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2007年7月29日 (日)

■神との親しさ

 今日のミサの第1朗読は「創世記」18章20~32節で、アブラハムの取りなしの祈りでした。「正しい者が50人のために、町をお赦しにはならないのですか」「50に5人足りないかもしれません……」「40人しかいなかもしれません」「いえ、30人かも……」「もっと少なく20人かも……」神に救いを求めるアブラハムは、謙虚に少しずつ願いながら、とうとう「10人のためにわたしは滅ぼさない」という神の言葉をいただきます。

 聖イグナチオ教会の7時のミサの中で、バンバン神父は、「このように神に願うのは、アブラハムと神との親しい関係があったからである」「初対面のときの会話は、あいさつとか表面的な言葉のやりとりだが、その人との関係が親しくなれば、きれいな言葉をかわさなくてもよくなり、思っていることを語り合うようになる。……神との関係も同じで、親しみのある信仰が日々の祈りを育てる」とおっしゃっていました。

 私は、神との距離を、どの程度にしているのだろうか……としばし思いをはせました。「何でも祈り」というほど親しくは語ってはいない、しかし、ふっと神のふところに入っているようなホットしたというか、手放してしまったような思いのときもある。……えっ、それって眠っていたのではないか、ですって? う~ん、ここが難しいところです。ま、ともかく、神の方からは親しくしたいと戸をたたき続けてくださっているのですから、私の方も信頼を強くし、心を開けて「アッバ、父よ」と親しく語り合いたいと思います。

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2007年7月28日 (土)

■ただ無事を祈るのみ

 アフガニスタン東部で、タリバンに拉致された韓国のキリスト教のボランティアグループ、心配です。善意で行った人々が、こういう厳しい状況に遭わされるというのは、なんとも耐え難いものです。韓国の人々もどんなにか心配して、心をあわせて祈っていることでしょう。

 思えば日本の私たちも、同じ辛い経験をしました。高遠菜穂子さんたち3人が、そして、安田純平さんたちが。彼らは、帰国できましたが、香田証生さんは帰らぬ人となりました。2004年の出来事です。「自己責任」という厳しい反省を求めた人もいましたが、多くの人々は、彼らのために無事救出されるよう祈ったことでしょう。あのときの不安な日々を思い出すと、同じ思いを今している韓国の人々のために一生懸命祈らなくてはと思います。祈ることしかできないのが、悔しいですが……。

 あれから3年経つのに自爆テロはやまず、いつになったら安心して暮らせるようになるのでしょう。主よ、亡くなった牧師さんを天国へ迎え大きな恵みで満たしてください。そして一日も早い解放をお与えください。

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2007年7月25日 (水)

■私たちもコンビニ生活

 現代人の生活になくてはならないものに、コンビニがありますが、私たちも、コンビニを便利に使わせていただいております。というのも、修道院の下の道にでると、ローソンがDsc054051あるか らなのです、乃木坂の駅へ行く途中にあるので、お弁当が用意できないときは、行きがけに昼食を買って地下鉄に乗っています。急にお客様が来たときも、ケーキやデザートを買いに坂を下ります。

 店頭商品の買い物だけではありません。夜、お店が開いているということが助かるのです。いつだっ たか、編集部のシスターが、急に出張に行かなくてはいけなくなり、飛行機のチケットを購入する必要が出てきました。それは特割チケット期間の最後の日の夜でした。その日のうちに代金を支払えば安いチケットが購入できるということで、急いでインターネットで予約して、それ行け、コンビニへ。すでにしまっている修道院の門の鍵を開け、坂道を走りくだってローソンへ。日付の変わるギリギリで特割チケットを入手することができました。これも24時間開いているコンビニのおかげ。その他、amazon.comなどのインターネットでのお買い物、携帯電話料金などの支払いが、すぐ近くで、時間制限なくできるのでほんと便利。もちろん、ポイントカードも作って、ポイントを貯めています。

