2012年5月19日 (土)

■ 行ってきました! 東京スカイツリー

5月22日のオープンを前にして、新聞やテレビで、スカイツリーが取り上げられ、見ているだけでワクワクしきます。「東京に住んでいるのだから、行ってこよう!」と、出かけてきました。

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東京メトロ半蔵門線の終点、[押上駅]で下車。すっかりきれいになった押上駅。表示には、押上の名に加えて「スカイツリー前」とありました。スカイツリーをはさんで、反対側にある東武線業平駅は、今は「とうきょうスカイツリー駅」と名前が変わりました。

B-3出口を目指して出ていくと、なにやら楽しい音が。ブラスバンドのようです。大勢の人が道を見ていました。ちょうど、スカイツリーの前の道を、本所高校ブラスバンド部が行進しているところでした。旗を持った生徒たちが目の前を歩いていき、その遙か前には、白い衣装のブラスバンドが見えます。ブラスバンドの進行に合わせて追いかける人々の波に入って、「おっかけ」をしました。

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本所高校ブラスバンド

「ええ?? お祭りなの?」 聞けば、19日(土)と20日(日)は、オープンを前にした区民祝賀イベントだそうです。スカイツリーのお膝元のすみだ区エリアには、「粋」と「華」ステージがあります。さらに錦糸町までの間に、下町人情エリア、わくわく体験エリア、すみだまるごとグルメエリア、協賛・PRエリアが設けられ、スカイツリーができることによってできた新しい街をアピールしていました。

続いてのパレードは、錦糸町中のバトン部と墨田区立中学校マーチングバンドです。区民が盛り上げるっていいですね。中学生たちは、暑い日差しの中、真っ赤な顔をしてすばらしいバトンを披露してくれました。パレードを見るために、周囲はすごい人です。

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錦糸町中のバトン部と墨田区立中学校マーチングバンド

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北十間川も、すっかり整備されて、いい公園になっていました。

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途中には、「向嶋言問姐さん」こと「言(こと)ちゃん」がいました。足下がかわいいです。

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言ちゃん

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ビルに写るスカイツリー

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柱にあるのは、ライトアップのためのライトでしょうか?

北十間川の反対側に渡って、スカイツリーを撮影、やっとアンテナ塔まで写すことができました。

その後、ソラマチ商店街に入ってみました。4階までの中に300余の店舗が入っています。下町の雰囲気いっぱいのお店がたくさんあり、見ているだけで楽しくなります。

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飲み物もスカイツリー


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高さ634mにちなんだ銘々と価格

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ケーキにもスカイツリーの飾りが・・・

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江戸の風情を出して、きびだんご屋さんも登場

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区民スタッフが大活躍

スカイツリーができることで、墨田区や隅田川をはさんだお隣の台東区が元気になっています。大変なことがあるけれど、みんなで元気に、新しい関係性、街の新しいあり方、新しい時代を作っていく・・・、そんなワクワクした空気です。展望回廊や展望デッキに昇るのは難しそうですが、スカイツリーの足下でも十分楽しめます。

ショッピングエリアの東京ソラマチ、オフィスが入ったイーストタワーの他、すみだ水族館やプラネタリウムもあります。デジタル時代を担うスカイツリーに、ぜひ足を運んでください。

東京スカイツリー http://www.tokyo-skytree.jp/
   トップページをスクロールしてください。下に大きなスカイツリーが出てきます。

東京ソラマチ http://www.tokyo-solamachi.jp/

すみだ観光まちびらきの 区民祝賀イベント http://machibiraki.jp/celebration

今までブログに書いた、東京スカイツリーの記事

2012.02.05 粋で巧みな東京スカイツリー
         http://laudate.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-efb7.html

2010.02.23 東京の新名所「東京スカイツリー」、ただいま成長中!
    http://laudate.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-a9be.html

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2012年5月16日 (水)

■ 「言葉の力」大江健三郎賞受賞・綿矢りさ

4月7日、第6回大江健三郎賞受賞に、綿矢りささんの『かわいそうだね?』(文藝春秋)が決まり、5月15日の夜、「大江健三郎と受賞者・綿矢りさ氏との公開対談」が開催されました。

「大江健三郎賞」は、2006年、大江氏作家生活50周年、講談社創業100周年を記念して創設されたもので、「日本文学に新たな可能性をもたらすとともに、世界文学に向けて大いなる潮流を巻き起こすこと」を目的とした賞です。選考委員は、賞の冠となっている大江健三郎氏だけです。1月~12月までに刊行された文学作品が対象とされ、2011年度は150点の中から、大江氏が読み、選び、綿矢りささんの『かわいそうだね?』が選ばれました。

