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2009年3月30日 (月)

■ 三叉(みつまた)

Mitumata01 修道院から徒歩約5分で、東京ミッドタウン。六本木に行くときや、チャペルセンターに行くとき、都営地下鉄の大江戸線を利用するとき、必ずといっていいほど、みんな東京ミッドタウンの庭や建物を通路とさせていただいています。
先日いつものように東京ミッドタウンの庭を歩いていると、沈丁花に似た花が咲いていました。木の名前を見てみると「ミツマタ」と書かれていました。
「ミツマタ・・・、もしかして、樹皮が和紙の原料となるミツマタかな?」と思いさっそく、ネットで調べてみると、間違いなく和紙の原料の三叉でした。
沈丁花のように香りは強くないのですが、花は沈丁花より大きく、色は黄色と赤色の鮮やかな色が目をひきます。
こんなところで、三叉と出会えるとは、ちょっと驚きでした。
身近なところに、新しい出会いが隠れているのですね。

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2009年3月27日 (金)

■ 「ルーヴル美術館展 美の宮殿の子どもたち」内覧会

Louvre01 3月25日(水)から国立新美術館で行われている「ルーヴル美術館展 美の宮殿の子どもたち」の、内覧会に行ってきました。
内覧会は開催開始の前日24日に行われました。内覧会に先立ち、開会式が行われ、ルーヴル美術館のバルバレ副館長や今回の企画者であるルーヴル美術館古代エジプト部長ギユメット・アンドルー氏が参加されていました。
今回の展示会では「子ども」をテーマにした作品が集められています。
日本初公開のルーヴルが所蔵する唯一の子どもの少女のミイラと棺や、玩具のコーナーでは台車にのったハリネズミやライオン、墓碑と共に置かれていた涙する「悲しみにくれる精霊」の大理石像など約200点が紹介されていました。
音声ガイドを聞きながら、ゆっくりと鑑賞することができました。驚いたのは、女の子だとばかり思っていた、ジョシュア・レノルズの「マスター・ヘア」など何点かの絵が実は男の子を描いたものであったことです。中世の貴族の男の子たちは、幼少時代は女の子の服装をしていたとか・・・。
やはり一番興味を持って鑑賞したコーナーは、「キリスト教美術のなかの子ども」でした。「聖母子と聖ステパノ、聖ヒエロニムス、聖マウリティウス」や、絨毯「河から救われるモーセ」は、大作で見る者を圧倒する迫力がありました。揺りかごに寝る幼子イエスの彫刻には、幼子でありながらどこか尊厳のようなものを感じました。
古代ギリシャの愛の神エロス(古代ローマのアモール)、キリスト教文化の中では天使となっていく、子どもの姿をしたかわいいアモールたちを見ていると、思わず笑みがこぼれました。
愛らしい「子ども」というテーマのこの美術展を見ながら、「心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない(マタイ 18.3)」のみことばが思い出されました。
今、東京では、国立西洋美術館で「ルーブル美術館展 17世紀ヨーロッパ絵画」と国立新美術館で「ルーヴル美術館展 美の宮殿の子どもたち」の2つのルーブル美術館展が開催されています。
どちらも6月まで開催されています。ぜひご覧ください。
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2009年3月24日 (火)

■ 一人静(ひとりしずか)

Hitorisizuka_01 「一人静」という花をご存じですか。
山野の樹陰などに生える、白く小さなかわいい花です。
ヨシノシズカ(吉野静)という別名も持つこの花の名前の由来は、源義経が寵愛した白拍子「静御前」が舞う姿にこの花を見立てたことから、この名がついたとされています。
ヒトリシズカは茎の色が紫褐色なので、花が開くまでは、色の濃いつくしが並んでいるように見えました。けれど、ひらくと緑のあざやかな葉とブラシのような白い花が、なんともいえないほど愛らしいのです。
おまけに花たちが、みんな太陽の光が入る窓に向かって行儀良く並んでいます。
私たちも、光の方を見つめて、まっすぐに歩んでいきたいものです。

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2009年3月21日 (土)

