2009年1月31日 (土)
2009年1月27日 (火)
■ パウロにとって 福音とは
2009年1月25日、パウロ年の「聖パウロの回心」の祝日に、仙台中央地区では「パウロにとって 福音とは、宣教とは なにか」と題する講演会が、元寺小路教会において午後2時から開かれました。
講師は、聖パウロ修道会の鈴木信一神父でした。
中央地区のモデラトールである渡辺彰宏神父のあいさつと、講師紹介があり、その後講演が始まりました。
ここで、講話の一部をご紹介しましょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まず、エルサレムからローマまでのパウロの宣教旅行の地図を示しながら、「これがパウロの世界です。そして、パウロの活躍した時代は、パウロが回心した31年から32年ごろから、殉教した64年から67年ごろまでです」、とイエスとの年代比較でわかりやすく説明してくださいました。こうして、パウロ理解の基礎知識を押さえた上で、いよいよ本題に入りました。
「福音とは」と言っても、「パウロにとって」という言葉が付いています。
パウロは、自分が「これは福音だ」と確信したものに、一生を賭けました。パウロが受けた福音は、単純明快だった、とコリントの信徒への手紙一 15章3節から5節を引用しながら説明してくださいました。その中心は、「死んで、葬られたイエスが復活した」ということです。
「わたしたちの罪のために死んだこと」とあります。これも大切なことです。イエスの死は、私たちとは関係ないといえないことです。
「聖書に書いてあるとおり」とは、たまたまイエスが復活なさったということではなく、神様のご計画の中で復活があったのだよ、ということです。
この簡潔な福音をパウロは、自分なりに深めました。福音を深めるのは、パウロだけではありません。マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4人の福音記者も、福音を自分なりに深め、人々に伝えるために福音書を書きました。
パウロは使徒と言われますが、「使徒」とは、「遣わされた者」という意味です。誰から遣わされたのか、誰に遣わされているのか、何のために遣わされているのか。
パウロにとって、主イエスから、異邦人のために、福音を伝えるために遣わされました。
彼は、福音を深めると同時に、その福音を解釈、解説しました。
福音は人々を解放するもの、ととらえました。罪と死、律法からの解放です。ガラテヤの信徒への手紙では、人種、階級、性差からの解放を述べています。それは、パウロが福音をじっと見つめたからこそわかったことでした。当時、そこから解放される必要があったからです。
いろいろなものから解放された人々の群れがキリスト者です。福音は解放をもたらします。いろいろな問題に痛みを感じ、自分に行えることはなにかを探ること、それが生きるということです。パウロのように、自由人であることも奴隷であることも乗り越えていこう、男であることも女であることも乗り越えていこう、これが福音的生き方です。
パウロは勇敢に、与えられた状況の中でこういう方針を打ち出していきました。その行動基準には愛がありました。
福音を信じる、福音によって希望をもつ、これは、即、愛をもつことです。
私たちも、同じ福音を受けています。努力しても変わらない自分がそれでも、愛に従って生きるのです。それが大切なことです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
講演会の後、休憩をはさんで、質疑応答の時間でしたが、一つ一つの質問を大切にしながら、丁寧に答えてくださいました。
ユーモアあふれ、わかりやすく、250人以上の聴衆をグイグイひきつけ、2時間半もあっという間に終わってしまいました。なりやまない拍手の中を、聖堂を出て行かれる鈴木神父様の後ろ姿に、「また、来てください」という声をかける信者さんの姿が印象的でした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
パウロ年に、仙台教区では、司祭たちの研修として、聖パウロについて3回の講演会を鈴木神父様にお願いし、すでに、終わったのですが、それが司祭たちのあいだで大変好評を博し、その話を聞いた信徒たちも、「ぜひ、私たちにも」ということで実現したものです。
主催は仙台中央地区教会運営委員会で、これは仙台市内の各6小教区と塩釜教会の7つの教会の信徒代表で構成されている委員会です。
2009年1月24日 (土)
2009年1月21日 (水)
■ オバマ新大統領への期待