綿矢りささんは高校生のときに、「インストール」で文藝賞を受賞し、最年少での受賞ということで話題になりました。その後、大学生のときに「蹴りたい背中」で芥川賞を受賞、またまた最年少受賞ということで、W受賞の金原ひとみさんと話題になりました。

19歳で芥川賞をいただいたのですから、綿矢さんがたぐいまれなすばらしい才能を持っていらっしゃることは確かですが、大学卒業後、作家として暮らすものの、思うように作品が書けない期間が続いたということです。

会場となった講談社社内ホールは、東京メトロ有楽町線「護国寺」駅にある講談社の、歴史を感じる本社ビルの中にある立派なホールです。ホールの高い壁には、歴代の講談社社長の大きな肖像画が飾られていました。横道にそれますが、昨年、講談社社長の野間佐和子さんが亡くなられました。「東京国際ブックフェア」や「読書推進運動」、「全国訪問おはなし隊」などでもリーダーとして活躍され、講談社のみならず、出版界に大きな貢献をなさった方です。一見普通の奥様という感じの方なのに、大きな出版社を引っ張っていらっしゃってスゴイなと思っていました。佐和子さんの後は、長男の省伸(よしのぶ)氏が社長となられました。肖像画を見上げながら、大手出版社で、世襲で7代続いている社長ということは、大変なことなのではないかなと思いました。なんとなくドラマを感じます。あいさつとして壇上に立たれた省伸氏は、スラリとした好青年でした。

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会場に集まり始めた人々

さて、いよいよ大江氏と綿矢さんの登壇です。大江健三郎氏は、作家活動だけでなく「九条の会」や原発反対の集いでも活動されています。清楚なベージュの装いの綿矢さんは、とても美しい女性でした。

大江氏が、賞について説明された後、今回の受賞作品の「かわいそうだね?」について、語られました。『かわいそうだね?』の表紙は、若い女性向けの表紙で、若い人のために書かれた作品だと一目でわかったそうです。内容も、若い人のための言葉が並べられており、若い人のために練り上げられ構成であり、若い人に伝えたいという作品だとわかったそうです。裏を返せば、高齢者は、この本の読者対象には考えられていないということです。

その点を、作者である綿矢さんは、「編集者と話しているときに、ファンシーな女性向けの表紙を考えていく中で、対象が女性であることをさらに意識するようになった」と語られました。

大江氏は、大江賞のために渡された本を読むとき、カバーをはずして読み、書棚に並べるときも本体のまま並べるのだそうですが、この本は、カバーをはずしても棚の中で違和感があった(女性向け)そうです。

それを聞いた綿矢さんは、同じ世代の女性向けに書いた本という気持ちが強かったので、大江氏に読んでもらえたことに、ものすごく驚き、喜んだそうです。

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大江氏は、「この作品は、彼女の文学生活の、一つの転機を記念する傑作である」と賞賛しています。

その後、対談は、「言葉の力」について深く入っていきました。

この作品のキーワードは、表題の「かわいそうだね」という言葉と「しゃーない」という言葉だそうです。小説の中で、過去のこと、これからのことを表現できるのが、小説家の醍醐味だと大江氏は語ります。さらに、「かわいそうだね」という表現から「慈愛」という言葉を取り上げました。この小説全体をとおして、慈愛とは何であるかが表現されているそうです。

それは大江氏の作家としての生き方にも反映されています。綿矢さんは、大江氏の社会活動の源は何ですかと質問しました。具体的には原発反対の活動でしょう。大江氏は、「原発について考えてきた。『広島ノート』という作品を書いたが、原発反対運動を、社会活動ととらえたことはない。呼びかけ人になってと声をかけられたりするが、行動的役割を果たしているとは思わない。書くことと活動することは別のことでなく、一つの事から出ている」と答えられました。作家が人生を書けて表現する作品、それが文学作品となるのではないか、ということです。

「あわれ」と「哀しい」、「共感」と「同情」などの違いを、「慈愛」と「しゃーない」という言葉と重ねて話してくださいました。

「言葉には力がある」。言葉を生業としてるお二人の、なかなか深いお話でした。
大江健三郎賞」に賞金はないそうですが、作品は外国語に翻訳され、世界で刊行されるという、ステキなご褒美が付いています。

講談社という環境の中で、作家であるお二人の話を聞き、文学の世界に触れたひとときでした。若い人に向けた言葉で書かれた『かわいそうだね?』を、読んでみようかなと思います。しかし、果たして綿矢さんが伝えたかったことを、理解できるでしょうか……。

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2012年5月 7日 (月)

■ 祈りを込めて「いのり星」を流す……東京ホタル

ラジオで、「東京ホタル」というイベントがあることを知りました。正しくは「東京ホタル TOKYO HOTARU FESTIVAL 2012」という名称で、隅田川ルネサンスの一環として、ホタルを川に放流するイメージで、光るLEDの球を隅田川に流すのだそうです。その球は「いのり星」と呼ばれています。太陽光の蓄電でひかり、10万個が流されるそうです。