■ 十字架の道行き

Mitiyuki_01_2 3月20日春分の日の午後3時から、女子パウロ会のオンラインショッピング“Shop Pauline”の主催で「修道院でシスターと一緒に十字架の道行き」を行いました。
いつも女子パウロ会のショッピングを利用してくださっている方たちと、直接出会い、“Shop Pauline”に対するご意見やご希望などをお聞きしたいと願っていました。そんな時、四旬節に入り、「十字架の道行きと言われても、なかなか一人では・・・」という信徒の方の声を聞き、修道院でシスターたちと一緒に十字架の道行きを祈るということを思いつきました。
Mitiyuki_02 急な企画で、ほとんどお知らせもできなかったにもかかわらず、9人の方が参加してくださいました。
天気にも恵まれ、第1留は聖堂で、第2留からは十字架を先頭に庭に作った各留を行列しながら祈りました。庭を周りながら、ゆっくりと主の受難を思い十字架の道行きを行うことができました。
祈りの後のお茶会では、楽しい会話がはずみ、女子修道院に男性が入っても良いのかと心配されたことや、ロザリオの会をはじめて欲しいなど、たくさんの貴重なお話を聞くことができました。
今度は、聖母月に聖母行列でも・・・と、姉妹たちと話しています。次回はぜひ、皆様もご参加ください。

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2009年3月18日 (水)

■夏みかんの木

Cimg1580_3 修道院の裏庭に、くわしい種類はわからないのですが、夏みかんの木があります。普段、特に肥料をやって育てているわけではないのですが、今、鈴なりに実がなっています。緑の葉っぱにみかんのオレンジ色が映えて、とてもきれいです。ただ難点は、実が高いところにあり、手が届かないことです。はしごを掛けたり、高枝切りばさみを使えばいいのでしょうが、普段なかなか時間が取れません。イソップ童話の「すっぱいぶどう」に出てくるキツネのように、わたしたちは下からみかんの木を見上げて、たわわに実った実を見つめています。

しかし神様はやさしい方で、豊かに実った実が、わたしたちの口に入るときがあります。風が強い日には、実が落ちるのです。多い日は、4個ぐらい落ちています。いくつか取れたときは、食卓に出して、我が家のみかんをみんなで味わいます。

味はややすっぱいのですが、食べられないことはありません。化学肥料を一切使っていないので、安心して食べられます。以前は皮を細かく切り、少し実を入れて、マーマレードを作っていました。
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先日、一人のシスターがこんなことを話していました。「わたしの家には実がなる木がなくて、食べるものは何でもスーパーで買っていたわ。修道院に入るまでは、木から取った実を食べるなんてしたことがなかったのよ。別に、栽培しているわけでもないのに、こうやって、季節になると自然に実がなって食べられるなんて、神様の摂理を感じるわ」。

裏庭を散歩していたシスターが、「今日は、○個見つけたよ!」と拾ったみかんを手に、うれしそうにしている姿は、何ともほほえましいものです。きっと神様も喜んでおられることでしょう。

「また、よろしくね」という思いで、みかんの木に感謝している今日このごろです。

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2009年3月14日 (土)

■若者たちの心の闇を照らして

0302_3真生会館で行われていた、「人間の悲しみと叫びが聞こえますか」というシリーズの最終回が、3月7日に行われ、‘VOICES MAGAZINE’という雑誌の編集長をしていらっしゃる橘ジュンさんのお話を聞いてきました。‘VOICES MAGAZINE’は、いろいろな生き方をしている人を紹介したいと、2005年から年4~6回発行されているフリーペーパーです。

テーマは、「レディースチームリーダーから少年少女保護活動へ ~若者の心の闇を照らして~」。はじめに、橘さんは雑誌の編集に携わるようになったきっかけを話してくださいました。10代のころ、レディースチームリーダー(暴走族のリーダー)をしていた橘さんのところに、ある日、雑誌の取材の依頼がありました。取材にやってきた記者は、橘さんの思っていることをやさしく聞いてくれて、とてもうれしかったそうです。この出会いを通して、「そのころは『今』しか見えていなかったものが、将来のことを考えることができるようになりました。わたしもこんな大人になりたい」と今のお仕事をはじめたそうです。人との出会いって大切ですね。

雑誌の創刊時には、「いろいろな生き方」をしている人を取材したいとはじめられましたが、夜、街にやってくる若者たちとの出会い、家族や身近な人には言えない彼ら、彼女たちの悩み、問題に触れ、彼らのために何かしたいと、毎週、若者たちのところに行くようになりました。

「若者たちには居場所、今日、泊まる場所もありません。さまざまな事情で家にいられなくなって、夜の街にやってきます。みんな寂しいんです。今、どうにかしなきゃいけないと思っています。」

