め合わせ(相殺=オフセット)しようというのがカーボンオフセットです。CO2の少ない風力発電、CO2の「見える化」機器、CO2削減量の売買、カーボンプリント、グリーンエネルギー、バイオマス、スマートグリッド、LED照明、循環型社会、低炭素都市、などなど、いろいろな言葉が出てきました。

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Photo_11 会場には、小学生や中学生がクラスで来ていました。子どもたちが工作をしている傍らで、ビジネスマンたちが新製品を見ています。不思議だったのは、ちびっ子たちとお父さん世代のビジネスマンが、同じクイズ用紙を手にもって会場を回っていることでした。対象がまったく違うのですが、各ブースは未来も見据えてしっかり対応していました。

帰ってきてから気がついたのは、最近のテレビCMには、環境問題に関連したCMがたくさんあるということです。自動車、家電、食品、石けん・洗剤、IT、通信、衣服、コンビニ、輸送...etc. あらゆるジャンルで登場するエコ。CMもまじめに見て、日々のエコを考えていきたいと思いました。

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2009年11月10日 (火)

■ 第5回修道会・宣教会フォーラム

11月9日(月)、さいたま教区の大宮教会聖堂で「修道会・宣教会フォーラム」が開催されました。第5回となる今回は、多文化・多国籍の人々とともに歩むために「教区・修道会・宣教会の枠を超えて協働を深める」をテーマに話し合いました。

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日本のカトリック教会の信徒数は、外国籍の信徒数が、日本国籍の信徒数を上回っています。フィリピンはじめ、ブラジルなどの南米の人たちが日本各地の教会にたくさんいます。日本人も外国籍の人々も一緒にミサを行っている教会もあれば、午前中は日本語のミサ、午後はフィリピンの人たちが集まって英語のミサ、その2つの共同体の間には交流がない……という教会もあります。また、難民として日本に来た人や、言葉ができず生活に苦労している人々、経済危機で職を失った人々もいます。このような人々のために、どのような援助をすることができるのでしょうか?

今回のフォーラムでは、多国籍の人々とともに歩むために、教区と修道会や宣教会という枠を超えて、協働できる方向性をさぐりました。

会場となった大宮教会には、たくさんの男女の修道会・宣教会の司祭、シスター、ブラザーたちが集まりました。基調講演をしてくださった、さいたま教区の谷司教の他に、仙台教区の平賀司教、京都教区の大塚司教も参加してくださいました。

谷司教は、旧約聖書にあるエジプトのファラオ時代の社会構造と十戒を、現在と照らしあわせて解説して、現代の社会構造を浮き彫りにしてくださいました。その後、今年8月に各修道会・宣教会に行った「多文化・多国籍の人々(外国人労働者、移住者、難民)への支援・協働の調査アンケート」の集計の説明がありました。

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その後、東京教区、横浜教区、さいたま教区の各担当者から、それぞれの教区での移住者・多国籍者への取り組みの報告がありました。東京教区には「カトリック東京国際センターCTIC」が、横浜教区には「難民移住移動者司牧センター(PACEM)」が、さいたま教区には「オープンハウス」というセンターがあり、それぞれ活発に活動しています。

昼休みは、いろいろな修道会の方々と交わりながら昼食をいただきました。
午後は、グループ討議を行いました。8人~10人の12グループに分かれて、総長管区長会議の総会への提言、司教団との話し合いへの提言、そして各修道会にできることを話し合いました。

Photo_6 各修道会は、多国籍の人々のために、一時滞在の場所や住居の提供、シェルター、通訳、日本語学習の支援、生活支援、子どもたちの信仰教育、政府や行政への呼びかけなど、いろいろな協力を行っています。

フォーラムに参加して、いろいろな修道会がいろいろな形で支援活動を行っていることを知りました。女子パウロ会でも何ができるか、話し合う必要があります。また、考え方として、わたしたちが“他国籍”の人々のために何ができるか……という発想ではなく、わたしたちも含めて、つまり日本人も含めての“多国籍”であるというメンタリティーになることが必要だと教わりました。ともに歩むために、場所も心も大きく開き、変化や違いを「受け入れる」姿勢をいただきたいと思いました。

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2009年10月20日 (火)

■今も愛されている「銀幕の妖精」

101801 今年はハリウッドの大スター、オードリー・ヘップ・バーンの生誕80周年にあたります。それを記念して行われている「オードリー・ヘップ・バーン~ボブ・ウィロビー写真展&オードリー・コレクション~」(東京、LIVIN 錦糸町店)に行ってきました。