 これもコンビニが近くにあるからなのですよね。助かっています、コンビニ。

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2007年7月23日 (月)

■「あなたたちは静かにしていなさい」

 ミサで読まれる第一朗読ですが、今、出エジプト記が読まれています。先週は、エジプトから脱出するために、ファラオから許しを得るためのモーゼの努力の数々が読まれました。そして願いがかないモーゼたちはエジプトを出ます。モーゼ率いるイスラエルの民は、壮年男子だけでおよそ60万人であったと12章には書かれています。女性、子ども、そして家畜などを合わせると、ものすごい数です。ヨゼフのもとへやって来た父ヤコブと兄弟たちは、400年以上をエジプトで過ごし、こんなに大きな民族になりました。

 今日読まれた14章では、エジプト王ファラオが一旦は許可したモーゼたちの出国に対する考えを変え、労役である彼らを取りもどすために軍隊を遣わします。葦の海を前にして、強力な軍隊が追ってくるのを知ったイスラエルの民は、恐怖におののきます。「なんのために、エジプトから導き出したのか。死なせるためか。こんなことだったらエジプト人に仕えているほうがましだったのに」とモーゼに怒ります。そこでモーゼは答えます。

 「恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい。……主があなたたちのために戦われる。あなたたちは静かにしていなさい。」(14.13~14)

 朗読を聞きながら、なんてきれいな言葉だのだろうと思いました。毎日の生活の中で、大小のいろいろな困難がやってきます。あたふたとしてしまったり、「ダメだ!」と落胆してしまったりします。しかし、この出エジプトという出来事が神のイニシアティブによるものだと知っているモーゼは、動揺する民を説得します。「神が行っている業なのだから、神がわたしたちを守ってくださる。わたしたちのために、神がよい方向へ導いてくださる。あなたたちは、心を静かにして、ただ神に信頼しなさい。」モーゼも、神との数知れないやりとりの中で、この確信を得ていきました。

 イエスが最後の晩餐を前にして弟子たちに語った「心を騒がせるな。神を信じなさい」(ヨハネ14.1)という言葉を思い出させます。心をあたふたとさせている状態では、神のなさり方は見えてきません。神を信じると言っておきながら、目の前のことに動揺しているとき「恐れるな。静かにしていなさい。神がよいようにしてくださるから」と言ってくれる人がいたら、どんなに救われることでしょう。何か心配事が起きたとき、まず心を落ち着かせ、そして祈る。

 「あなたはこのことをとおして、何を呼びかけていらっしゃるのですか?」と神に問いかける静かな心を育てたいと思います。

 追伸:DVD「プリンス・オブ・エジプト」を見たくなりました。

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2007年7月21日 (土)

■大都会の中の静寂

 東京ミッドタウン、まだまだ、人気は続き平日でも大賑わいのエリアです。以前にもご紹介しましたが、ミッドタウン効果で周辺も変わりました。元防衛庁の塀の中にあった緑地と桧町公園がつながって、新にできた日本庭園。植えられた草木も土地に定着し、そして公園自体も地域に定着して、朝は人間と犬のお散歩、そしてジョギングをする人々に利用されています。それこそ“ミッドタウン”にあって、憩いの場、オアシスとなっています。

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  休憩所

 その中にある池のほとりの休憩所にたたずむと、なんとも心が落ち着きます。池の水面は、鏡のようにミッドタウンの高層ビルを映していますが、周囲に植えられた低木や草花が、ビルと異空間を作っていて、心地よさを妨げられることはありません。「ふぅ~~~」と腰をおろして池を眺めていると、一つ二つと咲いた小さなハスの花が見えてきました。作られた空間であるにも関わらずホッとしてきます。大勢の人が右往左往している喧噪のビルはすぐそこなのに、ここは異空間、静かです。「温暖化を助長する!」とか「自然を壊して!」とニョキニョキのびる高層ビルに反対してミッドタウンをよく思っていなかったのですが、憩わせていただいてるので、文句は言えなくなりました。