チケットを持ち、銀座線の浅草駅を出て、隅田川の方へ向かうと、すでにたくさんの人でうめつくされていました。吾妻橋の上も、欄干にびっしりと人が並んでいます。ライトアップされたスカイツリーを、スマートホンや携帯電話、デジカメで撮影する人々の手が高く上げられていました。その隙間から、隅田川を流れる青い球が見えました。キレイです。一瞬にして、幻想の国へ入ってしまいました。

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いのり星を放流する隅田川テラスに行くには、どうしたらいいのかしら、と思いながら歩いていると、長い行列が見えました。その末尾につき「これは何の列ですか? チケットの列でしょうか」と前の方に尋ねると、「よくわかんないですけど、たぶんそうだと思います」というお返事。ともかく並んでみました。待つこと20~30分、時々動く列は次第に短くなり、隅田川テラスに降りることができました。

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LEDの「いのり星」

いのり星の球は、テラスの設けられたテントで配布しているようです。再びその列に並んび、やっと、いのり星を手にすることができました。乳白色の球は、投げて球が水に当たると青い光に輝きます。球をもらった人が次々と投げていき、着水して青く光るたびに、周囲から「おぉ!」という声が聞こえました。

祈りを込めていのり星を投げたいという思いと、反対に、いつまでもこうして手の中に入れて持っていたいという思いがありました。上流から流れてくる青い光を見ながら、しばらく留まっていました。青い光にライトアップされたスカイツリーと大きな月の光、黄金色のアサヒビールのビル、動く水面、広い夜空が、とても幻想的な空間となっていました。ゆっくりと流れてくる青い光を見ていると、とても穏やかな心になります。このたくさんのいのり星に、どんな思いが込められているのでしょう。

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スカイツリーと月とアサヒビールビル

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被災地を思って祈りを込め、また必要な願いを託して、隅田川に集まった人々との連帯を感じながら、いのり星を投げました。遠くまでは飛ばなかったけれど、水面に落ちて光った球は、すでに流れている球たちと仲間になって、下流へと流れていきました。ステキなイベントだなあと思いました。

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LEDの球は、すべて回収されるそうです。来年も開催されたら、また参加したいと思います。

東京ホタル|TOKYO HOTARU FESTIVAL 2012 サイト
http://tokyo-hotaru.jp/index.html

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2012年4月 8日 (日)

■ 祈りの雰囲気に満ちた鎌倉黙想の家

聖週間という、キリスト教で一番大切な典礼のときを、イエズス会日本殉教者修道院(鎌倉黙想の家)で黙想をしました。聖堂が大小3つありますが、一番大きな聖堂は一歩入ったときから、祈りにスーッと入っていける感じで、とても落ち着きました。今まで黙想をした人々の祈りが込められているのでしょう。「さすが黙想の家」と思いました。

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岐部聖堂内部

芝生に向かって気持ちよく建てられた3階建て(一部地下あり)の建物は、1960年ごろに建てられたもので、当時のイエズス会の宣教師たちが日本語を習うために2年ほどを過ごした日本語学校だったそうです。そのため部屋の造りも外国人向けに広くなっています。黙想の家となった今は、部屋で祈るために、この広さがとてもいい空間になっています。

「日本殉教者」という名が付いているように、一番大きな聖堂には岐部聖堂、玄関のそばにある小さい聖堂はジュリアン聖堂などの名が付いています。また庭には、2年ほど前に作られた「十字架の道行」がありました。谷間の広いところを開拓したのどかな畑には、「ナザレの里」という名が付けられ、野菜や花が植えられていますが、その横に設けられた第1留から、道行は始まります。

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ナザレの里

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第2留

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各留の前に設けられたイス

坂道の途中にある「第9留」の前のイスはとても日当たりが良く、のどかなナザレの里を見下ろしながら、心をゆっくりとさせてくれる場所でした。祈るのに最適で、太陽の暖かい日差しを感じながら、そこで過ごしました。竹林も心を落ち着かせます。

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竹林

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第13留の前の杉木立

山の裏に当たるところには、古くからある石切場の洞窟があります。14留で「江兵衛岩」と名づけられています。イエスの墓と見るためにピッタリの場所です。(ちなみに、鎌倉にはこのような石切場の洞窟がたくさんあり、「やぐら」と呼ばれているのだそうです。)

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第14留へ向かう石段

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第14留「江兵衛岩」

泊まりがけの黙想だけでなく、日帰り黙想もできます。ぜひ、いちど訪れてみてください。(今は復活節ですので、十字架の道行をすることはありませんが、来年の四旬節には、ぜひ、どうぞ。)