オードリー家と親しかった写真家ボブ・ウィロビー氏が撮ったもので、100点余りが公開されています。会場に入ると、「ローマの休日」「マイ・フェア・レディー」をはじめ、彼女が出演した映画の撮影風景を収めた写真がズラリと展示してあり、彼女の愛らしく、また気品ある姿にすっかり魅了されてしまいました。他にも、俳優で夫のメル・ファーラー、長男ショーンとの写真もあり、女優としてだけでなく、妻、母親として家庭を大切にする彼女の姿が写し出されていました。

特に印象的だったのは、その美しい笑顔です。容姿の美しさだけではなく、無垢で、透明、清純な彼女の心が、写真をとおして伝わってくるようでした。亡くなって16年がたちますが、今も多くの人に愛されているのはそこに理由があるのでしょう。パネルには「はじめて会った人にも、すべてを包み込む、あたたかい笑顔で接していた」と彼女のことを述べた、ウィロビー氏のことばがありました。

「銀幕の妖精」と呼ばれ、女優として輝かしい面もありましたが、彼女の生涯は決してたやすいものではありませんでした。幼いときに両親が離婚し、少女時代には第二次世界大戦が勃発。食べる物がなくて苦しんだ経験をしました。そのため女優を引退してからは、ユニセフ親善大使として、ソマリアやスーダンで内戦に苦しむ子どもたちのために生涯をささげました。プライベートにおいては、二度の結婚、離婚を経験しています。

あの美しい笑顔の裏には、そのような苦しみがあったのかと思うと驚かされます。しかし、つらい経験があったからこそ、ウィロビー氏が言うように「人をあたたかく包むやさしさ」がいかに大切であるかを知っていたのかもしれません。苦しみにうちひしがれず、それを乗り越えて、他の人びとを愛した彼女の生き方に、とても共感し、わたしもそうありたいと思いました。

この写真展は、26日まで行われています。

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2009年9月30日 (水)

■「幼児期にほんとうに大切にしたいこと」---あけぼの講演会

去る9月23日の秋分の日に、第38回「あけぼの」講演会が、乃木坂の聖パウロ女子修道会聖堂で行われました。今年の講師は、月刊誌「あけぼの」で“子育て考現学”を連載中の、汐見稔幸氏です。幼児教育関係者にとって汐見先生は、頼りになる存在だそうです。現場でのいろいろな問題、悩みがあったとき、先生は適切なアドバイスをくださるとか。会場には、「あけぼの」読者の間に、幼児教育関係者の方々の姿がありました。

今回のテーマは「幼児期にほんとうに大切にしたいこと」です。テーマに入る前に、連載のタイトルとなっている「考現学」という言葉の説明から、お話ははじまりました。 Dsc06460_2

「考現学」という言葉は、ちょっと聞き慣れない言葉です。考古学は、昔はこうだったと明らかにする学問です。昔のことを考える学問があるのなら、今のことを考える学問があってもいい……ということで大正時代にできた分野です。しかし現在では、「考現学」より「社会学」が一般的になっています。

もうひとつの学校
時代は毎日少しずつ変わっています。日々の変化はちょっとしたことかもしれません。しかし、10年、20年たつと、ずいぶんと変わります。「10年前はこうだったよね」と過去を振り返ることは大切なことです。宮原洋一さんの写真集があります。宮原さんは学校の先生をしながら、1970年代から子どもたちの写真を撮ってきました。定年後、写真を整理しながら気づいたことがあるそうです。写真を撮り始めた1970年はじめのころには、今とまったく違う子どもたちの姿があり驚きました。当時は、群れて遊ぶ子どもたちがいて、ダイナミックな写真が撮れていました。夏には、川で遊ぶ子どもたちの姿がありました。そこに写っているのは、現在50歳ぐらいの人たちの子ども時代にあたります。

ところが1980年代に入ると、子どもたちの写真を撮ることができなくなりました。子どもたちの姿が公園や川から消えたのです。子どもたちはどこへ行ったのでしょうか? 金属バット事件、いじめ、学校暴力が起きるようになり、子どもたちは悲惨な事件を起こすようになりました。不登校の子どもたちが出てきました。写真集のタイトルは、『もうひとつの学校』です。群れて遊ぶことによって、子どもたちはいろいろなことを学んでいたのです。家では手伝う仕事を持っており、消費者ではありませんでした。しかし、やがて子どもたちは、物はお金で手に入るものと思うようになり、“消費者”となって、イライラするようになったのです。