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             休憩所からの眺め 

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2007年7月19日 (木)

■六本木チャペルセンター

Dsc053541  今朝は、六本木チャペルセンター(正式名:フランシスカン・チャペルセンター)の7時のミサに行ってきました。六本木チャペルセンターは外国人が多い教会で、日曜日ともなると、まるで外国に行ったようです。チャペルセンターに電話をすると「ハロー」と英語であいさつされます。10月に行われるバザーには、日本と違った独特の雰囲気があります。東京メトロ日比谷線の六本木駅を出て、俳優座の先の信号を入ったところにあり、周囲にはすてきなマンションが建ち並び、外国人の多い地域です。

 かつて、海外から日本にきた宣教師たちの日本語学校がありました。イタリアから来た女子パウロ会のシスターもここで学んだことがあるそうです。隣接して聖フランシスコ会の修道院「ヨゼフ修道院」があり、茶色の修道服に身を包んだフランシスコ会士が司牧しています。

 久しぶりにミサに行ったのですが、入祭の歌をうたいながら、祭壇の前に進んできた修 道服の茶色のかいま見える祭服を着た司祭たちを見ながら、なんだか気持ちがホッとしDsc053521_1ていくのを感じました。祭壇を囲んで三方に会衆席がある聖堂も開放的ですが、なつかし い感じがしたのです。ミサにあずかりながら、なぜかしら……と思っていました。

 フランシスコ会士は、聖フランシスコのように、自然とお友達です。以前、説教で、畑に捨てた残飯の話から福音に結びつけていった話を思い出しました。「やあやあ」と気さくで、のんびりとした雰囲気があります。「小さい兄弟会」という名がついているように、わきあいあいとした兄弟的雰囲気も特長です。ミサに行っただけで司祭たちとかかわったわけではありませんが、「そこにいていいんだよ」という感じで、神のふところに入れていただいている気持ちでミサにあずかりました。

追加:刺繍の祭壇布が、とてもきれいでした。

※“Laudate”「教会をたずねて」:フランシスカン・チャペルセンター

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2007年7月17日 (火)

■池田神父さま、金祝おめでとうございます!

 聖パウロ修道会では、お祝いが続きます。昨日は池田敏雄神父の、司祭叙階50周年を祝って「感謝のミサ」と祝賀会が行われました。私たちも、ミサやゆるしの秘跡で、大変お世話になっています。信徒たちの指導もしておられ、たくさんの修道者、信徒がお祝いに集まりました。

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 池田神父は、バラの花の刺繍がある、とてもきれいな祭服を着ていらっしゃいました。ミサが始まって、池田神父が50年の歩みを感謝した言葉をのべられたとき、感激の涙を浮かべていらっしゃいました。その姿を見ながら、はかりしれない思いがおありなのだろうなと思いました。

 お説教では、来日した当初の会員たちの貧しい生活、しかし、摂理がたくさんあり、神への信頼を強くするため、信仰に生きるために、貧しい方がいいことを教えられたこと。つまり、聖パウロ会は“ベツレヘムの洞窟”の中から生まれたということから始まって、聖パウロ修道会の日本の歩みを話してくださいました。その後、池田神父は祭壇の前に立って誓願を更新されました。

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 池田神父は、1928年宮崎県に生まれ、1946年11月に東京・四ッ谷の若葉修道院に入会されました。1952年に終生誓願を立て、1957年、ローマで司祭に叙階されました。その後帰国されてから、執筆活動に専念され、たくさんの著書と訳書をお出しになり、雑誌などへの寄稿は数しれません。上下2冊になっている聖人伝は、池田神父の代表的な著書ですが、日々聖人が誕生していく教会にあって、「新しい聖人を加えた聖人伝をはやく書いてくださいね。神父さん、待ってますよ!」と、編集長である司会の鈴木神父から催促されていました。池田神父はいつものように、「おぉ、おぉ」と言いながらニコニコとうなずいておられました。

