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2008年2月27日 (水)

■神とともにあるモーゼ

「教会の祈り」の“読書”では、四旬節の間、第1朗読として「出エジプト記」が読まれています。

エジプトに住んでいたヨゼフの子孫のヘブライ人たちは、神の恵みによって数が増えていきました。それがエジプト人にとって脅威と感じたファラオは、生まれた男の子を殺したり、奴隷として過酷な労働を課したりしますが、人数が増えるのを止めることはできませんでした。苦しい生活から救ってくださいと訴える民の声を聞いた神は、王女の養子として育てられたモーゼを、イスラエルの民のリーダーとして選びます。モーゼは今までの生活をすべて捨てて、イスラエルの仲間と生きる道を選びます。

ファラオとの気の遠くなるやりとりを経て、モーゼたちはエジプトから脱出することができます。イスラエルの民は自由を求めて、神が用意してくださっている約束の地へ向かうのです。しかしそれは、砂漠を歩く過酷な長い旅でした。

神から選ばれたモーゼは、次々とおそってくる困難に文句を言う民の声を神に伝え、また神からの言葉を民に伝えて、何十万人という民を導いていきます。リーダーとして苦労するモーゼを、神は支え導きます。そして、「わたしがともにいる」という言葉を確かなものとします。

出エジプト記を読んでいくと、モーゼが神と親しく交わり、民の指導者として成長していく様子が伝わってきます。そして、今日読まれる「出エジプト記」(33章、34章)では、シナイ山で神と語ったモーゼの顔の肌が光を放っていると表現されています。神の思いを自分の思いとし、民の心を抱いたモーゼ。神の栄光をいただくようになりました。スゴイ!

「プリンス・オブ・エジプト」というアニメーション映画をご存じでしょうか? モーゼの姿を描 Prince_3 いたCGを駆使したアニメで、ホイットニー・ヒューストンとマライヤ・キャリーが主題歌を歌いアカデミー賞主題歌賞を受賞した作品です。宮殿で王子と兄弟のように育ったモーゼが、宮殿を出て、ファラオと敵対する苦しみが描かれています。

  信じていれば きっと奇跡はおこるのよ
  望みははなかくとも 決して消えることはないわ
  きっと手に入るはずなのよ
  信じていれば あなたはいつかきっと
  それを手に入れることができるわ
  信じていればきっと

神に選ばれた信仰の人モーゼ。彼の姿を追いながら、神により頼む者の生き方を見つめていきたいと思います。

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2008年2月24日 (日)

■新しい視点……郡山司教の説教から

今朝のミサは、昨晩修道院にお泊まりになった鹿児島教区の郡山司教が司式してくださいました。

読まれた福音はヨハネ4章の、イエスとサマリアの女とのやりとりを描いた美しい場面です。サマリア人は、ユダヤ人から異邦人としてさげすまれていました。ですから、サマリアの女は、人目を避けるように人通りの少ない昼に、ヤコブの井戸に水汲みにやってきました。井戸のそばには、旅に疲れたイエスが休んでいました。ユダヤ人だったら口をきかないサマリアの女に、イエスの方から声をかけます。「水を飲ませてください」。
女は驚きます。「どうしてわたしに頼むのですか?」

こうしてイエスと女の水についてのやりとりが進みますが、イエスの語る意味と、サマリアの女の理解にズレがあり、話が通じません。

イエスは答えて言われた。
「この水を飲む者はだれでもまた渇く。
しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。
わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」

女は言った。
「主よ、渇くことがないように、
また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」

郡山司教の説教は、新しい視点を与えてくださいました。

「KY(ケーワイ)」という言葉を知っていますか? (昨年の流行語大賞を取った言葉ですDsc03523 ね。知っていますよ。)
空気が読めない。
そうです。わたしたちはイエスの空気が読めないところがあります。鈍いところがあります。考えや理解、思いが、イエスとすれ違っています。しかし、このすれ違いこそが、イエスがわたしたちに関わってくださる動機なのです。すれ違いがあったからこそ、イエスがいろいろと語ってくれたのです。イエスはこのすれ違いを埋めようとして語ってくだるのです。すれ違いを埋めようとしてイエスが語ってくださることが福音です。」