イエズス会日本殉教者修道院での黙想のスケジュールは、下記URLでご覧ください。

イエズス会日本殉教者修道院(鎌倉黙想の家)サイト
http://mokusou-in-kamakura.info/

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2012年4月 2日 (月)

■ レオナルド・ダヴィンチ 美の理想 内覧会

Da_vinci01_2  3月31日から渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで開催されている「レオナルド・ダヴィンチ 美の理想」の内覧会に行ってきました。
内覧会では、美術展の監修を務めたレオナルド・ダ・ヴィンチ理想博物館館長のアレッサンドロ・ヴェッツォージ氏から、ダ・ヴィンチと今回の展示作品について説明があり、ダ・ヴィンチの作品に秘められた奥深いメッセージを少しだけ知ることができました。
ルーヴル美術館の「岩窟の聖母」とは違うもう一枚の「岩窟の聖母」や、ダ・ヴィンチのもう一つ「モナ・リザ」と「裸のモナ・リザ」。
そして、「聖女カテリーナの殉教」や「マグダラのマリア」など、普段はあまり目にしない作品も展示されていました。
作者の名も、今まではダ・ヴィンチの名前だけが書かれていた作品に「ダ・ヴィンチと弟子たち」と記載されるなど、より詳しく絵について説明がなされていました。知れば知るほど、ダ・ヴィンチの絵に隠された神秘を見るような気がしました。
パンフレットにも使われている日本初公開の「ほつれ髪の女」は、ダ・ヴィンチの女性への洞察がうかがえます。やさしく繊細な線、丸みを帯びた頬と唇、優美な表情の中に見える強さのようなものを感じました。
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ギリシャ神話の「レダと白鳥」は、ダ・ヴィンチの作品とともに、16世紀のフィレンツェの画家が描いたとされる作品が展示されていました。この作品は、ミケランジェロの下絵をもとにしたものであり、ミケランジェロの描いた作品は、あまりにも官能的であったために17世紀半ばに道徳的な理由で破壊されたことを知りました。あまりにも、自由な今の時代から考えると、驚きと同時にせっかくのミケランジェロの作品が破壊さえたことがもったいないような気もします。
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音声ガイドを借りると、ダ・ヴィンチの作曲した曲も聞くことができます。
「神は二物を与えない」と言いますが、ダ・ヴィンチはいくつもの才能を神からいただいていたように思います。
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今回の展覧会を見て、ダ・ヴィンチについてのいろんなジャンルの本が数々出版される訳がわかった気がしました。
聖週間、復活節にとてもふさわしい展覧会です。関東周辺の方は、ぜひお出かけください。

※ 公式サイト:http://davinci2012.jp/

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2012年3月31日 (土)

■ 戦死した画学生たちの祈り…俳優座9条の会・みなと9条の会

328日(水)の夜、六本木にある俳優座で、「9条の集い 平和憲法をUp_2守る一点で手をつなごう」が行われました。「俳優座9条の会」と「みなと9条の会」の共催は、これで3回目になります。

司会の岩崎加根子さんの、聖路加国際病院理事の日野原重明氏の書いた「100 私の証 あるがまま行く」の朗読からはじまりました。続いて、加藤剛さんの何篇かのエッセイが朗読されました。岩崎加根子さんも加藤剛さんも、年は取られましたが、その力強い語りと表現、聴衆を一瞬のうちに朗読の世界に招く力は、やはりすごいなと思いました。

続いて、声明と証言「群読日本国憲法」が行われました。前段階として、俳優座の神山寛、小笠原良知、遠藤剛の3氏が、憲法が制定されたときの様子を朗読で演じた後、ステージと客席を会場にして、100人あまりの市民による日本国憲法の朗読がはじまりました。ただ読むだけよりも、力強いもので、9条の内容がぐんぐんと入ってきます。女子パウロ会のシスターも2人、この群読に参加していました。

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ステージと客席を使っての群読


休憩の後、今日のメインである講演がはじまりました。長野県上田市にある「無言館」の館長、窪島誠一郎氏のお話でした。無言館は、第2次世界大戦時に戦地で亡くなった画学生たちの作品を、それにまつわる家族の言葉を添えて展示している私設美術館です。無言館が建てられたのは1997年(平成9年)のことですが、それ以前に窪島さんは、「信濃デッサン館」という小さな美術館を開いていました。窪島さんが30代半ばで、私財を投じて建てたこの美術館は、窪島さんが大好きで、お金がたまっては買い集めていた村山槐多(むらやま かいた)の絵を展示しているものです。

窪島さんは、220日に亡くなった槐多を記念して2月の第4日曜日「隗多忌」を開催し、ゲストを招いて講演会を行っていました。18年前の第15回「隗多忌」にゲストとして登場したのが、『祈りの画集』(日本放送出版協会 1977年)を出した野見山 暁治(のみやま ぎょうじ)先生でした。この本は、戦争時、東京美術学校に行って夭折した画学生たちの絵を集めた画集です。

