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2008年1月29日 (火)

■「コブクロ」の熱い思い

♪「消えそうに~、咲きそうな~、蕾が今年も僕を待ってるぅ~」
先週から、このメロディーが折に触れて頭の中に出てきます。1月25日の夜、NHKの「プレミアム10」でコブクロが取り上げられていました。その中で何回も出てきたのが、この曲「蕾」です。それ以来、すっかり頭の中にはまってしまい、テーマソングのように流れていまPink_rose1す。といっても、冒頭の部分だけですけれど……。

力のこもった歌い方と美しいハーモニーを聴かせるコブクロは、ご存じのように、この曲で 昨年の日本レコード大賞を受賞しました。「プレミアム10」は、昨年の全国ツアーを中心に、コブクロの180日間を追ったものでした。新曲のサウンドの作り方、また、必ず新曲を披露するというコンサートステージを作っていく熱のこもった話し合いやステージの準備を追っていきながら、その間に、ストリートライブ時代にはじめて出会ったときの互いの印象や、小淵さんがお母さんを思って作詞・作曲した「蕾」についてのお話などが織り込まれていました。

大阪で行った6回のコンサートでは6万人が、全国ツアーでは17万人がコブクロの音楽にひたりました。集まって来る人々へのインタビューから、彼らの音楽がたくさんの人々の心に響き、彼らの癒やしになっていることを感じました。コブクロは、新曲をまずコンサートで披露し、お客さんからの反応を反映させてレコーディングしていくという方法をとっているそうです。

先週から今週にかけて、ミサで読まれるマルコ福音書には、イエスの回りに群衆が押し寄せてきている場面が続いています。「おびただしい群衆が集まってきた(3.8)」「群衆がまた集まってきた(3.20)」「大勢の人がイエスの周りに座っていた(3.31)」イエスのうわさを聞いた人々があちこちから押し寄せ、身動きもとれないほどだと書いてあります。人々は、イエスに何を求めて集まって来たのでしょうか。

尾崎豊やZARDの坂井泉水がそうであったように、数え上げたらキリがありませんが、歌は多くの人々を救っています。そして、今、コブクロの歌も多くの人の心に語りかけて癒やしと平和を与えています。疲れている現代社会の人々に、愛である神を知らせたい……。私たち女子パウロ会はイエスの働きの継続として宣教活動をしているのですが、果たしてコブクロのように人々の心に届く何かを出しているのだろうか……と、「蕾」のメロディーを聞きながら思っています。

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2008年1月24日 (木)

■カミーノ・デ・サンティアゴ

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東京ミッドタウンにある富士フィルムフォトサロン1階ギャラリーで、南川三治郎氏の「日・欧巡礼の道」展-欧州編 カミーノ・デ・サンティアゴ-が行われていると聞き、行ってきました。
12使徒の一人である聖ヤコブ(大ヤコブ)の遺骸のあるスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラは、キリスト教の三大巡礼地に数えられています。中世の時代から、この地を目指してたくさんの人たちが巡礼してきました。1993年には世界遺産に登録されてからは、特に人気を集めています。
そんなサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路を、紹介した写真展が「カミーノ・デ・サンティアゴ」です。150点もの写真が展示されているそうです。
杖を手に、重いリュックを背負って、細い山道を歩き続ける人。静かな山の上に建つ礼拝堂。古い町並み。神々しい数々の聖像。素朴な巡礼路の村人たち。歩き疲れた顔にあふれるほほえみ。そして、巡礼者たちをやさしく迎えるサンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂。
どの写真を見ても、忙しい生活の中で私たちが忘れている、大切な何かを感じさせてくれます。
いつか、私も巡礼したいなと思いつつ、写真での巡礼を楽しみました。
写真展は31日まで、お近くの方はぜひ行ってみられませんか。

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「日・欧巡礼の道」展-欧州編 カミーノ・デ・サンティアゴ
 開催期間:2007年12月28日(金)~2008年1月30日(水) 11:00~20:00
 Webサイト:http://fujifilmsquare.jp/detail/071228.html

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2008年1月23日 (水)

