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2008年11月30日 (日)

■ 待降節が、始まりました!

今日は待降節第一主日、4本のアドベントクラウンのローソクに一つ、光がともされました。2001xmas011_3 今日からカトリック教会は、新しい年に入りました。救い主の到来を待ち望むことから、教会の暦ははじまります。

今日の朗読は、第一朗読が「イザヤ書」63章16b~17、19b、64章2b~7節、第二朗読が「コリントの信徒への手紙」一 1章3~9節、福音書は「マルコによる福音書」13章33~37節でした。今朝の聖イグナチオ教会の朝のミサの説教では、「今読まれた福音書には、『目を覚ましていなさい』という言葉が頻繁に出てくる。『恐れの中で目を覚ます』。震えながら、恐いから主人を待つ……というのが待降節ではない。「早く帰ってきてください」という思いで待つのではないか。その思いを表現しているのは、イザヤ書だと思う。『ぜひお顔をお見せください』。」というお話がありました。

ミサの後、説教を思い出しながらイザヤ書をあらためて読んでみました。そこには、「立ち帰ってください」と、神に親しく懇願する旧約の人々の姿がありました。「あなたが顔を隠されてしまったのは、私たちのかたくなさ、わたしたちの罪によるもの」と悪に負けてしまった自分の弱さを認め、「あなたはわしたちの父です」と神への信頼を言い表しています。

人は、何回も何回も、神を横っちょに置いて自分だけで生きてしまうのですが、神をたたえ神によりすがった殉教者たちの信仰を仰ぎ見ながら、今年の待降節は、毎日の福音の箇所を、人間の側からの「神への信頼」「神への思い」という視点から味わってみたいと思います。

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2008年11月25日 (火)

■ 列福式感謝のミサ

  今日午前10時にカトリック中町教会で、列福式感謝のミサが執り行われました。
ペトロ岐部と187殉教者列福式実行委員会委員長髙見三明長崎大司教をはじめ福岡教区長宮原司教、鹿児島教区長郡山司教、東京教区補佐司教の幸田司教による共同司式で行われ、多くの信徒たちが参加しました。
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感謝のミサの中で高見大司教は、列福式にいたるまで、さまざまな形で働かれた方への感謝を述べられました。
この列福式の最初のきっかけは、故ヨハネ・パウロ2世教皇来日の準備のとき、当時の福音宣教省長官ロッシ枢機卿が2度ほど来日され、西坂にある資料館を訪問なさり、日本の殉教者についての説明を受けとても感銘されたそうです。
枢機卿は、当時の長崎大司教里脇浅次郎枢機卿に列福の可能性を話されたそうです。枢機卿はすぐに司教会議にはかり、列福の手続きが開始されました。その間、白柳枢機卿、平山司教、亡くなられた松永司教、溝部司教が準備のための担当司教として働かれました。それから四半世紀の間に多くの方が尽力されました。
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昨日の列福式のミサ中で、白柳枢機卿が感謝された故チースリック神父、列福のために多くの資料を準備し、ちょうど一週間まえに亡くなられた結城了悟神父がおられなければ今回の列福式はなかっただろうと話してくださいました。
また、教会法の面で働かれたオボンク神父をはじめ、列福準備委員として働かれた古巣神父やシスター片岡など多くの委員会メンバーたちの献身的なご努力があってはじめてこの列福式の開催が実現することになったことを話され、他界された方々も含めて、これまで準備にたずさわってくださったすべての方々に心から感謝したいと語られました。
そして、イエズス会やアウグスチヌス会をはじめ多くの修道会、宣教会の方々への感謝を述べられました。ことに殉教にまで導いたほどの信徒への教育、信徒への世話などについて、彼らの働きこそ日本の教会の礎をつくり、今日の日本の教会があることへの感謝を付け加えられました。
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感謝で締めくくられたこの長崎での列福式は、互いを慈しみ合いながらその信仰を守るためいのちかけた188人の福者たちにとてもふさわしく思われました。