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彼らは、自分が必要とされる場所を求めて、わらをもつかむ思いで、夜の街にやって来ます。家族や周囲の人が話を聞いてくれれば、こんなことにはならなかったでしょう。「若者たちが、何か好きなこと、やりたいことを見つけ、いろいろな生き方、選択肢があることを知ってほしい」と話しておられました。

マザー・テレサは「愛は家庭から始まる」と言っています。しかし、このことを体験できなくて、苦しんでいる人が多くいます。家族、特に両親に理解してもらえない、受け入れてもらえないことは、本当につらいことです。家族や人との関係で受けたこころの傷は、いやされるまでに時間がかかります。若者たちを裁くのではなく、同じ目線に立って、本当に温かい目で関わっておられる橘さんの姿に、頭が下がる思いでした。「彼らに、神様の愛を伝えるためにはどうしたらよいか」、考えさせられました。

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2009年3月11日 (水)

■ スノーフレーク

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「シスターのつぶやき」で、すっかりおなじみになった庭のスノーフレークの花が咲きはじめました。
和名は「大待雪草(オオマツユキソウ)」で、スズランに似た形の花が咲くので「鈴蘭水仙(スズランスイセン)」とも呼ばれるそうです。
「スノーフレーク」とは、「雪の小さなかたまり」という意味だそうですが、この花にピッタリの名前だと思われませんか。この花を見ていると、可憐で、すぐに消えてしまいそうなそんな感じがします。けれど、修道院の庭のいろんなところで咲いているので、けっこう強い花でしょうか。
「シスターのつぶやき」でこの花を選んだとき、ちょっと淋しいかなと思いましたが、近ごろは見慣れたせいか落ち着いて感じるようになってきました。これからも、スノーフレークとともに、「シスターのつぶやき」をよろしくお願いします。

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2009年3月 7日 (土)

■殉教者の遺骨が納められた、ローマ法王庁大使館の新しい聖堂

Dscf1712a 千代田区三番町にあるローマ法王庁大使館の聖堂の改修工事が終わり、6日(金)、聖堂の祝別式が行われました。あいにくの激しい雨でしたが、11時からの祝別式には、高円宮妃をお迎えし、白柳枢機卿やピタウ大司教をはじめ司教さまがた、司祭、修道者の他、大勢の招待客が聖堂に集まりました。

真っ白な壁、斬新な設計の祈りのためのイス、正面には、イエスの生涯のレリーフ、祭壇に下には12使徒のブロンズ、なんとその中にパウロもいるとか。左の壁にはキャンパス地に書かれた十字架の道行。白が基調で、あざやかな青と重みのある茶色が印象的なゆったりとした空間で、落ち着いてお祈りができそうな聖堂です。Dscf1721

式の中で、アルベルト・ボターリ・デ・カステッロ大司教は聖堂改装のいきさつを話してくださ いました。

「聖堂は大使館にとって心臓と同じ中心的役割を持っている。この聖堂での祈りをもって一日がはじまり、一日働く力を得ている。改装には、60年間に壁や天井が弱まってきたこと、昨年11月に日本殉教者の列福式がありその記念となる聖堂と考えたこと、日本にバチカンの代表者が来て90年になるがその記念としたかったことの3つの理由がある。

昨年の列福式のときに、大使は長崎の高見大司教から殉教者の遺骨をいただいた。新しい祭壇にこの遺骨を埋め、日本と世界の橋渡しにし、この聖堂を殉教者にふさわしいものとしたい。日本人の清さ、日本人が大切にしているものを、この聖堂で表現したい。」

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聖堂に聖水を振りかける                     殉教者の遺骨をかかげる

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遺骨を小箱に入れる                    遺骨の入った小箱を祭壇に納める、内装を手が
                                 
けた彫刻家のチェッコ・ボナノッテ氏と大司教

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香を焚く                              

大司教のお話の後、聖堂の祝別の式となりました。聖水とブドウ酒、塩、聖香油をまぜた特別な聖水で床や壁、祭壇に聖水を振りかけ、聖香油で祭壇の5か所に十字の印をしました。その後、殉教者の遺骨が運ばれ、証明書にサインと印をした後、遺骨を木箱に詰めて封印し、祭壇の中央に設けられた穴に証明書と一緒に納め蓋をしました。その後、5か所に置かれた炭に香の粒を落として香の煙を高く昇らせました。香の煙で聖堂はうっすらと白くなりました。祭壇布が置かれ、ローソクが灯され、花が飾られて式は終わりました。すべてを終えて、ボッターリ大司教のうれしそうなお顔が印象的です。