■雪景色

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東京に今年2度目の雪が降りました。ニュースを見たら、東京の雪景色は2年ぶりだそうです。
雪に弱い東京、交通機関などに雪による影響が、出ないと良いのですが・・・。
この雪で、修道院の庭も真っ白になりました。さっそく庭に出て、久々の雪景色を撮りました。
白い雪を見つめていると、やはりこの詩篇が浮かんできました。

  ヒソプの枝でわたしの罪を払ってください
  わたしが清くなるように。
  わたしを洗ってください
  雪よりも白くなるように。
              (詩篇 51.9)

今年は、2月に入るとすぐ、灰の水曜日です。
この雪のように、一足早く私たちを清めてくださるようにと祈ります。
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2008年1月20日 (日)

■鹿児島 ザビエル書院

Kagosimal01 12月に教会とキリシタンの取材で鹿児島に行ってきました。
鹿児島教区のカテドラルでもあるザビエル教会には、ザビエル書院があります。
1995年3月に本会が鹿児島修道院の閉鎖するまでは、ここで宣教にあたっていました。今は信徒の方が宣教にあっておられます。
私たちが書院を訪ねると、温かく迎えてくださいました。今でも、私たちが書院をしていた時の本棚を使っておられると聞き、なんだかとてもうれしくなりました。
この書院でちょっとおもしろいものを見つけました。
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鹿児島教区特製グッズとでも言ったらよいのでしょうか、フランシスコ・ザビエルの鹿児島上陸像、ザビエル滞鹿祈念碑像、ザビエル像、それにザビエルとキリシタンで種子島に流されたカタリナ永俊尼の起き上がりだるまです。どれも、手作りの味のあるユニークなものばかりです。価格も1000円程度で、鹿児島の巡礼の記念にピッタリのグッズといったところです。
司教様もお薦めのグッズとか・・・。
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鹿児島を訪れられた際にはぜひ、ザビエル書院にも足を運んで、鹿児島ならではのご像をご覧になってください。

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2008年1月16日 (水)

■「今のままじゃ、あかんのや!」

修道会では、11日から「拡大顧問会」という会議を本部で行っています。これは、昨年の9月にローマで行われた総会で出された向こう6年の修道会の歩みを方向づける「優先事項」を受けて、これから日本管区ではどう歩んでいくのかを考える会議です。

Dsc084651 女子パウロ会固有の使命である「社会的コミュニケーションの手段をとおして行う福音宣教」を、インターネットや携帯電話の普及など大きく変化したコミュニケーション文化の中でどう果たしていくか、人々にどのように出会っていくかを模索しています。使徒職でも、生活でも、養成でも、私たちが大きく変わる必要を感じる中で開かれている会議です。

月曜日に放送された朝ドラ「ちりとてちん」で、主人公のお母さんのセリフが、とても印象的でした。先代の後を継いで塗り箸職人になったお父ちゃんの塗り箸がなかなか売れず仕事に行き詰まってしまいます。お母ちゃんは、大手の塗り箸工場と合併するよう勧めますが、今までのやり方に固執しているお父ちゃんは、兄弟子でありながら先代から受け継いだ伝統の塗り箸を工場生産にした社長への反発から、その話を拒否します。お父ちゃんの頑固さに業を煮やしたお母ちゃんは、家出してしまいます。娘婿に家出先で見つけられてしまったお母ちゃんは、「なぜ家出したのか」という問いに、こう答えます。

「お父ちゃんは、先代を超える立派な職人になると信じている。けどぅ、今のままじゃ、あかんのや。何かしないとあかんのや!」
「何かて、何や?」
「それがわかってたら、何かって言わんわ!」

まさに、私たちの今のことばだと思いました。何かをしないといけない。宮崎県東国原知事の「どげんかせんといかん」の心境です。

福音を宣べ伝えるためにすべての人のためにすべてとなった聖パウロが、この会議を導いてくださいますように。

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2008年1月13日 (日)

■「これはわたしの愛する子」---主の洗礼

今日は「主の洗礼」の祭日でした。お生まれになったイエスは、もう大人になり宣教活動を始めましたよ。早いですね (^^; 今日読まれた聖書はマタイで、洗礼者ヨハネとのやりとりが描かれ、マルコやルカより長いテキストとなっています。Jsenrei001