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                           若き日の池田神父

 池田神父の喜びと感謝の気持ちがにじみ出ていて、また、仲間の司祭・修道士たちが、共に祝い喜んでいるという思いが伝わってきた、温かい感謝のひとときでした。池田神父の富士登山は有名ですが、その他、語学、音楽、体力作りと趣味が多様な神父さまです。池田神父さま、これからもお元気で、たくさんの本を書いて、私たちを教え導いてくださいね。

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2007年7月15日 (日)

■すべては神の計画の中

 先週の水曜日から、ミサの第1朗読で、旧約聖書「創世記」のヨセフ物語の後半が読まれました。波瀾万丈のヨセフの生涯は、絵本になったりして読み物としてもおもしろい内容です。その劇的な人生の展開の中に、神との関わりが根底にあることが示されています。木曜日は、45章が読まれました。

 45章までのお話を簡単に説明すると……。
 ヨセフには、母親が違う兄たちが大勢いました。父ヤコブは、ヨセフが年老いてできた子なので、とてもかわりがり、特別の服を着せていました。兄たちは、そのためにヨセフをねたむようになります。またヨセフが、両親や兄たちが自分にひれ伏す夢を見たのも気に入らなかったので、兄弟で羊の群れを放牧していたとき、兄たちはヨゼフをだましてラクダの隊商に売ってしまいました。エジプトに連れてこられたヨゼフは、夢を解く才能が幸いして、ついには王の信頼を得、エジプトの支配を任される高い地位に就きました。

 あるとき、世界中におよぶ大きな飢饉がやってきました。しかしエジプトは、ヨセフの先を見る目と、賢い穀物管理によって穀物をたくさん備蓄していました。食料のなくなったヤコブは、穀物を買うために息子たちをエジプトに行かせます。嘆願にきた彼らの姿を見たヨセフは、すぐ兄たちだと気づきます。そして少年のときに見た夢を思い出すのです。ヨセフはすぐ穀物を売るようなことはせず、兄弟たちに難題をつきつけます。それは、父ヤコブにも辛い内容でした。兄弟たちは、「我々は弟のことで罰を受けているのだ」と自分たちを責めます。ここからが木曜日に読まれた箇所です。

 難題を押しつけるヨセフに対して、ヨセフを失った父ヤコブの苦しみをせつせつと伝える兄の言葉の中に、自分を失った父がどれほど悲しい思いをしているかを知って涙したヨセフは、がまんしきれなくなって兄弟たちに自分を明かします。

 「わたしはあなたたちがエジプトへ売った弟のヨセフです。しかし、今、わたしをここへ売ったことを悔やんだり、責め合ったりする必要はありません。命を救うために、神がわたしをあなたちより先にお遣わしになったのです。……わたしをここへお遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。」

 ここの朗読を聞きながら、こう言い切れるヨセフはすごいなあと思いました。兄たちにいじめられ、売られ、異国の地において一人で生きていかなければならなかった中で、たくさんの辛いことがあったでしょう。いろいろな才能に恵まれていたとはいえ、故郷の家族や一族のことを慕ったことでしょう。しかし、ヨセフは、長い目で見たとき、辛い出来事も一族を救うための神の計画であったことを悟るのでした。その計画の中で見るとき、今までの一つひとつの出来事が必要であったし、一人ひとりに役割があったとわかるのです。となると、兄たちへの恨みというのはなくなります。
 人生を顧みたときに、個人の物語と、そこに関わってくださっている神の計らいというのがあるのだと思います。それが見えるような神の視点を持ちたいなと思いました。そして、いつかわたしも言いたいのです。「すべて、神がしてくださったのです」と。

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2007年7月12日 (木)