「すれ違いはすばらしい!」新しい視点をいただきました。毎日の人との会話や思いは、すれ違いばかりです。しかし、自己主張ばかり強くて、イエスのように相手を理解し、じっくり聞く姿勢が欠如しています。「そうか、今まですれ違いは悪いものと思っていたけれど、すれ違いはコミュニケーションのチャンスになるんだ……」と目が開かれたおもいがしました。新しい視点でした。

■郡山司教のブログ Ken's Page http://sdemo.net/pken

※写真は、2/23に行われたSIGNISインターネットセミナーでお話する郡山司教

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2008年2月19日 (火)

■庭の春 みつけた!

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毎年心待ちにしている福寿草の花が咲きました。
この花が咲くと、「もうすぐ春が来るぞ!」と思うんです。
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毎年最後に花を開かせる梅の木も、つぼみがふくらんできました。菜の花も、かわいいつぼみをつけ、木瓜はもうすぐ花が開きそうです。
野牡丹や紫陽花は、やわらかな新芽を出しはじめました。
まだまだ寒いですが、庭には春の訪れが見えます。
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2008年2月14日 (木)

■喜びの司祭叙階式!

まだまだ空気が冷たい日々ですが、それでも、少しずつ春を思わせる空気を感じるようになってきました。春は卒業、入学、就職と、新しくスタートする喜びの季節ですが、カトリック教会でもこの時期は、司祭になるための課程を終了して、新しい司祭が誕生する喜びの季節です。司祭になる人が少なくなっている中でうれしいことです。

2月11日(月)、長崎教区では浦上司教座聖堂で、野濱助祭・山添助祭の司祭叙階式、と岩下神学生の助祭叙階式が行われました。
同じ日、福岡教区でも叙階式がありました。大名町教会で、佐賀教会出身の井手公平助祭の司祭叙階と十時(ととき)伸治神学生の助祭叙階(小倉教会出身)が行われました。佐賀教会のSさんから、叙階式の様子を知らせるメールが届きましたので、画像入りでご紹介します。

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「佐賀教会出身の井手神父さま(井手さんだの公平クンだのと呼んでいたのでなんかまだOoshiba2b ピンときません)の叙階式がありました。司式は鹿児島教区長の郡山司教様。

1,500人ぐらいの参列者だったそうで、カテドラルは人、人、人。感動・爆笑ありの、形式的ばかりでなくて、温かい式でした。
郡山司教様はとても愉快な方で、「雇われ司教ですが」なんて。
助祭叙階式も同時にあったのですが、出身が信者数2000という、小倉教会だったので、座りきれない信者さんたちのために臨時の椅子も用意されていました。(ちなみに「佐賀地区」の信者数が、2,300あまりです)
17日は佐賀教会で初ミサです。(^o^)

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新司祭、新助祭誕生が、出身教会の人々の喜びであることが伝わってくるようで、叙階式の緊張と心の底から出てくる喜びが伝わってきました。

4月29日には、わたしたちパウロ家族でも、叙階の喜びをいただきます。聖パウロ修道会の吉田助祭(四日市教会出身)の司祭叙階式が、東京・四ッ谷の聖イグナチオ教会で行われます。久しぶりの叙階式で、今からもワクワクしています。

叙階式は、春の太陽の輝くまぶしい光のように、神さまからいただくキラキラ光る喜びの日です。

■長崎教区のwebサイト
 http://www.nagasaki.catholic.jp/framepage1.html

※写真提供:佐賀教会の西田さん、大芝さん、行橋教会の小田崎さん

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2008年2月11日 (月)

■“のんびり~”も必要!