イエスはヨハネから洗礼を受けようとヨルダン川にやってきました。しかしヨハネは、イエス に 洗礼を授けることを拒み「自分こそあなたから洗礼を受けるべきだ」と言いました。それに対してイエスは「今は止めないでほしい。正しいことをすべきだ」と言ってヨハネから洗礼を受けます。

神は洗礼を受ける必要がないにもかかわらず、他の人々のようにヨハネの前にひざまずきます。どうしてでしょう。人間としての姿を示すためでしょうか……。その後、神は天を開いて聖霊を与え「これはわたしの愛する子」とイエスについて語ります。

川の流れの中で行われたイエスの洗礼では、イエスの人間性と神性が示され、さらに、父と子と聖霊という三位一体の神の姿も啓示され、神の世界が描かれている壮大な場面となっています。

「洗礼」ということの意味もよく知らないまま、「お恵みがいただけるから……」ということばを聞いて洗礼を受ける決心をしたことをなつかしく思い出しました。人間の側からは神に守られていることを忘れていても、神はいつも一人ひとりをその手の上に置いてくださっていることを感謝しなくてはと思いました。

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2008年1月11日 (金)

■やっと咲いた梅の花

修道院の門の横に、一本の梅の木があります。日当たりがいいのか、毎年、年の暮れから咲き始め、1月も半ばになるとその紅色の花でいっぱいになるのですが、今年は、まだ咲きません。つぼみも固く結んでいるかのように見えます。どうしたのかしら……と思っていたら、今朝、紅色を開かせている一輪を見つけました。「よかったね。咲いたね」と近づいてみると、あちらに一輪、こちらに一輪と見つけ、いくつかのつぼみも大きくなって紅色をのぞかせていました。

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デジカメで撮影していたら、通りがかりのシスターが近づいて来ました。「ああ、やっと咲きましたね。温暖化の影響かなって、話していたんですよ」「去年、寒さが足りなかったのかしらね」「そう、咲くためには、寒さが必要なんだそうですね」

数日前の新聞に、「温暖化の影響で……気温4℃上昇」という見出しがあったような気がします。昨日試写会で見た、モンゴルを舞台にした映画「トゥヤーの結婚」でも、羊の遊牧のために牧草地が砂漠化し、井戸の水もひからびてしまい、家族の死活問題になっていました。

ちょっと遅かったけれど、待っていた梅が咲いてうれしい一日でした。

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2008年1月 9日 (水)

■「そばを通り過ぎようとされた」

今日の福音(マルコ6.45~52)では、湖の上を歩くイエスと、それを見て脅える弟子たちとMt14241_4やりとりが描かれています。

湖の向こう岸に渡るために舟に乗った弟子たちは、逆風のために進むことができずにい ま す。夜が明けるころ、その姿を見たイエスは、湖を歩いて弟子たちのところまで来ます。そして舟のそばを通り過ぎようとされます。

一晩中、舟を漕いで疲れた弟子たちは、もうろうとしていたのかもしれません。ねぼけた目に映ったのは、風の中、湖の上を歩いて近づいてくる人でした。「ええっ、何だ? 幽霊か? ワァァ! 助けてくれぇぇ!」となったのでしょうか、「大声で叫んだ」と書いてあります。

Mt14242 それにしても思うのは、イエスが「通り過ぎようとされた」ということです。どういうことなのかしら……と思いました。弟子たちは「パンの出来事を理解せず、心が鈍くなっていたから」、イエスが湖の上を歩くのも、イエスが舟に乗ったら強い風がおさまったことも理解できませんでした。

エマオに向かう2人の弟子たちが、イエスがいっしょに歩いてくださっていてもイエスだとはわからなかったようなように、わたしの日常生活の中でも、「イエスがそばを通られる」ことがあるかもしれません。そのとき、「あっ」と感じることができるかどうか……。神の呼びかけはささやかです。神の働きを受信する心のアンテナを敏感にしていたいなと思いました。

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2008年1月 6日 (日)