オバマ新大統領の就任式が、無事終わりましたね。何事もなく、ヨカッタ、ヨカッタ! 修道院でも朝から、オバマ氏の話題で持ちきりです。宣誓したときに右手を置いた聖書をミッシェルさんが持っていたことについて、演説について、パレードの中で2度も歩き二人はしっかりと手を握っていたことについて、セレモニーの間に入った歌や演奏について、ミシェルさんの服装についてなどなど。新聞で読んだこと、テレビニュースで見たこと、インターネットのニュースで読んだことなど、それぞれがつかんだ情報が飛び交って賑やかな食卓になりました。
オバマ氏が訴えている「チェンジ」ですが、「彼の登場によってすでに大きく変わったことがある。それはムードだ。ムードが変わることはとても大切だ」と言っている人がいます。わたしたちは、長い大統領選挙戦の間に徐々に彼を知るようになり、米国民のみならず、他の国の人々も彼に「希望」をおくようになりました。彼の登場によって、黒人たちのコミュニティーに大きな希望がもたらされただけでなく、「黒人が大統領になるなんて、受け入れられない」という声に負けるのではないかと思われたアメリカの国全体が、オバマ氏を大統領に選び変革への期待を持っています。経済危機という大きな渦に巻き込まれてしまった世界の国々も、オバマ氏の登場に期待しています。ブッシュ前大統領が後始末せずに去ってしまったイラク戦争に対しても、世界の人々が待っています。
大喜びするアメリカの人々を見ると、喜びがあまり過ぎると後が大変だとも思います。オバマ大統領の就任の喜びが有頂天で終わることなく、彼が言っているように「国民一人ひとりの責任ある参加をもって作られていくアメリカ、違う者に対しても心を開くアメリカ」であって欲しいと思います。
今回の就任演説も、記憶に残る演説の一つに加えられることでしょう。各新聞社のWEBサイトには、早々に就任演説の全文が日本語で公開されています。演説は米国民に向けての内容ですが、普遍的なことがいっぱいで、いろいろと教えられます。プリントアウトして、じっくりと味わいたいと思います。そして、オバマ氏が神と国民から与えられた使命をよく果たして4年の任期を無事に終えられることを祈ります。
「神のご加護を! =神の恵みが豊かにありますように!」
2009年1月18日 (日)
■ アムネスティ・フィルム・フェスティバル
「チェチェンニュースレター」の配信メールで、アンナ・ポリトコフスカヤについてのドキュメンタリー映画「アンナへの手紙」が上映されることを知りました。アンナはロシアのプーチン政権を厳しく批判した取材をしていたジャーナリストです。2006年10月7日、人々がプーチン大統領の誕生日を祝っている日に、自宅のあるマンションで待ち伏せに遭い、エレベーターの中で暗殺されました。いまだに犯人は見つかっていません。
「アンナへの手紙」(2008年)は、昨日から今日まで、銀座のヤクルトホールでおこなわれて
いる「アムネスティ・フィルム・フェスティバル」の中で上映されました。ご存じのようにアムネスティは国際的な人権団体です。「人権について、映画だったらもっとわかりやすく伝えることができるのではないか」という思いから「アムネスティ・フィルム・フェスティバル」がはじまりました。今年は2回目で、1月17日、18日に開催されました。550席のヤクルトホールは、大学生から高齢者までの人権問題に関心のある男女でいっぱいになりました。いろいろな活動グループのアピールが展示・販売されているロビーは、熱気に満ちていました。
一日券になっているので、他の作品も見ることができました。1本目は死刑と冤罪事件を扱った「免田栄・獄中の生」でした。獄中での死刑囚の様子や、死刑が確定した免田さんが再審制度があることを知り、「無罪になりたいのではない。どうしてこういうことになってしまったのか真実を知りたい」と言ってはじめた再審請求の長い歩み、無罪となって社会に出てきた後の厳しい生活が、免田さんへのインタビューと獄中から出し続けた膨大な数の手紙から掘り起こされていきました。
映画の後は、免田さんと映画監督の森達也氏のトークがありました。免田さんのやさしい表情と、明確でていねいな言葉遣いが印象的でした。
2本目は、差別問題を扱った2007年のドキュメンタリー「にくのひと」です。兵庫県加古川にある巨大な食肉センターで働く人々へのインタビューと、牛が肉になるまでの過程を映し出していきました。「こういう人がいなかったら肉を食べることができない。それで、そういう仕事をしている人を差別するのはおかしい」と、人間の心の奥底から取り去ることができない差別意識を取り上げていきます。
3作目が「アンナへの手紙」でした。「何かの力が働いて、私は生かされている。奇跡だと思うわ」。アンナのこの言葉から映画ははじまります。チェチェン紛争の惨事を世界に伝え続けたアンナは、命が狙われていることを知っていました。2004年に小学校での立てこもり事件があったとき、現場に駆けつけようとして飛行機に乗ったアンナは、機内で出されたお茶を飲んで危篤状態になりました。お茶に毒が入れられていたのです。
