2008年12月26日 (金)
2008年12月24日 (水)
■ いろいろなプレゼピオ
主のご降誕のお喜びを申し上げます。
修道院では、8日間の祈りがはじまるころから、各共同体や使徒職の場でプレゼピオの準備をはじめていましたが、ここに来て一気に完成しました。ほんとうにさまざまなプレゼビオがあります。シスターたちの工夫でいろいろなプレゼピオを楽しむことができます。思わず頬がゆるんでしまうもの、祈りの雰囲気に引き込まれるもの、自然を感じるもの……などなどです。シスターたちの想像力豊かなプレゼピオをお楽しみください。
左:エルサレムにある修道女会作成の幼子イエス
布の上に置いただけですが、静寂がただよい、黙想したくなります。
2008年12月21日 (日)
■ 聖母マリアの思い
待降節第4主日の今日は、「12月20日」の朗読と同じルカ2章26~38章です。神から使わされた天使ガブリエルが、ヨセフのいいなずけである少女マリアのもとに遣わされ神の思いを伝えます。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」と。有名な「受胎告知」の出来事が語られます。
マリアは、この突然の出来事に驚きますが、ここからがマリアのすばらしいところです。聖書
にはこう書いてあります。「マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。」
今日は、クリスマス前の展示即売のため、荒川区にあるカトリック三河島教会に行ってきました。祭壇には洞窟の中にヨセフとマリアが、そして祭壇奥の壁全体には、天使、☆星々、三博士が描かれていました。イエスの降誕が間近に迫っている雰囲気を感じながらあずかったミサでした。そのミサの説教で、司祭は天使の言葉を聞いたマリアの態度について話してくださいました。
* * * * * * *
「考え込んだ」……
「考え込む」というのは、その言葉をなんとか受け入れようという人の姿勢である。主の降誕は神秘である。神秘を味わうということは、自分の内に止まることではなく、もっとダイナミックなことである。マリアは心を開いて、天使の言葉を聴いた。そして、マリアは「あなたの言葉はよく分かりました。だからします」ではなく、「あなたを信頼します。だから、喜んで します」なのだ。
このようなことは、わたしたちの生活の中にいろいろある。「神を信頼しているから、神に奉仕します。教会の仕事をします」ということ。信仰者として、日常の出来事をどのように受け止めることができるのか。「委ねる」とは、相手を信頼し、自分の大切なことを任せる。「神に委ねる」とはどういうことだろうか。幼子の姿を見たら、分かる。幼子は聖母に全てを任せた。幼子は幸せだ。お母さんの愛を信じ切っているから。キリスト者の根本は、「委ねる」ことにある。
「お言葉どおり、この身に成りますように。」降誕の神秘を受け入れることができように、祈ろう。
* * * * * * *
「あなたを信頼していますから……」神に対するこの感覚を強めたいと思いました。
※画像は、カトリック三河島教会の祭壇です。
2008年12月18日 (木)
■ “闇に光を!” キリストの降誕を待ち望む
修道院では、毎月、祈りのテーマを掲げて典礼を生きています。12月は“闇に光を!”をテーマとし、聖書の言葉として「主は豊かでありながら、あなた方のために貧しくなられた。あなた方をご自分の貧しさによって、豊かにしようとされたのです。(コリント2 8.9)」を掲げています。聖堂の入り口には、主キリストが“光”をもたらしてくださるように祈るため、社会の“闇”について書いている新聞記事の切り抜きを毎日掲示しています。17日からは「主の降誕前の8日間の祈り」がはじまり、ますます祈りの意向を深めています。
新聞の切り抜きには、内定を取り消しされた大学生、派遣社員や非正規労働者の解雇、家族の絆、子育てに悩む母親、自殺、ホームレス、差別と人権、デジタル化する社会、性的虐待を受ける子どもたち、米軍のイラクからの撤退、クラスター爆弾、悪化する景気、年を越せない、動機なき殺人、ストレスを受けている脳、自殺防止センターに電話をかけてくる末期ガン患者、などなど、毎日、さまざまな内容があります。シスターたちは、聖堂の入り口で切り抜きを立ち読みしたり、切り抜きを聖堂の席で読んだりして、イエスがこの世の闇に光をもたらしてくださるよう祈っています。
年の暮れになって、先が見えない厳しい現実が広がっています。社会や自分の中にある闇に気づき、弱さ、貧しさ、無を感じるとき、そのときに大切なものが見えてきます。貧しさの中にお生まれになったキリストが、この世に光として来られ、人間の歩む道を照らしてくださいますように、愛をもってともに歩むいのちの光となってくださるよう、また、わたしたちが光をも たらす存在となることができますように祈ります。
クリスマスまで後一週間。救い主の誕生を、心を込めて待ち望みましょう。