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■ 列福式のミサ式次第とカード

今回の列福式では、受け付けのときに参加者にミサ式次第と列福記念のカードが渡されました。
ミサ式次第の日本語版と英語版、佐久間彪神父が描かれたカードと、三牧樺ず子氏のカードの2枚をご紹介しましょう。
カードの裏には、「福者ペトロ岐部と187人の殉教者の取り次ぎを願い、その列聖を求める祈り」が書かれています。
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列福式が終わりビッグNスタジアムを出るとき、長崎新聞の号外が配られていました。その号外は、なんとペトロ岐部と187人の殉教者列福式でした。早いですね。
長崎新聞のホームページで動画も紹介しています。アクセスしてみてください。 

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■ 列福式 その2

列福の儀の後ミサは、ことばの典礼、感謝の典礼へと進みました。
その様子を、画像でお届けしましょう。寒い中、何時間も前から会場に入り、ミサがはじまる前から何曲も歌ってくださっていた聖歌隊の方たちは、最後まで変わることなく美しい歌声で歌い続けて式を盛り上げてくださいました。ほんとうにすばらしい歌声で、お聞かせできないのが残念です。
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奉納のときには、たくさんの侍者姿や制服姿の子どもたちが奉納し、次の祈願を唱えました。
  全能の神よ、
  この供えものを祝福し、とうといものとしてください。
  福者ペトロ岐部と187人の殉教者が、
  あなたの愛に支えられてすべての苦しみに打ち勝ったように、
  わたしたちの心にも愛の火を燃え上がらせてください。
  わたしたちの主イエス・キリストによって。
  アーメン。
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聖体拝領のときには、200人の司祭が会場のいたるところにご聖体を運んでくださいました。ご聖体の存在の場所を知らせる200の傘が、まるで会場に殉教者にささげる花が咲いたようできれいでした。
白柳枢機卿のオメリアは、長い間この列福のために祈り働いてきた日本の教会の熱い思いを再び感じずにはおられませんでした。
祝福の前の溝部司教の感謝の言葉で、その思いは深められました。その言葉の中で、7日前に亡くなられた結城了悟神父様の名前が出ると、会場から拍手がわきあがりました。
ほんとうに多くの人たちの祈りと努力、そして二十数年に渡る歳月に感謝せずにはいられません。
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2008年11月24日 (月)

■ 列福式 その1 入祭と列福の儀

4_3 列福式のミサがはじまる直前に空が曇り、また雨が降り出しました。
入祭は、十字架を先頭に、殉教者ゆかりの地の土、殉教者の遺骨、聖書、司祭団、司教団、教皇代理に任命された教皇列聖省庁前長官ジョゼ・サライバ・マルティンス枢機卿が会場に入られました。
ほとんどの司祭が、祭服の上に透明の雨合羽というユニークな姿です。
雨足はだんだん強くなり、急に寒くなってきて、じっとしていると手足がしびれるくらいでした。
青年たちがロウソクリレーで使ったロウソクがまず奉納され、次に祭壇の下に殉教者ゆかりの地の土、日本26聖人記念館館長のデ・ルカ・レンゾ神父によって殉教者の遺骨が置かれました。
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回心の祈り、あわれみの賛歌の後、列福の儀が行われるころには、幸いなことに少し雨も小降りになりました。けれど、雨に濡れたせいか、手足がしんしんと冷えてシャッターを押す指に力が入りませんでした。
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そんな中、日本カトリック司教協議会会長である岡田大司教が教皇ベネディクト16世に対して「私、ペトロ岡田武夫東京大司教は、ベネディクト16世教皇聖下に対し、1603年から1639年に殉教した神のしもべ、イエズス会盛式誓願修士ペトロ・カスイ岐部神父と187人の尊者を福者の列に加えてくださるよう、ここに謹んでお願い申し上げます」と、列福宣言の要請を行われ、続けて殉教者たちの略歴の紹介が殉教地の司教によって行われました。
その後、列福宣言が行われ、教皇書簡の朗読されました。