戦地で亡くなった兵士の中には、画学生も含まれていました。野見山先生は、NHKの番組を作るために、戦死した画学生たちの実家を探し出して訪問するということを行っていました。野見山先生ご自身も美学校に入りました。しかし、繰り上げ卒業された後、満州牡丹江に出征しましたが、肋膜を患い福岡の陸軍病院に入院しました。

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無言館と、ご自分の人生を語る窪島誠一郎氏

生きて帰れなかった仲間の家を訪問することはどんなにつらかったことでしょう。このときの絵を集めたものが『祈りの画集』です。絵といっても、学生が描いたものです。絵について学び始めたばかりの人たちが描いた未熟なものですが、そこには自分の愛する者を描いたという愛情深い思いが描かれていました。

野見山先生と講演の打ち合わせをしていた窪島さんは、「もっと訪れたい家がある。心残りのある一冊だ」「あのころでさえ、ボロボロになっていた彼らの絵が、気が気ではない」と語る野見山さんの言葉をしっかりと聞いていました。やがて、その心残りの仕事を、窪島さんは野見山先生に提案し、2人で日本各地をまわることにしました。

もうご両親は生きていらっしゃらないでしょう、ご兄弟姉妹も亡くなっているかもしれません。しかし、「生き残っているわたしたちは、彼らの描いた絵を気遣う必要がある」と言う野見山先生と、苦しい旅を続けました。なぜ、そこまでするのか? この問いの答えのバックには、窪島さんご自身のご両親に対する戦争体験がありました。野見山先生の後をついていこうと決心した窪島さんは、デッサン館のかたすみに、戦没画学生のコーナーを作りました。こうして作品がたくさん集まり、彼らの作品を展示する「無言館」の開設となりました。

彼らの絵は、許嫁、恋人、両親家族など、愛する人を描いたものが多いです。決して反戦のために書いたのではないにもかかわらず、反戦と人間を愛することのすばらしさを伝えています。彼らの絵は平和の証し、人間が寄せる愛の形です。

「野見山先生と会っていなければ、両親との関係を見ることもなかった」と、窪島さんは語っています。「画学は死んでも、絵は生きている」。窪島さんが戦時中に疎開した石巻で、「無言館石巻展」が開催されています。

流れるような語り口の窪島さんのお話に涙した後、結びのあいさつに登場したジェームス三木氏の語り口に笑い、彼が作詞した「わたしを褒めて下さい」の合唱を聞いて集いは終わりました。

戦争の悲惨さ、無意味さは、いろいろな形で語られているのですね。

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2012年3月28日 (水)

■ 童画家と出版社の出会い

わたしたち女子パウロ会は、クリスマス絵本を中心に、絵本や児童書も出版していますが、子ども向けの本で大切なのが絵です。文章と同等にメッセージを発信している絵を描く画家さんを探すのは、とても大変です。

Photo3月27日の夜、「童美連(どうびれん 日本児童出版美術家連盟)」主催の懇親会が、中野で開催されました。「童美連」は、1964年に結成された子どもの本などに絵を描いている画家さんたちの集まりで、著作権などを守るための運動や、文章作家や出版社との交流、情報交換を行っています。このたび「一般社団法人」となり、その第一回目の懇親会が行われました。

会場は、画家さんと出版社、図書館協会の方々などでいっぱいでした。女子パウロ会は2人で参加したのですが、小学館、講談社、岩崎書店、偕成社、PHP社、チャイルド社など、大手出版社や児童書専門出版社などからは5~6名が参加していました。

画家さんたちは、出版社に作品をアピールし、また出版社は自分たちの本に絵を描いてくれる画家を探しています。名刺や絵のサンプルを片手に、あちらこちらであいさつがおこなわれていました。

連盟に新しく入った方々の紹介の時間がありました。「イラストレーターの仕事をしていて今度子ども向けの絵を描くようになった」とか、「田舎で畑暮らしをしながら、絵を描いています」とか、いわゆる新人ではなく、すでにベテランの方々で、一昨年からの新規入会者です。すでに有名な方もいらして、出版社のわかい女性編集者たちが一斉にスマートフォンやデジカメを向けていました。

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新入会員の紹介を聞く出版社の人々               自分の作品を持ち紹介する
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書店の絵本売り場や図書館の児童書コーナーで、たくさんの画家さんを知ることはできますが、実際に画家さんと会うことによって、画家さんの絵に対する思いや人柄に触れることができます。また出版社の方々とも交流を深めることができます。とてもいい集いだなと思いました。

子どもたちの感性を豊かにし、想像力を膨らませ、優しい心持ちの人になることができるよう、童画家さんたちに、よいお仕事をしていただきたいと思いました。

「童美連」のサイト http://www.dobiren.org/

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2012年3月25日 (日)