美人で快活だったアンナは、チェチェンの取材をはじめてからは悲しげでいつも考え深くなったそうです。映画は、アンナの生い立ちやジャーナリストとしての活躍を映し出しながら、アンナと同じくジャーナリストである姉のエレナや、夫(2002年に離婚)、娘と息子、新聞社の上司や同僚、ジャーナリスト仲間が、アンナが行っていた取材やアンナの暗殺事件について、またアンナが世界に伝え続けたチェチェンについて語っていきます。
亡くなった日、アンナは娘に子どもが生まれることを聞き、初めての孫の誕生を喜んでいたそうです。エレナは言います。「アンナは死を覚悟していました。しかし、取材はやめませんでした。彼女は正義感のかたまりでした」。目の前の惨状によって使命感をかりたてられたアンナは、すべての人々のためにペンを武器にして戦いました。アンナ暗殺事件の真相を調べていたリトビネンコ氏も、亡命先のイギリスで放射能によって殺されました。
17日はその後、「刑法175条」「プロミス」が、そして18日は「関西公園」「サルバドールの朝」「スタンダード・オペレーティング・プロシージャー」「ヴィットリオ広場のオーケストラ」が上映されました。
■ アムネスティ・インターナショナル日本のサイト http://www.amnesty.or.jp/
2009年1月15日 (木)
■ ハヤット神父の永遠の安息をお祈りいたします。
「暗いと不平を言うよりも、進んであかりをつけましょう。カトリック教会がお送りする“心のともしび”」 この言葉ではじまりるラジオ番組がありますが、ご存じですか? ラジオの電波をとおして、日本の人々にカトリックの教え「心のともしび」を放送したハヤット神父(東京教区)が、14日朝7時21分、京都の病院でお亡くなりになりました。86歳でした。
1922年にアメリカで生まれたジェームス・ハヤット神父は、1949年、メリノール宣教会の司祭として来日し、マクドナル神父とともに、1952年、京都のカトリック河原町教会で「カトリック善き牧者運動(YBU)」を開始しました。教会を司牧する一方、1957年にラジオ放送をはじめました。5分という短い時間ですが、毎朝流れるベートーヴェン交響曲第6番「田園」の第1楽章のテーマ曲と「暗いと不平を言うよりも……」というはじまりの言葉は、人々のおなじみとなりました。北海道から沖縄まで、40ほどの放送局からカトリックの番組が流れるのは、本当にすばらしい宣教活動です。「太陽のほほえみ」という姉妹番組もできました。番組と並行して、4ページの「心のともしび」という機関誌もあり、各地の教会に配布されました。洗礼を受けた教会で、毎月「心のともしび」誌をもらっていたことを思い出します。
1966年からは、日本テレビでテレビ放送もはじまりりましたが、番組制作に莫大な経費がかかる日本では、制作費を捻出することがいつも大きな問題だったようです。日本放送から山梨放送に移り、現在は衛星放送のスカイパーフェクTVで放送されています。ラジオ同様、日本における唯一のカトリックのテレビ番組として大切な役割を果たしています。
26歳という若さで日本にやって来て、放送をとおして日本の人々にキリストを宣べ伝えるという苦労の多い働きをしてくださったハヤット神父に、心から感謝します。同じメディアをとおして宣教する働きをする会として、ハヤット神父の志を心に留めていきたいと思います。
京都のカトリック河原町教会で、お通夜と葬儀が行われます。心から永遠の安息をお祈りいたします。
■ 「心のともしび」ホームページ http://www.tomoshibi.or.jp/
2009年1月11日 (日)
■ 道行く大勢の人に、力を感じて……
11日、「主の洗礼」の祝日の午後、空気は冷たいのですが太陽の暖かい日差しと美しい青空にひかれて、日光消毒と運動不足解消を兼ね散歩に出ました。コースは、修道院→青山墓地→表参道→原宿→明治神宮→NHK→渋谷です。連休とあって何となく行き会う人々もゆったりとしています。
根津美術館の前の道を、表参道の交差点に出て驚きました。明治神宮へ向かう表参道の歩道はすごい人、人、人。特に、ラフォーレのある神宮前の交差点のあたりはひしめき合っていました。若者向けの店はどこも冬物のバーゲンのようです。人波はさらにJR原宿駅の周囲まで伸びていました。土日はJR原宿駅に来るものではない……と言いますが、いつもよりもすごいようです。思い思いの服装、ヘアースタイルをして歩き、歩道に並んで座っている若い人々の間を通りながら、経済不況で年末から暗くなっている思いが消えていくようでした。これだけ大勢の人が連れだって太陽の下に出てきいていることが、なんとなくうれしくなりました。それにしても、みなどこへ行くのでしょうね???