Repukunogi05_5   私は
  兄弟である以下の司教たち、
  枢機卿ペトロ白柳誠一前東京大司教
  ペトロ岡田武夫東京大司教
  レオ池長潤大阪大司教
  ヨセフ高見三明長崎大司教
  フランシスコ・ザビエル溝部脩高松司教
  ヨセフ三末篤實広島司教
  ペトロ地主敏夫札幌司教
  アウグスチヌノ野村純一名古屋司教
  ベラルド押川壽夫那覇司教
  パウロ大塚喜直京都司教
  ラファエル梅村昌弘横浜司教
  マルセリーノ谷大二さいたま司教
  ドメニコ宮原良治福岡司教
  タルチシオ菊池功新潟司教
  パウロ郡山健次郎鹿児島司教
  マルチノ平賀徹夫仙台司教
  ペトロ平山高明前大分司教
  とほかの多くの司教たち
  および日本の兄弟姉妹である全信者の請願を受理し
  列聖省の助言に基づく審議の結果
  1603-1639年に日本各地で殉教した神のしもべ、
  イエズス会盛式誓願修士ペトロ・カスイ岐部司祭と
  殉教者である以下の尊者を
  使徒的権威によって福者の列に加えます。
  八代の殉教者・ヨハネ南五郎左衛門、
  シモン竹田五兵衛ほか9人
  萩・山口の殉教者・ミルキオール熊谷元直とダミアン
  薩摩の殉教者・レオ税所七右衛門
  生月の殉教者・ガスパル西玄可ほか2人
  有馬の殉教者・アドリアノ高橋主水ほか7名
  天草の殉教者・アダム荒川
  京都の大殉教・ヨハネ橋本太兵衛、テクラほか50名
  小倉・大分・熊本の殉教者・ディエゴ加賀山隼人、小笠原玄也、みやほか15人
  江戸の殉教者・ヨハネ原主水
  広島の殉教者・フランシスコ遠山甚太郎ほか2人
  島原・雲仙の殉教者・パウロ内堀作右衛門、ヨアキム峰助太夫ほか27人
  米沢の殉教者・ルイス甘糟右衛門ほか52名
  長崎西坂の殉教者・イエズス会修士ニコラオ ケイアンと
  長崎のカテキスタ ミカエル薬屋、
  イエズス会盛式誓願修士・ジュリアン中浦司祭
  アウグスチノ会修士・トマス金鍔次兵衛司祭
  大坂の殉教者・イエズス会盛式誓願修士・ディオゴ結城了雪司祭
  イエス・キリストの福音を勇気をもってあかしした
  この殉教者たちの記念日は、
  法令の定める場所と形式に従い、
  毎年7月1日に祝うことにいたします。
  父と子と聖霊のみ名によって。アーメン。

Repukunogi06 教皇書簡の朗読後、鳩が飛ぶ中、三牧樺ず子氏作の肖像画が除幕され、会場は大きな拍手と感動に包まれました。

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■ 列福式 直前

列福式の参加者は、みな午前11時までに会場に入るようにとの連絡があったそうですが、私たちが午前10時プレスの受け付けのために、午前9時半すぎに会場に着くと、もう入場者でどこもいっぱいでした。
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長崎は朝からあいにくの雨、傘を差し寒そうに会場へと入っていきました。
会場ビッグNスタジアムは、野球場とあって広く、なかなか自分の場所に行き着くことができません。黄色いヤッケを着たスタッフの方10人くらいに聞いて、なんとか目指すプレス席に到着しました。
だいぶ会場が埋まってきたころ、天に祈りが通じたのか、列福式がはじまる前には雨も上がり気温も上がり、祭壇に準備されていたテントもはずされました。
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昨日、雲仙を出発した「わっかもんウォーク」の青年たちも十字架とともに会場に到着。
席に座っていた人たちも温度が上がってきたせいか、みなレインコートを脱いで身軽になり、早めの昼食を食べたり、なつかしい人と出会ってあいさつを交わしたり、正面の2つの大きなスクリーンに映し出される188名の殉教者たちの紹介をながめたりしていました。
式がはじまる直前になって、空がまた曇ってきました。また雨が降り出すのでは・・・と心配していると、案の定今度は大粒の雨が落ちてきました。

せっかく脱いだレインコートを再び着込んで、荷物は持ってきたビニール袋に詰め込みました。今回の列福式では傘を差さないよう言われていましたので、会場が黄色や赤、緑のレインコートの色で華やかになりました。
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やはり、殉教者の列福式、辛いことがあってもしかたないかなと思いながら雨の中、開始を待ち続けました。