■主の公現……宇宙的な広がり

今日は「主の公現」の祭日でした。イエスが神の子として公にされ、イエスによって神の栄光が輝いたというとても大切な日です。幼子イエスは3人の占星術の学者たちの訪問を受 Dsc083141_2け、その姿を公にされたのです(マタイ2.1~12 聖書の中で3人とは書いてありませんが…)。今朝の聖イグナチオ教会のミサの説教で、今日の日について分かりやすく話してくださいました。

「学者たちはイエスに何を見たのでしょうか。マタイ福音書では、彼らは贈り物の黄金、乳香、没薬(もつやく)を宝の箱に入れて旅をしました。星が止まった場所にある家の中に入って幼子を拝み、贈り物をささげました。その贈り物は、何を意味しているのでしょうか。

最初は黄金です。黄金は金属の中の王です。イエス・キリストの王性を拝んだことを意味します。2番目の乳香は礼拝のために使いました。かぐわしい香り、神に祈りをささげるときに用います。つまり、イエスの神性、イエスが神であることを現しています。3番目の没薬。昔、もつ薬の利用は、死者のためでした。イエスが亡くなったとき、婦人たちが没薬を持ってきてその体に塗りました。没薬はキリストの人間性を現します。

天使たちの歌が終わり星が消えたとき、3人の博士が帰り、羊飼いたちも家に帰りました。さあ、今度はわたしたちがイエスに贈り物を差し上げる番です。重荷からの解放と平和をもたらすために。」

主の公現って、大きな規模のことなのですね。神が人となってこの世に来られたのですから、確かに大規模なことですが…。また遠くから星が導いたのですが、それ以外のことでも宇宙的な規模ですよね。映画「マリア」でも、占星術の学者たちの旅が一つの大切な流れになっていました。ユダヤのことだと思っていたら、誕生のときから遠い異国の人にまで影響していたイエスの誕生でした。たくさんの人の訪問を受けたマリアとヨセフは、いったいどのような思いで過ごしたのでしょうか? 

※写真は、聖イグナチオ教会の馬小屋(左から3人目は羊飼いです)

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2008年1月 4日 (金)

■今年もよろしくお願いいたします。

新年、明けましておめでとうございます。Shinai0021

寒気に見舞われた年の初めでしたが、みなさま、よいお正月をお迎えになりましたか? おかげさまで、わたしたちも、平穏なお正月を過ごさせていただきました。

今年は7日が仕事始めという方も多いのではないでしょうか。わたしたちは(と言っても東京の場合ですが)、4日が仕事始めです。この日は、毎年恒例の東京修道女連盟の集いがあります。東京教区(東京都、千葉県)のいろいろな修道会のシスターたちが一堂に会し、講演を聴き、親睦を深めます。この集いに参加すると、一年が始まるぞ~~という感じです。他の修道会のシスターたちと会うと、元気が出てきます。かつて一緒に勉強した仲間と出会ったり、使徒職でお世話になったシスターと出会ったりで、賑やかです。修道会内の話になると、「あら、シスターたちもそうなの、うちもよ……」と会話がはずみます。会は違っても同じ道を歩む者としての連帯感でしょうか? うれしいひとときを過ごします。

今年の講師は磯村尚徳(いそむら ひさのり)氏で、「2008年の世界-希望と不安-」と題して、過去の歴史の延長線上として未来を見る必要があるということから、いろいろな世界の状況をお話しくださいました。世界の中の日本、アジアの中の日本として日本を見ること、また、環境問題がこれからは避けられない大きな課題になるという挑戦をいただきました。キリスト者として、修道者としてどのようにするかは、これからの課題です。

ここの集いで、ギアを切り替えて、さ、今年もがんばりましょう、と言いたいところですが、今年は、すぐ土日ですね。この切り替えの気持ちをつなげて、7日からがんばりましょう。
ブログ「シスターのつぶやき」をご覧の皆様、今年も、どうぞよろしくお願いいたします。

お知らせ
現在、女子パウロ会のwebサイトおよび携帯サイトの“Laudate”が稼働していません。原因を調査中です。ご迷惑をおかけしますが、しばらくお待ちください。

※写真は、シナイ山の日の出

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