人の波は、原宿駅から明治神宮へと動いていきます。明治神宮で何かあるのかしら……と思うくらいの人ですが、みなさん初詣ですね。玉砂利を踏みながら境内へと向かっていく人、お参りを済ませて帰ってくる人。外国人からカメラを向けられポーズを取る和服姿の人、ほほえましい光景です。代々木公園からNHKへ曲がると、フリーマーケットが開かれ
ていました。公園通りから東急ハンズの方へ曲がり渋谷駅へと向かいましたが、渋谷もすべての通りが人であふれていました。
明日は「成人の日」。若者にとって、厳しい社会状況が続いています。彼らのために、私たち大人が希望ある将来を用意することができますように、また若者たちも、希望を持って自らの手で自分の道を切り開いていくことができますように。
■箴言 23.15~19
わが子よ、あなたの心が知恵を得れば わたしの心は喜び祝う。
あなたの唇が公正に語れば わたしのはらわたは喜び躍る。
罪人らのことに心を燃やすことはない 日ごと、主を畏れることに心を燃やすがよい。
確かに未来はある あなたの希望が断たれることはない。
わが子よ、聞き従って知恵を得よ。あなたの心が道をまっすぐに進むようにせよ。
2009年1月 8日 (木)
■ 「捕らわれている人に解放を……」
今日ミサで読まれる福音は、イエスの使命を語るものでした。
■ ルカ 4章4~22a節
イエスは“霊”の力に満ちてガリラヤに帰られた。その評判が周りの地方一帯に広まった。イエスは諸会堂で教え、皆から尊敬を受けられた。イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。預言者イザヤの巻物が渡され、お開きになると、次のように書いてある個所が目に留まった。
「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、
主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、
捕らわれている人に解放を、
目の見えない人に視力の回復を告げ、
圧迫されている人を自由にし、
主の恵みの年を告げるためである。」
イエスは巻物を巻き、係の者に返して席に座られた。会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれていた。そこでイエスは、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と話し始められた。皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚いた。
今朝、「エチオピアで誘拐された赤羽さんが解放された!」というニュースが入りました。長いこと報道がなかったので、どうなっているかしらと心配しながらも、祈っていたのですが、今年に入ってうっかりと忘れていました。ああ、よかったよかったと喜びました。長かったですね。さぞ、つらい思いをされたことでしょう。
そして今日のイエスが読まれた「捕らわれている人に解放を……」「圧迫されている人を自由にし……」「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と重なっていて、またまたうれしくなりました。
さらに主よ、お願いいたします。ガザの悲しい出来事にも目を留めてください。捕らわれている思いから解放される恵みをお与えください。これ以上犠牲者が出ませんように。平和への確固とした道が開かれますように。
2009年1月 5日 (月)
■ イエスは、御国の福音を宣べ伝え…仕事始め
今日の福音は、イエスの大きな働きを伝えています。(マタイ4・12-17、23-25)「イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、また、民衆のありとあらゆる病気や患いを癒やされた。」イエスの評判がシリア中に知れ渡り、大勢の人々がいろいろな病に苦しむ人々をつれてきて、イエスはその人々を癒やされます。その働きの結果、大勢の人々がイエスに従います。今日は、修道院の仕事始めです。まさにぴったりの箇所でした。
朝9:00に、シスターたちや、一緒に働いている人々が聖堂に集まり、祈りでこの一年をはじめました。今日の福音のイエスの人々を思う熱心な活動の姿を思いながら、新しい年の活動を祈りで始めることができました。
今年もたくさんの人々と出会えますように。その人々に、イエスの愛を知らせることができますように。今も働かれるイエスの活動を妨げることがないよう、わたしたちの心を謙虚にしてくださいますように。














最近のコメント