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祭壇の下の12使徒のブロンズ                  十字架の道行

式の後、参加者は互いにあいさつしたり、聖堂内を見たりして、新しい聖堂を味わいました。

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2009年3月 4日 (水)

■チベットに自由を……チベット僧パルデン・ギャツォの不屈の精神

Yukinoshita_4  チベット問題に関する映画2本が、この3月に渋谷のアップリンクで公開されます。一つは「風の馬」という1998年製作の劇映画です。尼僧である従姉妹が、ダライ・ラマの肖像画の掲示を禁止した中国政府に抗議して捕らえられ拷問された事件をとおして、中国でのデビューを目前にした一人の女性歌手が、現実に目覚めていく姿を描いたもので、中国側の厳しい監視の中、チベットで撮影されました。

もう一つは、チベット蜂起で捕らえられてから、33年間、投獄、拷問という過酷な生活の中で、今もチベットの解放を求めて戦い続け、チベット問題を世界に知らせるために支援者と活動しているチベット僧パルデン・ギャツォを追ったドキュメンタリー映画「雪の下の炎」です。

この緊張する政治問題を扱った「雪の下の炎」の監督は、ニューヨーク在住の楽真琴(ささ まこと)さんです。先日、アップリンクで行われたマスコミ試写会の後で、監督のトークが行われました。ステージに登場したのが、1973年生まれという若い女性で、ちょっと驚きました。この日は、音楽活動をとおしてチベットの自由を求めて平和運動をしているミュージシャンの難Yukinoshita_stage波章浩さんとのトークでした。

楽監督は、「チベット問題を世界の人々に広く知らせたいし、僧パルデンの姿をとおして“人権って何?”“生きるってどういうこと?”という人間の基本的なことについて考えてほしい。」「“チベット、チベット”だけでなく、パルデンの精神力も見てほしい」と語っていました。

昨年の北京オリンピックの聖火リレーが、沿道に並んだチベットとチベットを支援する人々と中国側との衝突を避けるために、厳重な警備の中で行われたことを思い出しました。世界各地のリレーでしばしば緊迫した状態になり、長野市での聖火リレーもルートを変更するなど、本来の目的を脱したものでした。パルデンの人生、中国の弾圧や、チベットの人々のダライ・ラマへの信頼を追っている映像を見ながら、あのときの背景には、こういう長く辛い歴史があったのかと思いました。

1949年、中国軍は「あなたたちを救いに来た」と言いながらチベットに侵攻しました。チベットにはウランなどの鉱石があったのです。中国政府はチベットを併合し、信仰を捨てるように強制し、伝統と文化を否定し、自由を訴える人や反抗する人を捕らえ、激しく拷問し、Yukinoshita_two死に追いやりました。チベット民族の解放を願わずにはいられません。

絶版となっていたパルデンの自叙伝『雪の下の炎』が、今年1月、プッキング社から復刊されました。また、難波さんが呼びかけて集まった、18組のミュージシャンによるCD「Song For Tibet From Japan」が、3月25日にリリースされます。

3月10日は、ダライ・ラマの宮殿があるラサ(チベット)で、人々が中国政府に抵抗して蜂起してから50年目にあたります。

画像:楽真琴監督(左)と難波章浩さん

アップリンク www.uplink.co.jp

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2009年3月 1日 (日)

■ 一足早い春の花

Hakodatesakura_03_3修道院の庭の草木もかわいい芽を出し、春の訪れを告げています。
春の花といえば桜。
時を知るかのように、ご復活のころ、見事に咲き“春爛漫”といった風情を感じさせてくれます。けれど、まだ桜便りには少し早いですね。
実は、今私たちの修道院の部屋で、桜が8分咲きです。
この桜、姉妹に毎年函館の信徒の方が送ってくださるのHakodatesakura_02です。公園の桜を剪定した時、つぼみのついた枝を捨てるのは忍びないと持ち帰り、その中から送ってくださっているそうです。届いた時は、まだ堅いつぼみだったのに、ひ と月ほどでふくらみはじめ、今はかわいい花を咲かせています。うすいピンクの小振りの花ですが、みんなの心を温め、やさしくしてくれるには十分のようです。

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