■新しい視点……郡山司教の説教から
今朝のミサは、昨晩修道院にお泊まりになった鹿児島教区の郡山司教が司式してくださいました。
読まれた福音はヨハネ4章の、イエスとサマリアの女とのやりとりを描いた美しい場面です。サマリア人は、ユダヤ人から異邦人としてさげすまれていました。ですから、サマリアの女は、人目を避けるように人通りの少ない昼に、ヤコブの井戸に水汲みにやってきました。井戸のそばには、旅に疲れたイエスが休んでいました。ユダヤ人だったら口をきかないサマリアの女に、イエスの方から声をかけます。「水を飲ませてください」。
女は驚きます。「どうしてわたしに頼むのですか?」
こうしてイエスと女の水についてのやりとりが進みますが、イエスの語る意味と、サマリアの女の理解にズレがあり、話が通じません。
イエスは答えて言われた。
「この水を飲む者はだれでもまた渇く。
しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。
わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」
女は言った。
「主よ、渇くことがないように、
また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」
郡山司教の説教は、新しい視点を与えてくださいました。
「KY(ケーワイ)」という言葉を知っていますか? (昨年の流行語大賞を取った言葉です
ね。知っていますよ。)
空気が読めない。
そうです。わたしたちはイエスの空気が読めないところがあります。鈍いところがあります。考えや理解、思いが、イエスとすれ違っています。しかし、このすれ違いこそが、イエスがわたしたちに関わってくださる動機なのです。すれ違いがあったからこそ、イエスがいろいろと語ってくれたのです。イエスはこのすれ違いを埋めようとして語ってくだるのです。すれ違いを埋めようとしてイエスが語ってくださることが福音です。」
「すれ違いはすばらしい!」新しい視点をいただきました。毎日の人との会話や思いは、すれ違いばかりです。しかし、自己主張ばかり強くて、イエスのように相手を理解し、じっくり聞く姿勢が欠如しています。「そうか、今まですれ違いは悪いものと思っていたけれど、すれ違いはコミュニケーションのチャンスになるんだ……」と目が開かれたおもいがしました。新しい視点でした。
■郡山司教のブログ Ken's Page http://sdemo.net/pken
※写真は、2/23に行われたSIGNISインターネットセミナーでお話する郡山司教
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コメント
ブログを毎日拝見していて、力をいただいております。
郡山司教様のお話、さすが‥と、うなってしまいました。
”ケンズペ-ジ”をお気に入りに入れました。 天美霊
投稿 天美霊 | 2008年2月25日 (月) 17時13分
すれ違いはチャンス・・・郡山司教様のお話にはたびたびはっとさせられますね。新しい発想・視点で宣教に一生懸命なお姿をブログで毎日拝見しているKENファンのひとりです。
投稿 マリアクララ | 2008年2月25日 (月) 05時58分