「生まれてきてよかった」という体験
「幼児期にほんとうに大切にしたいこと」というのは、だれが言っているのでしょうか。年をとればとるほど、幼いときの記憶がよみがってくるということがあります。「幼児期の思い出で、何が残っていますか?」ちなみに汐見先生が思い出すのは、迷子になったことだそうです。

自分の幼児期を振り返り、こういうことはありがたかった……と振り返ることは、確かなことを見つけることです。しかし、そうでない人もいます。

ここで先生は、あるひとりの女性の体験談を話してくださいました。彼女の苦しみは、我が子をかわいいと思えないことでした。子どもは、自分の生活をかき乱す存在で、子どもが歩きだすと、喜ぶどころか、「何をするの! やめてちょうだい!」「もう、イヤ!」というところまで追い詰められてしまいました。そのとき、自分の親は、自分にどうかかわってくれたのだろう……と考えるようになり、小さいときのことを思い出しました。すると、今まで思ってもみなかったことがいろいろと出てきました。

Dsc06441 彼女の母親は教育熱心で、彼女にいろいろな習い事をさせてくれたそうです。しかし、自分はほんとうはイヤだった、習い事をしたくなかった……という思いが出てきて、母親が憎くなってきました。ただ、母親の期待に応えようとしていただけだったのです。気がついたら、子どもを連れて母親のところへ行っていたそうです。次々と思い出される小さいころの場面を、母親に訴えていたそうです。当時の苦しみをはき出す彼女に母親は、「だったらイヤだと言えばよかったじゃない」と言いだし口論になりました。しかし母親はえらかった。しだいに「ごめんね。そうだったの、ごめんね」と、彼女の訴えをすべて聞いたそうです。そうしたら、我が子がかわいく思えるようになっていた……というのです。子育てもラクになったそうです。

彼女は本当の自分を生きていず、親の期待に応えるために、いい子で過ごし、次第に憎しみが心の奥底に閉じ込められていったのです。そこを処理しないまま、大人になりました。

偽りの自我
自分の幼児期を思い出し、これがいいと思ったことをすればいい……というのが、今回のテーマへの答えです。しかし、心が二重構造になっていて、処理していないお母さんが多いのだそうです。「小さいころ、いい子にしてしまうと、大きくなってから大変ですよ~」。「偽りの自我」という言葉があります。ほんとうにの自我を隠し、親にあわせた偽りの自我を作ってしまうことです。こういう人は、前例の女性のように、大人になったときに偽りの自我で苦しむようになります。大人が誘導してしまうと、自分と違う自分=偽りの自我を作ってしまいます。大人は“見守ってあげる”こと。これが、一番大切です。何があっても大丈夫だよ、親はあなたの味方だよ、と。

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講演後、質問を受ける汐見先生              汐見先生の著書を求める人々

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自分の子どもをかわいいと思えなかった女性の事例を紹介してくださっているときの汐見先生のお話は、女性の苦しみが伝わってきて、ドラマを見ているように胸を打つものがありました。お話というより汐見先生の“熱演”でした。私の小さいときは、どうだったのかな……と思い出してみようと思います。子どもたちへの愛、母親たちへの愛、先生の優しいお人柄を感じる講演会でした。

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2009年8月25日 (火)

■「いもとようこ絵本原画展」

08291_4 8月20日から、東京の大丸で行われている、「いもとようこ絵本原画展」に行ってきました。いもと氏の絵本は、世代を超えて多くの人に愛されていますが、会場には夏休み中の小さな子どもたちを連れた親子連れだけではなく、若い人や中高年の方もいらしていて、人気の高さを感じました。約200点の原画が公開され、女子パウロ会から出された絵本の原画も、数点展示されていました。

和紙による貼り絵という独特の手法は、見る人にあたたかさを感じさせてくれます。動物たちのユーモラスな姿や、登場人物の生き生きとした、あどけない姿に、思わず「ニッコリ」してしまいます。特にお母さんと子どもを描いた作品が多く、お母さんのあたたかさ、ぬくもり、また、いもと氏の子どもたちに対する深い愛情を感じました。印刷されたものとは違い、鮮やかな色づかいや細かい描き方を目にすることができるのは、原画展ならではです。

08292_6 世界の童話や日本の昔話などの挿絵として描かれた作品も多く展示されていました。「子どものとき、この物語を読んだな」と思いながら、絵を見ていると、自分が子どもだったころのことを思い出します。絵本は、子どもたちのためだけではなく、大人にとっては、童心に返って大切なものを思い起こさせてくれる「タイムスリップ」のようなものだと感じました。

原画展は、8月31日まで行われています。絵本の中の動物たち、なつかしい昔話の主人公たちに、会いにいらっしゃいませんか?

