■岡城址
♪ 春高楼(こうろう )の花の宴(えん)
巡(めぐ)る盃(さかずき)かげさして
千代(ちよ)の松が枝(え)わけ出(い)でし
昔の光いまいずこ ♪
瀧廉太郎の名曲「荒城の月」は、中学校の音楽で学びご存じのことでしょう。
この曲は、土井晩翠が宮城県仙台市の青葉城址や福島県会津若松市の鶴ヶ城址をモデルに詞を書いたとされています。そして、滝廉太郎が故郷大分の竹田の岡城趾を思いながら曲を書いたとされています。
キリシタン遺跡の取材で大分県竹田市に行き、この有名な岡城址を訪ねました。
岡城は、文治元(1185)年、緒方惟義(これよし)が源頼朝に追われた源義経を迎えるために築城したといわれる山城です。
通常は、城跡を見るために、朝9時から夕方5時までは登城料として高校生以上300円が必要ですが、私たちが城跡に着いたのが夕方の5時。登城料は必要ありませんでした。しかし、親切な管理の方が岡城の歴史が書かれた資料をくださいました。
それによると、南北朝時代の建武元(1334)年、南朝方に属した大友氏の一族である志賀貞朝が大がかりな改修を行い岡城と名付け、居城としたそうです。
天正14(1586)年から翌15年にかけての豊薩戦争では、島津の大軍をこの岡城で攻守したそうですが、文禄2(1593)年の文禄の役で失態により大友氏が所領を没収されると、重臣・志賀氏も岡城を去りました。その後、摂津国から中川氏が移封され、大規模な修築を施し、居城として、明治維新まで岡藩7万石が続くこととなりました。
山城と言われるだけあって、かなり急な階段がいくつもありました。二の丸址には、瀧廉太郎の銅像があり、ひっそりとした風情のある城跡でした。
桜の木がたくさんあり、春はきっと花見に大勢の方が訪れることでしょう。
帰り頃には、大きな美しい夕日が山の間に沈むころでした。
お土産物屋さんの横にあった「記念写真にご利用下さい!」という看板



























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