今年は、雪が多く気温も低い日が続いた東京ですが、連休最後の日の今日は、穏やかで春を感じさせる陽気でした。

上野の国立科学博物館で開催されている「世界遺産 ナスカ展」を見ようと上野に行きました。上野公園は、すごい人です。こんなに大勢、みんなどこへ行くのかしら、動物園かしら? と思いながら歩いていると、「ナスカ展にご来場のお客様は、こちらからお並びください。ただ今、待ち時間1時間です!!」という声が聞こえてきました。ええっ!? 大変だ! 導かれるままに進むと、入館を待つ人の列が公園の木々の間の小道に伸びていました。最後尾の看板に引き寄せられるように人が集まってきて、列はますます延びていきました。1時間ねぇ……どうしようかしらと迷ったのですが、ナスカ展はまた別の機会にしようということで、不忍池を散歩して湯島から地下鉄に乗って帰ることにしました。

上野のお山を下って不忍池に行ってみると、こちらもすごい人です。家族や友達と連れだって、屋台で食べ物を買ったり、ベンチでゆっくりとお話したり、ボートに乗ったりと、人々は温かい陽射しを浴びて過ごしていました。池の中の、杭の棒の一つひとつに留まっている鳥を見ながら、こちらの心ものんびりとなりました。

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子どもも大人も、週日は、忙しく活動している大都会の生活ですが、自然の中で、また人と人との触れあいの中で、のんびりと時を過ごすことは、大切なことですね。行き交う人々の笑顔を感じながら歩いた、上野・不忍池・湯島散歩でした。神さま、穏やかなひとときをありがとう!

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2008年2月 8日 (金)

■いのちの声を聴く

Sendai1 「大雪警報が出た」2月3日、女子パウロ会『どこから笑顔が-ホスピスでいのちに寄り添って』の著者赤井聖子さんの講演会「いのちの声を聴く~寄り添うこと~」に行ってきました。赤井聖子さんは、看護師さんです。
40人が入れるゆったりしたホールに、案の定、10分前になっても、参加者は私を入れて3人だけ。どうなることやら、と思っている内に、2、3人ずつ入ってこられ、結局、満席。ほっとしました。
今回の講演会は、今年8月に、日本カトリック医師会主催で、「病める人との対話を学ぶ」というシンポジウムが予定されており、シンポジストの1人である赤井さんの講演会を、カトリック医師会の仙台支部が、まず企画なさったのだそうです。
赤井さんは、ホスピスでのターミナルケアの体験を通じて、聴くことの重大さを話してくださいました。
その中で、ハッと気づかされたことなどを、お伝えしたいと思います。
「ホスピスと一般病棟の違いは、一般病棟では、患者の死は、敗北と受け取られるのですが、ホスピスでは、その人がその人らしく旅立つのを見送ることです。その点がいちばん大きな違いです」。
当然、考えたら分かることなのですが、この言葉を聞いたとき、ホスピス病棟の重大さ、その責任の重さにハッとしたのです。
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「終末期患者とその家族のお世話で、いちばん大切なことは、その人を理解することです。そのためには、傾聴することが必要です」。
「聴くということは、心を傾けて、心で聴き、心から受け入れる。心を込めて」とおっしゃいましたが、この言葉がいちばん心に、ジーンときました。
ターミナルケアの患者さんだけでなく、私たちが、誰かと接するときでも、「心を込め」ているかどうか、ということです。
傾聴ということは、「ベッドサイドに座り込むことであり、その人に関心を示すこと」。これは、立って話を聞いていては、患者さんは「ああ、この人はすぐに立って行ってしまいたいのだな」と思って、心を開いてくださらないのだそうです。
さらに、傾聴とは「言葉の背後にある感情に気づき、共感し、理解すること」。
確かに、私たちの人間関係を見ても、なかなか人は、ストレートに表現しませんね。まず、言葉の背後にある感情に気づかなければ、共感も理解もできないということです。
そして、「受け入れ」、相手にも「受け入れられている」と感じてもらうことが、大切で、これは、その人の感じている身体的痛み、社会的痛み、心の痛みを共有する、ということになるのです。
後半は、実際の事例を挙げながら、傾聴とはこういうことなのか、と納得いくお話でした。
パワーポイントで、整理され、よく準備されたお話で、参加者が一つひとつにうなずいている姿が印象的でした。
傾聴について、「ああ、そうだった!」という気づきと反省を呼び覚ます、すばらしい講演会でした。40人しか入れなかったのが、残念!
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参加者は若い人々が多く、質疑応答では、「3月に看護師になるのですが、希望はホスピス病棟です。でも、直接よりも他の病棟を経験してからの方がいいのでは、とお話を伺って感じましたが、いかがでしょうか」という質問や、実際、傾聴ボランティアをしているので、とても役だった、という感謝などが語られましたが、「聴く」ことが、現代社会にどれほど大切かということを、身につまされて感じた貴重な時間でした。