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2009年8月 7日 (金)

■外交の舞台、迎賓館。

四ッ谷駅を下りて、四谷見附の交差点に出ると、左手の遠くに、青い屋根の美しいお城のような建物が見えます。そこだけ外国のような空間です。迎賓館です。かつては自由に入ることができ、年輩のシスターたちが若いころは、乃木坂の修道院から、よく散歩に出かけていたそうです。今は、開放されていませんが、8月4日、一般公開の日がありました。ハガキで応募した人々が、三々五々西門から入り、迎賓館を見学しました。たくさんのボランティアさんが、案内に立ってくださっていました。

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迎賓館は、明治43年に東宮御所として完成しました。ロシアとの戦いに勝ち、近代国家を目指していた明治政府は、国費がない中で財を投じ、日本一流の建築技術、最高の日本美術や工芸を集めました。

戦後の経済成長の時代、国際社会へ復帰していく時代、昭和42年、43年に改修工事が行われて迎賓館となり、現在も、議会で決められた国賓・準国賓を接待するために、外交の場として重要な役目を果たしています。

石畳の広大な前庭から、カーブのある美しい建物が両手を広げるようにして建っています。
和と洋が融合した日本で唯一のネオ・バロック様式……ということですが、中央の屋根には、日本の甲冑が……。なんとも不思議な感じです。建物の中は、真っ白な壁と、ドアノブや窓枠、飾りがゴールドで、いつくかの広間があるにもかかわらず、こぢんまりとした感じです。

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甲冑が……                            菊は皇室の紋、桐は裏紋だそうです

暖炉の上にさいと呼ばれる架空の鳥がデザインされていることから名がついた「彩鸞(さいらん)の間」。大きなシャンデリアに、思わず「スゴイ!」と叫んでしまいました。お客さまは、まずこの部屋に通されるそうです。花鳥を描いた七宝の楕円の飾りが壁に並ぶ「花鳥の間」、天井に朝日を背景にした女神が描かれている「朝日の間」、壁は西陣織の織物です。謡曲「羽衣」を背景として描いたという大きな絵が天井に描かれている「羽衣の間」。

経済成長期の日本と米国との関係が新鮮に描かれている日曜の夜放送の「官僚たちの夏」(TBS)を思い出しながら、広間を歩いていました。ギリシャ、イタリア、フランス、ノルウェーなどと日本のすばらしい工芸品が和合した雰囲気の中で、迎賓館は、しばし国交関係の緊張をときほぐす空間となっていることでしょう。

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南側                                 赤坂Bizタワー、東京ミッドタウン、六本木ヒルズが見える

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2009年5月19日 (火)

■被爆ピアノが伝える平和のこころ

9_16 5月16日、「みなと・9条の会」主催で「音楽が伝える平和のこころ」の集いが、東京、港区の 赤坂区民センターホールで行われ、行ってきました。「9条の会」は作家の井上ひさしさん、大江健三郎さん、澤地久枝さんらが呼びかけ人として、2004年6月に発足され、憲法改正論が議論されるなか、憲法9条を通して平和の大切さを訴えています。この動きに賛同して各地各界にグループが誕生し、「みなと・9条の会」は港区を中心に活動しています。

15回目の今回は、広島で被爆した「被爆ピアノ」の伴奏 による歌のコンサートでした。最初に、被爆ピアノを調律した矢川光則さんがお話ししてくださいました。矢川さんのご両親は広島出身で、原爆投下を経験し、矢川さんは被爆二世です。しかし矢川さんは戦後生まれなので、戦争や平和のことについてあまり関心を持っていませんでした。

その後、ピアノ調律師になった矢川さんは、ピアノを修理して、発展途上国や福祉施設に寄付する活動をはじめました。そして「被爆ピアノ」に出会いました。被爆されたお父さまの話を思い出し、「子どもたちが悲惨な戦場に行くことのないように、このピアノを通して平和のために何かしたい」と被爆ピアノによるコンサートをはじめました。今では、北海道から沖縄まで全国に被爆ピアノを運び、活動していらっしゃいます。