■『ロシアン・ダイアリー』

 先日、東京・八重洲ブックセンターに行ったとき、入り口の新刊の棚から、きついまなざしでこちらを見ている女性の顔に目を奪われてしまいました。表紙の顔は、ロシアの女性ジャーナリスト、故アンナ・ポリトコフスカヤでした。

 彼女は、プーチン大統領下のロシアで、危険人物とにらまれながらも真実を伝えるためにジャーナリスト活動を行っていましたが、昨年10月7日、自宅アパートのエレベーターのAnnna1_1 中で暗殺されてしまいました。このニュースを聞いたとき、テレビドラマか映画の中のお話のような暗殺が実際に起きたことへの驚きと、「ああ・・・、やはりやられてしまったか!」という正義の声が消されてしまったことへの悲しみと、卑怯なやり方に対しての怒りと……、複雑な思いをしたことを思い出しました。息子さんがいたと思うのですが、その子のことも考えました。とにかくひどい事件でした。(10月7日は、プーチン大統領の誕生日だそうです。)しかしロシアでは、このように邪魔者は消されていたのです。

 2004年、小学校の体育館に子どもたちとその親たち数百人が、人質として拘束され、銃撃戦の末、たくさんの犠牲者を出した「ベスラン事件」のとき、アンナは現場に向かう飛行機の中で、紅茶に毒をもられて命をねらわれたことがありました。いつか命が……という危険の中でも、政府の圧力に屈することなくロシアの人々に向かって、そして世界にロシアで起きていることを世界に伝えなくてはと、がんばっていたのです。アンナさんを知ったのは『チェチェン、やめられない戦争』という本でした。使命に燃えたすごい人がいるものだと、女性として尊敬していました。彼女のことを応援したい、彼女について知りたいと思っていたのですが、ついに帰らぬ人となってしまったのです。

 『ロシアン・ダイアリー』は、命の危険を感じながらも書き続けたアンナの取材ノートです。表紙の顔を見たとき、「ああ、アンナだ!」と、彼女の本が出版されたことにうれしくなって、思わず手に取ってしまいました。髪が乱れ、疲れたような顔。500ページにおよぶ厚い本ですが、この本をとおして、彼女の社会への向かい方を学びながら、彼女が何を見ていたのかを見たいと思います。アンナの意思が、ロシアのジャーナリストの中でひきつがれますように。そして今も苦しんでいる多くの人々のために、思いをはせて祈りたいと思います。

★『ロシアン・ダイアリー』日本放送出版協会 2,520円(税込)

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2007年7月10日 (火)

■世界報道写真展2007

World_pressphoto1  イスラマバードで、一週間にわたってイスラム神学生が立てこもっていたモスクに、治安部隊が強行突入しました。まだ人質が取られていて、完全に終結したわけではないそうです。60人というたくさんの犠牲者が出ました。どういう形であっても、戦いの場面は辛いものです。亡くなった神学生にも、また治安部隊にも家族がいます。悲しみが広がっていきます。

 このような血が流れ、涙があふれる出来事が世界各地で起きています。悲しみが無くなることはありません。

 今、東京・恵比寿の東京都写真美術館で「世界報道写真展2007」が開催されています。会場は、世界各地の戦いの傷跡を示す写真から始まります。ナイジェリア、イラク、ヨルダン、スリランカ……。会場にいる人々はみな真剣に写真に見入っています。シーンとしています。次々とやってくる辛い現実を見ていると、だれもが悲しいのに、どうして戦いは止まないのだろうと思い、人を傷つけ、なき者にしていくことの空しさを感じます。戦う人々は、どうしてこの事実に気がつかないのでしょう。共に生きていく道をどうして探せないのでしょうか。そうなるためには、他者との適切な距離を保ち、自分と違う考え、価値観、文化を持っていることを受け入れるという基本的な姿勢が必要だと思います。