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■ 列福式前夜祭

Zenyasai03_2 列福式を明日にひかえて、中町教会ではほぼ1時間おきに巡礼者のミサが行われています。
そして、16時から21時まで数回にわけて、浦上教会、城山教会、大浦教会では列福の標語にあわせたテーマで前夜祭の祈りの集いが行われ、日本二十六聖人記念館では青年たちによる祈りの集いが行われました。
浦上教会のテーマは、「命をかけて『いのち』を生きる」で聖体礼拝、城山教会は「ときを超え 今ひびく福者の祈り」のテーマで、みことばによる黙想、大浦教会は「証・一八八」というテーマでロザリオの祈りが行われました。
このテーマは皆様もよくご存じのように、幟にもなっています。
大浦教会だけは行くことができませんでしたが、どの教会もよく準備され、参加者に明日への祈りの準備をさせてくれました。
城山教会では祈りの集いだけでなく、18時からはトマス金鍔次兵衛神父の所属した聖アウグスチノ会の主催の感謝のミサが行われました。
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また17時からの浦上教会の祈りの集いでは、溝部司教が中浦ジュリアン神父の少年時代について話してくださいました。ジュリアンは天正少年使節の4人の中ではあまり目立たず、記録に残っているのは、彼が失敗をしたときと病気をしたときくらいであることや、教皇に謁見する際、だれが言っても自分は教皇に謁見すればきっと病気は治ると言い決して自分の意志を曲げようとはしなかったことなどを話してくださいました。
柔和だが芯のしっかりした少年ジュリアンの姿が目に見えるようでした。
Zenyasai04_2 人よりすぐれた才能豊かな人というわけでもない中浦ジュリアン神父が、列福されることを考えると、神のなさることの不思議を思わずにいられません。
今回の列福式前夜祭では、「祈りへの招き」のパンフレットが配られました。
その最後には「巡礼スタンプ帳」が作られていて、祈りの集いに参加して、おまけまでもらったようなうれしい気分になりました。

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2008年11月23日 (日)

■ 青年たちの列福式の準備

Seinen1_3 今朝ビッグNスタジアムを目指して若者たちが雲仙を出発しました。
「わっかもんウォーク ~188殉教者列福記念徒歩巡礼~」です。全国から60名ほどの青年たちが集まり、殉教の地である雲仙から列福式の会場を目指して歩いています。
途中、愛野教会で仮眠して、東長崎教会を経て列福式開始には、ビッグNスタジアムに到着する予定です。
また、西坂の日本二十六聖人記念館では、16時から21時まで青年たちの担当で祈りの集いが行われました。長崎の青年たちが、地区ごとに分かれて188名の殉教者を担当して、殉教者とともに祈りました。
私たちは、19時15分から五島地区の青年たちが担当して行われた祈りの集いに参加しましたが、さわやかな笑顔で迎えてくれ、絵で殉教者たちの歩みを紹介しながら祈りへと導いてくれました。
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また、全国の青年たちが参加し行われた「ロウソクリレーミサ証し日 ~全国の青年の思いをのせて~」で使われたロウソクは、明日の列福式で奉納されるそうです。
熱心に祈り、身体全体でこの日本の教会の喜びを準備する若者たちを見ていると、殉教者たちの証しは確かに今の日本の教会に受けつがれている・・・そう思わずにはいられません。
今も、若者たちはビッグNスタジアムに向けて歩み続けています。

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2008年11月22日 (土)

■ 列福式直前の長崎

Sunzen01_2 列福式取材のために昨夜長崎の市内に入りました。
市内に入って会場近くの道を通ると「11/24 列福式の為 交通渋滞が予想されます」との大きな看板をいくつか目にしました。長崎駅に着くと、駅構内で行われていたコンサートでも、司会者と出演者が「列福式」のことを話していました。
修道院に着き、そのことを話すと「長崎の新聞には、毎日のように列福式のことが書かれているよ」との言葉。
列福式が近づいていることを肌で感じ、うれしいと同時に、なぜかとても緊張してきました。
このブログをとおして、少しでも列福式の様子を皆様にお知らせできたらと思っています。
今日中町の教会では、入り口に列福式のための看板が取り付けられました。「奉祝 『ペトロ岐部と187殉教者』列福式」、「命をかけて『いのち』を生きる」と書かれています。しかし、教会を出て行くときに見える方向には、中町教会評議会で決められた列福式記念の標語が書かれていました。
   受けついだ 福者の信仰 子に孫に
この言葉に、列福式で終わりではないんだなと強く感じました。

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2008年11月20日 (木)

■カテドラルに響く、日本語で初めてのレクイエム!