Photo_21 また矢川さんのお話の後には、松谷みよ子さんがこのピアノのお話を書いた、絵本『ミサコの被爆ピアノ』(文・松谷みよ子、絵・木内達朗 、講談社)が朗読されました。主人公のミサコ(仮名)さんがお父さんにピアノを買ってもらい、戦争、原爆を体験、戦後ご高齢になられて、ピアノを矢川さんに引き取ってもらうまでが描かれています。ピアノはアップライトで、両端に千羽鶴が掛けられ、朗読に合わせて何曲か演奏されました。被爆当時、猛烈な爆風のためピアノには無数のガラスの破片が突き刺さっていたそうです。今もその痛々しい傷跡は残っていますが、そのような苦しみを経たからこそ奏でられる音色は、聞くわたしたちのこころにもっと強く戦争の愚かさを訴えていました。

世界には、今もどこかで戦争の恐ろしさに怯え、命の危険にさらされている人々が数え切れないほどいます。本当に悲しいことです。すべての人が安全で平和に過ごせる日が早く来ますように、被爆ピアノの音を聞きながら、平和の大切さを改めて考えさせられました。

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2009年5月12日 (火)

■人々を魅了する阿修羅像

Asyura_1_2  3月31日から上野の東京国立博物館平成館で開催されている「興福寺創建1300年記念 国宝阿修羅展」は、開催日から大勢の人々で混み合っています。NHKでも阿修羅像の神秘を解き明かす番組が放送され、ますます拝観者が増えているのではないでしょうか? 少年のようなきゃしゃな体つきで、眉に憂いがある人間的な表情をしたこの像に、なぜ人々はこれほどひかれるのでしょう? 彼に何を感じるのでしょう? 阿修羅像は、宗派、宗教を超えて、日本人の心に訴える何かを持っているのでしょう。

10日の日曜日、阿修羅展に行ってきました。開館前に着くように行ったのですが、すでに長蛇の列です。10分待って入ることができました。最初は「第1章 興福寺創建と中金堂鎮壇具」で、8世紀、奈良時代の生活や祈りで使う道具の数々を展示しています。きめ細やかな彫金がほどこされた花鏡、水晶や瑪瑙(めのう)のきれいに磨かれた数珠玉などが並びます。当時の技術水準の高さに驚くばかりです。教科書で見た「和同開珎」の銭もありました。

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Asyura_3_4 次は本命、「第2章 国宝阿修羅像とその世界」です。734年に、光明皇后が、亡くなった母上の一周忌のために作らせた仏像の数々で、八部衆、十大弟子の中からいくつかの像が展示されていました。阿修羅像と同じように、どの像も人間的な表情をしています。名前がユニークです。八部衆は仏教を守る「天」で、鳥の頭の迦楼羅(かるら)、角が一つある緊那羅(きんなら)、三面六臂(さんめんろっぴ)の阿修羅など。十大弟子はお釈迦さまに従った10人のお弟子さんたちで、それぞれ優れた能力を持っていました。知恵者の舎利弗(しゃりほつ)、戒律に詳しい富楼那(ふるな)、論議の迦旃延(かせんえん)、釈迦の説法を多く聞いた阿難(あなん)といった具合です。さながら、イエスを囲む12使徒でしょうか。しかし12使徒の場合は、ごくごく普通の人々でした。こうして一つひとつのご像の説明を読みながら見ていくと、それぞれに親しみを感じて興味深くなっていきました。当時の人々の仏教との親しさを感じます。これらの仏像は、みな興福寺から運ばれてきました。また、今から1,200年以上前の人々が拝み祈ったご像を、今こうやって見ているのだと思うと、こんなに長い間よくご無事で……と、感激してしまいます。

そして、いよいよ阿修羅像です。阿修羅像のために特別に用意された通路を歩て……、見えました。シンと静まった空間に、台座の上に、阿修羅像が立っていました。台座の周Asyura_2_2 囲には、幾重にも人囲いができていて、係の人が「立ち止まらずに、お進みください!」「後ろの方が見えるように、見終わった方は後ろの方と交代してください!」などと必死に呼びかけているのですが、人の輪はなかなか動きません。そこへ、前の展示場から次々に人々が入ってくるのです。

