2009年11月10日 (火)

■ 第5回修道会・宣教会フォーラム

11月9日(月)、さいたま教区の大宮教会聖堂で「修道会・宣教会フォーラム」が開催されました。第5回となる今回は、多文化・多国籍の人々とともに歩むために「教区・修道会・宣教会の枠を超えて協働を深める」をテーマに話し合いました。

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日本のカトリック教会の信徒数は、外国籍の信徒数が、日本国籍の信徒数を上回っています。フィリピンはじめ、ブラジルなどの南米の人たちが日本各地の教会にたくさんいます。日本人も外国籍の人々も一緒にミサを行っている教会もあれば、午前中は日本語のミサ、午後はフィリピンの人たちが集まって英語のミサ、その2つの共同体の間には交流がない……という教会もあります。また、難民として日本に来た人や、言葉ができず生活に苦労している人々、経済危機で職を失った人々もいます。このような人々のために、どのような援助をすることができるのでしょうか?

今回のフォーラムでは、多国籍の人々とともに歩むために、教区と修道会や宣教会という枠を超えて、協働できる方向性をさぐりました。

会場となった大宮教会には、たくさんの男女の修道会・宣教会の司祭、シスター、ブラザーたちが集まりました。基調講演をしてくださった、さいたま教区の谷司教の他に、仙台教区の平賀司教、京都教区の大塚司教も参加してくださいました。

谷司教は、旧約聖書にあるエジプトのファラオ時代の社会構造と十戒を、現在と照らしあわせて解説して、現代の社会構造を浮き彫りにしてくださいました。その後、今年8月に各修道会・宣教会に行った「多文化・多国籍の人々(外国人労働者、移住者、難民)への支援・協働の調査アンケート」の集計の説明がありました。

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その後、東京教区、横浜教区、さいたま教区の各担当者から、それぞれの教区での移住者・多国籍者への取り組みの報告がありました。東京教区には「カトリック東京国際センターCTIC」が、横浜教区には「難民移住移動者司牧センター(PACEM)」が、さいたま教区には「オープンハウス」というセンターがあり、それぞれ活発に活動しています。

昼休みは、いろいろな修道会の方々と交わりながら昼食をいただきました。
午後は、グループ討議を行いました。8人~10人の12グループに分かれて、総長管区長会議の総会への提言、司教団との話し合いへの提言、そして各修道会にできることを話し合いました。

Photo_6 各修道会は、多国籍の人々のために、一時滞在の場所や住居の提供、シェルター、通訳、日本語学習の支援、生活支援、子どもたちの信仰教育、政府や行政への呼びかけなど、いろいろな協力を行っています。

フォーラムに参加して、いろいろな修道会がいろいろな形で支援活動を行っていることを知りました。女子パウロ会でも何ができるか、話し合う必要があります。また、考え方として、わたしたちが“他国籍”の人々のために何ができるか……という発想ではなく、わたしたちも含めて、つまり日本人も含めての“多国籍”であるというメンタリティーになることが必要だと教わりました。ともに歩むために、場所も心も大きく開き、変化や違いを「受け入れる」姿勢をいただきたいと思いました。

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2009年11月 7日 (土)

■ エルサレム第二神殿の模型

Jerusalem エルサレム神殿には、第一神殿、第二神殿、ヘロデ神殿があるのをご存じですか。
エルサレム第二神殿は、ソロモンが建設した第一神殿の同じ場所に、紀元前515年にバビロン捕囚から戻ってきたイスラエルの民がゼルバベルの指揮で再建した神殿です。ゼルバベルの建設した第二神殿は規模も小さく、みすぼらしいも のだったので、後にヘロデ大王が大規模な改修荘厳工事を行いました。 この改修はきわめて大規模なものだったのですが、第三神殿とは言って いません。枢要な本体部分には手を付けなかったためです。イエス時代 の神殿はそのヘロデの改修になる第二神殿です。
この時代の神殿の模型を、ケセン語訳聖書で知られる山浦玄嗣(やまうら はるつぐ)先生が、作られました。
製作期間100日。縮尺400分の1。90cm×120cm。ソロモン回廊や王者の回廊を構成する列柱の数だけでも685本あるそうです。
荷造り用の紙ひもで作り上げられたそうです。
実は、月刊誌「あけぼの」を担当しているシスターから、この話しを聞き、写真を見せていただき、そのすばらしさに感激して、ぜひ皆様にも見ていただきたいと紹介させいただくことにしました。
どう見ても、荷造り用の紙ひもで作られたなどとは思えません。これは、エルサレム21世紀版神殿とでも言いたいくらいです。
聖書の世界を模型という目に見える形にすることで、聖書がもっと身近なものになるのではないでしょうか。
皆様もチャレンジしてみられませんか?

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2009年11月 4日 (水)

■ 聖パウロ修道会来日75周年 感謝のミサ

11月3日(祝)に、聖パウロ修道会来日75周年を祝うミサが、四ッ谷の聖イグナチオ教会主 聖堂で行われました。さらに、戸村神父、山内神父の司祭叙階25周年とブラザー井手口の修道誓願宣立25周年もお祝いしました。東京教区の岡田大司教の主式で、森司教、聖パウロ修道会の副総長、韓国の管区長ら約30名の司祭たちにより、聖パウロ家族をはじめ、多くの人々が聖堂いっぱいに集まり、ともに感謝のミサをささげました。これまでの75年の歴史と、25年の司祭生活・修道者生活をじっくりと味わうような落ち着いた雰囲気がありました。

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                                                            誓願更新をする3人

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ブラザー井手口                                                     左から、戸村神父、岡田大司教、山内神父

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1934年(昭和9年)、満州事変が起こり軍国主義へと傾いていく日本に、創立者アルベリオーネ神父は2人の司祭を派遣しました。彼らは一か月の船旅の後、神戸港に着きました。ミサの終わりにあいさつに立たれた山内神父は、修道会のこれまでの歴史を次のように語りました。

「75年間を25年に区切って語ることができます。1935年~1959年の最初の25年は、苦労した時代でした。開拓精神が開花した時代です。やっと築いた建物が、戦争で焼かれてしまいました。1960年~1984年の次の25年は、苦労をかみしめながら召命も使徒職も発展した時代です。社会も修道会も成長しました。1985年~2009年の25年は、召命が少なくなり、今は志願者がだれもいない状態です。本もなかなか普及しない時代です。その中で、昨年は「パウロ年」を過ごしてきました。わたしたちは、精神、知識、すべてにおいて無知で無力で不足しています。この75年、多くの人が支えてくださったことに感謝します。社会の動きに応じて、発展していきたいと思います。」

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聖パウロ会員たちを囲む人々の喜びの姿から、彼らが人々から愛されている存在であることがわかりました。次の25年は、どんな歩みが待っているのでしょう。今までとは違った形での社会への奉仕になるのかもしれません。これからも、師イエスが豊かに導いてくださいますように。

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