Dsc051781_1   止まない流血の戦い。「戦いは空しいよ!」「もう止めようよ!」と、戦い続けている人に呼びかけたいと思いながら、世界各地から寄せられた写真を見ていきました。チラシに用いられた写真は、4460人の7万8000点におよぶ応募から大賞に輝いた、イスラエルの「レバノン爆破で破壊されたベイルートの町を通り抜ける若者」の写真です。その他、スポーツ、動物、自然などの写真も展示されています。カメラがとらえた世界の現実を、しっかりと見つめなくてはと思いました。

※「世界報道写真展2007」http://www.syabi.com/details/worldpress2007.html

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2007年7月 8日 (日)

■皇居一周

 今まで、パソコンの壁紙を、今年の3月の展示会で撮影した「リサとガスパール」にしていました。かわいい二人が、心をほっとさせてくれました。が、今、アントニ・ガウディの建物に変えました。今晩のTBS「世界遺産」は、「アントニ・ガウディの作品群Ⅰ」です。「世界遺産」のサイトで壁紙をプレゼントしていましたので、さっそくいただきました。これからは、ちょっと大人っぽい雰囲気で行こうと思います。それにしても、ガウディの作品って不思議ですね。繊細です。建物の重力をどこで支えているのかと思うくらい細い柱があって……。来週も続きますので、ぜひ、ご覧ください。

Dsc052281_1  さて、今朝は、聖イグナチオ教会のミサにあずかった後、そのまま歩いて皇居一周に行ってきました。(正確には3/4周くらいかしら)コースは、新宿通りを渡ってセブンイレブン・ジャパン本部前の道を入り、ベルギー大使館の前をまっすぐ進んで千鳥ヶ淵に出ます。そこから、皇居のお堀に沿って桜田門まで歩き、警視庁の前を霞ヶ関の官庁街に入って、外務省の上から総理大臣官邸の前の坂を下って日枝神社の下に出て、山王下から赤坂通りに入って修道院へ。2時間弱のコースです。

 お堀沿いの道は、走る人、自転車の人、お散歩の人、観光見物の人と、それはそれはたくさんの人が歩いていました。二重橋前は、ハトバスのガイドさんに案内された観光客を中心に、次々と記念撮影が行われていました。いつも思うのですが、手前の正門の両脇に立っている皇宮警察の警察官の方の、微動だにしない姿、どうなっているのかなと不思議ですね。

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 さて、テレビでおなじみの警視庁ですが、その前をとおったとき、3人の中年の男性が「警視庁」という文字を囲んで記念撮影をしていました。「お、次はオレだ」という感じで、交代で撮りあっていました。すぐとなりでは、警備のために入り口に立っている若い警察官が、ニコニコしながらその姿を見ていました。男性たちは、きっと「おい、ここがサスペンスドラマに出てくる警視庁だぜ」「ああ、テレビと同じだ」などと言いながら記念撮影をしていたのではないでしょうか。ほほえましい光景でした。

 日ごろの運動不足が少しは解消したかしら、心地よい汗をかいて気持ちいいです。休日を思い思いで過ごしている、のどかな日曜日でした。みなさん、明日から、またがんばりましょうね。

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2007年7月 6日 (金)

■たくさんの人との出会い

Dsc051991  いよいよ、“東京国際ブックフェア”が始まりました。5日(木)~8(日)までの4日間です。明日と明後日の土日は、一般に公開されますので、たくさんの人が東京ビックサイトに集まることでしょう。世界30か国、770社の参加で、過去最高の参加数だそうです。年々大きくなっていくブックフェアの会場は、今まで東ホールから西ホールに変わりました。コの字型になっているので、最初は方向がつかめずちょっと迷子になりそうでした。会場の地図をよ~~く見ながら、目指す出版社に向かいました。

 今年も、女子パウロ会は、カトリック中央協議会、サンパウロ、ドン・ボスコ社と一緒に、カトリック出版社のブースを設けています。斜め向かいは「日本聖書協会」です。もう一方は「洋書バーゲンセール」で、それはそれはたくさんの人が大きな洋書やDVD、CDを探していました。

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 私たちが日ごろ接するのは、地域の教会の、主日のミサ後の展示即売や女子パウロ会の書院です。間接的には、私たちの本を置いている本屋さん。しかし、フェア会場ではたくさんの方と出会えます。この機会に……と、いろいろとお伝えしたいと思います。特に今年は、9月にマザー・テレサ帰天10周年を記念します。マザー・テレサコーナーを作っています。そして、全品20%引き、この機会にいらしてくださいね。もちろん他の出版社もお楽しみに!