人波にもまれてながら、しっかりと像を見つめました。棒のような細い6本の腕。2本を大き く上に広げ、2本は胸の前に合わせて祈り、両足は少し開いてスックと立っています。自分の信念のために祈っているようでもあり、厳しい世の中を生きる民衆のために祈っているようにも見えます。眉間のしわは、悩みながらもがんばって生きる姿を、わたしたちに見せてくれているようにも感じました。正面の顔は、正面から見ると厳しそうですが、横顔は鼻筋が通ってとてもきれいで優しいお顔です。ご像の前には、手を合わせて祈っているおばあちゃんがいました。もう一つ驚くことは、身につけている装身具と衣の金色の美しさです。

最後の「第3章 中金堂再建と仏像」は、阿修羅像たちとはまったく違った本来の仏像で、鎌倉時代の菩薩立像、四天王の立像が展示されていました。中金堂は来年立て替えられるそうです。

少年のような身の軽さと、上に広げた手から感じる自由さ、しっかりと合わせた祈る手の力強さ、そして、苦悩や決意、優しさ、希望を感じさせる3面の顔の表情。救いや祈りの対象としてだけの仏像ではなく、わたしたち人間と同じ感情があり親しみを感じるのが、阿修羅像の魅力かもしれません。しっかりと自分の前方を見つめる眼差しに、生きる力を感じた阿修羅像でした。

上野の東京国立博物館の会期は6月7日まで。7月14日~9月27日は、九州国立博物館で開催されます。ぜひ、阿修羅像に会ってきてください。

上野国立博物館「阿修羅展」サイト

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2009年5月 2日 (土)

■ ミヒャエル・ゾーヴァ展

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4月29日から東京・松屋銀座8階で開催されている「描かれた不思議な世界『ミヒャエル・ゾーヴァ展』」に行ってきました。
Matuya03 映画「アメリ」で注目を集めたゾーヴァの絵をご存じの方も多いと思います。ベッドサイトの壁にかけられた「治療中の犬」や『Their master’s voice』などの130点が集められ、ゾーヴァの不思議な世界が広がっています。
ゾーヴァは、ヨーロッパでも高い評価を受ける挿絵画家であり、風刺画家でもあります。風刺画の多くは、動物が主人公です。どこか愛らしい動物たちにユーモアたっぷりに表現させることで、その絵は、人びとにより強く訴えかけているかのように思えました。
また、「箱船」や「受胎告知」といった聖書をテーマとした絵も見ることができました。「受胎告知」のガブリエルがとてもユニークなふくよかな天使で、どこか親しみを覚えました。
ゾーヴァ展は、11日まで開催されています。連休中に足を運ばれませんか。

会期:2009年4月29日(水)~5月11日(月)
会場:松屋 銀座本店 8階大催場
問い合わせ:TEL.03-3567-1211(代)

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2009年4月28日 (火)

■ シスターと歩く 江戸のキリシタン殉教者の地を訪ねる

Asahi_01 昨日、朝日カルチャーセンター千葉主催の「シスターと歩く 江戸のキリシタン殉教者の地を訪ねる」という企画で、江戸の殉教者・ペトロ岐部とヨハネ原水主の殉教地をご案内してきました。
パンフレットにある「江戸のキリシタン殉教者の足跡をシスターの案内で歩いてみませんか? 」という案内のことばに、本当に参加者があつまるかな・・・と少々心配していましたが、8人の方が応募してくださいました。
巡礼にはちょうど良い人数で、この日は天気も良く、最高の巡礼日和? でした。
高輪教会 → 最初のフランス公使宿館跡である済海寺 → 札の辻 元和キリシタン遺跡 → 浅草教会 → 鳥越神社 → 甚内神社 → 伝馬町牢獄跡のコースで、電車と徒歩でまわりました。
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最初の高輪教会では、信徒の担当者の方が、いつもながらとても詳しくご案内くださり、参加者を心遣ってくだいました。高輪教会が、巡礼者を寛大に受け入れ、殉教者の心を心として宣教しておられる姿に頭がさがりました。
浅草教会を出発すると、急に風が強くなり、曇って温度も下がり、雨が降るのではないかと思いましたが、何とか天気も持ってくれ、一安心。
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参加者の中には信徒ではない方もおられ、「殉教」についてどう説明したらよいのか不安でしたが、参加者は女性ばかり、年齢もわりと近い方が多く、皆さん和気あいあいと互いに話ながらわたしたちの説明を聞き、巡礼してくださいました。
別れ際に、1人の方が「とても楽しく巡礼ができました」とのことばをかけてくださいました。巡礼の案内というのは名前だけ、参加者の皆さんに温かな心をいただき、心から神様と参加してくださった皆さんに感謝しました。

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