19日の夜、東京・カテドラル聖マリア大聖堂で、11月の死者の月にあたって「亡くなったすべての人のためのミサ」がありました。ミサ曲は、三枝成彰作曲、曾野綾子のリブレットによる日本語で初めてのレクイエム(1998)で、ソプラノ:中丸三千繪、テノール:樋口達哉、合唱:六本木男声合唱団倶楽部、指揮:大友直人、管弦楽:東京ニューフィルハーモニー管弦楽団による演奏でした。こういう形でのミサは初めてだったので参加してきました。

「六本木男声合唱団倶楽部」という名をお聞きになったことはありますか? 「倶楽部」とついているように、“歌が大好き!”で集まったアマチュアの男声合唱団です。ケント・ギルバード、浅葉克巳、三枝成彰が発起人となって2000年に結成されました。団長は作曲家の三枝成彰、ここで「おおっ」と驚きますよね。さらに、桂冠指揮者として大友直人、ここでまた「えっ、すごい!」と思い、他に4人の指揮者を指導者に迎えて、いったいこの合唱団は何??? となるでしょ。さらにメンバーを見ると、島田雅彦、江田五月、奥田瑛二、辰巳琢郎、露木茂、羽田孜……。え~~~っ! 彼らの他に、会社社長・役員、芸術家、作家、裁判官、新聞記者、医師、国会議員、キャスター、大学教授、俳優、映画監督、弁護士、画家などなどが名を連ねています。10代から80代の日本を代表する政財文化界の方々が集まっている100人を超す大合唱団です。

ハイクラスの人々の道楽? とあなどってはいけません。サントリーホールで演奏会を開いたり、海外公演もし、CDも何枚も出している本格的な合唱団なのです。忙しい方々が、いつ集まって練習しているのでしょうね。

ミサが行われた聖マリア大聖堂は、日本の教会の中でもっとも大きな聖堂の一つですが、中丸三千繪さんと樋口達哉さんの美しく響く声と、フルオーケストラと101人の合唱団の声でいっぱいになり、聖堂が小さく感じるほどでした。斜めになった天井に反響して上から降り注ぐ音に包まれ、約1000人の会衆は、亡くなった人のための祈りの世界に引き込まれていきました。死者の魂を憩わせるように優しく響くオーケストラの演奏に、神の国を感じました。「ありがとう、さようなら、また会いましょう」と天国での故人との再会を約束した「葬送の歌」でミサは終わりました。

帰りの坂道で一緒になった管弦楽団のヴァイオリン演奏の方が、「初めての参加だったのですが、ミサに感動しました」と言っておられました。聖体拝領をした信者の数は200人ほどで、会衆の多くは団員関係の方だと思いますが、死者への祈りである「レクイエム」の合唱をとおして、カトリックの世界に触れられたことでしょう。来年も開催されたら、また行きたいと思います。

六本木男声合唱団倶楽部
http://www.rokudanku.com/index.html

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2008年11月15日 (土)