■ 一夜限りのアートライブ “六本木アートナイト2012”

「六本木アートナイト 一夜だけの六本木を、お楽しみください!」という合い言葉で、3月24日の夜から25日にかけて、夜通しのアートライブが、六本木トライアングルと呼ばれる六本木ヒルズの森美術館、東京ミッドタウンのサントリー美術館、そして国立新美術館を結んだエリアで開催されています。

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昨晩、この3箇所のスタンプラリーをしながら駆け足で行ってきました。とにかくすごい人、それも若者が大勢歩いていました。商店街を含めてこのエリア全体が、アートな夜を展開しています。

デザインの中心は、赤い水玉模倣をテーマに作品を創作している草間彌生さん。「愛はとこしえ、未来は私のもの」をテーマに、六本木のあちこちに、草間さんの水玉模様が出現していました。「空間」という広い場には、草間さんの大胆な色とデザインが合っています。

東京ミッドタウンの「21_21 DEZIGN SIGHT」の前の芝生には、ウレタンでできた水玉模様のモノが置かれています。いったい何だ? ハイハイしている赤ちゃん? キノコ? 芋虫? いろいろなモノに見えますが、「浮島」だそうです。ちょうど。数名の男性が膨らませているところでした。水泳のときに使う浮き輪のように、空気を抜けばぺちゃんこになります。どこにでも移動可能なアートです。実際の色は濃いピンクです。

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浮島

冬の間、アイススケート場があった芝生には、おお!「一夜限りのお堂」がありました。提灯の光がまぶしく、おとぎの世界に入ったような感じです。「千と千尋の神隠し」の湯屋を思い出しました。このあたりから、お腹のあたりが「楽しい!!」という感じになってきました。

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一夜限りのお堂

ミッドタウンのビルに入ると、人だかりが・・・。女性アーティストが、音楽に合わせてステージの大きなキャンバスに大胆な絵を描いていました。ガラス越しに見える芝生が背景となって、絵がピッタリと合っていました。

そのまま進むと、きゃ~~~! 4階までの吹き抜けに、巨大なこけしが立っていました。「花子」という名前だそうです。高さ13m。「こけし」にはいろいろな意味がありますが、幼児のために作られた玩具がルーツだとか。パンフレットによれば、「日本の美意識や愛情、善意の表現を『こけし』に求め、日本カルチャーをここから世界に発信」しているそうです。東北各地に伝わるこけしの模様が描かれていて、東北の「花子」が、ここから日本を応援しています。

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花子

左手に曲がり 富士フイルムの前の広場に行くと、そこには5つの大きな指輪が転がっていました。東京ミッドタウン5周年の記念アートです。

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いつつのゆびわ

さて、混み合う道を六本木の道を六本木ヒルズへ。ここもスゴイ人です。荷造りのときに使うプチプチで作った衣装をまとった5~6人の女性が、パフォーマンスをしていました。何層にもなっている服で、軽いのですが歩きにくそう。きれいなお顔が見えなくて残念。でも「暖かいですよ」と言っていました。

目指す六本木ヒルズアリーナにも大勢の人が。ここにも草間さんの巨大な作品があります。ヤヨイちゃんと犬のリンリンです。ヤヨイちゃんの高さは10m。草間さんご自身でもあるヤヨイちゃんは、「未来は私のもの」と宣言する平和と希望のシンボルです。

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ヤヨイちゃん

最後は国立新美術館へ。ガラス張りの国立新美術館は、建物全体から光が出てとてもきれい。その前にもいくつかのアートがありました。芝生の上には草間さんの水玉模様のカボチャです。中から光があふれ、見ているだけで幸せな気分になってきました。「なごむし~~」という感じです。

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カボチャ

こちらは、発泡スチロールの入れ物で作られた「発泡苑」または「納屋」。リンゴが入っていたり、コンピュータや家電などの機器が納められている緩衝材役の発泡スチロールは、その用途に合わせていろいろな形にデザインされていますが、捨てられてしまうものです。作成者の開発好明氏は、これをアートと見ました。障子の明かりのように、とてもやさしい光を放っています。

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発泡苑

東京ミッドタウン、六本木ヒルズ、国立新美術館を歩きながら、街角で「ビッグイシュー」を売っているおじさんがいました。こんな夜にどうして? と思って近づくと、なんと「ビッグイシュー」の表紙が草間さんではないですか。目力、赤い水玉、存在がすごい迫力です。「おPhoto_10
い、そこで何してんだ! 私はしっかり、自分の目指すことをやってるぞ!」と、発破をかけられているようです。彼女の持っているエネルギーが、作品をとおしてこの六本木の街にあふれ、ここを訪れる人にパワーを与えているようでした。

