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2007年8月13日 (月)

■戦後62年を迎えて

 8月6日、9日の原爆投下の日を終え、15日の終戦記念日が近づいてきました。各放送局では、それぞれ特別番組を放送しています。

 今晩の「ニュース23」では、3夜連続の終戦特別企画「終わらない戦争」が設けられました。1回目は、語り続けなければいけない戦争として、「きけわだつみのこえ」を書いた、中村徳郎さん克郎さん兄弟を取り上げていました。二等兵で入隊した中村徳郎さんは、軍隊で日記を書いていましたが、上官の検閲を受けるため本心が書けないと、戦車の中でもう一冊の日記を書きました。最後の面会の日に、弟の克郎さんは兄からこの大切な日記を託されました。これを読んだ克郎さんは、全国に呼びかけて兵士たちの手記を集め『きけわだつみのこえ』を出版しました。わだつみの活動は、今、克郎さんの娘さんに引き継がれ、克郎さんが平和を求めて収集した10万冊の本とともに、後世に語り伝えようとされています。

 NHKでも、昨晩はドラマ「鬼太郎が見た玉砕」が放送されました。「ゲゲゲの鬼太郎」を書いた水木しげるさんの戦争体験と、漫画「総員玉砕せよ!」の執筆とを並行して語られました。ラバウル戦線での不条理な玉砕のやりとりが展開されていました。一人ひとりの大切ないのちが軽く見られていたことがなんとも悔しい現実でした。

 その後、教育テレビにチャンネルを回すと、「“昭和”と格闘した作家、城山三郎」が語られていました。その中で取り上げた一冊に『落日燃ゆ』がありました。東京裁判で、ただ一人文官としてA級戦犯とされ絞首刑にあった広田弘毅を追って書いたものです。広田は、軍部たちが自己を守ろうとしている中、法廷で一切自己弁護せず、死んだ後は、家族にも一切自分について口外しないようにと固く誓わせました。その潔い生き方を描いたものでした。

 毎年、この時期になると戦争について考えるために、いろいろな番組が企画されますが、毎年進歩しているように思います。いろいろな資料が年を経るにしたがって公開され明らかになっていく部分が出てくるからでしょうか。また、高齢になって、語り伝えなくてはいけないと思う人が出てくるからでしょうか。

 城山三郎、水木しげる、中村徳郎・克郎兄弟ら、たくさんの先人たちが伝えようとして執筆してくれた書籍を、大切な遺産として受けていきたいと思います。一冊一冊、時間をかけ大切に読み継いでいきたいと思いました。

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コメント

こんばんはシスター はじめまして。初めての方にと思いましたが、私的には(戦争)ということがもはや62年を経ても、いやますますシスターのお言葉では“進歩”していることに驚きを隠せません。戦後62年でネット検索、シスターのブログを拝見し、もう少し深いところをお聞きできたらと思いました。そこで・・・おそらくこの戦争とは、第二次世界大戦、太平洋戦争、大東亜戦争のことであろうと思います。われわれ日本人が体験した戦争はこの戦争だけでありません。日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、古くは豊臣秀吉の朝鮮出兵etc.
 (戦争)ということを考えることと(戦場)での悲惨さを考えること
は、別のことではありませんか?死は悲惨なことですか。シスター死は悲しいことですか。肉親の死を受け入れるためにはどうすればいいのですか。それは時間、月日、年月ではありませんか。今、年々歳々その死が新しくなっていったらどうすればその悲しみから逃れることができるのですか。
 教えていただけますか。

投稿 ヤブタ | 2007年8月17日 (金) 22時05分

先日「はだしのゲン」のドラマ版を見ました。中井貴一さんの強くてしっかりしたお父さん像にも感動しましたがゲンや進次(後の隆太)役の二人もいい演技だったと思いますが、やはり君枝役の石田ゆり子さん(この方はクリスチャンホームであります)の言葉ひとつひとつが胸につまりました。「もっと戦争が早く終結してれば広島や長崎に原爆が落ちなくてすんだのに」

「佐賀のがばいばあちゃん」の作者である島田洋七さんも、佐賀に疎開しなかったら家族全員が原爆の犠牲になってしまい、洋七さんもこの世に生まれて来なかったと「かぁちゃんに会いたい」と言う本に書いてありました。
今日は聖母マリアの日です。今日終戦日になったのも不思議な偶然だと私は思います。

投稿 セシリア | 2007年8月15日 (水) 15時58分

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