■ シスターチャンドラとシャクティの踊り手たち

Shakti1 シャクティは、1990年淳心会(スクート会 日本には男子の会だけがあります)のシスターチャンドラによって設立された団体です。南インドのタミルナードゥ州でインド社会(カースト制度)の最下層のダリット(不可触民とされた人たち)の女性たちが、人間としての尊厳と権利をもち、意味ある人生を送れるように人材育成を行っています。
「シャクティ」は、「エネルギー」や「力」、特に「女性のエネルギー」を意味する言葉だそうです。
今までに訓練された女性リーダーは300人をこえていますが、訓練の一環としてダリットのタミル民族の踊りを行っています。
私たちがシスターチャンドラとシャクティの踊り手たちが知ったのは、松居和氏のDVD「シスター・チャンドラとシャクティの踊り手たち」によってです。いくつもの海外の賞を受けた作品です。
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日本での講演会と舞踊公演ために来日したシスターチャンドラと10人のシャクティの踊り手たちが、私たちの修道院にも来てくださり、シスターチャンドラのお話を聞き、シャクティの踊り手たちの踊りを見ることができました。
同じ修道女として、シスターチャンドラにたくさんの質問があり、踊りの時間が短くなってしまったのでは・・・と思っています。
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シャクティの踊り手たちの踊りは、タミル民謡をもとに、シスターチャンドラが作詞しふりつけをしているそうです。劇もその中には入っていて、生まれた子どもが女であると殺されるという誕生の差別や、賃金が他の人たちより少ないことを雇い主に訴えたダリットの女性たちが焼き殺されたという実際にあったことなどを、踊りの中で表現していました。
ダリットの男の人たちが、上の階層の人たちの葬儀の際に叩く太鼓を叩きながら踊る、その力強い踊りは、見ている者を圧倒し、真の解放を訴える女性たちの叫びのように感じました。
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そして、シスターチャンドラの穏やかな笑顔と、まっすぐに前を見つめるその目は、彼女たちを真の自由へと導こうとする母のように思えました。

松居和 オフィシャルホームページ:シスター・チャンドラとシャクティの踊り手たち

amazon.co.jp DVD「シスター・チャンドラとシャクティの踊り手たち」

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2008年11月11日 (火)

■ 迎える心

Hennro1 今月24日に列福されるディオゴ結城了雪神父の足跡をたどって、四国に行ってきました。
四国の町を歩いているとどこかで、必ず出会うのがお遍路さん。
白装束を着ないで、菅笠と金剛杖だけの方や、白衣だけを羽織り菅笠と金剛杖に輪袈裟をかけた方などその姿はさまざまでした。
四国霊場八十八カ所を巡る遍路道があり、秋に入り道づくりのための伸びた草の刈り込みが行われていました。
道には、たくさんの道標や案内図、地蔵尊などを見ることができました。
ディオゴ結城了雪神父が捕らわれたという大坂峠に向かう途中にも、いくつもの地蔵尊がありましたが、どの地蔵尊の周囲の草が刈りとられ、花や榊があげられていました。
道がわからずに尋ねると、とても親切に教えてくださり、四国の方たちの信仰心と、お遍路さんを迎える心を見たように思いました。
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2008年11月 6日 (木)

■ 親指のマリア

Oyayubinomaria01 東京国立博物館(本館2階の特別2室)で11月16日(日)まで行われている「特集陳列 キリシタン-大航海時代のキリシタン遺物-」に行ってきました。
この展示会では、シドッチ神父がイタリアから持ってこられたという「親指のマリア」の絵が展示されていると聞き、ぜひ1度見てみたいと思い出かけました。
52点と展示作品は多くありませんが、重要文化財と書かれた貴重な展示作品ばかりでした。
特に、「親指のマリア」の絵は、本当に美しいものでした。その絵は色あせた部分も何ヶ所もあるのですが、見ているとなにか寂しげな聖母の横顔に魅了され、神秘の世界に導かれるようでした。
「親指のマリア」の絵は、東京国立博物館蔵品ですが、1、2年に1度しか展示はありません。陳列はあとわずかの期間ですが、ぜひお近くの方は足をお運びください。

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東京国立博物館 特集陳列 キリシタン-大航海時代のキリシタン遺物-:
  http://www.tnm.jp/jp/servlet/Con?pageId=B01&processId=01&event_id=5920

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2008年11月 2日 (日)

■ 綿

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なんと修道院の庭に綿ができました。
綿ができているのを、ご覧になったことがありますか。
私は、写真やテレビでは綿の収穫などを見たことがありましたが、実物を見るのははじめてでした。
一人の姉妹が、大阪の繊維会社かなにかが「綿の種を差しあげます」という広告を出していたのを見て、返信用の封筒を同封して申し込んだところ、10粒くらいの種が送られてきました。その種を庭に蒔き、たった1つだけ芽を出し、育ったのがこの綿です。
1つだけしか育たなかったのですが、けっこうたくさんの花をつけ、綿の実を結んでくれそうな実がいくつもついています。
この綿を収穫して、幼きイエス様の敷き布団にしてあげるのだそうです。
庭でできた綿。きっとイエス様も喜んでくださることでしょう。

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