3月は卒業式や新生活への準備などで、4月からはじまる新しい年の助走のような時期ですが、東京の若者にも、被災地で新学年を迎える子どもたちや若者にも、六本木から草間パワーが贈られているように感じました。

24日から25日という短い時間なので、遠方の方は残念ですが、このブログや“六本木アートナイト2012”のサイトをとおして、草間パワーをたくさんもらってください。

ここでご紹介したのは、ほんの一部です。「六本木アートナイト2012」は、たくさんのアート、イベント、展示会、トーク、講座、お店があります。来年は、ぜひ、ご参加ください。

六本木アートナイト2012
http://www.roppongiartnight.com/

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2012年3月15日 (木)

■ 東日本大震災 写真展

3.11の一周年にあたって、いくつかの報道関係の写真展が開催されていました。3.11が過ぎてから知った展示会もあり、始まったばかりのものもありますが、今日行くことができました。

一つは、日本テレビの報道ニュース番組「NEWS ZERO」の「ZERO写真展2012」です。会場は銀座の三愛ビル8階のギャラリーで、3月14日(水)~4月1日(日)まで開催されています。「NEWS ZERO」のファンなので、どのような写真展かしらと興味を持って行ってみました。

三愛ビルは、いつもは銀座四丁目の交差点に立って見上げているだけですが、はじめて入りました。円形のビルはとてもコンパクトで、ドーナツ型の会場には厳選された写真がすてきなレイアウトで展示されていました。内容はスポーツや音楽などもありZERO全体の写真で東日本大震災だけの写真ではありませんが、やはり3.11直後に被災地を訪れたキャスターの方々の姿を映し出した写真は、目を惹きました。彼らの眼前に広がっているであろう光景を前にして、立ちつくす彼らはどんな思いを抱いたのだろう……。彼らは表に立って番組を進めていく方々ですが、その番組を準備している素顔には、とても真摯なものを感じました。視聴者に何を伝えるのか、どう伝えるのかと一所懸命に考えてるのが伝わってきました。

Zero  Photo
三愛ドリームセンター                                        三愛ドリームセンター 外壁の                      
エレベーター入口の案内板                    大きな看板

 

会場の一隅の壁には模造紙が貼られていて、カラフルなペンが用意されていました。高校生らしき女性が一所懸命にコメントを書いていました。すでに半分ほど紙面はいろいろな色のコメントで埋められていますが、みな結構な分量を書いています。番組の制作者が写真をとおしての発信、その写真を見た人々のコメント。こういう具体的な形で、番組制作者とのコミュニケーションができているのですね。

銀座から足を大手町に伸ばして、17日(土)まで、日経新聞本社で開催されている「記憶」というタイトルの東日本大震災報道写真展も見てきました。こちらは東日本大震災の写真展で、200点以上の写真が記事なとどのともに展示されています。1階ロビーと2階ギャラリーを会場にした写真展です。

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日経ビルの案内板                     「記憶」写真集

火葬場がなく土葬された妻の棺を、半年後に火葬にするために掘り起こし、その作業を、離れたところからじっと見つめる父と息子の写真には、足がとまりました。また、大きな被害を受けたキリンビールが復興し、最初の出荷を見つめる女性たちのうれしそうな笑顔は、とても美しく神々しく感じ、見とれてしまいました。閉会が近づいています。もっと早くじっくりと時間をかけて見たかったなと思いました仕方ありません。後は写真集でゆっくりと見たいと思います。

被災地の状況はどんどん変わっていきます。復興へと向かっていく動きですが、一節一節の変化を忘れないでいたいと思います。

お時間のある方は、ぜひ見てください。

写真家・大山克巳 日本テレビ「ZERO写真展」
2012年3月14日(水)~4月1日(日)11:00~20:00(火曜日休館)
銀座・三愛ドリームセンター(受付9階)RING CUBE ギャラリーゾーン
http://www.ricoh.co.jp/dc/ringcube/event/zero2012.htmlhttp://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A88889DE0E5E7E0E5E4E7E2E0E5E2E6E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2

東日本大震災 報道写真ギャラリー「記憶 忘れてはいけないこと3」
2012年2月2日~3月17日(土)
大手町・日経本社1Fロビー、2Fギャラリー
下記URLで、多くの写真を見ることができます。
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A88889DE0E5E7E0E5E4E7E2E0E5E2E6E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2

この他にも、写真展があります。
写真家・長倉洋海写真展 「子どもたちの元気便 - 震災からの出発」
2012年3月4日(日)~3月22日(木)10:30~19:008最終日15:00まで)
新宿・コニカミノルタプラザ(新宿高野ビル4F)
http://www.h-nagakura.net/exhibition.html

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2012年3月11日 (日)

