■東京スカイツリーと墨田・台東エリア
「なんだか新しい東京タワーができるんだって……」「えっ、なんで?」と半信半疑で聞いていた新タワーですが、いくつかの候補地の中から墨田区に建つことが決まり、そして、今月初め、11万余の応募の中からタワーの名前も決まりました。タワーの名前は「東京スカイツリー」です。人々が集まり、心を寄せるコミュニティーのシンボルであるツリー、空に向かって伸びる大きな木がイメージされています。そして、この木の下に広がるのが、墨田区と台東区という江戸を感じる下町です。
昨日、東京新聞社の主催で「新タワー誕生Ⅱ -東京・下町の魅力を世界へ-」というフォーラムが、浅草公会堂で開かれ、1,000人が集まりました。
アメ横、不忍池、動物園があり美術館が集まる上野、外国からのお客様が来たら必ずお連れする雷門・浅草寺と仲見世通り、両国国技館、隅田川の花火や水上バス、名前に味わいがある言問橋、吾妻橋、駒形橋、蔵前橋、両国橋など隅田川にかかる橋……、こう書いているだけで、「あ~、歩いてみたい」とワクワクしてきます。東京スカイツリーは、これらの地域を眼下におさめる、東武伊勢崎線の業平橋駅と都営浅草線・東京メトロ半蔵門線の押上駅の間に建設されます。高さ610m、展望台の高さは450mで、東京タワー(332.6m)よりも高いのです。タワーの下の部分は正三角形ですが、途中で三角おむすびの形になり上は円形になります。2つの駅の間には広場や公園、商業施設もでき、下町スタイルを発信するそうです。
そうそう、「東京スカイツリー」の本来の役割を忘れていました。このタワーは、2011年から始まるデジタル放送で大切な役を担うのです。民放5社とNHKのデジタル放送、携帯端末向けのワンセグの電波は、このタワーから送信されます。また、災害時には、防災としての機能も発揮するそうです。
フォーラムの基調講演では、コラムニストの泉麻人氏が、大好きな町として浅草界隈、特に浅草の塔の話をしてくださいました。浅草には、今までにもいくつかの塔があったそうです。12階建ての凌雲閣(りょううんかく):東京の高層建築物の先駆けだったそうですが、大正12年の関東大震災で倒壊しました。三島由紀夫の小説に出てくる新世界タワー:浅草六区にあり、五重の塔の形のネオン塔で、とてもきれいだったそうです。浅草スペースタワー:自転しながら上昇する展望台があり、昭和42年に建ちましたが、6年後のオイルショックで撤去されました。仁丹塔:仁丹の広告塔で国際通りの突き当たりにあり、昭和29年に完成、60年代初めに取り壊されました。スカイクルーザー:松屋の屋上にある飛行塔で、飛行機の形をしたものに乗りそれがグルグルと回転するのですが、屋上のフェンスをはみだしていたのだそうです。コワ~~~。もっともっと聞いていたいお話でした。
「東京スカイツリー」の説明の後、元東京都知事の青山〓(やすし)氏、浅草地区観光まちづくり推進協議会・洋食ヨシカミの熊沢永行氏、エッセイストの池波志乃さん、台東区長の吉住弘氏、コーディネーター:東京新聞したまち支局長の増田恵美子さんで、パネル討論が行われました。六本木ヒルズ、東京ミッドタウンなど、東京の開発が西に向いていたが、やっと東に目が向いた。下町文化の発信に力を入れたい。浅草と上野の回遊性を楽しんでもらいたい。戦後の焼け跡から、テレビの普及、娯楽の多様化で、浅草から人がいなくなり、お店もなくなって火が消えたような暗黒の時代があった。しかし、つくば線の開通により、だんだん人が戻ってきた。そして、今度は東京スカイツリーの建設。戦前の浅草六区のにぎわいを取りもどしたい。世界の人がタワーを訪れ、下町の文化に触れてほしい……など、いろいろな意見、希望が出され、タワーへの期待の大きさを感じました。
タワーは年内は基礎作りをして、来年の春からやぐらができ、2011年12月に完成、翌2012年春から開塔の予定だそうです。
展望台からの眺めもさることながら、墨田・台東エリアの家々の路地から見える東京スカイツリーが、下町の風景とマッチして美しい景色になったらいいですね。周辺地域にマイナス影響がないようにと願いながら、完成を楽しみにしたいと思います。
※〓はにんべんにハの下に月。
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