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2012年2月 5日 (日)

■ 粋で巧みな東京スカイツリー

世界一だった建築物が完成し、今は点検と各テレビ局が電波のテストを行っている東京スPhotoカイツリーが、いよいよ5月22日、オープンします。自立式電波塔では世界一の634mという高~~~い塔、どうしてこのようなデザインになり、どのような設計になっているのか。また、建築時にどのような苦労があったのか。スカイツリーがある押上・業平界隈は、見物客で賑わいツアーバスも来るとか。

1月31日(火)の午後、両国の江戸東京博物館1階ホールで、東京新聞主催のフォーラムが行われました。タイトルは「匠の技の先端と伝統 東京スカイツリー」。基調講演は、東京スカイツリーのデザイン監修を担当した、東京芸術大学元学長で彫刻家の澄川喜一氏、その後行われたパネル討論には、澄川氏の他に、設計をした日建設計の吉野繁氏、そしてその設計に基づいて施工した大林組の田村達一氏が登場し、短い時間ですが、東京スカイツリーについて知る機会がありました。3年半という短い工期、細長い土地、すぐ横を流れる川、建築現場の下を走る下鉄線、だれも経験したことのない634mという高さ、そして、予期していなかった3.11の揺れ。いろいろな苦労と工夫があったことでしょう。そこには日本の伝統と最先端の匠の技が詰まっていました。

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江戸東京博物館に隣接する両国国技館とスカイツリー

◆美しい五重塔とレースを着た貴婦人
東京墨田区の隅田川の横に位置するこの地域は、武蔵の国と上州の国の境に位置するとか。世界一を目指し、途中で当初よりさらに高くなったツリーの高さは、東京タワーの2倍となる634m、「ムサシ」だそうです。澄川先生が「レースをまとった貴婦人」と呼ぶこのツリーは、実は日本の最古の建築物・法隆寺の五重塔からイメージを取っています。

日本で世界一のものを造るために、日本で一番美しいもので何が残っているかと考えました。浮かんだのが法隆寺の五重塔です。木造建築で1000年以上も経っている法隆寺は、ボルトで留めていないので揺れます。塔の中心には心柱があり、それは固定されておらずつり下がっています。心柱の揺れが塔のバランスを取っているのです。スカイツリーにも375mまで心柱にあたるものが入っています。日本は地震と台風があるので、設計当初から心柱を使いたいと思っていたそうですが、3.11を体験し、設計と施工を担当した者にとって、この構造を採用したことが大きな自信となりました。

澄川先生は、この地域が1945年3月に東京大空襲を受けた土地であることを上げました。五重塔は卒塔婆の意味があります。「スカイツリーがこの地域で鎮魂の役目を果たすと思う、工事は無事故で来ているし、日本の復興のためにもシンボルとなり、祈念する塔となるだろう」と語っていました。スカイツリーの一番上には、五重塔の上の輪と水煙にあたる部分が伸びています。

細長い土地のために、東京タワーやエッフェル塔のように足を踏ん張る場所がありません。一辺を一番長く取ることができる三角形になりました。レースのように見えるパイプが複雑につながり、上にいくに従って三角形から円形に変わっていきます。そこに日本の伝統である「そり」と「むくり」が入ってきます。「そり」は日本刀のあの湾曲、「むくり」は寺20111225院の柱に見られる丸みの湾曲です。

◆世界一の匠の技
レースに見える部分のパイプは、日本各地の工場で作ってもらいました。まず、鋼材メーカーに鋼材を発注し、鋼板を少しずつ丸めて溶接します。これが全部手作りです。その後、鉄骨製作工場に行き、丸いパイプが丸いパイプにつながっていきます。切り口が円になるので、とても難しかったそうです。このように、ツリーのいたるところに、日本の“技”が詰まっています。

また、せり出している展望台の部分は、普通の建築現場のように足場を作ることはできません。地上で組み立てて上に持って行き、ネットを張って、すべてのことをネットの中で行いました。

その他、クレーンでつり上げる際に揺れる鉄骨の向きを制御するために「スカイジャスター」を設計し、風に左右されることなく作業を進めていくために、300m上空の風速を予知できる気象システムも開発したそうです。また、コンクリートを打ちながら枠がせり上がっていくという「スリップフォーム工法」を採用したそうです。不可能なことを可能にしていくシステムを開発する、すばらしい頭脳ですね。

◆味わったことのない「見られている!」感覚
まったく想像できなかったことは、建築の現場をたくさんの方から見られるといことだったそうです。通常建築現場は板で囲い壁を作ります。それは周囲に音が漏れないようにしたり、現場からものが外に出ないようにしたりして、現場の周辺地域を守るためです。しかし、今回は隣Photo_8に川があり空間が取れたので、囲いの壁を作りませんでした。しかし、ツリーが高くなっていくにつれて見学者が増えました。見られて仕事をすることに慣れていないので現場の人々は緊張したそうです。反面、世界一のものを作っているという自負と、見られているという緊張感から、現場にはよい雰囲気があったということです。3.11の後、「上を向いて、がんばろう」という看板が掲げられました。一緒にがんばろうという思いを人々に伝えることができてよかったということでした。

Photo_9今までに4回ほど押上に行きました。そのたびに見物人が多くなり、地域の人々の意識も高まってきているのを感じました。周辺の建物や公園、北十間川の整備が完成しオープンする5月22日が待ち遠しいです。

◆おしなりくん
「おしなりくん」は、地域活性のためのキャラクターです。
業平橋の名前の元となった歌人・在原業平をモチーフにし、タワーをイメージした烏帽子姿です。
押上の「おし」と、業平橋の「なり」が一緒になった、押上・業平橋地区のキャラクターです。昨年の暮れに行ったときは、烏帽子のタワーがクリスマスツリーバージョンになっていました。

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コメント

関西人の私もスカイツリーはとても興味あり、妙に親しみを感じるのは どこか懐かしいような姿でしょうかheart02
ついに完成したんですねsign03
実は昨年3/13に東京で友人3人と小さな同窓会をする予定でした。しかし3.11の震災の為、同窓会どころではなくなり、仙台から東京に来る友人の安否確認で大変でした。
4人でスカイツリーを見に行く予定も当然流れてしまいましたdespair
3.11の揺れにも耐え、そびえたつ優雅な姿は 決して折れる事のない強い心rock
倒れても必ずまた立ち上がる日本人魂を象徴しているようにも思えますup
素敵なお話有難うございました。
興味深く読ませて頂きました。

投稿: フランチェスカ | 2012年2月 7日 (火) 23時29分

スカイツリーよりも高い所をねぐらにして12年!私も段々出来上がっていく工程を数回見ましたが、詳しく教えて頂き嬉しいです。大和路古寺風物詩がふっと思い浮かびました。

投稿: うめ | 2012年2月 7日 (火) 09時17分

パウロがいらしたら、スカイツリーを、なんに使うでしょうか、いえすさまのみことばをぜんこくに、はつしんしたでしようね

投稿: | 2012年2月 6日 (月) 22時19分

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