■ 3.11 追悼の祈り

東日本大震災から、一年を迎えました。地震が起きた14:46、それぞれの場で黙祷がささげPhotoられました。きっと、日本中が祈ったことでしょう。追悼の祈り、再生への祈りのイベントが各地で行われました。

9日(金)の夜、上智大学では、10号館という円形の大きな階段教室で、「被災地に届け、わたしたちの思い」と題して東日本大震災追悼の祈りが行われました。第一部は芥川賞作家で臨済宗僧侶の玄侑宗久氏が「大震災以後の宗教心」と題して講演されました。

東日本大震災をとおして、文明や社会のあり方が転換期を迎えている。苦しみ、苦難の意味を問うときを過ごしている。津波とどう向き合っていくのか、死者を飲み込んだ海と対峙している。戦う姿勢になっているように思う。水に流されたとき、水の流れに身を任せると体が浮くように、流れに身を任せることが必要なこともある。

「なつかしい」ということばの中に、前のものを引きずるのではなく、脱ぎ捨てようとする思いがある。「こんにちは」という日本独特のあいさつのことばには、昨日を引きずらず、一から出直して区切りをつけたいという、自然災害が多い日本人が生み出した思いが込められている。しかし、亡くなった人のことを忘れることができるのだろうか。忘れてはいけないのではないか。

 このように「無常であるな~」と感じると同時に、対局に「あわれ」ということばがある。無常があり、しかし、無常では割り切れない「もののあわれ」がある。どうしても引きずる思い、これが日本人の基本的な考えである。

 被災地の人は、亡くなった人を忘れたくはない。しかし、日常に帰りたいという思いもある。そこで生まれるのが「セレモニー」である。悲しみが一日を覆うのを避けるために、このときだけ悲しもうと時間を決める。「セレモニー」は、人間が生み出したすばらしい智恵だ。儀式の最中には、無心になることができる。辛さから逃れるために儀式は必要である。

 気仙沼にある知り合いのお寺の話。海からお寺までの家がすべて流され、150人の檀家が亡くなった。火葬が間に合わず、21人が土葬されたが、僧侶も司祭も間に合わなかった。そのようなとき、どう葬るのか。彼らを送ったのは自衛隊の敬礼だった。

 福島県は別の問題が起きている。目に見えないものにおびえる。分断が起きている。高齢者は食べるという、しかし若夫婦は子どもたちのことを考え食べない。これを食べるか食べないか、分断が起きる。故郷の町に戻るか戻らないか、分断が起きる。

Photo Photo_2

第二部は、祈りの集いでした。ステージの上には、中央に太く長いローソクが置かれ、その周囲には小さなたくさんのローソクが置かれました。神の周囲に集まる亡くなった人々の魂のようでした。会場の照明は消され、真っ暗な中にローソクの灯だけが揺れています。会衆席の間を、チ~~ン、チ~~ンと鐘の音がなり、7人の浄土宗僧侶による声明が始まりました。ローソクを囲んで並んだ僧侶たちの力強い祈りの声と微動だにしない手を合わせた姿勢に導かれ、心は静かに無心になっていきました。会場が同じ思いになっていることを感じました。

上智大学の聖歌隊による聖歌と、佐久間神父による聖書朗読と祈り、全員で聖歌を歌って散会となりました。

亡くなった多くの人々のために祈りたいという思いはだれもが持っています。このように一緒に祈ることができることは大きな助けとなります。

Photo_311日は、14:26に教会の鐘がなり、黙祷を行った後、15:00から、「東日本大震災一周年にあたり、追悼と再生を願う合同祈祷集会」が行われました。会場となった聖イグナチオ教会主聖堂は、会場いっぱいの500~600人が集まりました。主式と説教はカトリックの岡田武夫東京大司教、共同司式は、NCC(日本キリスト教協議会)議長の輿石勇議長でした。聖歌と聖書朗読で進められていき、共同祈願で具体的な祈りのことばを神にささげました。最後に被災地での、一年間の活動の報告がなされました。カトリックからは上智大学グリーフケア研究所所長のシスター高木のお話は、会場の涙を誘いました。

津波の中を6歳の我が子をしっかり抱えて走った。高台にいる人たちが引き上げてくれた。しかし泥まみれになった娘は目を開けなかった。「この手を切り刻んでください!!!」と、その女性はシスターの前に両手を差し出したそうです。シスターは、「お腹の中から子を産み、今その手で、神にささげた。それを信じてください。信じることができるように祈ります。いただいた信仰を感謝し、現地にいる人々も同じように信仰が得られるよう祈ってください」と話を結ばれました。

Photo_6 2:46黙祷

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Sr Sr.高木

「主の祈り」「使徒信教」を同じことばで祈り祈祷集会を閉じました。

皆、心を一つにして祈れたと思います。これからもさらに祈ります。

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