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2008年2月 6日 (水)

■東京の新名所“赤坂サカス”に、千住博の日本画が!

昨年の3月末、防衛庁の跡地に巨大な都市空間“東京ミッドタウン”がオープンして、一年が経とうとしています。いろいろなイベントで驚かせていただきましたが、早いものですね。そして今年、また新しい都市空間がはじまります。修道院の下の道路を東の方へ向かって歩いて10分足らずのところにあるTBS周辺の“赤坂サカス”がオープンします。

Dsc085291 TBS会館と赤坂ACTシアターのあった場所(丘のようです)に、高層ビルの“Bizタワー”、1,324の座席を持つ“赤坂ACTシアター”、ライブハウスの“赤坂BLITZ”、住居棟の“赤坂ザ レジデンス”などが建ち、この建物をつなぐ道“Sacas坂”“さくら坂”には、100本の桜が植えられるそうです。

ビルの竣工式を終え、建築工事のために閉鎖されていた「赤坂駅」3番口がオープンしました。改札を出ると目の前に開かれているのが3番出口ですが、そこ「TBSウェルカムホール」にある階段の壁面に、日本画家・千住博氏の作品「四季樹木図」が描かれています。先日、お披露目があり、妹の千住真理子さんがヴァイオリン演奏をしたそうです。千住さんの画は雄大で、しかし繊細で、心を静めてくれます。

春は大きなしだれ桜、夏の竹林と天の川、秋は黄金色に輝く銀杏の木、冬は葉の落ちた木立。毎日、この美しい絵を見ながら出勤できるなんて、幸せですね。

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“赤坂サカス”は3月20日、桜の季節にオープンです。六本木ヒルズや東京ミッドタウンと違って、どのような特長や新しい発見、自然との共生が描かれているのか、今から楽しみです。TBSの番組の生中継や、いろいろなイベントも用意されているようです。春の風を感じたら、みなさまも、お出かけください。

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     Sacas坂                          Bizタワー

「赤坂サカス」 http://sacas.net/index.html
千住博氏の作品「四季樹木図」 http://sacas.net/guide/index.html?senju

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2008年2月 4日 (月)

■チェチェンのハッサン・バイエフ医師が、ふたたび来日!

1994年からのチェチェン戦争のさなか、敵味方区別なく治療にあたり多くの人の命を救ったハッサン・バイエフ医師という形成外科医が「戦場の医師」として有名になりました。そのときの体験を書いた『誓い』という本が日本でも出版されました。バイエフ医師は、2006年の秋来日され、日本各地で講演会をして、あまり報道されないチェチェンについて知らP13102291 せてくれました。

このたび、バイエフ医師が医療研修医として再来日され、土・日を利用して、全国各地で講演会を開かれるということで、1月31日、記者会見が開かれました。

現在、バイエフ医師はご家族と一緒に米国のボストンに住んでいますが、この間に、3回、故郷のチェチェンを訪れたそうです。

チェチェンの街は、徹底期に攻撃を受けました。最初帰国したときには、まだがれきの街で、気持ちが落ち込んだということですが、3回目に帰国したときには、街はきれいに復興し、センターのような建物も建っていたそうです。それを見て、やはり心は明るくなったということです。