「主よ、来てください。」
聖なる父よ、
あなたはこの神聖な夜を、
まことの光キリストによって照らしてくださいました。
闇に輝く光を見たわたしたちが、
その喜びを永遠に歌うことができますように。
(主の降誕のミサ 集会祈願より)
2008年12月14日 (日)
■ 心ときめかす、チェンバロの響き
クリスマス前の今の時期は、コンサートの多いときです。今日は、杉並区高円寺南にあるベリス・メルセス宣教修道女会の聖堂で行われたチェンバロのコンサートに行ってきました。「チェンバロ」と聞くと、優雅な宮廷音楽……という感じです。チェンバロだけのコンサートは初めてなので、楽しみに伺いました。
コンサートが行われた聖堂 祭壇がある正面の壁 コンサートは右が正面
東京メトロ丸ノ内線の「東高円寺」駅から歩いて数分、静かな住宅地にある光塩幼稚園に隣接する本部修道院の聖堂は、こぢんまりとした落ち着いた空間です。会場は正面の祭壇に向かってではなく、右側を正面にしてチェンバロが置かれていました。
チェンバロは、赤と黒を地にして楽器を演奏する人や踊る人が連続して描かれているオリエンタルな感じの絵柄でした。弦が入っている箱の底にもお花の絵が描かれていて、ツンとすましたおしゃれな貴婦人のようでした。演奏してくださったのは、古い時代のチェンバロやフォルテピアノ、そして現代のピアノまで演奏される国際的鍵盤楽器奏者のマイコ・ミュラーさん。チェンバロの鍵盤はピアノの鍵盤より少し小さく、細かく装飾されています。黒鍵と白鍵がピアノと逆になっていますが、それは女性の指をより美しく見せるためだとか……。コラール前奏曲、プレリュード、フランス組曲、イタリア組曲など、初めての曲や、聞いたことのある曲など、J.S.バッハの名曲を演奏してくださいました。
マイコ・ミュラーさんの指は、小振りの鍵盤の上を細かく動いていました。上下の段を使い分け、ときには、下の段を弾くと連動していて上段の鍵盤も動く演奏もあり驚きました。揺れるように響く音色は、なんとも心を静めてくれます。または、この繊細な音色を聴くためには、心を静かにし集中しないと聞き逃してしまうのかもしれません。100人ほどの聴衆は、咳一つせず、シーンとして聞き入っていました。
コンサートは、クリスマス募金としてカリタス・ジャパンに寄付されました。演奏の終わりにはカリタス・ジャパンの活動紹介がありました。
先週行った「聖グレゴリオの家」のパイプオルガンのコンサート、そして今日のチェンバロ・コンサートと、今年は美しい音に満たされた待降節を過ごしています。
2008年12月10日 (水)
■ 師イエズス修道女会のSr.東谷の銀祝
12月8日の「無原罪の聖マリア」の祭日は、教会の大きな祝日です。神に生涯をささげる
と いうことで、多くのシスターがこの日、記念日を迎えます。ある人は入会の日だったり、ある人は初誓願を立てた日であったり……。
八王子市戸吹町に本部がある師イエズス修道女会でも、この日、一人のシスターが誓願25周年を迎え、記念のミサが行われました。大阪の修道院で奉仕しているSr.マリア・レデンタ東谷(あずまや)征子です。Sr.東谷は北海道の出身で、お姉さんも師イエズス修道女会のシスターです。ミサには学校の同級生や、祈りの集いのメンバー、またパウロ家族が集まりました。
肝っ玉母さんのように頼りがいのあるSr.東谷ですが、ご自分が主人公になるのは苦手のようです。ちょっと恥ずかしさもあるのかな……、ミサの前はとても緊張している様子でした。
司式の森司教様は説教で、「25周年の歩みとわたしたちの日本の社会について見直したいと、次のように話してくださいました。
今、シスター東谷の心の中は、神への感謝の思いでいっぱいだろう。第一朗読(エフェゾ1.3-6、11-12)で読まれたように、永遠の神の愛がシスターの上に注がれ、シスターを支えているのは永遠の神の愛以外の何ものでもない。愛に満たされていること、愛が自分の中で寄り添ってくださっていることほど、すばらしい人生はない。しかし、愛が見失われたら、どれほどの不幸だろう。日本の社会の悲しさとみじめさは、愛が失われていることである。人は社会の闇の中で、必死に生きている。昨日も、リストラされて家族の元へ帰ることができないでる男性が来た。その前は、小さいときから父親から虐待されている女性だった。今の日本の人間社会は冷たく、一人ひとりがバラバラで突き放されている。「あなたは大丈夫だよ」と言ってくれる人がいない。年間3万人という自殺者。これを支える唯一の力は、愛以外にはない。一人ひとりを大切にしていく、そこに神の愛がある。その愛が、わたしたちの心の希望であることをあかししていくことが修道会の使命だろう。
そのために何をしたらいいのか。神の愛を生きるための秘訣、それは、「おことばのとおり、なりますように」という心の開きである。この地上を見て、神はいたたまれなくなり御子を与えてくださった。神がしようとしていることに心を開いていくようにしたい。わたしたしの存在そのものが、人々の存在の希望となることができますように。わたしたちの歩みが、神の光の中で照らされますように。
