■いかに生きているか
11月も半ばを迎え、教会の典礼暦も終わりに近づいてきました。「王であるキリスト」の主日に向けて、毎日のミサで朗読される聖書の内容も「終末」への色合いが濃くなっていき、私たちを最後のときのために準備させてくれます。
11日の日曜日に読まれたルカ福音書では、復活について語るイエスと、復活はないと信じているサドカイ派の人々のやりとりが読まれました。聖イグナチオ教会のミサで、アルフレッド神父がとても分かりやすいお話をしてくださいました。私たちは「復活」と言われても、どういう状態なのか分かりませんが、イエスやマカバイ記の朗読から分かるのは、復活とは永遠に神と共に生きる状態だということで、それは、今の生活と違うということです。
サドカイ派の人々が出している「復活」の世界は、結婚という日常生活の延長です。それに対してイエスは、復活の世界は新しい次元で、今の生活の延長ではないと言っています。まったく新しいいのちのあり方なのです。神父さまは、「『復活』を簡単に生活の延長上のことしてとらえず、しっかりと考えて自分の確信として持っていたい」と締めくくられました。
今週読まれている第1朗読の『知恵の書』では、神に従って生きてきた者の終わりのとき、つまり死のことが語られています。先日、お亡くなりになったイエズス会の中井充神父さまは、最期に「アーメン」と言って息を引き取られたということです。主への信仰宣言であることばで人生を締めくくることができるなんて、なんと幸せなことでしょう。「人は生きてきたように死ぬ」と言います。今の私の生き方はどうなのか、新しいいのちの世界に入れてもらえる時を見据えながら、自分の心のあり方をじっくり見つめたいなと思いました。
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コメント
死がどうしようもなく悲しいものに
思えるとき、カトリックの復活信仰に
慰められる気がします。
主に助け起されるのかも。
生きてきたように死ぬとしたら
現状維持では、、、困るのですが
よい死を迎えるように
祈るだけです。
投稿 しほみ | 2007年11月16日 (金) 20時41分
来年の手帳を買いました。
サマリアの女とイエス様の絵です。
この場面が好きなので迷わず買いました。
私が与える水を飲むものは決して渇かない・・
今も、そして死を迎えるときも、共にいて下さいますように。シスターのブログで助けられています。
忙しい季節になりますが、頑張りたいと思います。シスターもどうぞ、お風邪など引かれませんように・・
投稿 里子 | 2007年11月14日 (水) 21時39分