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2007年7月 4日 (水)

■受け継がれていく司祭職

 6月30日に助祭に叙階された、聖パウロ修道会の吉田助祭が、今朝のミサに来てくださいました。司式する司祭が少し体調がすぐれず、さらに今日はメガネを忘れしてまってよく字が見えないということで、吉田助祭の“助け”が生きていました。

 司祭がミサ式文のことばにつまると、私たちにはまったく聞こえないほど小さな声で、「・・・」と司祭の耳元でささやくということが数回ありました。吉田助祭のその姿がさりげなくて、また司祭の方もその助けを自然に受けていて、なんともほほえましい光景でした。

 ふたりを見ながら、司祭職はこうして受け継がれていくのだ……と思いました。

 司祭は独身なので、子ども、孫とはつながっていきませんが、まったく別の若者が神の呼Dsc059101_1びかけに応え、司祭への道を歩みはじめる。先輩の司祭から教わりながら霊的な感性を受け、また次の人に伝えていく。こうしてイエスの時代から2000年、司祭職は途切れることなく地球上のあらゆる地域で、次の世代、次の世代へとつながってきたのです。こう想像すると、司祭職の継承は神の業としか思えません。長い歴史の中には、お金や権力、欲に負けてしまった教皇、司教、司祭、修道者がいますが、それであっても、教会の中で、司祭職は受け継がれてきました。

 吉田助祭は、助祭の期間が終わるといよいよ司祭叙階です。今のういういしさ、謙虚さを持ち続けて司祭への道を深めていかれますように。

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2007年7月 2日 (月)

■一つのパンに養われて

 今朝のミサの聖体拝領で、拝領行列の一番後に並んだら、ホスチアを2枚渡されました。だれかが余分に入れたのでしょう。2枚のホスチアを口に入れモグモグとさせながら席Tenrei002に戻りました。そのとき、ふと思ったのです。「ホスチア、つまりイエスさまが自分の中に入 ってくださった。いつも私がこちらにいて、イエスに相対している関係ですが、今は、私のうちにいてくださるのだ……」と。

 私の欲や自我ではなく、イエスの思い、イエスのまなざし、イエスの判断、イエスの価値観、イエスの愛……を現さなくてはいけないのだ。これは、毎日行われている神秘なのに、私をとおして、イエスが、現れるようにしなくてはいけない。今シスターたち一人ひとりが聖体を拝領した。一つのパンから分かち合って、食した。ここに共同体でミサにあずかることの意義があるのだ。一つのパンに養われて、そこから力をいただき、それぞれの場に派遣されていく。共同体のメンバーが同じミサに参加することによって、一つの思いの輪が広がっていく。

 ……こう考えていたら、修道会の会員が一つのミサに参加することの大切さが見えてきました。会憲に書いてあることをいまさらながらに納得し、「そうか、ミサは一日の出発点なのだ!」と思い、妙に感動してしまいました。これって、修道生活の基本的なことなのですが……。自分の中に来てくださったイエスを心にいただきながら、ミサからそれぞれの場に派遣されていき、ミサから今日の働きが始まるのです。「行きましょう。主の平和のうちに!」

 そして、今、一日を閉じるにあたり、イエスを心に抱いていたかしら、主の祝福を感じていたかしら……と振り返っています。そうできなかった自分を嘆きながら、明日再度挑戦……とミサで力をいただけることに希望を抱いて、一日を閉じようとしています。

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