■年末の困った宣教
年の暮れになると、渋谷とか銀座で、いつもお目にかかる光景があります。28日の夕暮れ、楽譜を買いに銀座のYAMAHAに行ったときも、「ああ、また今年も同じだ……」とちょっと暗くなってしまいました。銀座の中心である和光の交差点と、その周辺で、黄色い幟を
立て、スピーカーから流れるテープの大きな声が聞こえてきました。「聖書のメッセージをお伝えします。……悔い改めて罪のゆるしを受けてください。……」お聞きになったことはありませんか? 男性のはっきりとしたきつい声で、厳しい内容です。
クリスマスの気分が残り、新年の準備をするための買い物をしている人々に向かって、10mおきくらいに黄色の布に黒い文字で書いた旗を立て、各箇所からこのような内容を発しているのです。旗を持っている人も、うつむいていて暗い感じです。
聖書のメッセージって、罪とか悔い改めとか、地獄とかそういう、人の気持ちを暗くするようなことなのでしょうか? イエスは、人を突き詰めるようなことだけではなく、傷つき悩む者に、神の愛を示し、暖かい言葉をかけてくれました。年の瀬に、人の心をホッとさせることば、暖かい思いになることばを贈ることはできないのでしょうか? 同じ聖書を信じる者、キリストを信じる者ですが、「あの人たちとは関係ありません」と、避けて通りたくなります。
松阪屋の前では、制服を着た救世軍の人々が、年末恒例の助け合いの社会鍋への寄付を呼びかけていました。
*追記(1/3):たくさんの方からコメントをいたただきまして、ありがとうございました。説明が足りず、誤解されているところがあるので付け加えます。
黄色い幟を立ててスピーカーで聖書のことばを述べている方々は、Supercat さんが書いてくださっているように救世軍の方々ではありません。救世軍の方々は、道行く方々に感じよく、助け合いの献金を呼びかけていらっしゃいました。同じ銀座の通りで、対照的に活動していらしたので書きましたが、説明不足でした。すみません。

































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