■よくわかる・・・方言で読む福音書『ガリラヤのイェシュー』
『ケセン語聖書』でおなじみの山浦玄嗣先生が、東日本大震災で被災し、その後出版されたのが4福音書を日本各地の方言で書かれた『ガリラヤのイェシュー』です。
山浦先生は、ギリシャ語を学び、ギリシャ語原典からの翻訳、それも故郷の言葉である「ケセ
ン語」に訳すという働きを、医師という本業の傍らで長い時間とエネルギーを注いでなさってこられました。すでに出版されている分厚いケセン語聖書は大きな反響を呼びました。方言で読むと、イエスの心のレベルが伝わってきて、よく理解できるのですから不思議ですよね。
しかし、昨年の地震で、ケセン語聖書を出版した「イー・ピックス出版」の倉庫に残っていた聖書は津波にのまれました。幸い、サックに入っていたのと、積み重ねられていた本は流されることなく残りました。倉庫の様子は、NHKの番組をご覧になった方もいらっしゃるかと思います。これらの聖書は『お水潜(みずくぐ)りの聖書』として、その後、たくさん普及されたそうです。
『「お水潜りの聖書』に引き続いて、山浦先生は、昨年10月にこの『ガリラヤのイェシュー』を出版されました。この聖書はケセン語、仙台弁、盛岡弁、津軽弁、鶴岡弁などの東北弁だけでなく、なんと、関東やくざ言葉、名古屋弁、大阪弁、山口弁、長崎弁、鹿児島弁、そして「幕末期の日本語風」な公用語で訳されているのです。
「ええ、どういうこと?」って思われるでしょ。登場人物の出身地によって、これらの方言が割り当てられています。たとえば、イエスと弟子たちガリラヤの人々はケセン語で話します。ガリラヤの北にあるフィリッポ・カイザリアの人々は仙台弁、ギリシャ人は長崎弁、ローマ人は鹿児島弁、イエスとともに十字架に付けられる死刑囚は関東やくざ言葉・・・、とこんな具合です。
不思議なことに、この方言で書かれている福音を読んでいくと、山浦先生の付け足しの言葉も加わって、まるで舞台劇を見ているように、どんどん読めてしまうのです。そして、イエスの心のやさしさを感じるのです。方言での語りは、心のレベルでのつきあいになるのでしょうか?
もう一つ、いいな~と思うののは、山浦先生の訳し方です。たとえば「神の国」これを「神さまのお取りしきり」と訳しています。また、宣教に派遣された弟子たちが家々を回っていくときに言うあいさつの言葉「この家に平和があるように」(ルカ10.5)は、「神さまの恵みに安らぐ静かな心がこの家の人たちにありますように」となります。なかなかいいですよね。
病を治してもらった女にイエスが言った「あなたの信仰があなたを救った」(マルコ5.34)は、「この俺を頼りにしてけでるその心が お前さんをあの病がら助け出したのぞ」となります。
このような言葉の発見がいろいろとあり、聖書の中の出来事が、生活レベルになったように感じました。山浦先生の働きに感謝です。その日の福音の箇所がどのように表現されているのか、毎日楽しみです。




















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