しかし、チェチェンの人々に目を向けると、親を亡くした子どもたちが多く、また、小児の先天奇形である口蓋裂の子が目立ったということです。チェチェン紛争前には、そんなにいなかったようです。バイエフ医師は、ひどい攻撃のためのストレスが原因ではないかと見ているそうです。米国に渡ったバイエフ医師は、ボストンにあるハーバード大学小児科病院形成学科で学び、オペレーション・スマイルという国際派遣医師訓練も受けているそうです。日本では、埼玉医科大学総合医療センターの形成外科部門で2か月の間研修し、日本の先進的な形成外科医術を学ぶそうです。

P13102301 チェチェンの病院は徹底的に破壊されましたが、現在ではずいぶんと修復され、医療機関として機能し始めているそうですが、まだまだ不十分だそうです。バイエフ師は、チェチェンの子どもたちのために、医療施設を充実させ、口蓋裂の手術をしたいという熱い思いを持っています。土日に行われる講演会では、日本の多くの人々にチェチェンについて知っていただき、交流を深め、医療機関充実のための寄付金もお願いしたいということです。チェチェンは失業率が80%で、医者、教師、建設業だけは仕事があるのですが、他の人々は苦しい思いをしています。医師の数も不足しているということです。
みなさまの熱いお心をお願いいたします。

バイエフ医師への寄付、またバイエフ師招聘資金の募金のご協力をお願いいたします。
   郵便振替:00180-6-261048
   口座:チェチェン連絡会議 …… 通信欄に「バイエフ」と明記してください。
ハッサン・バイエフ医師の講演会については、下記ホームページでご覧ください。
   「ハッサン・バイエフを呼ぶ会」http://tokyocinema.net/baiev.htm

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2008年2月 1日 (金)

■イエズス会総長になられたニコラス師

イエズス会の新しい総長になられたアドルフォ・ニコラス師は、上智大学神学部の教授として長い間教鞭を執っておられ、管区長としても働かれました。また、大学だけでなく、教会内でも、いろいろと活躍しておられました。わたしたちも神学の勉強会や講演会で、また修道院に来ていただいて宣教論などの講義をしていただいてお世話になりました。ていねいで、分かりやすいお話で、紳士的雰囲気がすてきな方でした。

アルペ神父と同じように、日本への宣教師から総長が選ばれたことに、わたしたちも喜びました。ま、日本の教会としては、損失かもしれませんが、世界の教会のための働きですから、喜んで送り出しましょう。

1/28のキリスト教@ワールドnewsに、ニコラス師についての記事がありました。日本での生活の体験を次のように語られたということです。

「アジアで奉仕する前には、宗教信仰と実践に関して堅い見解の持ち主だったが、日本では、そのような態度は偏狭であるとみなされる。アジア的な姿勢は様々な視点を受け入れる。日本でわたしは、本当の宗教ははるかに深いものであることが分かった」。

日本人の宗教観は独特です。他のアジアの諸国とも違った独特のものでもあり、また、アジア特有の宗教的感性の中にあるとも言えます。言葉と知性の西欧に対して、アジアは「腹で感じる」ことを大切にしますから。修道会の会議でイタリア人と話していても、彼らが言葉の文化であることを、ひしひしと感じます。この違いは、遠くの空から想像しているだけでは理解できないことで、日本に来て、この土地に立ってもらわないと分からないことかもしれません。もちろん、ニコラス師はもっともっと深い意味で「本当の宗教ははるかに深いもの」とおっしゃっているのでしょうけれど、土台が違うのは確かです。偉大なカトリック作家・遠藤周作は、文学をとおして日本人の身丈にあったカトリックを探求し、苦悶し、表現したのですものね。あの影響力のある修道会の総長になられた方が、そういういことを体で感じたと表現してくださったことに、うれしくなりました。

2万人という会員のトップとして、またそれだけに教会に影響力のある修道会の責任者として、たいへんなお仕事だと思います。身内から出た総長という親近感を持って、お祈りで応援したいと思います。

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