神の手に包まれている大きな愛の中で、神の視点を持って人とかかわっていくことの大切さを思いました。
写真 左:Sr.東谷は、25年の歩みのシンボルとして香炉を持って入堂しました。
写真 右:師イエズス修道女会のシスターたちの、お祝いの歌のプレゼント。
Sr.東谷はミサの終わりのあいさつで、「自分はセミのぬけがらのよう、またはピーマンのようだと思っていた。しかし、ぬけがらが地中の7年間を守り、地上での一週間を鳴くことができるのだ。主のために、ぬけがらでいいのだと思うようになった」とあいさつされました。ぬけがらのお話は、みんなの印象に残りました。
仲間のシスターたちに囲まれて、Sr.東谷の銀祝の集まりは、とてもアットホームでした。Sr.東谷、これからも大きなぬけがらで、主のため、人々のために奉仕し、祈ってくださいネ。
2008年12月 7日 (日)
■ 心が落ち着く「聖グレゴリオの家」の聖堂
今日の午後、東久留米にある「聖グレゴリオの家」の聖堂で、オルガンコンサートがありま
し た。オルガニストは、イタリアを代表するオルガニスト、ロレンツォ・ギエルミ氏でした。ギエル ミ氏は、東京カテドラル聖マリア大聖堂の新しいパイプオルガンのお披露目とのときに演奏してくださいました。
「聖グレゴリオの家」は、正式には「宗教法人 聖グレゴリオの家 宗教音楽研究所」で、教会音楽の研究と普及のために建てられました。西武池袋線の東久留米駅北口から、10分ほどの静かな住宅街にあります。教会音楽科では、教会音楽の学位が取得できる本格的な研究所です。ミサや祈りが大切にされ、典礼を学んだり、コンサートがおこなわれたりしています。
「聖グレゴリオの家」には、学ぶ人たちのための宿泊施設もありますが、なんと言っても聖堂がすてきです。とても落ち着いた雰囲気があります。約100人ほどが座れる会衆席は聖堂を囲んで階段状になっており、横には小さいのですがすばらしいデザインのパイプオルガンが設置されています。今日のコンサートは、そのパイプオルガンで演奏されました。円形の聖堂にほどよい音量で鳴り響くオルガンの音色、木調のベンチ、高い天井の壁のステンドグラスから注ぎ込む光、音楽が好きな人々の醸し出す空気……、心が静まりぜいたくなときを過ごしました。
帰り道、雑木林から差し込むオレンジ色の夕日の中、聖グレゴリオの家でいただいた雰囲気を抱いたまま駅まで歩きました。聖グレゴリオの家を思い出しながら、待降節第2週を過ごしたいと思います。
2008年12月 3日 (水)
■ 美しい光の海2008
夜、まばゆい光の中を歩くことは、なんとも幸せな気分になります。光の並木道を歩くだけなのですが、とっても心が落ち着きます。今年ももうすぐ終わるという12月だからなのか、クリスマスがやってくるというワクワクした時期でうれしくなるのか……なぜなのでしょう。
今年もクリスマスイルミネーションの季節がやってきました。東京ミッドタウンでは、2回目のクリスマスを迎え、11月13日から12月25日までクリスマスイルミネーションが行われています。友と、職場の仲間と、家族と語り合いながら、またはひとりで味わいながら、たくさんの人が訪れていました。今年は、ツアーのバスも数台きていてその人気の高さに驚きました。
東京ミッドタウンの建物の周囲は、さまざまなデザインのイルミネーションで飾られています。桜の木のイルミネーションは「スノーフォール」と呼ばれ、ワイングラスを逆さまにしたようなREDの光には長い棒が下げられています。この棒の中を、光が流れ落ちるのです。遠くから眺めるとあちらの木、こちらの木と光が流れていてかわいい感じです。
「スターライトガーデン」と名付けられた芝生のイルミネーションは、昨年は天の川でしたが、今年は冬の星座が浮かび上がってきます。運がよければ、30分に一度の流れ星を見ることができます。広さを上手に活用したデザインで、暗い夜に青く浮かび上がる銀河が、わたしたちをしっとりした心にさせてくれます。
江戸切り子のクリスマスツリーは、今年も人々を引き寄せていました。美しい光のモザイクです。
外苑東通りから入るプラザエリアには、輪になった光ファイバーがシャンデリアのようにつるされています。女性の美しいドレスのように風に揺れながらしなやかに揺れる光ファイバーは、白→青→緑→ゴールド→赤と変化していきます。その色の変化は見飽きません。テラスでお茶をいただきながら眺めるのも、優雅な気分になることでしょう。
日中の忙しさから離れて、光の世界へ。それが心に満足をもたらし、また明日への力となる気がします。ぜひ、幸せの光を味わってください。






























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